上 下
7 / 60
一章 旅路

王都へ①

しおりを挟む



「この調子なら明日には王都に着けるな」

北の辺境騎士団の本拠地であるロンダ砦を出て3日経つ。
2人の騎獣の一角狼は、荒地では馬や馬型騎獣よりも早く駆けることができるため、馬車での旅に比べて半分の時間が短縮ができた。
天気にも恵まれ、順調な王都への道中である。


ジェイデンは、走らせていた騎獣の速度を落とし、セオドアに並べながら声をかけた。

「この山を超えたあたりに町があるはずだ。暗くなる前には着いていた方がいいな」

2人が進む街道は山中へと差しかかり、鬱蒼とした樹々が薄暗い影をいくつも落としている。冬の間は夜の訪れが早いとはいえ、まだ正午を超えて間もないというのに辺りは薄暗かった。
足元には冬を迎えて樹々から落ちた朽ち葉が幾重にも重なり、湿った匂いが漂う。

「ああ、そうだな。今日は早めに宿に入ろう。明日には王都なら、今晩はゆっくりしたい」
セオドアは喉の奥で笑って、ジェイデンの言葉に同意する。
ここからは少し早駆けして山を抜けたい。
昼食がわりに干し肉と乾燥杏を食みながら、2人は休憩をすることにした。

「水場が多くて助かるが、この辺りは兎すら見かけないな」
山奥から湧いているらしい清水は、ささやかな音を立てて岩場の隙間を滑り落ちている。
水音や風の音は聞こえるが、周囲に生き物の気配は感じなかった。

「冬だからってのもあるだろうよ。寒くなると獣は減る。ここら辺は小型の魔獣も多いし、魔熊もいる。あいつらは冬眠しないから、冬の間も獲物を探すんだ」

普段は木の実や虫を食べる魔獣も、食糧が乏しい季節は小動物を襲う。さらに中型の魔獣は飢えると人間も襲うため、この山越えは危険だと言われていた。本来なら、傭兵や護衛を手配するはずの道である。
しかし、この2人にとっては慣れた訓練より容易い道程だった。


「そろそろ魔獣の一匹でも出てきてほしいもんだな」

ちょろちょろと流れ落ちる湧き水で自らが喉を潤した後、騎獣に飲ませるために場所を譲ったジェイデンがセオドアを振り返る。

「なんだ」
「いや、変わってないなお前は」
「だから、なんだよ」
「昔から森で魔物ばかり狩っていたなと思って」

小さく笑うジェイデンを訝しげに見返すセオドアが、その言葉に苦笑する。

「いい趣味だろう。鍛錬もできて、金にもなるし一石二鳥だ。ものによっちゃあ、肉も美味いしな」

セオドアの趣味は魔物狩りだ。
冒険者たちが行うような討伐依頼や素材採集を目的にした物ではなく、単純に狩りを楽しむのが趣味なのである。
珍しい魔物を探して戦い、特徴や強さを書き留める。食べられる魔物は味見をし(ーーかなりの確率でまずい)、珍しい素材は売らずに記録して保管する。
本職の研究者も唸るほど魔物に詳しい男だった。

「お前のおかげで禁足地の森にも入ることができたし、感謝してるよ」

セオドアは初めてジェイデンの屋敷を訪ねてから、繰り返し禁足地の森へと足を運んでいた。
北の辺境地は王国の中でも魔物が多いが、長年人が立ち入らぬ禁足地は、独自の生態系を持ち、希少な薬草や魔物が多く生息していた。

「俺は、屋敷に近いところで兎やなんかを狩っていただけだからな。森の奥にあんなに魔物がいたとは知らなくて、お前に聞いたときはよく命があったとぞっとしたよ」

当時を思い出し、苦笑する。
ジェイデンは知らなかったが、屋敷の近くに魔物が近づかないよう、森の途中には魔物除けの薬草が垣のように植えられていた。
その薬草は月下草といい、人と魔物の住処を分けるためによく用いられる。
乾燥させ、練香に加工したものは魔物除けの香となる。


「もしお前が知らずに月下草を越えていたら、今頃はこいつらの腹の中だったかもな」

セオドアの冗談に反応したのか、伏せていた2人の騎獣が顔を上げた。
2人の騎獣は大きな黒い魔狼の兄弟である。
一角狼と呼ばれる彼らには、まだ両手で抱えられほど小さい仔狼の時に禁足地の森で出会った。

自分のことを言われているのがわかるのか、一匹がなんだ?とばかりにジェイデンに鼻先を押し付けてくるのを、両手で抱きながら押しとどめる。

「やめろ、ルー」
ジェイデンが笑いながら、自分の相棒を撫でてやった。

ルーは活発な性格のジェイデンの魔狼である。
セオドアの相棒はギート。

ギートはルーに比べると大人しく、穏やかな性格をしている。
今もギートは、はしゃぐルーを伏せたままチラリと見上げ、次に自分の主人を見つめてゆっくり尾を振った。それに気づいたセオドアが、自分を撫でてくれることを知っているのだ。
セオドアは笑いながらギートの首筋を軽く叩いてやり、そのまま優しく撫でてやった。
二匹は巨体をそれぞれの主人に素直に身を任せている。

「よしよし、お前たち。ここからは急ぐからな。町までは一気に抜けるぞ」

2人は二匹の気が済むまで撫でてやってから、その背に飛び乗った。外套の襟元をしっかりと留める。
主人の言葉を聞いたルーとギートは、額の角に魔力を集め、自らの四肢に早駆けの魔法をかける。

薄暗い山道を、主人を乗せた二匹は駆け上がっていった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

死に戻り悪役令息が老騎士に求婚したら

深凪雪花
BL
 身に覚えのない理由で王太子から婚約破棄された挙げ句、地方に飛ばされたと思ったらその二年後、代理領主の悪事の責任を押し付けられて処刑された、公爵令息ジュード。死の間際に思った『人生をやり直したい』という願いが天に通じたのか、気付いたら十年前に死に戻りしていた。  今度はもう処刑ルートなんてごめんだと、一目惚れしてきた王太子とは婚約せず、たまたま近くにいた老騎士ローワンに求婚する。すると、話を知った実父は激怒して、ジュードを家から追い出す。  自由の身になったものの、どう生きていこうか途方に暮れていたら、ローワンと再会して一緒に暮らすことに。  年の差カップルのほのぼのファンタジーBL(多分)

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

悪役に好かれていますがどうやって逃げれますか!?

菟圃(うさぎはたけ)
BL
「ネヴィ、どうして私から逃げるのですか?」 冷ややかながらも、熱がこもった瞳で僕を見つめる物語最大の悪役。 それに詰められる子悪党令息の僕。 なんでこんなことになったの!? ーーーーーーーーーーー 前世で読んでいた恋愛小説【貴女の手を取るのは?】に登場していた子悪党令息ネヴィレント・ツェーリアに転生した僕。 子悪党令息なのに断罪は家での軟禁程度から死刑まで幅広い罰を受けるキャラに転生してしまった。 平凡な人生を生きるために奮闘した結果、あり得ない展開になっていき…

なぜか第三王子と結婚することになりました

鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!? こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。 金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です ハッピーエンドにするつもり 長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

処理中です...