公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
上 下
6 / 60
一章 旅路

セオドアとジェイデンの出会い④

しおりを挟む


ジェイデンが極貧生活をしているのは、北の辺境に越してきてからである。

「父上は、ちゃんと仕送りをしてくれていると思う。王都にいたときは、他の兄弟と同じように育ててくれていた」
そう言いながら、両膝を抱えてギュッと腕に力を込めた。その声音からは、そう信じたいと思っているように聞こえて、セオドアの胸もチクリと痛む。

2人は執事に見つからないよう、森の中にある洞穴の前で焚き火を囲んでいた。


「いつ王都の家族が来てもいいように、屋敷の中は整えられている。壊れた所や、汚れたところはどこにもないし、庭園を維持するのにも庭師を5人雇ってる」

美しく整えられた邸宅。
だが、肝心の公爵家の次男には執事は一切金を使わない。外交的に、必要な時だけ衣装をどこからか取り寄せていた。

「最初の2年は、俺が悪い子だからなんじゃないかって信じて、頑張ったらどうにかなるんじゃないかって思ってた」
「それは…」
健気なその言葉に、思わずセオドアは身を乗り出した。

「父上は、死んだ母親の故郷だからって母上が死んだ後、俺をここに連れてきた。最初の1ヶ月はずっと一緒にいてくれたけど、俺が母上に似てるから思い出して辛いって言ってた」
父親の公爵は、ひと月かけてジェイデンと母親シェイラとの思い出の地を巡り、王都へと帰っていった。多忙な父親を引き止めることは出来なかった。

ひとりになった寂しさに塞ぎ込む暇もなく、次の月からジェイデンの生活は変わった。

「出てくる食事が、あからさまに変わった。給仕をしてくれる乳母の顔色が悪くて、どうしたらいいか途方に暮れてた」
堅い黒パンが数切れと、豆が数個だけ浮いた味のないスープ。いつも、申し訳ないと泣く乳母をなだめるのが大変だった。
三食だったはずの食事も、いつの間にか二食に変わっていた。

「最初は、自分の分だけかと思ってたけど、乳母の扱いも同じようなものだった。10歳の時に乳母が倒れて、なんとかしなくちゃいけないと思って森に入った」

屋敷の裏の森は、領主一家のみが入れる禁足地だ。そのため、森の恵みは他の森よりも多い。
そこで幼い頃はキノコや山菜を取り、弓や魔法が使えるようになってからは兎や鹿を狩っているとジェイデンはセオドアに告げた。

幸いなことに、敷地より外に出なければ何をしてもうるさく言われなかった。執事は屋敷や森のまわりに配置しているゴーレムを操り、ジェイデンの動きを監視していたが、閉じ込めることで満足していたようだった。

「最近はゴーレムも手懐けてるんだ」

そう言って不適に笑う子供は、虐げられるだけの存在ではなかった。この屋敷の中で、必死に乳母を守りながら生きている。

門の近くにいる狼のゴーレムに魔力を与えていたら、自分の頼みを聞いてくれるようになった。
ゴーレムの支配権自体は奪えてないけど、と悔しそうに続けたが、その表情は力強い。

「だから俺が来たのが分かったのか」

そう言いながら金色の頭を撫でてやると「やめろよ」と恥ずかしそうにセオドアの腕から逃れた。

「そうだ」
いつも誰かか訪ねてきても、手紙が届いても、執事やゴーレムが先に隠してしまう。
門にいるゴーレムは、客人や伝書鳩が訪ねてきたら直ぐに執事に報告するが、こっそりお願いをして自分にも教えてくれるように頼んでいた。
執事よりも、早く会えたのは幸運だったと笑う。


「予備学校に入れるようになったら、乳母を連れて寄宿舎に入ろうと思ってたんだ。俺が北に来たのは、母上が辺境騎士団で学んで、強い男になって欲しいって言ってたからだって乳母が教えてくれた」
だから、ジェイデンも乳母も執事の仕打ちに耐えてきたのだ。公爵家の次男でも、ジェイデンは第二夫人の子だ。第一夫人は、自分の子以外の公爵家の子供を認めていない。他の兄弟と違い、ジェイデンが公爵家を継ぐことはない。
次男である自分は、成人したら家を出るしかないのだ。
騎士になることが、自分と亡き母の願いだった。


「でも、ひと月前に来るはずの伝書鳩が来なかった。また隠したのかって、執事に聞いても味方にしてるゴーレムに聞いてもわからなかった…」

ジェイデンは、自分を虐げる執事が、第一夫人の紐付きだと知っていた。だから、直接抵抗はせずに、諦めたように見せるようにしていたのだ。

しかし、唯一の望みを絶たれたジェイデンは、ついに乳母を連れて出奔しようと計画していたらしい。

そう言ってまた俯いてしまったジェイデンに、セオドアはまさかと思う。



(親父め、知ってたな)

テオドールは騎士団で活躍した荒っぽい見た目に反して、智略に優れた文官でもある。
我が父親ながら、その情報網は恐ろしく広く、ジェイデンのような子供が領主の屋敷でどんな目にあっていたかなど知るに容易い。
今回もセオドアを屋敷に寄越す前に、入学について公爵の言質を取っておくところなど、実に狡猾である。


「親父の手紙にはなんで書いてあったんだ?」

「北での後見人になるから、早く屋敷を出て寄宿舎に入ってはいかがかって…」

握り締めていた手紙を、ジェイデンは大事そうに開いて平たい石の上に乗せる。そうやって皺を伸ばして、ようやく手にした入学届を掲げ眩しい眼で見上げた。

「よかったな。その乳母も、1人くらいなら連れていっても問題ないだろう」

寄宿舎はいつも人手不足だ。
個人的なメイドとして認められなくても、子供たちが多い職場は働き手がいつも足りない。


「俺は卒業したばかりだけど、予備学校の事ならいろいろ教えてやるよ」
年上風を吹かせ、つい偉そうなことを言ってしまう。念願だった入学が叶い、嬉しそうな子供につい構ってしまいたくなる気持ちを抑えられなかった。

「ありがとう」

そう言って見上げてきたジェイデンが、無邪気に笑う。


「代官に感謝する。入学するよ。そのために北に来たんだ」

ようやく、ジェイデンは望む未来の一端をその手で掴むことができたのである。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...