あの空へとけゆくバラード2

衣夜砥

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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を

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 昼時になり、園内のレストランに入った。天気は上々だけれど、さすがに師走の空気は冷えたので店内の暖房に心底くつろぐ。
「お前らは座って席とってろよ」
 ぼくと唯輔にそう告げた三上さんは、すでに注文の列に向かっている宗太についていこうとする。
「ぼくが行くよ」
 宗太と片時も離れたくないぼくが席を立とうとすると、三上さんがぱたぱたと手を振る。
「姫は待ってろ」
「誰が姫だ」
 ぼくを姫呼ばわりしていいのは宗太だけだぞと思いながら、語尾を尖らせた。
「高橋もそのつもりだろ」
 くってかかるぼくなどさらりと躱して、三上さんはさっさと行ってしまう。
 確かに紳士的な宗太だから、ぼくらに希望を聞き、さっさとカウンターに向かったのだろう。そう思い直して、おとなしく唯輔と横並びに座って待った。
 日曜日なのもあってレストランは混んでいる。四人掛けのこの席をとるのだってだいぶ待ったし、注文カウンターの前には長い行列ができていた。宗太と三上さんはその最後尾についたが、食べ物が来るまでにはしばらくかかりそうだ。
 唯輔と二人で残されても弾むような会話はない。ゲームでもしようかなと思って、ぼくはスマホを手にした。
「ちょっと、訊いてもいいか」
 不意に唯輔がためらいがちに口を開く。
「んー、なに?」
 ぼくはゲームから目を離さずに答えた。
「お前ってもしかして同性愛者?」
 びっくり仰天。思わずスマホを取り落としそうになる。
 いきなりのことに、ぼくはめちゃくちゃ動揺しながら唯輔を見た。
「な…なんで、急に…」
 あたふたとなる。こういうとき、「なにバカ言ってんの、まさかだろー」などと軽くあしらえないのがぼくの不手際なところだ。
 唯輔も、いたって真面目な顔をしている。
「もしそうなら、教えてほしい」
 なんだなんだと、ぼくはさらに困惑して、画面をオフにしたスマホをテーブルに置いた。これはゲームをしながらできるような話ではないと感じたからだ。この流れで相談したいということは、つまり唯輔もゲイってことなのか?
「なに。あんたもそうなの?」
 わざとからかいがちに訊いた。できれば「違う」と答えて欲しかった。もっともこの返答で、ぼくはゲイですと教えたようなものだった。ぼくの遠慮なしな質問に、唯輔は泣きだしそうな顔になった。
「たぶん」
 小さく首を振る。
「自分でも分からない。今まで人を好きになったこととかって、ないから。でも、今は気になる相手がいて。そいつ、むちゃくちゃかっこよくてさ。人のいいやつで。昔から、すごくモテてたみたい。そいつが気になって仕方なくて、なんか、自分が女の子みたいに思えてきてさ…。すごく不安な、複雑な感じがする。気持ちがいつでも落ち着かなくて」
 おいおいと、ぼくは失意のどん底へ堕ちた。
 今は気になる相手、って。
 それで、かっこよくてむちゃくちゃモテる男といったら、宗太しかいないじゃないか。
「そいつが他のやつと仲良くしてるところを見ると、なんかすごく嫌な気分になる。たぶん、やきもちなんだろう。なら、俺、やきもちをやくくらいにそいつのこと、好きなのかなって…」
「なるほど」
 苦しまぎれな声が出る。さすがに個人名は出してこないが、宗太を好きだと無邪気に打ち明ける唯輔に、ぼくは努めて冷静にふるまった。つまりぼくと宗太が仲良くしているところを見て、やきもちを焼いたと伝えたいんだろう。だからさっきから、宗太と並んで歩いているぼくにちらちらと視線をよこしてきたのだ。
「お前、誰かと付き合ってる?」
 ずいぶん遠回しな訊き方だと思った。宗太と恋仲なのかと、率直に訊けばいいのに。
 里子のくせに宗太を好きなのか、と。
 これまでの付き合いの中で、ぼくが高橋家の里子だということを唯輔は知っている。中学のときの宗太には弟などいなかったのにと唯輔が首を傾げたので、ぼくが教えたのだった。
 かといって「はい、そうです」とも言えない。いやいや、宗太とはただの血の繋がらない兄弟ですよと、ぼくは言わねばならないのだ。なぜなら、唯輔は今、不眠症に苦しんでいて、そのために宗太は全力でサポートしている。その邪魔をぼくがしてはならないから。
「誰とも付き合ってないよ」
 だからそう答えた。
 でもそう答えた瞬間、してはならないことをしたような悪寒がぼくを襲った。自分が今、とてつもなく恐ろしい言葉を口にした気がして――――。
「そうなのか」
 心なしかほっとした顔になって、唯輔が吐息する。とりあえず宮代は現在シングルなのだというインプットが、彼の中でなされたに違いない。
(宗太のバカ)
 ぼくは恨めしくわあわあと心でわめいた。
 なにが「今の唯輔にその余裕はない」だ。しっかりあんたに恋しちゃっているじゃないか。
 まったく、なんてモテる男なんだろう。
 さすが光の君。栗毛の女や、三上さん、そして唯輔までもが宗太を好きになる。
 みんなが、宗太はお前にはもったいないとぼくへと無意識に語りかける。でも、高校時代の宗太だってめちゃくちゃモテていたのだ。だからこんなのは当然のことで、今更、悩むのがおかしいというわけで。
 それでもいいからと宗太を好きになったのは、ぼくだった。それでもぼくは今、ひどくしおれた。
「ごめんな。ヘンな話して」
 はにかんだような微笑を浮かべる。「別に」と、ぼくは平気なふりをした。
 やがて宗太と三上さんが四人分のカレーとドリンクとを持ってきてくれて、宗太がぼくの前に座り、唯輔の前に三上さんがついた。唯輔は元の表情に戻り、気楽な顔になって、「おいしいおいしい」と食べ始める。逆にぼくはすっかり食欲をなくしていた。なんだか一気に逃げ道が塞がれたような気がして、カレーの味もよく分からなかった。

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