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一章
32、覚醒
しおりを挟むするとジンの体の魔法陣が光りだし、爪が黒くなる。その魔法陣が体から浮き上がったかと思いきや。
「黒き天体……!!」
それは地面へと染み込み、魔法陣を描いた。すると、この空間が瞬く間に黒く染め上げられてゆく。
何もない、空虚な世界へと、様変わりする。
ジンはすっとガンツを見た。するとジンの体から物凄い圧が解き放たれる。
「何ッ!?」
大剣を振り下ろそうとしていたガンツは、爆風に体を押されるように数メートル背後へ吹き飛ばされてしまった。
「俺は、負けない」
淡く光るオーラがジンを包み込んだ。
出血は止まり、傷が瞬く間に癒える。
全身が温かく、頭が冴える。視界が鮮明で、気持ちは不思議と凪いでいた。なんだか肉体を肉体だと感じない、まるでこの世界と一体となったような気さえした。
何も考えなくても、体が求めるままに動く。呼吸するように、何もかもが分かる。
トン、と地面を蹴っただけでジンはガンツの目の前に迫った。
「なっ!?」
鳩尾に一発、拳を叩きつける。背中へと力が突き抜けて、ガンツの体は宙を舞った。
「ぐっ……!!」
それを追いかけるようにジンが迫る。
乱れ打つ拳が、ガンツを襲った。ドドドッ、という衝撃音が城内に響き渡り、ガンツは城壁に叩きつけられた。
「がはっ……!!」
城壁にめり込んだガンツはゆっくりと体を起こす。しかし、その顔には笑顔が浮かんでいる。
「久々に痺れるな……こちらもそろそろ本気でいく」
体勢を整えたガンツは城壁を蹴り、剣を閃かせる。猛烈な勢いで斬撃が幾つもジンを狙ったが、ジンはひらりと最小限の動きで避けた。その爆風がジンの髪の毛を攫うだけ。
そして斬撃は地面に吸収されてしまった。
「吸収しただと……!?」
身構えるガンツに向かって、ジンが手を振る。すると先ほどと同等の斬撃が解き放たれたのだ。
「何ッ……!?」
しかしさすがはガンツ。瞬く間にも斬撃を自身の斬撃で相殺する。得体の知れない魔力を有するジンに対して、危機を察知したガンツは、ジンに激打を打ち込んだ。
「青嵐の極み!!」
風が沸き起こる。嵐のような風は牙を持ち、ジンを木っ端微塵に切り刻もうと襲い掛かった。
身を切り刻み、精神までも磨耗させる暴風だ。
しかしジンは超高速で風の牙を避け、ガンツの方へ突き進む。
「終わりですよ、団長」
その一言が、ガンツの耳に届いた直後。
「黒豹の雷閃!!」
ジンの姿が消えた。いや、背後だ。いや、上だ。いや、目の前だ。いや、一体どこにいる?
黒い稲妻をまとった刃はガンツを狙い打った。まさにジンの攻撃は電光石火の如く。
獣のように縦横無尽にガンツを切り伏せ、その軌跡は黒く輝き、空中に曲線を描いた。
「ふんっ!!」
そして気合の掛け声と共に、膨大な魔力を溜め込まれた一撃が、ガンツへ炸裂した。受け止めるガンツの地面がめきっと凹み、ガンツはぎりぎりで耐え抜く。
「負けない……!!」
しかし、爆発的な力がガンツを上回り、見事に一閃が入った。
「うあああああああ!!」
爆風が吹き荒れて、力が霧散する。防ぎきることができなかったガンツは、その場に力なく倒れ伏したのだ。
勝負は決まった。
ジンの体に魔法陣が戻ってゆく。
世界が元に戻った。
ガンツは、イアンとヘンリーのように、納得できないのか、なぜだという瞳を向けている。正直自分でも驚いているほどだ。理解出来ないのは無理も無い。
ジンはガンツの大剣を拾い、徐に口を開く。
「別にあなたの命を奪うつもりはありません。俺はクズじゃない。それを撤回してください」
「わかった……。お前の力を認めよう。お前はクズなんかじゃない。……なあ、ジンよ」
「何ですか?」
「戻ってこないか」
「は?」
「クビにしたのは悪かった。これだけの力があるとは分からなかったんだ。だからお前の不法侵入は俺が上に掛け合って揉み消してやる。……どうだ、もう一度――」
言葉を遮るように大剣を思いっきり突き刺した。ずぶ、とガンツの頬の真横に突き刺さる。ガンツの頬からつうっと鮮血が流れた。
「俺は、俺を捨てたところには二度と戻りません」
魔力の封印が解かれる前のジンならば、きっと喜んで申し出を受けたかもしれない。
けれど、今のジンには全く魅力に感じなかったし、もはや魔力開放の前後でこうも態度が変わるような人がいる元へは戻りたくない。
「確かに、魔法騎士団に人手が足りないのも、力が弱くなってきているのも知ってますよ」
「なら話は早い」
「でもだから何ですか」
「え?」
「そもそもクビにしたのはあんたらの方だし、俺には関係ないですよね。正直、こっちはそんなこと知ったこっちゃないんですよ」
「……」
「せいぜい自分たちで何とかすればいいと思います。俺の居場所は、GHOST、ただ一つです」
ジンは放心状態のガンツに背を向けて歩きだす。
「さよなら」
仲間が待っている場所へ、帰るのだ。
その立ち去るその姿を目にしたガンツは目を見張った。
彼の背中から漂う気配がただ者ではなかったからだ。
ガンツ自身が成し得なかった境地、完全なるの魔力と肉体の融合。いや、彼はこの自然界を超越した存在なのかもしれない。
その後姿を誰かと重ねて、ガンツはまさか、と唸った。
「もしかして……お前は……!! 黒き英雄――ジェイクの息子、か……!?」
しかしながら、ジンの姿は完全に闇に消え、その呟きは風に吹かれて掻き消えたのだった。
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