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第十五章

サリーさんが居ない日(イメルダ視点)1

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 朝になり、目が覚めました。
 昨晩はこの家に来て初めて、サリーさんがいませんでした。
 だからでしょうか、その睡眠の質は余り良いものではありませんでした。
 たった一晩だけの事です。
 長くても、明日には戻ってくると言っていました。
 にもかかわらず、胸の奥底から重い不安が湧き出て来てなかなか眠ることが出来ませんでした。

 情けない話です。

 シャーロットはサリーさんが出て行った後、酷く不安そうな顔をしながら過ごしていました。
 食欲もわかないようで、好物である熊の肉の鉄板焼きですら、四分の一ほど残していました。
 ……本当は、わたくしもサリーさんには居て欲しいという気持ちがあります。
 この家が結界に守られているという事は分かっています。
 近衛騎士妖精の皆が頼りになることも、サリーさんに聞かされて分かっています。

 でも、不安が重く、胸を押さえつけるのです。

 特に夜は……。
 突然、草原に放り出され、魔獣に襲われたあの日を思い出してしまうのです。
 それでも、わたくし達、親子を救ってくれたサリーさんがいてくれれば……。
 いてくれれば、安心できるのです。

 でも、昨晩はあの日以来初めて、サリーさんのいない夜を過ごしました。

 ……想像以上に、わたくしはサリーさんに頼り切っていたようです。
「いけない、サリーさんは村のために、人々のために働いているのに、我が儘を言ってしまっては……」

 サリーさんはとても素晴らしい力を持っています。

 それが、わたくし達を守ってくれるのはとても心強い事です。
 でも、それを当然のようにわたくし達だけで、独占するのが正しい事とは思えません。
 サリーさんならきっと、何百、ひょっとすると何千もの人を助ける事が出来ます。
 にもかかわらず、わたくし達の身の回りの世話などという小事に手一杯になり、大事が疎かになってしまう。
 そのようなことは、あってはならないのです。

 だから、今回のことは良い機会だと思います。

 サリーさんがいなくても――少なくとも、普通の生活は送れることを証明し、安心して貰いたいと思っております。
 赤鶏の卵を取り、山羊の乳をしぼります。
 洗濯もしようと思っています。
 掃除だって、やろうと思います。
 サリーさんの代わりに家を見回り、不備があれば妖精さん達に修理をお願いします。
 わたくしにだって、出来ることを見せたいと思います。

 自分を奮起させるため「よし!」と声を上げて、重い体を起こします。
 素早く、寝台から出ようとして……。
 何か、くぐもった声が聞こえるのに気づきました。
 これは……泣き声?
 視線を向けると、寝具が丸く膨らんでいる場所がありました。
 いえ、別にそれは良いのです。
 そこには、シャーロットがいるのでしょう。
 問題は……。
「シャーロット、どうしたの?」
 声をかけると、膨らみがビクリと震えました。
 そして、泣き声が大きくなります。
 声を聞きつけたのでしょう、妖精侍女のサクラちゃんや妖精侍女のウメちゃんがやってきて、その上をオロオロした感じに飛んでいます。
 わたくしは、シャーロットに近づくように、寝台の上を移動します。
「ねえ、一体、どうし――」
 シャーロットの近くに置いた手に、冷たい感触を感じました。

 こ、これは……。

 慌てて、妹から寝具を剥がします。
「あ、ああ……」
 思わず声を漏らしてしまいました。
 寝台に丸まっているシャーロット、その下に消して小さくないシミが広がっていたのです。
 わたくしの声に反応したのか、妹の泣き声が、さらに大きくなってしまいました。


 わたくし一人ではどうしようもないので、慌ててシルク婦人を呼びました。
 また、泣き声を聞きつけたのでしょう、お母様も駆けつけてくださりました。
 何とか宥め、着替えさせたシャーロットは、お母様に抱きつき、慰められています。
 その周りを妖精侍女のウメちゃんや近衛騎士妖精のうしおちゃんが心配そうに飛び回っています。
 彼女たちがいれば、妹を上手く宥めてくれるでしょう。
 問題は、寝具です。
「シルク婦人、この寝具はサリーさんの大切なものなの。
 洗える?」
 シャーロットに聞こえないようにこっそりと訊ねると、普段、無表情な婦人が微かにですが、困ったように眉を寄せました。
「場所が狭い。
 中身、特に厳しい」
 ……洗濯場が狭いって事かしら?
 普段、サリーさんの白い魔法で行っている洗濯についても、もしもの時にわたくし達でも行えるように道具や場所を指定されていました。
 だけど、服などを何着か洗う程度の想定でした。
 寝具を丸洗いのは、確かに厳しいかもしれない。
 中身……魔獣の毛の事かしら?
 確か、特殊な薬剤を使用しないといけないって、聞いたことがあります。
 考え無しに洗うと、魔獣の毛を駄目にしてしまうかもしれません。

 以前、サリーさんがこの毛について話していたことがあります。
 サリーさんのお母様が用意してくれた、とても良い物だと柔らかな表情で話していました。
 恐らく、希少な魔獣の毛で高価なことは勿論のこと、サリーさんにとって、お母様の思いがこもった大切な品物なのでしょう。

 それを、汚してしまった。

 あの、優しく、そして、シャーロットを本当に可愛がっているサリーさんの事です。
 怒ることは無いと思います。
 それでも、酷く悲しませてしまうのでは無いでしょうか?
「ねえ、シルク婦人。
 何とか洗えないかしら?
 わたくしも一緒に行うわ」
 わたくしの言葉に、シルク婦人は首を横に振ります。
「待つ」
「でも……」
「今晩」
 ……確かに、サリーさんは今晩、帰ってくるでしょう。
 だったら、待った方が良いのです。
 サリーさんの白い魔法を使った方が、中途半端に手で洗うよりは綺麗に洗えるでしょうから。
 それに、ひょっとすると、魔獣の毛を痛めないように洗う方法も知っているかもしれません。
 だけど、何もしないのは……。
 そんなことを考えている内に、妖精侍女のサクラちゃん達が、寝台から寝具を持ち上げて移動させ始めました。
 妖精侍女の黒バラちゃんの身振り手振りを要約すると、一応、敷布と魔獣の毛を分けておくとの事でした。
 わたくしがお礼を言っていると、シルク婦人が「朝食の準備」と言って、寝室から出て行きます。
 いつの間にか、お母様とシャーロットもいなくなっていました。
「あ、卵!」
 そう、わたくしはぼーっとしている暇など無いのです。
 わたくしも、急いで寝室から出ると、台所に向かいます。
 そして、中にいたシルク婦人に「卵と山羊乳を入れる籠や壺を出して」とお願いをしました。
 わたくしがいているにも関わらず、シルク婦人は何故か少し困ったように眉を寄せます。
「こちらで」
 こちらでやるって事?
 何故?
「わたくしだって、サリーさんに教わっているから出来るわよ!」
と急かすと、シルク婦人は少し考え込んだ後、奥に入って行きます。
 そして、いつもサリーさんが持っている、籠と壺を持ってきました。

 ……なるほど、シルク婦人が躊躇したのも分かります。

 普段、サリーさんが軽々と持ち運んでいるから気づきませんでしたが、壺にしても、籠にしても、結構な大きさがあります。
 特に、頑丈そうな壺は重量も、それなりにありそうです。
 恐らく、わたくしが運ぶのであれば両手で持たざる得ないでしょう。
 そうなると、籠は持てないでしょう。
 それに、行きは何とかなったとしても、帰りは当然、巨大な卵と山羊乳分の重量が加算されます。

 わたくしでは片方だけでも、運ぶのは難しい様に思えます。

 すると、そんなわたくしを見かねたのか、男性の近衛騎士妖精さんが二名やってきて、籠と壺を持ってくれました。
 ……わたくしの掌より幾分大きい程度の彼らですが、籠も壺も軽々と持っています。
 なんとも、微妙な気分になりましたが、その辺りは良いのです。
 今は、遅れを取り戻すことが肝要ですから。
「よろしくお願いします」
と言うと、近衛騎士妖精さん達はニッコリ微笑んでくれました。

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