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第十章
娘(人間)の行動が不可解すぎる!6
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その翌日、川で漁をしようとしている娘を遠見の魔法陣越しに眺めつつ、『サリー、わたし、あなたが以前作ってくれた、日干し魚を焼いた奴、食べたいわ』などと、フェンリルはボソボソ呟いていたのだが、目に入った”それ”に目を大きく見開いた。
『ちょっと、何!?
何でこんな所に!?』
それは、一見すると弱った三首の子犬であった。
だが、”知る”者が見たら、いかに危険な存在か、分かるはずだ。
フェンリルをして、
『あぁ~!
何でよりによって、サリーの所に来るのぉぉぉ!
”あれ”ったら、なんて所に産み落としてくれたのぉぉぉ!?』
と前足で頭を抱えてしまうほどであった。
”あれ”とはフェンリルと肩を並べる神獣の一柱、その名を” ”という。
”死の道を見つめる者”という意味がある。
三つの首を持つ犬の姿をしていて、それぞれの首が誕生、成長、消滅の三竦みを持って力の均等を持つという特異な性質がある。
単純な戦闘能力は精々、古竜程度であり、それこそ、けして戦闘に特化してるとはいえない黄金色の羽の彼女にも劣っていた。
だが、三首の特異性と、神に与えられたその”使命”により、油断をするとフェンリルとて飲み込まれてしまう恐れすらあった。
さらに、この神獣には恐るべきというか、はた迷惑なところがあった。
それは、三首の神獣は、その特性から、子を自身が住む場所から離れた、適当な場所に産み落とすところである。
『サリー!
その子を死なせちゃ駄目!
絶対駄目よ!』
フェンリルは聞こえるはずのない娘に対して、叫んだ。
三首の神獣にとって、死とは、その凶悪な力の解放を意味する。
三首の神獣の居る場所から、少なくとも彼、もしくは彼女の視線が入る全てが、闇に覆われ、その力の一片に触れた者は、誕生、成長、消滅を繰り返したあげく、灰になり、光になり、終わりの場所に送られていくこととなる。
成長しきったフェンリルならともかく、まだ幼い柱であるサリーでは一溜まりもなく、”見送られる”事となるだろう。
フェンリルの絶叫が聞こえたわけではないだろうが、サリーは三首の神獣の子供の傷を回復し始めた。
それを見ながら、フェンリルは安心したように一つため息を付いた。
『……ある意味では、回復の出来るサリーの近くで良かったわ。
他の子であったら、完全に終わっていた』
近くで産むなら、せめて報告してくれればいいのに――と恨ましく思う反面、あの愛想の欠片もない三首を思い描き、そんな期待を持つ方が詮無きことかと、もう一度、大きくため息を付いた。
『それより問題は、サリーがあの子供を連れて帰ろうとしている所なのよね……。
一応、三首の神獣の恐ろしさは伝えたはずなんだけど……』
覚えていないのか、子供なら問題ないと思っているのか、何も考えていないのか……。
特に気にする様子も見せずに、結界の中に入れていた。
それを見咎めた黄金色の羽の彼女の眷属が、凄い勢いで詰め寄っているのが見える。
『ああ……。
そうよねぇ~
言い方が乱暴なのはともかく、言っていることは、正しいわ……』
フェンリルは遠くを見るように目を細めた。
黄金色の羽の彼女の眷属が一生懸命に『馬鹿! なんでそんな恐ろしい奴を中に入れる!』とか『お前、こいつがなんなのか、分かってないのか!?』とか『こいつが解放されたら、お前も死ぬんだぞ!』とか、一生懸命訴えつつ、三首の子供に対して『お前、親から力の解放について、何も聞いてないのか!? せめて、一度、解放させてから来い! ……いやだから、話を聞け!』などと言って聞かせていた。
しかも、至極まっとうなことを言っているにも関わらず、話が通じないので白い魔力で捕らわれている。
さらに、後からやってきた黄金色の羽の彼女に威圧を向けられている。
流石にちょっと、可愛そうに思えた。
『それにしても、彼女、三首の子供をそのままにするつもりかしら?』
当然の事ながら、三首の子供の危険性を正しく理解しているはずの、黄金色の羽の彼女が特に行動をすることなく、受け入れるのに、少々違和感を感じた。
そんな気配を感じたのか、黄金色の羽の彼女が遠見の魔法陣越しに、フェンリルを振り返った。
『なんじゃ、あんな子供のことが気になるのか?
三首ならともかく、”柱”にすらなっておらん三首なぞ、妾が押さえ込んでやろう』
『本来であれば、さほど心配はしてないけど、でも、あなた、ずいぶん弱っているじゃない?
”愛娘”もいないようだし』
『ホホホ!
見くびってくれるな。
仮に肉体がボロボロでも、やりようなどいくらでも思いつくわ。
それに、我が眷属を馬鹿にしてくれるな。
寝坊助な娘がいなくても、生まれたばかりの三首程度なら、押さえ込んでくれるわ』
『まあ、そうだろうけど』
『お前様は本当に心配そうじゃな。
老婆心ながらに言わせてもらうと、一挙一動をそんな風にハラハラしながら見ていても、子供のためにならんばかりか、老けるだけじゃよ』
『大きなお世話よ!』
『何にせよ、お前様の娘が自ら選んだのじゃから、それを尊重してやろうじゃないか』
『……まあ、そうね』
フェンリルも渋々ながらも頷いた。
――
二日ほどは特に何事もなく過ぎた。
あえて言うならば、サリーについてか。
サリーに果物などの種を渡した冒険者の女に関しては少し見直したり、サリーが大蟻よりも弱そうな人間の男から逃げる姿に呆れたり、サリーが一向に料理を送ってこないことに不満に思ったりと、そんな程度だ。
だが、その翌日、ついにサリーが動き出すことになる。
なんと、あの億劫がりで臆病な娘が、町の中に入ったのである。
『……』
フェンリルはその様子を、怪訝そうに眺めた。
『やっぱり、あの子、怖がられてないのよね。
力の差はそれこそ、竜と大蟻ぐらいには違うと思うんだけど……』
力の差だけなら、本来、地に伏せてるぐらいには遜るべき人間達が、サリーに対して、むしろ、尊大な態度を取っている者すらいた。
さらに怪訝にさせたのは、サリーがそれを普通に受け入れていることである。
『う~ん、人間自体初めて会うからかしら?
それに近い、エルフと接するのと同じようにしているとか?
そうであれば、失敗したわね……』
もう少し、人間とエルフの違いについて説明し、いかに人間が弱いのかも見せておくべきだったと、後悔した。
さらに頭の痛い状況が遠見の魔方陣越しに見える。
『えぇ~
あの子、冒険者になるつもりなのぉ~
えぇ~』
前出にもあるがフェンリルは冒険者と呼ばれる人間達が大嫌いだ。
果物の種をサリーに献上した女についてはまあ……。
それなりに評価はしているものの、だからといって、娘があんな輩達の同類にされるのには、少々、腹が立った。
『サリーも、あんな変な奴らと連んでないで、さっさと、町を支配してくれれば良いのに……』
などと、不機嫌になったりもしている。
だが、そんな気持ちが吹っ飛ぶものが、遠見の魔方陣越しに現れることとなる。
『ちょっと、何!?
何でこんな所に!?』
それは、一見すると弱った三首の子犬であった。
だが、”知る”者が見たら、いかに危険な存在か、分かるはずだ。
フェンリルをして、
『あぁ~!
何でよりによって、サリーの所に来るのぉぉぉ!
”あれ”ったら、なんて所に産み落としてくれたのぉぉぉ!?』
と前足で頭を抱えてしまうほどであった。
”あれ”とはフェンリルと肩を並べる神獣の一柱、その名を” ”という。
”死の道を見つめる者”という意味がある。
三つの首を持つ犬の姿をしていて、それぞれの首が誕生、成長、消滅の三竦みを持って力の均等を持つという特異な性質がある。
単純な戦闘能力は精々、古竜程度であり、それこそ、けして戦闘に特化してるとはいえない黄金色の羽の彼女にも劣っていた。
だが、三首の特異性と、神に与えられたその”使命”により、油断をするとフェンリルとて飲み込まれてしまう恐れすらあった。
さらに、この神獣には恐るべきというか、はた迷惑なところがあった。
それは、三首の神獣は、その特性から、子を自身が住む場所から離れた、適当な場所に産み落とすところである。
『サリー!
その子を死なせちゃ駄目!
絶対駄目よ!』
フェンリルは聞こえるはずのない娘に対して、叫んだ。
三首の神獣にとって、死とは、その凶悪な力の解放を意味する。
三首の神獣の居る場所から、少なくとも彼、もしくは彼女の視線が入る全てが、闇に覆われ、その力の一片に触れた者は、誕生、成長、消滅を繰り返したあげく、灰になり、光になり、終わりの場所に送られていくこととなる。
成長しきったフェンリルならともかく、まだ幼い柱であるサリーでは一溜まりもなく、”見送られる”事となるだろう。
フェンリルの絶叫が聞こえたわけではないだろうが、サリーは三首の神獣の子供の傷を回復し始めた。
それを見ながら、フェンリルは安心したように一つため息を付いた。
『……ある意味では、回復の出来るサリーの近くで良かったわ。
他の子であったら、完全に終わっていた』
近くで産むなら、せめて報告してくれればいいのに――と恨ましく思う反面、あの愛想の欠片もない三首を思い描き、そんな期待を持つ方が詮無きことかと、もう一度、大きくため息を付いた。
『それより問題は、サリーがあの子供を連れて帰ろうとしている所なのよね……。
一応、三首の神獣の恐ろしさは伝えたはずなんだけど……』
覚えていないのか、子供なら問題ないと思っているのか、何も考えていないのか……。
特に気にする様子も見せずに、結界の中に入れていた。
それを見咎めた黄金色の羽の彼女の眷属が、凄い勢いで詰め寄っているのが見える。
『ああ……。
そうよねぇ~
言い方が乱暴なのはともかく、言っていることは、正しいわ……』
フェンリルは遠くを見るように目を細めた。
黄金色の羽の彼女の眷属が一生懸命に『馬鹿! なんでそんな恐ろしい奴を中に入れる!』とか『お前、こいつがなんなのか、分かってないのか!?』とか『こいつが解放されたら、お前も死ぬんだぞ!』とか、一生懸命訴えつつ、三首の子供に対して『お前、親から力の解放について、何も聞いてないのか!? せめて、一度、解放させてから来い! ……いやだから、話を聞け!』などと言って聞かせていた。
しかも、至極まっとうなことを言っているにも関わらず、話が通じないので白い魔力で捕らわれている。
さらに、後からやってきた黄金色の羽の彼女に威圧を向けられている。
流石にちょっと、可愛そうに思えた。
『それにしても、彼女、三首の子供をそのままにするつもりかしら?』
当然の事ながら、三首の子供の危険性を正しく理解しているはずの、黄金色の羽の彼女が特に行動をすることなく、受け入れるのに、少々違和感を感じた。
そんな気配を感じたのか、黄金色の羽の彼女が遠見の魔法陣越しに、フェンリルを振り返った。
『なんじゃ、あんな子供のことが気になるのか?
三首ならともかく、”柱”にすらなっておらん三首なぞ、妾が押さえ込んでやろう』
『本来であれば、さほど心配はしてないけど、でも、あなた、ずいぶん弱っているじゃない?
”愛娘”もいないようだし』
『ホホホ!
見くびってくれるな。
仮に肉体がボロボロでも、やりようなどいくらでも思いつくわ。
それに、我が眷属を馬鹿にしてくれるな。
寝坊助な娘がいなくても、生まれたばかりの三首程度なら、押さえ込んでくれるわ』
『まあ、そうだろうけど』
『お前様は本当に心配そうじゃな。
老婆心ながらに言わせてもらうと、一挙一動をそんな風にハラハラしながら見ていても、子供のためにならんばかりか、老けるだけじゃよ』
『大きなお世話よ!』
『何にせよ、お前様の娘が自ら選んだのじゃから、それを尊重してやろうじゃないか』
『……まあ、そうね』
フェンリルも渋々ながらも頷いた。
――
二日ほどは特に何事もなく過ぎた。
あえて言うならば、サリーについてか。
サリーに果物などの種を渡した冒険者の女に関しては少し見直したり、サリーが大蟻よりも弱そうな人間の男から逃げる姿に呆れたり、サリーが一向に料理を送ってこないことに不満に思ったりと、そんな程度だ。
だが、その翌日、ついにサリーが動き出すことになる。
なんと、あの億劫がりで臆病な娘が、町の中に入ったのである。
『……』
フェンリルはその様子を、怪訝そうに眺めた。
『やっぱり、あの子、怖がられてないのよね。
力の差はそれこそ、竜と大蟻ぐらいには違うと思うんだけど……』
力の差だけなら、本来、地に伏せてるぐらいには遜るべき人間達が、サリーに対して、むしろ、尊大な態度を取っている者すらいた。
さらに怪訝にさせたのは、サリーがそれを普通に受け入れていることである。
『う~ん、人間自体初めて会うからかしら?
それに近い、エルフと接するのと同じようにしているとか?
そうであれば、失敗したわね……』
もう少し、人間とエルフの違いについて説明し、いかに人間が弱いのかも見せておくべきだったと、後悔した。
さらに頭の痛い状況が遠見の魔方陣越しに見える。
『えぇ~
あの子、冒険者になるつもりなのぉ~
えぇ~』
前出にもあるがフェンリルは冒険者と呼ばれる人間達が大嫌いだ。
果物の種をサリーに献上した女についてはまあ……。
それなりに評価はしているものの、だからといって、娘があんな輩達の同類にされるのには、少々、腹が立った。
『サリーも、あんな変な奴らと連んでないで、さっさと、町を支配してくれれば良いのに……』
などと、不機嫌になったりもしている。
だが、そんな気持ちが吹っ飛ぶものが、遠見の魔方陣越しに現れることとなる。
応援ありがとうございます!
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