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第十章
娘(人間)の行動が不可解すぎる!4
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翌日、昼になり、寂しくなったサリーが『ママぁ~! お兄ちゃ~ん! お姉ちゃ~ん!』などと情けない声を上げているのを、フェンリルは洞窟の遠見の魔法陣前で呆れたように目を細めて眺めていたのだが……。
サリーが住む結界に何かが進入する気配を感じ、思わず立ち上がった。
フェンリルの結界を単独で通り抜ける事が出来る者は主に三種類になる。
一つにはフェンリルより格上の存在――詰まるところ、六神や神使といった、フェンリルが直接、ないし間接的に仕える者となる。
二つには子供達、眷属だ。
サリーも血は繋がっていないが、フェンリルの乳を飲んで育ったのでこちらに当てはまる。
また、単独ではないが、フェンリルないし直系の眷属が招くなどした場合、中に入れることも出来る。
最後に、同格に当たる神獣とその眷属となる。
つまり、柱と数えられる者達である。
その多くは、フェンリルと共にこの地に降りた者とその眷属となる。
むろん、フェンリルの魔力を上回れば、砕くことも出来るが……。
現状、ほぼ”あり得ない”事であった。
なので、侵入されたので有れば、おおむね、上げた中に当てはまるものが有るはずだった。
現状、一と二が”あり得ない”となれば、最後の一つとなるのだが……。
フェンリルは遠見の魔法陣の映像に目を凝らした。
そして、『彼女は……まさか、” ”!?』と目を大きく見開いた。
フェンリルの目に映ったのは、緑色の長い髪に黄金色の羽の神獣であった。
『何故、彼女がここにいる!?』
” ”とは”世界の鍵穴への導”という意味を指す。
場合によっては、”光の指す方”という意味に”変異”する。
二千年ほど前に、フェンリルと共にこの地に降り立った”一柱”である。
黄金色の羽を持つ彼女は、最強格の神獣たるフェンリルに比べれば、その戦闘力は”幾分”劣る。
だが、その性質は別称が示すように神獣というより神に近い存在である。
本来で有れば、そこらをフラフラ飛び回っていて良い者ではないのだが……。
それがよりによって、愛娘の近くに現れたのだから、焦るなと言う方が無理があった。
そんな、黄金色の羽の彼女が、遠見の魔法陣ごしにフェンリルへと視線を向けた。
『どこかで感じたことのある気配だと近寄ってみたら……。
そうか、お前様の眷属じゃったか』
ずいぶん久し振りの――聞き慣れた声質の低い女性の声に、フェンリルは眉を寄せる。
『わたしの娘よ!
いえ、そんなことは良いとして、あなたが何故、そこにいる?
連れてる眷属の数も、ずいぶん少ないようだけど……』
黄金色の羽の彼女は悲しげに表情を歪ませた。
『妾の黄金の大樹は、あやつによって枯らされてしもうたのじゃ』
『”あやつ”……。
まさか!?
それほどまでに?』
黄金色の羽の彼女はコクリと頷いた。
『……我らも今や弱肉強食の法の中で生きてはいる。
じゃが、それを曲げて頼む。
少しだけで良い。
お前様の娘の結界内で我らを休ませてはもらえぬじゃろうか?』
フェンリルは何かを言おうとして、止めた。
本来で有れば、黄金色の羽の彼女らを自分の元に招き寄せる方が良い。
ただ、現在は高位の神獣同士は極力距離を取りながら生活するようにと決められていた。
ならば、娘用の結界に保護するのは理にかなっていた。
事は黄金色の羽の彼女という一柱が揺らぐ問題ではない。
高位の神獣としてはそれを認めざる得なかった。
だが、サリーの母親としては――正直、関わらせたくないと言うのも偽らざる本心であった。
むろん、”柱”となったからには、いずれは向き合うこととなるだろうし、それについて説いてきてもいた。
しかし、それはもう少し年を重ねてからでも遅くない――そう、思っていたのだ。
(いえ、これも巡り合わせということかしらね)
渋く思いつつも、フェンリルは言う。
『サリーは現在、独り立ちの試験をしているところなの。
なので、そのあたりの判断も、サリーにさせるわ』
そうは言っても、サリーは心優しい娘だ。
やっかいごとに巻き込まれそうだと分かっていても、恐らくは苦境にある者を守る事を選ぶだろうと確信していた。
なので、フェンリルのその返答は滞在の許可を与えた事に等しかった。
その上で、サリーがどのような反応を示すか興味深く思っていた。
『事の重大さに焦り、わたしの元に伝えに行こうとするかもしれないわね。
う~ん、それは正しい判断だけど、試験としては……。
まあ、その場合は、仕方がない。
会いに出向きましょう』
ついでに国民がいない国作りなどという変なことは止めて、さっさと町を縄張りに加えるよう言って聞かせないと……。
そんなことを考えていたフェンリルだったが、首を傾げることとなる。
まず一つに、何故かサリーと黄金色の羽の彼女とで会話が出来なかったのである。
どうやら、サリーが聞き取ることが出来ないらしく、困惑している様子が見えた。
『おかしいわね……。
わたし達親子間には問題が無いのに、何故彼女達とは出来ないのかしら?』
ただ、その辺りは単に、黄金色の羽の彼女らの声が聞き慣れていないからという風にも考えられた。
そうであれば、そのうち聞き取れるようになるだろうと楽観も出来る。
だが、もう一つの方に、フェンリルは困惑することとなる。
『え?
あの子、彼女らが何者か分かっていないの?』
本来で有れば、警戒しないといけない同格以上の相手に対して、不思議そうにしながらも普段通りにしている。
取り巻きに対してはともかく、黄金色の羽の彼女に対してすら、平然としている様子から、フェンリルをして、自身の娘が大物なのか大馬鹿なのか決めかねてしまった。
『見た目はまあ、小さいけど……。
雰囲気とかで、その強さとか、ほら、何というか、分からないものかしら?
え?
妖精?
サリー、妖精と勘違いしてるの!?
眷属はともかく、黄金色の羽の彼女はそんな生やさしいものでは無いでしょう!?
あれ?
わたし、黄金色の羽の彼女の事、ちゃんと説明したわよね!?
ひょっとして、エルフの友人が話した童話と混在しちゃったのかしら!?』
などと、フェンリルは前足で頭を抱えてしまったのだが、その隙をつくようにとんでもない事をしでかすこととなる。
サリーの”あれ”っぷりに頭を痛めつつも、黄金色の羽の彼女については、彼女のお気に入りである赤い薔薇の上でいくらか休憩したら、その場を離れて行くだろうと楽観していた。
なので、黄金色の羽の彼女について説明しただろう過去に意識が行き、現在を疎かにした。
故に、驚愕することとなる。
娘の――愛娘の家の裏に”世界の鍵穴”たる大木がむくむくと育って行ったのである。
『うぉぉぉい!?
ちょ!
何やってるのぉぉぉ!?』
フェンリルの絶叫が洞窟中に響きわたった。
サリーが住む結界に何かが進入する気配を感じ、思わず立ち上がった。
フェンリルの結界を単独で通り抜ける事が出来る者は主に三種類になる。
一つにはフェンリルより格上の存在――詰まるところ、六神や神使といった、フェンリルが直接、ないし間接的に仕える者となる。
二つには子供達、眷属だ。
サリーも血は繋がっていないが、フェンリルの乳を飲んで育ったのでこちらに当てはまる。
また、単独ではないが、フェンリルないし直系の眷属が招くなどした場合、中に入れることも出来る。
最後に、同格に当たる神獣とその眷属となる。
つまり、柱と数えられる者達である。
その多くは、フェンリルと共にこの地に降りた者とその眷属となる。
むろん、フェンリルの魔力を上回れば、砕くことも出来るが……。
現状、ほぼ”あり得ない”事であった。
なので、侵入されたので有れば、おおむね、上げた中に当てはまるものが有るはずだった。
現状、一と二が”あり得ない”となれば、最後の一つとなるのだが……。
フェンリルは遠見の魔法陣の映像に目を凝らした。
そして、『彼女は……まさか、” ”!?』と目を大きく見開いた。
フェンリルの目に映ったのは、緑色の長い髪に黄金色の羽の神獣であった。
『何故、彼女がここにいる!?』
” ”とは”世界の鍵穴への導”という意味を指す。
場合によっては、”光の指す方”という意味に”変異”する。
二千年ほど前に、フェンリルと共にこの地に降り立った”一柱”である。
黄金色の羽を持つ彼女は、最強格の神獣たるフェンリルに比べれば、その戦闘力は”幾分”劣る。
だが、その性質は別称が示すように神獣というより神に近い存在である。
本来で有れば、そこらをフラフラ飛び回っていて良い者ではないのだが……。
それがよりによって、愛娘の近くに現れたのだから、焦るなと言う方が無理があった。
そんな、黄金色の羽の彼女が、遠見の魔法陣ごしにフェンリルへと視線を向けた。
『どこかで感じたことのある気配だと近寄ってみたら……。
そうか、お前様の眷属じゃったか』
ずいぶん久し振りの――聞き慣れた声質の低い女性の声に、フェンリルは眉を寄せる。
『わたしの娘よ!
いえ、そんなことは良いとして、あなたが何故、そこにいる?
連れてる眷属の数も、ずいぶん少ないようだけど……』
黄金色の羽の彼女は悲しげに表情を歪ませた。
『妾の黄金の大樹は、あやつによって枯らされてしもうたのじゃ』
『”あやつ”……。
まさか!?
それほどまでに?』
黄金色の羽の彼女はコクリと頷いた。
『……我らも今や弱肉強食の法の中で生きてはいる。
じゃが、それを曲げて頼む。
少しだけで良い。
お前様の娘の結界内で我らを休ませてはもらえぬじゃろうか?』
フェンリルは何かを言おうとして、止めた。
本来で有れば、黄金色の羽の彼女らを自分の元に招き寄せる方が良い。
ただ、現在は高位の神獣同士は極力距離を取りながら生活するようにと決められていた。
ならば、娘用の結界に保護するのは理にかなっていた。
事は黄金色の羽の彼女という一柱が揺らぐ問題ではない。
高位の神獣としてはそれを認めざる得なかった。
だが、サリーの母親としては――正直、関わらせたくないと言うのも偽らざる本心であった。
むろん、”柱”となったからには、いずれは向き合うこととなるだろうし、それについて説いてきてもいた。
しかし、それはもう少し年を重ねてからでも遅くない――そう、思っていたのだ。
(いえ、これも巡り合わせということかしらね)
渋く思いつつも、フェンリルは言う。
『サリーは現在、独り立ちの試験をしているところなの。
なので、そのあたりの判断も、サリーにさせるわ』
そうは言っても、サリーは心優しい娘だ。
やっかいごとに巻き込まれそうだと分かっていても、恐らくは苦境にある者を守る事を選ぶだろうと確信していた。
なので、フェンリルのその返答は滞在の許可を与えた事に等しかった。
その上で、サリーがどのような反応を示すか興味深く思っていた。
『事の重大さに焦り、わたしの元に伝えに行こうとするかもしれないわね。
う~ん、それは正しい判断だけど、試験としては……。
まあ、その場合は、仕方がない。
会いに出向きましょう』
ついでに国民がいない国作りなどという変なことは止めて、さっさと町を縄張りに加えるよう言って聞かせないと……。
そんなことを考えていたフェンリルだったが、首を傾げることとなる。
まず一つに、何故かサリーと黄金色の羽の彼女とで会話が出来なかったのである。
どうやら、サリーが聞き取ることが出来ないらしく、困惑している様子が見えた。
『おかしいわね……。
わたし達親子間には問題が無いのに、何故彼女達とは出来ないのかしら?』
ただ、その辺りは単に、黄金色の羽の彼女らの声が聞き慣れていないからという風にも考えられた。
そうであれば、そのうち聞き取れるようになるだろうと楽観も出来る。
だが、もう一つの方に、フェンリルは困惑することとなる。
『え?
あの子、彼女らが何者か分かっていないの?』
本来で有れば、警戒しないといけない同格以上の相手に対して、不思議そうにしながらも普段通りにしている。
取り巻きに対してはともかく、黄金色の羽の彼女に対してすら、平然としている様子から、フェンリルをして、自身の娘が大物なのか大馬鹿なのか決めかねてしまった。
『見た目はまあ、小さいけど……。
雰囲気とかで、その強さとか、ほら、何というか、分からないものかしら?
え?
妖精?
サリー、妖精と勘違いしてるの!?
眷属はともかく、黄金色の羽の彼女はそんな生やさしいものでは無いでしょう!?
あれ?
わたし、黄金色の羽の彼女の事、ちゃんと説明したわよね!?
ひょっとして、エルフの友人が話した童話と混在しちゃったのかしら!?』
などと、フェンリルは前足で頭を抱えてしまったのだが、その隙をつくようにとんでもない事をしでかすこととなる。
サリーの”あれ”っぷりに頭を痛めつつも、黄金色の羽の彼女については、彼女のお気に入りである赤い薔薇の上でいくらか休憩したら、その場を離れて行くだろうと楽観していた。
なので、黄金色の羽の彼女について説明しただろう過去に意識が行き、現在を疎かにした。
故に、驚愕することとなる。
娘の――愛娘の家の裏に”世界の鍵穴”たる大木がむくむくと育って行ったのである。
『うぉぉぉい!?
ちょ!
何やってるのぉぉぉ!?』
フェンリルの絶叫が洞窟中に響きわたった。
応援ありがとうございます!
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