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第十章
娘(人間)の行動が不可解すぎる!2
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頭の中で娘達とのひとときを楽しんだ後、『さて』と、フェンリルは現実と向き合う事にする。
フェンリルも伊達にサリーの母親を十年以上こなしていない。
前記にもあるが、サリーの常軌を逸すると言ってもよいほどの臆病っぷりを知っているのだ。
気持ちとしては、さっさと町に突撃して、さっさと支配して欲しいと思っていたし、それが出来るだけの実力があると思っていた。
思っていたのだが……。
フェンリルは悩ましげにため息をついた。
サリーは行動すれば素晴らしい成果を上げる。
狩りにしても、何にしてもだ。
だが、動き出すまでがかなり遅い。
かといって、無理にさせようとすると、恐がり、その場で丸くなってしまう所があった。
そうなってしまうと、フェンリルをして、行動させるのに骨が折れた。
一度など、ちょっとした崖から飛び降りるという、”簡単”な訓練をさせたことがあった。
フェンリルであれば、一つの跳躍でたどり着けられる”程度”の、低い山の頂上から降りるだけの優しいものだった。
にもかかわらず、サリーは嫌がって、なかなか飛び降りようとしなかった。
着地に失敗しても、それこそ、頭から落ちても平気な高さだというのに、どれだけ説明しても、なかなか納得せず、『いいから、飛びなさい! 飛ばないと、ご飯抜きよ!』と厳しめに言っても『やだやだ、怖い怖い』と言って、その場に丸くなってしまった。
鼻先で突っついても、前足で押してもいっさい動こうとはしなかった。
致し方が無く、フェンリルが谷底に移動し、『受け止めてあげるから!』と説得し、何とか飛び降りさせるのに成功させたものだ。
だが、一度降りることに成功すると、二度目からはあれだけゴネていたのが嘘みたいにあっさりと降り始める。
どころか、ちょっと楽しそうに『なんとか、ジャァ~ンプ!』とかよく分からないことを叫んでいる。
そんな姿を、少し小首をひねりつつも見てきたフェンリルは、『この子はやれば出来る子』という風に思うようになっていったのだった。
話を戻そう。
フェンリルにはとある懸念があった。
南の森に転送した後、フェンリルの期待に応えるために、町の方に向かう――ことは九分九厘無い。
フェンリルはそう確信していた。
そのような事が起きたのなら、むしろ、驚愕すべき事案である。
それこそ、サリーが偽物に置き換わったのではないか?
そこを疑う事態だと思っていた。
なので、そのような都合の良いことを期待するのは時間の無駄だと、フェンリルは断じていた。
では、サリーは転送した先で、どうなるか?
『あの子の事だから、どうせ、ママぁ~、ママぁ~とか言いながら、その場で丸まり、無駄に時間を費やすんでしょうね』
フェンリルは深く、深く、ため息をついた。
その時間はどれくらいか?
それが問題である。
『十日、二十日……。
流石に、三十日も続くようだと、尻を叩きに行かないといけないわね』
普通の人間なら、飲まず食わずで丸まっていれば、餓死等で死んでしまうのだが……。
サリーであれば平然と(?)丸まっている可能性が高かった。
『いや、下手をすると洞窟まで帰ってこようとするかもしれないわ』
そうなると、再度向かわせるのが非常に骨が折れるとフェンリルは顔をしかめた。
そこで、フェンリルは一計を案じる。
転送先に家を建てたのである。
元々、転送陣とそれを取り囲む結界自体は用意する予定だった。
他の兄姉達の転送先にも用意している。
サリーには、それに加えて住居を用意してあげよう。
フェンリルはそのように思ったのである。
『結界に囲まれた住む場所さえあれば、あの恐がりなサリーとて、気持ちが落ち着くだろうし、気持ちさえ落ち着けば、どれ、試しに町でも縄張りに加えてやろうかなって気にもなるでしょう』
なんやかんや言って、母親であるフェンリルの言うことを聞こうと努力する子である。
……たぶん、努力してくれる子である。
故に、取りあえずは安心して休めるような場所を作ってあげたのである。
元々住んでいたような洞窟が有る場所を探し、転移させることも考えたが、思い直した。
将来、人間の町を支配するのである。
であれば、人間の住む家に慣れさせた方が良いと思ったのである。
エルフの友人の伝手で、大工を雇い、家を造らせた。
代金はフェンリルの抜け毛や生え替わった牙や爪を売って準備したので、特に問題なかった。
折角だから、以前、サリーが話していた、岩を削った浴槽を準備して設置した。
夜、生まれて初めて一人で眠ることとなるサリーが寂しがり、寝不足になるのではと自身の抜け毛を詰めた布団を用意した。
綺麗好きな娘のために、排泄するための部屋も用意したし、石鹸や洗髪剤も沢山準備し物置部屋に置いておいた。
調理が得意な娘のために、窯も用意したし、転送先では手に入りにくい岩塩や胡椒、砂糖大根、各種野菜類の種も箱詰めにしておいた。
人間達が魔力で動く道具を使用すると聞き、照明や水作成などの魔道具を設置させた。
完成した家をフェンリルが満足しながら眺めていたのだが、エルフの友人に「居心地が良すぎて、家から出なくなるんじゃない?」と呆れられてしまった。
フェンリル自身も、少しやり過ぎたかと反省し、便利なだけで必ず必要というわけでもない魔道具に関しては、動力である魔石は外し使えなくしておいた。
あと、調味料や野菜などの種も苦渋の選択ながらも、箱から除外した。
この二つは、娘のためと言うより、娘がフェンリルの為に送ってくれるだろう料理をより良くするための物だったのだが……。
独り立ちの修行という事を考えると、自身で手に入れたのならともかく、はじめから与えるのは問題だと思ったのだ。
『まあ、町を縄張りに加えたら、手にはいるでしょうから。
それに、あの子なら、塩だけでも美味しく料理してくれるでしょう』
その部分に関しては、娘を信用していた。
問題は、あくまでも町に向かってくれるのか?
そこであった。
そして、それが一日、二日で実現するとは思っていなかった。
なので、怖々と遠見の魔法陣を使い、様子を覗いた時に、案の定というか、サリーが寝台の上にある布団に頭を突っ込んでいる様子を見た時も落胆はなかった。
まあ、そうよね――といった、心境で呆れた感じに目を細めていた。
所がである。
サリーが、あの、とにかく臆病な娘が、おもむろに家を出ると、町に向かって進み出したのである。
これに、フェンリルは喜んだ。
『あの表情を見る限り、様子を見に行こう程度でしょうけど……。
行ってしまえば、こちらのものよ!』
フェンリルにとって人間は馬鹿な生き物である。
何もしなくても、近づけば奇声を上げて武器を構え、実力差も分からず切りかかってきて散っていくか、腰を抜かして糞尿を垂れ流し、命乞いをする。
そんな生き物である。
なので、サリーも町に近づきさえすればそんな様子を目の当たりにすることとなり、(あれ? 支配するのって簡単では?)と気づくことになるのでは?
そうでなくても、サリーの力に恐れおののいた人間達の方から、「支配してくだされぇ~」と地面にひれ伏すのではないだろうか?
そう、思っていたのである。
フェンリルはサリーが町を支配する事が確定した気持ちになり『どんな甘い物を送ってくれるのかしら?』と期待で目をキラキラ輝かせながら、眺めていたのだが……。
小首を捻ることとなる。
『……え?
何で誰もあの子に怯えないのかしら?
いや、あの子もなんで普通に人間と話をしているの?』
『いやいやいや!
そんな人間の顔のどこが怖いの!?
あなたが弱クマと馬鹿にしている魔獣の方が、まだ怖いでしょう!?
あ!?
何故逃げる!
どんだけ臆病なの!?』
『え?
はぁ?
何その奇声!?
え?
歌!?
嘘でしょう!?
はぁ?
今度は何を!?
え?
舞!?
国舞!?
呪術じゃなくて!?
いや、わたしは求めてない!
そのようなもの求めてないから!』
『この子はいったい何をやってるのぉぉぉ!?』
うぁをぉぉぉん! という絶叫が、洞窟中に響いた。
フェンリルも伊達にサリーの母親を十年以上こなしていない。
前記にもあるが、サリーの常軌を逸すると言ってもよいほどの臆病っぷりを知っているのだ。
気持ちとしては、さっさと町に突撃して、さっさと支配して欲しいと思っていたし、それが出来るだけの実力があると思っていた。
思っていたのだが……。
フェンリルは悩ましげにため息をついた。
サリーは行動すれば素晴らしい成果を上げる。
狩りにしても、何にしてもだ。
だが、動き出すまでがかなり遅い。
かといって、無理にさせようとすると、恐がり、その場で丸くなってしまう所があった。
そうなってしまうと、フェンリルをして、行動させるのに骨が折れた。
一度など、ちょっとした崖から飛び降りるという、”簡単”な訓練をさせたことがあった。
フェンリルであれば、一つの跳躍でたどり着けられる”程度”の、低い山の頂上から降りるだけの優しいものだった。
にもかかわらず、サリーは嫌がって、なかなか飛び降りようとしなかった。
着地に失敗しても、それこそ、頭から落ちても平気な高さだというのに、どれだけ説明しても、なかなか納得せず、『いいから、飛びなさい! 飛ばないと、ご飯抜きよ!』と厳しめに言っても『やだやだ、怖い怖い』と言って、その場に丸くなってしまった。
鼻先で突っついても、前足で押してもいっさい動こうとはしなかった。
致し方が無く、フェンリルが谷底に移動し、『受け止めてあげるから!』と説得し、何とか飛び降りさせるのに成功させたものだ。
だが、一度降りることに成功すると、二度目からはあれだけゴネていたのが嘘みたいにあっさりと降り始める。
どころか、ちょっと楽しそうに『なんとか、ジャァ~ンプ!』とかよく分からないことを叫んでいる。
そんな姿を、少し小首をひねりつつも見てきたフェンリルは、『この子はやれば出来る子』という風に思うようになっていったのだった。
話を戻そう。
フェンリルにはとある懸念があった。
南の森に転送した後、フェンリルの期待に応えるために、町の方に向かう――ことは九分九厘無い。
フェンリルはそう確信していた。
そのような事が起きたのなら、むしろ、驚愕すべき事案である。
それこそ、サリーが偽物に置き換わったのではないか?
そこを疑う事態だと思っていた。
なので、そのような都合の良いことを期待するのは時間の無駄だと、フェンリルは断じていた。
では、サリーは転送した先で、どうなるか?
『あの子の事だから、どうせ、ママぁ~、ママぁ~とか言いながら、その場で丸まり、無駄に時間を費やすんでしょうね』
フェンリルは深く、深く、ため息をついた。
その時間はどれくらいか?
それが問題である。
『十日、二十日……。
流石に、三十日も続くようだと、尻を叩きに行かないといけないわね』
普通の人間なら、飲まず食わずで丸まっていれば、餓死等で死んでしまうのだが……。
サリーであれば平然と(?)丸まっている可能性が高かった。
『いや、下手をすると洞窟まで帰ってこようとするかもしれないわ』
そうなると、再度向かわせるのが非常に骨が折れるとフェンリルは顔をしかめた。
そこで、フェンリルは一計を案じる。
転送先に家を建てたのである。
元々、転送陣とそれを取り囲む結界自体は用意する予定だった。
他の兄姉達の転送先にも用意している。
サリーには、それに加えて住居を用意してあげよう。
フェンリルはそのように思ったのである。
『結界に囲まれた住む場所さえあれば、あの恐がりなサリーとて、気持ちが落ち着くだろうし、気持ちさえ落ち着けば、どれ、試しに町でも縄張りに加えてやろうかなって気にもなるでしょう』
なんやかんや言って、母親であるフェンリルの言うことを聞こうと努力する子である。
……たぶん、努力してくれる子である。
故に、取りあえずは安心して休めるような場所を作ってあげたのである。
元々住んでいたような洞窟が有る場所を探し、転移させることも考えたが、思い直した。
将来、人間の町を支配するのである。
であれば、人間の住む家に慣れさせた方が良いと思ったのである。
エルフの友人の伝手で、大工を雇い、家を造らせた。
代金はフェンリルの抜け毛や生え替わった牙や爪を売って準備したので、特に問題なかった。
折角だから、以前、サリーが話していた、岩を削った浴槽を準備して設置した。
夜、生まれて初めて一人で眠ることとなるサリーが寂しがり、寝不足になるのではと自身の抜け毛を詰めた布団を用意した。
綺麗好きな娘のために、排泄するための部屋も用意したし、石鹸や洗髪剤も沢山準備し物置部屋に置いておいた。
調理が得意な娘のために、窯も用意したし、転送先では手に入りにくい岩塩や胡椒、砂糖大根、各種野菜類の種も箱詰めにしておいた。
人間達が魔力で動く道具を使用すると聞き、照明や水作成などの魔道具を設置させた。
完成した家をフェンリルが満足しながら眺めていたのだが、エルフの友人に「居心地が良すぎて、家から出なくなるんじゃない?」と呆れられてしまった。
フェンリル自身も、少しやり過ぎたかと反省し、便利なだけで必ず必要というわけでもない魔道具に関しては、動力である魔石は外し使えなくしておいた。
あと、調味料や野菜などの種も苦渋の選択ながらも、箱から除外した。
この二つは、娘のためと言うより、娘がフェンリルの為に送ってくれるだろう料理をより良くするための物だったのだが……。
独り立ちの修行という事を考えると、自身で手に入れたのならともかく、はじめから与えるのは問題だと思ったのだ。
『まあ、町を縄張りに加えたら、手にはいるでしょうから。
それに、あの子なら、塩だけでも美味しく料理してくれるでしょう』
その部分に関しては、娘を信用していた。
問題は、あくまでも町に向かってくれるのか?
そこであった。
そして、それが一日、二日で実現するとは思っていなかった。
なので、怖々と遠見の魔法陣を使い、様子を覗いた時に、案の定というか、サリーが寝台の上にある布団に頭を突っ込んでいる様子を見た時も落胆はなかった。
まあ、そうよね――といった、心境で呆れた感じに目を細めていた。
所がである。
サリーが、あの、とにかく臆病な娘が、おもむろに家を出ると、町に向かって進み出したのである。
これに、フェンリルは喜んだ。
『あの表情を見る限り、様子を見に行こう程度でしょうけど……。
行ってしまえば、こちらのものよ!』
フェンリルにとって人間は馬鹿な生き物である。
何もしなくても、近づけば奇声を上げて武器を構え、実力差も分からず切りかかってきて散っていくか、腰を抜かして糞尿を垂れ流し、命乞いをする。
そんな生き物である。
なので、サリーも町に近づきさえすればそんな様子を目の当たりにすることとなり、(あれ? 支配するのって簡単では?)と気づくことになるのでは?
そうでなくても、サリーの力に恐れおののいた人間達の方から、「支配してくだされぇ~」と地面にひれ伏すのではないだろうか?
そう、思っていたのである。
フェンリルはサリーが町を支配する事が確定した気持ちになり『どんな甘い物を送ってくれるのかしら?』と期待で目をキラキラ輝かせながら、眺めていたのだが……。
小首を捻ることとなる。
『……え?
何で誰もあの子に怯えないのかしら?
いや、あの子もなんで普通に人間と話をしているの?』
『いやいやいや!
そんな人間の顔のどこが怖いの!?
あなたが弱クマと馬鹿にしている魔獣の方が、まだ怖いでしょう!?
あ!?
何故逃げる!
どんだけ臆病なの!?』
『え?
はぁ?
何その奇声!?
え?
歌!?
嘘でしょう!?
はぁ?
今度は何を!?
え?
舞!?
国舞!?
呪術じゃなくて!?
いや、わたしは求めてない!
そのようなもの求めてないから!』
『この子はいったい何をやってるのぉぉぉ!?』
うぁをぉぉぉん! という絶叫が、洞窟中に響いた。
応援ありがとうございます!
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