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第五章

焦燥に駆られながら2

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 わたしは雨よけを作っていた左手に魔力を多く注ぐ。
 卵の殻に小さな穴を開けたような形にする。
 あ、脱衣所スペースも作らなくちゃ。
 取りあえず、大きめのお風呂サイズまで大きくして、上下部分を水平に伸ばし屋根と床とする。
 一畳で良いかな?
 壁は魔力的、集中力的問題で諦めて貰おう。
 まだ、何かに狙われる可能性もあるしね。
 卵形の浴槽に、魔法で水を張り、温めていく。
 手を入れて確認――多少ヌルいぐらいの方が良いから、これぐらいかな?
 わたしは、上の女の子から赤ちゃんを受け取り、促す。
「ほら、二人とも服を脱いで、そこに入って!」
「え!?
 こ、こんなところで!?」
 などと、上の子は困惑する。
 気持ちは分かるけど、仕方が無い。
 だって、女の子二人もずいぶん雨に濡れたからか顔は真っ青だし、唇は紫色になっている。

「凍えちゃうわよ!
 ほら、早く!」
といいつつ、わたしはお母さんの方を脱がせていく。
 わたしより頭一つ分は大きい女の人だ。
 ひょっとしたら手こずるかな? とも思った。
 でも、元は丈夫そうな服だったけど、背中から腰にかけて老人顔さんに裂かれていたので、思ったよりすんなりと脱げた。

 胸が……凄い!

 白い肌に、巨大で柔らかそうな”それ”は、女の子であるわたしをして、息を飲んでしまった。
 腰はほっそりしているのに、凄すぎる!

 これ、わたしが少年だったら大変なことになってそう!
 いや、そんなことをやっている場合じゃ無い。

 わたしは浴槽の中にお母さんの足先からゆっくりと中に入れる。
 髪はどうしようかと悩んだが、既にびしょびしょなのでそのまま入れた。
 これで良し!
 わたしは、右手から白いモクモクを出し、荷車に向かってビュッと伸ばした。
 五十メートルほど離れたそれを掴むと、引き寄せる。
 警戒中の白狼君達を驚かせてしまったが、わたしがやっているのに気づき、直ぐに視線を戻す。
 この子達、中々賢そうだ。
 手元まで来た荷車の中身を考える。
 不幸中の幸いというべきか……初めての雨だったから、タオルを追加で買っていたのだ。
 とはいえ、一枚、使い回さないといけない。
 視線を女の子達に向けると、上の子が困った顔をしながら、下の子の服を引っ張ったりしている。
「何してるの?」
「わ、わたくし達、自分で服を脱いだことが無くって……」
 ひゃ~真正のお嬢様だ!
 とはいえ、わたしだってこの世界の服はよく分からない。
 最悪は裂くか――とも思ったけど、何とかかんとか、全裸にすることが出来た。
 脱がした順で浴槽に入れる。
「しばらく、温まってて!」と言いつつ、彼女たちの服を洗濯する。
 白いモクモクで洗濯機になり、乾燥機になっていると、またしても何者かが集団で迫り来る気配を感じ、白狼君達も唸りだした。
 視線を向けて、「ウゲェ~」っと思わず顔をしかめる。

 嫌なのが来た。

 サーベルタイガー君だ。

 こっちでは、大牙虎おおきばどらだったか。
 現世では絶滅したサーベルタイガー君だが、この世界では生き残っているらしく、これまでも何度か遭遇している。
 足が速いわけでもなく、力が強いわけでもない、フェンリルわたし達的には大したことがない魔獣だ。
 だが、サーベルタイガー君は非常に面倒な能力が一つだけあった。

 噛みつきだ。

 あの巨大な牙で噛みつかれると、なかなか抜けないのだ。
 構造上なのかなんなのかよく分からないけど、どれほど振り回しても、どんなに痛めつけても、それこそ、殺しても、あの牙はなかなか離れない。
 下のお兄ちゃんと狩りをした時に遭遇したことがあった。
 大したことがないと油断していたら、下のお兄ちゃんの足にサーベルタイガー君が噛みついて来た。
 その胴をお兄ちゃんは噛みちぎり殺したんだけど、絶命したサーベルタイガー君の首だけが足に噛みついたまま残ってしまった。
 下のお兄ちゃんがいくら振っても外れず、当時、八歳だったわたしが顎を外そうとしても全く外れなかった。
 噛みついている牙や顎を砕こうとしたけど、やたらと堅く、結局、そのままで巣穴に戻り、ママの白いモクモクで外して貰うしかなかった。
 フリーな状態ならいざ知らず、動きが取りづらい今の状態で対峙したい相手ではない。
 しかもだ。
 雨もやの中に、複数の獣の姿が現れる。
 彼らは白狼君と同じく、集団で狩りをする。
 二十匹ほどのサーベルタイガー君がにじり寄ってきていた。
 白狼君の一匹が軽く吠えると、老人顔さんを食べていたメンバーも食事をやめ、わたしを中心に陣形を組む。
 二十匹VS三十匹――白狼君の方が頭数は多い。
 ただ、申し訳ないけど大型犬程度の白狼君には、全長四メートルほどのサーベルタイガー君を相手取るのは分が悪い。
「あ、あのう……」
 視線を向けると上の女の子が心配そうに目を揺らしている。
 わたしは赤ちゃんの服を手早く脱がすと、上の子に渡す。
「ゆっくりと、浸からせてあげて!」と言った後、サーベルタイガー君らに向き直る。

 しょうがない、”魔術”を使うか……。

 ”魔法”と”魔術”について、前世では物語や書籍で、様々な説が語られていた。
 中にはやたらと細かく書き連なっているものもあった。
 だが、この世界での違いは単純明快――詠唱の有無だけだ。
 例えば、炎を出そうとする。
 そこに炎よあれ、と体内魔力に働きかけて発現させるのが、”魔法”で、魔力を帯びた魔術語を詠唱することで発現させるのが”魔術”である。
 Web小説とかでよくある無詠唱は”魔法”に当たるのかな?

 魔術とは口に出すのであれ、頭の中で組み立てるのであれ、少なくとも言葉に魔力を編み込める必要はある。

 ママに習った魔法、エルフのお姉さんに習った魔術、同じ魔力を使った技だが、やはり、一長一短ある。

 わたしのイメージでは水を撒く為に手のひらを使うか、霧吹きを使うか、だ。
 体内にある魔力をバケツの中にある水と仮定して、そこに手を突っ込み、手のひらで水をすくって撒くのが魔法だ。

 霧吹きを準備し、バケツの中の水を中に入れてセットし、水を拭きかけるのが魔術である。

 魔法は沢山の量をドバッと素早くかけることが出来、魔術はセッティングに時間がかかるけど、広範囲かつ均等に影響を与える事が出来る。

 そんな感じだ。

 それを戦闘に置き換えると、単体に対して攻撃する場合は早く、強く相手にぶつけることが出来る魔法の方が良いのだけど……。

 雨足が激しくなる中、サーベルタイガー君はわたし達を包囲するように近寄ってくる。
 その一匹一匹の間隔は広く獲られている。

 このように詰められると魔法の場合、効果範囲の狭さが災いして少々困る事になるのだ。
 無論、わたし一人だけの時にはいくらでもやりようはあるのだけど、女の子達や、一応、仲間としてカウントしている白狼君達がいるので無茶は出来ない。

 先頭に立つサーベルタイガー君の口元がニヤリとゆがみ、その端から青白い魔力の炎が漏れる。

 舐めてるなぁ~

 ……いや、なんやかんや適切な距離を取っている所を見ると、強者わたしの気をそらし、周りにいる白狼君や女の子達を狩るつもりなのかも知れない。
 集団戦が得意な魔獣は、こういうことを平気でやってくるから非常にやっかいなのだ。

 とはいえ、それは魔法しか出来ない場合だ。

『皆、わたしの側に来て!』
 わたしがわぉわぉ~んと声をかけると、白狼君達がさっと側による。
 そして、周りのサーベルタイガー君を警戒するように睨む。
 わたしは魔力の帯びた言葉を小さく呟きながら、右手から出した白いモクモクを、わたし達を取り囲むように発現させる。
 わたしの膝上ぐらいの高さで、サーベルタイガー君にとっては大した障害物にもならないだろう。
 ただ、非常に警戒心が強いようで、彼らは全員、三メートルほど後ろに飛び下がった。
 その賢さは彼らの美点なんだろうけど、今回はどちらかというと仇となった。
 わたしは白いモクモクを塀ぐらいの高さにすると、唱える。
雷撃雨サンダーボルト・レイン!』
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