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22.王妃殿下とリラジェンマ
しおりを挟むリラジェンマにとって平和な数日が過ぎていった。
あの晩餐会以来、王妃殿下がリラジェンマの部屋をよく……というか頻繁に訪れるようになった。
今もお茶の時間に茶菓子とともに登場した彼女は上機嫌だ。
なんでも娘が欲しかったらしく「息子のお嫁さんはわたくしの娘~♪」と歌い実に楽しそうである。
自分が輿入れしてきたとき持ち込んだドレスやらアクセサリーやらを大切に保存していた彼女は、いつの日か娘が生まれたらこれらを譲りたかったのだとリラジェンマに語った。
「わたくしは娘を生まなかったから、その夢は夢のまま終わると思っていたの」
そう語るヴィルヘルミーナ・イェリン・ヌエベ王妃殿下は、どこか遠い処を見るような瞳でリラジェンマを優しく見つめる。
「でも……第二王子殿下はすでにご結婚されているとか。その王子妃に譲るという方法もあったのでは?」
王妃から見れば、息子である長男の嫁も次男の嫁も等しく『義娘』である。
今リラジェンマにしているように第二王子妃にもすればよかったのではないかと問えば、それは憚られたという返事だった。
第二王子の妃は国内でも歴史のある侯爵家の令嬢で、その彼女が輿入れするときはそれはそれは立派な嫁入り道具を持ち込んでいたそうで。
「あぁ、決してわたくしがセレーネを疎んじている訳ではないのよ。ただ立派なご実家が愛する娘のためにと持たせたものを無下にはできないでしょう? わたくしが持ち込んだ物と同じように」
だから自分の持ち物は渡せなかったのだと王妃は語った。
どうやらセレーネというのが第二王子妃の名前らしい。
「それにセレーネは直ぐ懐妊したし。そんなあの子に独身者がつけるようなお飾りを渡すのは逆に、ねぇ?」
確かに、姑である王妃殿下から下げ渡されたら嫌みになってしまうかもしれない。
嫁姑問題はどこの国でもそれなりに聞く話ではあるが、このヴィルヘルミーナ王妃殿下は気遣いができる女性のようだ。
「だからリラジェンマ姫が来てくださって嬉しいの。わたくしの倉に眠っているお飾りやドレス、全部姫用にリフォームし直しましょう!」
「妃殿下、そこまでなさる必要は……」
弾むような声で提案されるそれに恐縮する。するとキョトンとした顔で王妃殿下がリラジェンマの顔を見つめ直した。
「あら。あらあら。ねぇ、そろそろこのプライベートな場でその呼び方はやめてちょうだい。他人行儀だわ。ぜひ『おかあさま』と呼んで?」
「え」
こういう話の流れ、つい最近体験した記憶があるせいでリラジェンマの笑顔が固まった。
ウィルフレードとお互いの呼び名を決めたときのアレだ。
「女の子に『おかあさま』って呼んで貰いたかったの。お願い。ね?」
可愛らしく小首を傾げて、そのうす紫の瞳をキラキラと期待に輝かせて再度お願いをする王妃殿下。
(……断ると逆に長引いて面倒くさくなるアレだわ……)
リラジェンマは一度学習したら忘れない。失敗は二度と繰り返さない。あのときのアレは実に面倒くさかったし心労が増えた。
仕方がないと覚悟を決める、が。
『おかあさま』などと。
11歳の時、実母を亡くして以来久しぶりに口にする単語である。もう子どもではないのにという思いから、少し躊躇われた。
端的にいえば、恥ずかしかったのだ。
「お、……おかあさま……」
頑是ない子どもの頃に戻ったような錯覚を覚えて照れ臭かった。
少々頬が熱い気がする。
おずおずと口にした単語は、王妃殿下の中のなにかのツボを押したらしい。
激しく喜ばれテーブルの下で足をパタパタと踏み鳴らしたと思ったら、リラジェンマの両手をガッシと掴んでまっすぐに視線を合わせると言った。
「えぇそうよ。これからはわたくしがリラのおかあさまですよ。なにか困ったことがあったら隠さず教えて頂戴ね。おかあさまとのお約束は絶対ですよ」
合点がいった。
王妃殿下はリラジェンマの経歴――子どもの頃に母を失ったこと――を承知しているからこそ、このような申し出をしたのだと。
それにリラジェンマの瞳には、王妃殿下から善意しか視えなかった。
(ここまで無邪気で心の温かい人、久しぶりに視たわ)
そういえば、リラジェンマの実母が遺したドレスなどはすべて父の愛妾に譲られていた。母から娘へ遺されたものは、自分の身以外なにもない。
ヴィルヘルミーナ王妃殿下の心遣いが面映ゆくも嬉しかった。
リラジェンマのプラチナブロンドの髪なら似合わないお飾りなんてないわね! と鼻息を荒くしながら新たなデザインを描く王妃殿下の多才さに目を丸くしていると、侍女のハンナがご歓談中申し訳ありませんと声をかけてきた。
なんでもウィルフレードが来たがっていると。
「なぁに? またあの子なの? ちゃんと仕事は済んでいるのでしょうね」
少々機嫌を損ねたように応えたのは王妃であった。
(“また”……というのは妃殿下。あなた様も同義なのですが……)
とはいえ、リラジェンマは内心を吐露することなく王太子の訪問に諾と答えた。
ほどなくしてウィルフレードが現れた。
入室し実母の姿を見たとたん、公的な『王太子』の仮面を被ったウィルフレードと、実の息子であるにも関わらず『王妃殿下』として対応するヴィルヘルミーナ。
リラジェンマの瞳には、静かに心の戦闘態勢に入る親子が視える。
「王妃殿下。この部屋であなたさまに会うのは昨日以来でしょうか」
「本当にね、王太子殿下。お元気そうでよろしいこと。お仕事が溜まっているのではなくて? バラデスがアナタを探しまくる足音が聞こえてきそうよ」
つまり、両者の言い分は「オマエは仕事に戻れ」なのである。たしかに、『王妃』も『王太子』も公務で忙しいはずなのだが。
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