異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
22 / 66

22.王妃殿下とリラジェンマ

しおりを挟む
 
 リラジェンマにとって平和な数日が過ぎていった。
 あの晩餐会以来、王妃殿下がリラジェンマの部屋をよく……というか頻繁に訪れるようになった。
 今もお茶の時間に茶菓子とともに登場した彼女は上機嫌だ。

 なんでも娘が欲しかったらしく「息子のお嫁さんはわたくしの娘~♪」と歌い実に楽しそうである。
 自分が輿入れしてきたとき持ち込んだドレスやらアクセサリーやらを大切に保存していた彼女は、いつの日か娘が生まれたらこれらを譲りたかったのだとリラジェンマに語った。

「わたくしは娘を生まなかったから、その夢は夢のまま終わると思っていたの」

 そう語るヴィルヘルミーナ・イェリン・ヌエベ王妃殿下は、どこか遠い処を見るような瞳でリラジェンマを優しく見つめる。

「でも……第二王子ベネディクト殿下はすでにご結婚されているとか。その王子妃に譲るという方法もあったのでは?」

 王妃から見れば、息子である長男の嫁も次男の嫁も等しく『義娘』である。
 今リラジェンマにしているように第二王子妃にもすればよかったのではないかと問えば、それははばかられたという返事だった。
 第二王子の妃は国内でも歴史のある侯爵家の令嬢で、その彼女が輿入れするときはそれはそれは立派な嫁入り道具を持ち込んでいたそうで。

「あぁ、決してわたくしがセレーネを疎んじている訳ではないのよ。ただ立派なご実家が愛する娘のためにと持たせたものを無下にはできないでしょう? わたくしが持ち込んだ物と同じように」

 だから自分の持ち物は渡せなかったのだと王妃は語った。
 どうやらセレーネというのが第二王子妃の名前らしい。

「それにセレーネは直ぐ懐妊したし。そんなあの子に独身者がつけるようなお飾りを渡すのは逆に、ねぇ?」

 確かに、姑である王妃殿下から下げ渡されたら嫌みになってしまうかもしれない。
 嫁姑問題はどこの国でもそれなりに聞く話ではあるが、このヴィルヘルミーナ王妃殿下は気遣いができる女性のようだ。

「だからリラジェンマ姫が来てくださって嬉しいの。わたくしの倉に眠っているお飾りやドレス、全部姫用にリフォームし直しましょう!」

「妃殿下、そこまでなさる必要は……」

 弾むような声で提案されるそれに恐縮する。するとキョトンとした顔で王妃殿下がリラジェンマの顔を見つめ直した。

「あら。あらあら。ねぇ、そろそろこのプライベートな場でその呼び方はやめてちょうだい。他人行儀だわ。ぜひ『おかあさま』と呼んで?」

「え」

 こういう話の流れ、つい最近体験した記憶があるせいでリラジェンマの笑顔が固まった。
 ウィルフレードとお互いの呼び名を決めたときのだ。

「女の子に『おかあさま』って呼んで貰いたかったの。お願い。ね?」

 可愛らしく小首を傾げて、そのうす紫の瞳をキラキラと期待に輝かせて再度お願いをする王妃殿下。

(……断ると逆に長引いて面倒くさくなるだわ……)

 リラジェンマは一度学習したら忘れない。失敗は二度と繰り返さない。あのときのアレは実に面倒くさかったし心労が増えた。
 仕方がないと覚悟を決める、が。
『おかあさま』などと。
 11歳の時、実母を亡くして以来久しぶりに口にする単語である。もう子どもではないのにという思いから、少し躊躇ためらわれた。
 端的にいえば、恥ずかしかったのだ。

「お、……おかあさま……」

 頑是がんぜない子どもの頃に戻ったような錯覚を覚えて照れ臭かった。
 少々頬が熱い気がする。

 おずおずと口にした単語は、王妃殿下の中のなにかのツボを押したらしい。
 激しく喜ばれテーブルの下で足をパタパタと踏み鳴らしたと思ったら、リラジェンマの両手をガッシと掴んでまっすぐに視線を合わせると言った。

「えぇそうよ。これからはわたくしがリラのおかあさまですよ。なにか困ったことがあったら隠さず教えて頂戴ね。おかあさまとのお約束は絶対ですよ」

 合点がいった。
 王妃殿下はリラジェンマの経歴――子どもの頃に母を失ったこと――を承知しているからこそ、このような申し出をしたのだと。
 それにリラジェンマの瞳には、王妃殿下から善意しか視えなかった。

(ここまで無邪気で心の温かい人、久しぶりに視たわ)

 そういえば、リラジェンマの実母が遺したドレスなどはすべて父の愛妾に譲られていた。母から娘へ遺されたものは、自分の身以外なにもない。
 ヴィルヘルミーナ王妃殿下の心遣いが面映ゆくも嬉しかった。

 リラジェンマのプラチナブロンドの髪なら似合わないお飾りなんてないわね! と鼻息を荒くしながら新たなデザインを描く王妃殿下の多才さに目を丸くしていると、侍女のハンナがご歓談中申し訳ありませんと声をかけてきた。
 なんでもウィルフレードが来たがっていると。

「なぁに? またあの子なの? ちゃんと仕事は済んでいるのでしょうね」

 少々機嫌を損ねたように応えたのは王妃であった。

(“また”……というのは妃殿下。あなた様も同義なのですが……)

 とはいえ、リラジェンマは内心を吐露することなく王太子の訪問に諾と答えた。

 ほどなくしてウィルフレードが現れた。
 入室し実母の姿を見たとたん、公的な『王太子』の仮面を被ったウィルフレードと、実の息子であるにも関わらず『王妃殿下』として対応するヴィルヘルミーナ。
 リラジェンマの瞳には、静かに心の戦闘態勢に入る親子が視える。

「王妃殿下。この部屋であなたさまに会うのは昨日以来でしょうか」

「本当にね、王太子殿下。お元気そうでよろしいこと。お仕事が溜まっているのではなくて? バラデスがアナタを探しまくる足音が聞こえてきそうよ」

 つまり、両者の言い分は「オマエは仕事に戻れ」なのである。たしかに、『王妃』も『王太子』も公務で忙しいはずなのだが。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない

結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。 ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。 悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。 それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。 公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。 結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。 毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。 恋愛小説大賞にエントリーしました。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...