竜族の女騎士は自身の発情期に翻弄される

紗綺

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日常の幸せ

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「エイル、そっち行ったぞ!」

魔獣を追い込んでいた者が声を掛ける。
草をかき分けて飛び出してきた魔獣を一閃し剣を下ろす。

「よし、これで最後だね」

すばしっこくて手こずったけれど全部討伐できた。
今日は王都近くの村に小型魔獣の討伐に来ている。
昨夜の魔獣発生の一報を聞いて朝一で駆けつけてきた。
村の外の畑を荒らす小型魔獣は素早く対応しないと数を増やして大変なことになる。
騎士団への通報も早く、今日中に対処できてよかった。
すっかり日常が戻ってきたなと感じる。
村の代表に討伐終了を報告して、通報のあった魔獣の数と被害を確認する。
村人たちも通報をした次の日に騎士団が来るとは思ってなかったようで随分感謝された。
お礼にと村で作っている地酒をもらい、王都に取って返す。近場だと日帰りできて良い。
地酒は隊全体に回るほどの量はないため、村まで来た数人で分けることとなった。

城に戻って報告を終えるとまだ仕事中のアルヴィスへ伝言をして部屋に向かう。
珍しい物をもらったのでアルヴィスと味わってみたい。
好みに合うかは別だけれど、色んな味を知ることを楽しんでいるから喜んでもらえると思う。
ついでにとこの前買った酒も一緒に持っていくことにした。

待っている間に図書館から借りてきた本を読む。
主に獣族の発情期に書かれた本は少しだけ竜族のことも載っていた。
これが本当かはわからないけれど、『竜族の生態』よりは確かなことが書いてあると思う。
わからないことはウォルドに聞けばいいし。
ウォルドは竜族のことは嫌な顔をして教えてくれないけれど、獣族のことは普通に教えてくれる。
獣族の中でも症状に個人差があるため、エイルの症状に似たものもあるかもしれないと地道に勉強中だ。
今のところエイルは自身の発情期の周期すらわからない。
何か兆候があったら教えてほしいとアルヴィスには伝えている。

しばらくすると扉を叩く音がして部屋の主が帰ってきた。

「待たせたか?」

「そんなには」

テーブルの上に持ってきた袋を置いて中身を取り出す。
二人とも食事は済ませているからつまみになる物ばかりだ。

「その酒は?」

アルヴィスがエイルの持ってきたボトルを指す。

「この前街に下りたときに買ってきた」

「ちなみになんて言って買ったんだ?」

眉を寄せながらの質問に内心首を傾げる。
なんで怒ってるような顔してるのかな。

「恋人と一緒に飲むのに良い酒はないか見繕ってくれって言っただけだよ?
あ、強くはないから飲みやすい物をとも言ったけど」

そういえば酒に弱いかも聞かれたので強くはないと答えた。
お酒で気持ち悪くなったりしたら台無しだものねと深く考えなかったのだけれど、アルヴィスの表情を見るとどうも意味があるらしい。

「その酒は口当たりが良くて飲みやすいので有名だ」

「そうなんだ」

そこだけ聞けば特に問題なさそうだけど。

「そして意外と酒精が強く、飲みやすさに騙されて早いペースで飲むとすぐに酔う」

ん? 酒に強くはない恋人と楽しみたいっていう要望から逸れてるよね。

「だから相手を酔わせてコトに持ち込みたいときによく使われる」

眉間に皺が寄ったのを感じる。つまり……。

「私がアルヴィスを酔わせて好きにしたいって言ってるように見えると」

そこまでは言ってないとアルヴィスが首を振る。でもそういうことだよね。

「お前はこれくらいじゃ酔わないから普通に飲めばいいんじゃないか?
軽やかな良い香りもするし好みに合うと思う。
……その酒店にはもう行かない方がいいと思うが」

「そうだね、そうするよ」

ここまで要望から外した酒を勧める店に行こうとは思わない。
しかも結構酷い手法じゃないかな。
相手を酔わせて好きにしようと思ってる人間に見えたとか、物凄い嫌なんだけど。

「いや、逆にお前が弱くてすぐに酔うからあとは相手の好きにできるようにって気遣いだったんじゃないか?
本気でそういう勧め方をしたんだったら査察に入りたいくらいだが」

なるほど、どっちにしても嫌な店だ。
査察はアルヴィスの部署の仕事とも一部関係があるから気になるみたい。
後で場所を教えろというアルヴィスに頷いて地酒から封を開けた。



あれからアルヴィスとの関係はそんなには変わらない。
竜族に関する話とかお互いの周りの話を少しする機会が増えただけで大きな変化はない。
夜も相変わらずだ。
アルヴィス曰く探るのが楽しいから別に口にしなくてもいいとか。
言葉にしたら「気分ではない」が大半になるだろうしなとも言っていた。否定できない。
お互いに気分が合えば身体を重ねることもあるし、しないこともある。
アルヴィスに辛い時はないのか聞いてみたら、エイルより発情がコントロールできるから大丈夫だとか。
すごく納得した。
確かに人族は発情期のような周期的なものはないけれど、周囲の話を聞く限り結構頻繁に発情している。
エイルよりコントロールが効いて当然かもしれない。
なのでそのあたりはアルヴィスに任せている。
やっぱりエイルは竜族で、自分から進んで触れ合いたいと思う頻度は少ないから。
ただ、じゃれ合いのような触れ合いが増えたと思う。
一緒に過ごしていて髪を撫でられたり、頬にキスをされたりといった親愛を示すようなものが多い。
同じように親愛を返すことも覚えた。
そのまま行為に発展することもたまにあるのでやっぱりアルヴィスの方が上手だなと感じている。

日常の幸せがこれからも続くよう願う。
少しのすれ違いが起こっても、種族の差でぶつかり合っても。
この先もこうして一緒にいたいから。
エイルが持ってきた地酒を飲み美味しそうにつまみを味わっているアルヴィスへもう一杯酒を注ぐ。
微笑みを向けると向こうからも満足そうな笑みが返ってくる。
楽しい時間は夜が更けきる前で終わり、酔いつぶれたアルヴィスをベッドへ運び隣に潜り込む。
今日はなしね?
珍しく酔いつぶれた……、エイルが酔いつぶしたアルヴィスへキスをしてぎゅっと抱き着く。
さすがにここまでするとその先もしたそうな顔をするからいつもは遠慮してる。
寝てる今ならいいよね?
たまには許してほしいなとこっそり囁くとエイルの声が聞こえていたように頭を軽く撫でられた。


目を覚ましたときに胸の谷間に赤い印がひとつ付いていたのは、アルヴィスの意趣返しだったのかな。
時々お互いに我を通しつつ、それを許し合い受け入れながら続く日常は愛おしい。
まだ目を覚まさない恋人を見つめながら、目覚めを待つ幸せにエイルはそっと微笑んだ。



fin.
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