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第5話 姫、鬼に嫉妬する――鬼女・紅葉――
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しおりを挟む鬼童丸があやめを騙してきたという話を待つ。
「騙してきたこととは――?」
神妙な面持ちで、彼は口を開いた。
あやめは身構える。
そうして――彼が口にしたのは――。
「飯のことだ」
「へ?」
予想外の話だったので、あやめは目を見開いてしまう。
「お前が砂糖と塩を間違えた汁物を食って――本当は劇的に甘いと思ったし、漬物がやけに塩辛いと思ったが美味いって言っちまった――美味いは美味いが、いつもの滅茶苦茶うまい飯と同等に扱うのは良くなかったと思ってる。悪かった」
予想外の展開に、あやめは口をぽかんと開いたまま、言葉を発せなくなった。
「悪かった。お前がそんなに気分を害するなんて思ってなかったものだから――」
頭をガリガリ書いている美青年は、鬼の頭領だというのに、悪戯を叱られる子どものようだった。
「ええっと……鬼童丸さんは、私が失敗作まで褒められたから、普段から適当にお世辞を言われているんだと思って怒っていると思ったということですか?」
「ん? 違うのか?」
「…………ええっと……その……人間の女が嫌いだから、私のことを骨の髄まで食べるから騙しているとか……そういう話を謝るのではなくてですか?」
「ん? 人間の女が嫌い?」
どうやら自分たちの話が噛み合っていないことに、お互いに気付きはじめる。
「その……紅葉さんに言われたんです。鬼童丸さんが『人間の女なんか食べたくもないぐらい嫌いだって』……お母様の話も聞いてしまって……」
昼間にあった出来事について伝えた。
すると、どんどん鬼童丸の表情が変わっていく。そうして、はあっとため息をついた。
「ああ、なるほどな。紅葉が言っていたことは、確かに間違っちゃいねえ」
「それは……じゃあ、私を食べないといけないのは、本当は不本意なんですね」
相手の言葉を聞いて、少しだけガッカリしてしまう自分がいるのはどうしてだろう。
「待て待て、誤解はするな――お、そういえば、橋からもらってた菓子があったんだったな」
すると、彼が単の中から包み紙を取り出した。
(朝作った粉熟)
いくつか口に含んでいく。
「色んな味があって、ふんわり柔らかなくちどけだ。甘くてうまいな……この間、俺と一緒にとった、あまづらせんとかいう甘いやつ使ったんだって?」
「はい、そうなんです! 生地に練り込んであって美味しいと思いますよ!」
相手がニコニコしながら、唐菓子を食べる姿を見て、あやめもつられてニコニコしてくる。
そんな彼女の姿を見て、鬼童丸もにこやかに微笑んだ。
(この人は私に嘘はつかない)
そんな核心のようなものが胸の内に芽生えてきた。
(人間の作った料理をこんなにも一生懸命理解しようとしてくれているのだもの……!)
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