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第19話 ライフォード目線

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 「ひぃっ!」

 私の怒気に気圧されたマーリスは、甲高い悲鳴をあげて椅子から転げ落ちた。
 そのせいで、かなり大きな音がなるが、マーリスは痛みを覚えた様子もなく壁際まで下がり私との距離を取ろうと動く。
 私に対する恐怖が、マーリスの痛覚を鈍くしているのだろう。

 ……それはどうしようもなく惨めな姿で、それがさらに私に苛立ちを覚えさせる。

 サラリアは、この男のためにどれだけを身を捧げてきたか知っているからこそ。

 「……本当にお前は何も知らない愚者だな」

 その思いを抑えきれず、私は思わずそんな言葉をマーリスへと漏らす。
 そして、その呆れは直ぐに怒りへと変わった。

 「劣等感、お前はそんな下らないものでサラリアの努力を踏みにじったのか?」

 そう問いかけた私から発せられる怒気はさらに強まり、最早マーリスは声を出すことさえできない。
 だが、それを見ながらも私は怒りを抑えることはできなかった。

 「ただ、お前の夢を叶えるためにどれだけ努力してきたかも知らずに、よくそんな見当違いな劣等感を覚えられるものだな」

 そう、サラリアの能力の秘密が、努力故のものだと知るからこそ。

 私は、初めてサラリアと出会った時のことを思い出す。
 王立図書館の中、必死に本を読んで勉強していた女性、それが私の初めて見たサラリアの姿だった。
 サラリアの能力、それはサラリアに天賦の才があったからなどの理由ではない。
 ただサラリアは必死に努力をしていただけ。

 貴族の令嬢に学問など必要とされないと言われる貴族社会の中、それでもサラリアは婚約者の夢を叶えるために必死に努力を重ねていたのだ。

 司書と偽った私に、大きな夢を語りながら努力を避けようとする婚約者を嘆きながらも、それでも婚約者の夢を叶えるために努力を重ねると告げたサラリアの姿。
 それは私の脳裏に未だ鮮明に残っている。

 私はその時サラリアに恋をして、そして同時に失恋した。
 自分が恋心を露わにしても、サラリアに不幸を強いるだけ、そう思ったからこそ自分の思いを封印することに決めた。


 「なのにお前が、その努力の理由であるお前が、サラリアの努力を否定するのか、マーリス」


 ──だからこそ、私はマーリスを許せない。

 マーリスの抱く劣等感、それはただの思い込みでしかない。
 サラリアはマーリスの夢のために努力を続け、そのお陰で今の能力を得ただけに過ぎないのだから。
 ただマーリスは、自分が努力せずにサラリアに追い抜かされただけだ。


 ……マーリスは、自分が努力をしなかったことを才能のせいだと思い込み、サラリアの努力を全て踏みにじったのだ。


 「お前は、ただ自分に尽くしてくれた婚約者を一方的に踏みにじっただけの屑だ!」

 そんな愚かな目の前の相手にさらに怒りをぶつける。
 さらに私はマーリスに怒りをぶつけようと口を開く。

 「っ!」

 そして、ある考えが自分の頭に浮かんだのはその時だった。

 それは今まで何度も頭に過ぎりながら、その度に押し込めてきた思い。
 だが、もうその思いを阻む障害はない。
 自分の怒声に震えるマーリス、その姿にそのことを理解した私は笑って口を開いた。

「いいだろう。お前が彼女を私に押し付けるというならば、私が貰ってやろう。──サラリアは、私の妻にする」

 「っ!」

 そして私は、その思いを口にした……
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