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おとり作戦
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《魔術師殺し》という厄介な肩書を手に入れた、アルブレンド・ココア。
どうやらそのココアは、この女を狙っているらしい。
「……おかしい絶対おかしい豊胸活動は毎日行ってるのに効果が出ないのは変に違いないわおかしい絶対おかしい本当におかしいどうなってるのかしらこれ本当になにがどうなって」
「その辺にしといてくれないか、このままじゃおびき寄せられん」
ぶつくさぶつくさ、となにかこっちが怖くなるような独り言を口にしているタタン・トルテッタに対して、そう進言しておく。
今の彼女は餌だ、おとりだ。あくまでもココアを釣るための餌なのだ。
そう、この七面倒くさい、もう勝手にしておいてくださいという女である。
何故、我が妹はこの女を狙うのか。発見者という事らしいが、それでもこんな女を相手にしなければいけない方が不憫である。可哀想である。
しかしながら、今は彼女が狙われているということが重要。
もう一度言おう、彼女は餌でありおとり。ココアを釣るための餌である。
だからこそこんな夜遅く、共和国の街を歩いて貰っているのだ、チャンスだと思ってココアに出てきてもらうために。
そもそも、ココアは通り魔的に犯行を重ねているらしい。
いつ襲ってくるか分からない相手を待つよりかは、こちらから来るように誘導するのが効果的だ。
そう思って、コビーは彼女におとり役をお願いしたわけなのだが……。
「(おとり役の意味を理解しているのか?)」
おとりのはずなのにも関わらず、先程からなんだか怪しげな世迷言を叫んでばかり。
すっごい目立つ。
そりゃあ、もう夜の暗い時にこんなことを喋っている人間が目立たないはずがないだろう。
あれか、そこまで重要なことなのか? 自身の命を守るための行動を止めてまで。彼女だって今回の作戦の意味はきちんと理解しているはずなのに。
「前にきちんと話したはずだぞ、何度も攻めてこられるかもと思うと神経がすり減ってしまって、ろくな対策が取れない。だからこそ、こういう時にこちらから襲う機会を作ってあげるのだと」
殺人鬼や通り魔、いわゆる暗殺者で一番厄介な点は、いつその人物が現れるのかが分からないという恐怖。勿論他にも色々とあるだろうが、一番大きいのはその一点に尽きる。
今日は来ないかもしれない?
明日は来るかもしれない?
もしかすると別のところに行ったのかもしれない?
行ってないのかもしれない?
そう言った不安感を持つことこそが、暗殺者の強みの1つである。
いつ来るか分かっている暗殺者などまったく怖くない。不意打ちこそが最大の強みだというのに、それを自ら無くしているのだ。怖さのかけらもないだろう。
「だからこそしおらしく、いじらしく、そういったおとり役として相応しい感じでお願いしたいんだが」
「いえっ! 私はこうあるべきなんです! 彼女が、あのDカップ殺人鬼が狙っているのは誇り高く、気高い、そういった誇り高い貴族として相応しい感じを求めるに違いないわっ!」
「……違いない、と言われてもなぁ」
そんな事を言われたとしても、こっちはそんな事ないとしか言いようがないんだが。おとりのセオリーからは完全に外れている。
こんな目立ちまくっているおとり、逆に怪しくて近寄れないだろう。
コビーには永遠に理解できない感覚である。
「(だからこそ俺はカフェオレを自室に待機させて、なおかつ自身はフードを被って出来うる限り目立たないようにしているのに)」
コビーはそういうセオリー通り、あまり目立たない格好でいる。
フードを深々と被り、カフェオレという目立つ存在を部屋に置いてきて‐‐‐‐多分、クラスの顔見知りもすぐさま彼を見て、コビーであることを結びつけるのは難しいだろう。それくらい、地味な格好に見えるように変装していた。
タタン・トルテッタ、彼女だっていつもの恰好からして見れば目立たない方だろう。
宝石は取ってある、髪型もごく一般的なものにしている。
それなのに目立つ、もう逆に目立つために生まれたとしか思えないくらいに目立つ。
もうこんなおとりだったら、逆に罠過ぎて近寄りたくないくらいである。
「……しっかし、暇ね。ねぇ、なにか話してくれない?」
「話してくれない……って、なんだよ。こっちはおとりなんだぞ、いつ襲ってくるかを待ち詫びているところなんんだぞ。話をする必要なんてない」
「いや、よっ! ひま、なんだから! おとりだからってなにもなくて、ほんとぅに暇なんだから!」
「‐‐‐‐なにか話をしてくれと言われても」
手持ち無沙汰なのもあるだろうが、こういう時は警戒すべきなのに。
とことん、セオリーから外れてしまっている。
「(‐‐‐‐まっ、俺も暇だから賛成するけど)」
だが、コビーも暇であった。
暇はいつも体験しているので、それが続くことがどれだけ精神的に負担を与えるのか。
彼はその辺りを良く理解していた。
それなので、トルテッタの話に乗っかることにした。
「それじゃあ、ちょっと気になったこと。《魔術師殺し》について」
----《魔術師殺し》。それはアルブレンド・ココアの俗称である。
ココアは魔術師の多くを何人も斬りかかって、そのまま重傷を負わせている。今もなお、病院にて治療を受けている魔術師はどれくらいいる事か。
だが、"殺してはいない"。
槍で刺したり、殴ったり‐‐‐‐けれども、未だに彼女の犯行で挙げられている中で、死者は出ていない。
殺していないのにも関わらず、《魔術師殺し》という通り名で呼ばれているのだ。気になるのは当然だろう。
「こう言った通り魔の名前が物騒な名前になるのは仕方ないでしょう。《〇〇街の亡霊》とか、《火炎死の天才》とか、ちょっとオーバーな感じで。
けれどもこう考えることは出来ないだろうか? ‐‐‐‐この通り魔の名前は"継承"されている、と」
ちょっぴりオーバーな名前、しかし前任者が居て、その名前を流用しているのなら分からない話でもない。
そして、図書室で調べ物をする中で、コビーはその前任者を見つけ出していた。
十数年前に現れた、初代《魔術師殺し》。
コイツは魔術師になれなかった分、自分の夢である魔術師に憧れて、憧れて、憧れて‐‐‐‐憧れがこじらせてしまった結果、魔術師を殺す事に執着してしまったのである。
魔術師の魔術式を乱す、特殊な装置を用いて魔術の発動を阻害。
そして魔術を使えなくなった魔術師を殺して、コレクションするという異常犯罪を12件繰り返したという。
「……異常人ですわね。まぁ、私達魔術師が羨まれるべき存在って点には同意ですがっ!」
「そこに同意してんじゃねぇよ、問題はアルブレンド・ココア‐‐‐‐いわゆる、二代目《魔術師殺し》を作った目的だ」
「……? あなたの妹、魔術が使えないんですよね? それが理由なんでは?」
初代《魔術師殺し》と同じく、魔術が使えないコビーの妹、アルブレンド・ココア。
‐‐‐‐そうであるならば、確かに憧れがこじれた結果、初代と同じように犯行を行い始めたという理由もあるだろう。
「だがしかし、残念ながら今回の件ではそれはあり得ない。なにせ、ココアが始めたわけではないから。ココアは何者かに操られているという事らしいから」
それはコビーがメグ生徒会長に聞いて、きちんと確認している。
ニコリと笑って、確実に操られていると断言している。
「人を操るのには方法はいくつかある。魔術だったり、技術だったり」
「ふむふむ、なるほど……」
「それで断定している訳じゃないけど、そんな力を持つ者がわざわざ《魔術師殺し》を真似たと思わせる人間を用意する理由ってなにかなぁって」
なんか行動がちぐはぐしていると言うか、どことなく別の理由を隠そうとしている。だから、《魔術師殺し》を模倣して、魔術師を羨んでの犯行だと見せつけた。
コビーはそう睨んでいるのである。
「まっ、ともかくとして、まずは妹を正気に戻すところから始めておかないと」
「そのために、私は私だとすぐに分かるように、こうして派手な格好をしてるって訳ですわっ!」
どういう意味だよ、とコビーは言いたかったのだが、言っても意味がないのでなにも反論しない事にしたのである。
「ちなみに、そうだとしたらどういう理由だと考えられるのかしら?」
「そうだなぁ、もし魔術師を羨んでの犯行じゃないとすると‐‐‐‐やっぱり当事者に聞くのが一番だ」
と、すたっと、まるで何事もないかのように彼女は、アルブレンド・ココアは夜の帳の中から俺達の前に現れた。
その手には金庫つきの変な槍を持っており、瞳はどことなくうつろな影を映していた。
「‐‐‐‐アルブレンド・ココアを正気に戻して、それを操ってる当人に聞くのが手っ取り早い」
☆
‐‐‐‐倒す? 私を?
コビーの言葉に、ココアはきょとんとした顔で見つめていた。
ココアの今日の目的は、金髪の女を倒す事。
金髪の、昨日の下級魔術師に対する処置を邪魔した女を、今回のターゲットとする事。
それがココアの今の任務。
他にもなにかしなければいけない事があったはずだが、思い出せない。
ただ、"魔術師を倒さなければならない"‐‐‐‐その想いは常に彼女の頭の中にあった。
今回のターゲットとなっていた金髪女は逃げていて、
「ワット、ワットワット? 何を言ってるのか分かりませんね。私を倒すのだなんて、不可能です」
「不可能というのは、もっと切羽詰まった状況の時に使う言葉だよ。少なくともこういう時に使う言葉ではない」
コビーは会話をしながら魔術を発動させた事で生まれた、くるくると回転する風の竜巻。
魔法によって作り出した小さな疑似的な竜巻、それはコビーの手の上にてくるくると回転し続けていた。
「ハリケーン、ハリケンハリケン? 竜巻ですか。やはり魔術は便利。それは羨ましい」
‐‐‐‐ですが、と槍を回転させながらココアは不気味にニヤリと笑っていた。
「フタリティ、フタリティフタリティ。今の私には無駄なのです」
とん、ココアは一歩足を踏み出していた。
すると共に、彼女の持つ槍に取り付けられている金庫が光り輝き、ココアが宙を浮かんでいた。
「‐‐‐‐ハリケーン・フィスト!」
「‐‐‐‐三層構造」
コビーが作った竜巻はくるくると回転するたびに力を増して、そしてそれをあっさりとココアは膜で包んだ。
「(空気の膜……?)」
「隙ありあり、あり」
空気の膜で絡み取った後、ココアはそのままコビーに体当たり。そのまま馬乗りになって、両足でコビーの足の動きを制止していた。
「くっ……!」
「魔法は使わせない、ですよ?」
感情がこもっていない、洗脳された瞳でじっと魔法を使わないかを観察。使おうとしたら即座に刺すだけの気合と共に、槍を構えている。
ここまで一呼吸、たった一度の呼吸の間にココアはコビーを地面に伏させていた。
「……流石、だな。ココア」
コビーが誉めても、彼女はぴくりとも笑みをこぼさない。
「アルブレンド国一といってもいいココアの槍さばき、洗脳されていようともなにひとつ劣ってはいないようだ」
「ノー、ノーノー。洗脳などされていません、この槍は私の真価を引き出してくれる。これがあれば私は無敵、魔法など怖くはない」
「だろうな」
魔術が使えない者の戦いは、魔術と争わないという戦い方になる。
ぶつからず、避けて、相手の攻撃を受け流す。それが魔法が使えない者の、魔法と言う超常に相対する際の作法。
あの金庫付き槍を持たない前のココアの戦い方は、まさにそれだった。
しかし、先程のコビーの風の竜巻の魔法。
ココアは真っ向からぶつかって来ていた。
その時点で以前のココアと違うのは明らかだ。
「その金庫の中に入っているのは魔道具、特殊な魔術がこめられた道具だろ? それでお前は、その魔道具をして操られているんだ」
「操られている? ノー、ノーノー。私は正気」
「正気の人間は、そんな変な槍は持たないと思うが?」
コビーがココアに対して、正気じゃないと断言した理由は他にもあった。
今もそうである、なにせ本当に正気だったら‐‐‐‐この作戦は上手くいかなかったからだ。
「‐‐‐‐凍る世界」
しゅっ、とココアの背後から来る強烈なる極寒の吹雪の冷気。
その冷気は一瞬にしてコビーに馬乗りになっているココアに対して、足元を凍てつかせて凍らせていた。
「……《氷》の魔術?! それにこの声……」
ココアの身体は《氷》の魔術によって完璧に止まっており、だがしかし彼女の持つ金庫つきの槍だけは諦めずに淡い光を放出させ続けている。
「……まっ、どこまで持つかな」
そう、"アルブレンド・コビー"は、彼女の後ろで観察するのであった。
どうやらそのココアは、この女を狙っているらしい。
「……おかしい絶対おかしい豊胸活動は毎日行ってるのに効果が出ないのは変に違いないわおかしい絶対おかしい本当におかしいどうなってるのかしらこれ本当になにがどうなって」
「その辺にしといてくれないか、このままじゃおびき寄せられん」
ぶつくさぶつくさ、となにかこっちが怖くなるような独り言を口にしているタタン・トルテッタに対して、そう進言しておく。
今の彼女は餌だ、おとりだ。あくまでもココアを釣るための餌なのだ。
そう、この七面倒くさい、もう勝手にしておいてくださいという女である。
何故、我が妹はこの女を狙うのか。発見者という事らしいが、それでもこんな女を相手にしなければいけない方が不憫である。可哀想である。
しかしながら、今は彼女が狙われているということが重要。
もう一度言おう、彼女は餌でありおとり。ココアを釣るための餌である。
だからこそこんな夜遅く、共和国の街を歩いて貰っているのだ、チャンスだと思ってココアに出てきてもらうために。
そもそも、ココアは通り魔的に犯行を重ねているらしい。
いつ襲ってくるか分からない相手を待つよりかは、こちらから来るように誘導するのが効果的だ。
そう思って、コビーは彼女におとり役をお願いしたわけなのだが……。
「(おとり役の意味を理解しているのか?)」
おとりのはずなのにも関わらず、先程からなんだか怪しげな世迷言を叫んでばかり。
すっごい目立つ。
そりゃあ、もう夜の暗い時にこんなことを喋っている人間が目立たないはずがないだろう。
あれか、そこまで重要なことなのか? 自身の命を守るための行動を止めてまで。彼女だって今回の作戦の意味はきちんと理解しているはずなのに。
「前にきちんと話したはずだぞ、何度も攻めてこられるかもと思うと神経がすり減ってしまって、ろくな対策が取れない。だからこそ、こういう時にこちらから襲う機会を作ってあげるのだと」
殺人鬼や通り魔、いわゆる暗殺者で一番厄介な点は、いつその人物が現れるのかが分からないという恐怖。勿論他にも色々とあるだろうが、一番大きいのはその一点に尽きる。
今日は来ないかもしれない?
明日は来るかもしれない?
もしかすると別のところに行ったのかもしれない?
行ってないのかもしれない?
そう言った不安感を持つことこそが、暗殺者の強みの1つである。
いつ来るか分かっている暗殺者などまったく怖くない。不意打ちこそが最大の強みだというのに、それを自ら無くしているのだ。怖さのかけらもないだろう。
「だからこそしおらしく、いじらしく、そういったおとり役として相応しい感じでお願いしたいんだが」
「いえっ! 私はこうあるべきなんです! 彼女が、あのDカップ殺人鬼が狙っているのは誇り高く、気高い、そういった誇り高い貴族として相応しい感じを求めるに違いないわっ!」
「……違いない、と言われてもなぁ」
そんな事を言われたとしても、こっちはそんな事ないとしか言いようがないんだが。おとりのセオリーからは完全に外れている。
こんな目立ちまくっているおとり、逆に怪しくて近寄れないだろう。
コビーには永遠に理解できない感覚である。
「(だからこそ俺はカフェオレを自室に待機させて、なおかつ自身はフードを被って出来うる限り目立たないようにしているのに)」
コビーはそういうセオリー通り、あまり目立たない格好でいる。
フードを深々と被り、カフェオレという目立つ存在を部屋に置いてきて‐‐‐‐多分、クラスの顔見知りもすぐさま彼を見て、コビーであることを結びつけるのは難しいだろう。それくらい、地味な格好に見えるように変装していた。
タタン・トルテッタ、彼女だっていつもの恰好からして見れば目立たない方だろう。
宝石は取ってある、髪型もごく一般的なものにしている。
それなのに目立つ、もう逆に目立つために生まれたとしか思えないくらいに目立つ。
もうこんなおとりだったら、逆に罠過ぎて近寄りたくないくらいである。
「……しっかし、暇ね。ねぇ、なにか話してくれない?」
「話してくれない……って、なんだよ。こっちはおとりなんだぞ、いつ襲ってくるかを待ち詫びているところなんんだぞ。話をする必要なんてない」
「いや、よっ! ひま、なんだから! おとりだからってなにもなくて、ほんとぅに暇なんだから!」
「‐‐‐‐なにか話をしてくれと言われても」
手持ち無沙汰なのもあるだろうが、こういう時は警戒すべきなのに。
とことん、セオリーから外れてしまっている。
「(‐‐‐‐まっ、俺も暇だから賛成するけど)」
だが、コビーも暇であった。
暇はいつも体験しているので、それが続くことがどれだけ精神的に負担を与えるのか。
彼はその辺りを良く理解していた。
それなので、トルテッタの話に乗っかることにした。
「それじゃあ、ちょっと気になったこと。《魔術師殺し》について」
----《魔術師殺し》。それはアルブレンド・ココアの俗称である。
ココアは魔術師の多くを何人も斬りかかって、そのまま重傷を負わせている。今もなお、病院にて治療を受けている魔術師はどれくらいいる事か。
だが、"殺してはいない"。
槍で刺したり、殴ったり‐‐‐‐けれども、未だに彼女の犯行で挙げられている中で、死者は出ていない。
殺していないのにも関わらず、《魔術師殺し》という通り名で呼ばれているのだ。気になるのは当然だろう。
「こう言った通り魔の名前が物騒な名前になるのは仕方ないでしょう。《〇〇街の亡霊》とか、《火炎死の天才》とか、ちょっとオーバーな感じで。
けれどもこう考えることは出来ないだろうか? ‐‐‐‐この通り魔の名前は"継承"されている、と」
ちょっぴりオーバーな名前、しかし前任者が居て、その名前を流用しているのなら分からない話でもない。
そして、図書室で調べ物をする中で、コビーはその前任者を見つけ出していた。
十数年前に現れた、初代《魔術師殺し》。
コイツは魔術師になれなかった分、自分の夢である魔術師に憧れて、憧れて、憧れて‐‐‐‐憧れがこじらせてしまった結果、魔術師を殺す事に執着してしまったのである。
魔術師の魔術式を乱す、特殊な装置を用いて魔術の発動を阻害。
そして魔術を使えなくなった魔術師を殺して、コレクションするという異常犯罪を12件繰り返したという。
「……異常人ですわね。まぁ、私達魔術師が羨まれるべき存在って点には同意ですがっ!」
「そこに同意してんじゃねぇよ、問題はアルブレンド・ココア‐‐‐‐いわゆる、二代目《魔術師殺し》を作った目的だ」
「……? あなたの妹、魔術が使えないんですよね? それが理由なんでは?」
初代《魔術師殺し》と同じく、魔術が使えないコビーの妹、アルブレンド・ココア。
‐‐‐‐そうであるならば、確かに憧れがこじれた結果、初代と同じように犯行を行い始めたという理由もあるだろう。
「だがしかし、残念ながら今回の件ではそれはあり得ない。なにせ、ココアが始めたわけではないから。ココアは何者かに操られているという事らしいから」
それはコビーがメグ生徒会長に聞いて、きちんと確認している。
ニコリと笑って、確実に操られていると断言している。
「人を操るのには方法はいくつかある。魔術だったり、技術だったり」
「ふむふむ、なるほど……」
「それで断定している訳じゃないけど、そんな力を持つ者がわざわざ《魔術師殺し》を真似たと思わせる人間を用意する理由ってなにかなぁって」
なんか行動がちぐはぐしていると言うか、どことなく別の理由を隠そうとしている。だから、《魔術師殺し》を模倣して、魔術師を羨んでの犯行だと見せつけた。
コビーはそう睨んでいるのである。
「まっ、ともかくとして、まずは妹を正気に戻すところから始めておかないと」
「そのために、私は私だとすぐに分かるように、こうして派手な格好をしてるって訳ですわっ!」
どういう意味だよ、とコビーは言いたかったのだが、言っても意味がないのでなにも反論しない事にしたのである。
「ちなみに、そうだとしたらどういう理由だと考えられるのかしら?」
「そうだなぁ、もし魔術師を羨んでの犯行じゃないとすると‐‐‐‐やっぱり当事者に聞くのが一番だ」
と、すたっと、まるで何事もないかのように彼女は、アルブレンド・ココアは夜の帳の中から俺達の前に現れた。
その手には金庫つきの変な槍を持っており、瞳はどことなくうつろな影を映していた。
「‐‐‐‐アルブレンド・ココアを正気に戻して、それを操ってる当人に聞くのが手っ取り早い」
☆
‐‐‐‐倒す? 私を?
コビーの言葉に、ココアはきょとんとした顔で見つめていた。
ココアの今日の目的は、金髪の女を倒す事。
金髪の、昨日の下級魔術師に対する処置を邪魔した女を、今回のターゲットとする事。
それがココアの今の任務。
他にもなにかしなければいけない事があったはずだが、思い出せない。
ただ、"魔術師を倒さなければならない"‐‐‐‐その想いは常に彼女の頭の中にあった。
今回のターゲットとなっていた金髪女は逃げていて、
「ワット、ワットワット? 何を言ってるのか分かりませんね。私を倒すのだなんて、不可能です」
「不可能というのは、もっと切羽詰まった状況の時に使う言葉だよ。少なくともこういう時に使う言葉ではない」
コビーは会話をしながら魔術を発動させた事で生まれた、くるくると回転する風の竜巻。
魔法によって作り出した小さな疑似的な竜巻、それはコビーの手の上にてくるくると回転し続けていた。
「ハリケーン、ハリケンハリケン? 竜巻ですか。やはり魔術は便利。それは羨ましい」
‐‐‐‐ですが、と槍を回転させながらココアは不気味にニヤリと笑っていた。
「フタリティ、フタリティフタリティ。今の私には無駄なのです」
とん、ココアは一歩足を踏み出していた。
すると共に、彼女の持つ槍に取り付けられている金庫が光り輝き、ココアが宙を浮かんでいた。
「‐‐‐‐ハリケーン・フィスト!」
「‐‐‐‐三層構造」
コビーが作った竜巻はくるくると回転するたびに力を増して、そしてそれをあっさりとココアは膜で包んだ。
「(空気の膜……?)」
「隙ありあり、あり」
空気の膜で絡み取った後、ココアはそのままコビーに体当たり。そのまま馬乗りになって、両足でコビーの足の動きを制止していた。
「くっ……!」
「魔法は使わせない、ですよ?」
感情がこもっていない、洗脳された瞳でじっと魔法を使わないかを観察。使おうとしたら即座に刺すだけの気合と共に、槍を構えている。
ここまで一呼吸、たった一度の呼吸の間にココアはコビーを地面に伏させていた。
「……流石、だな。ココア」
コビーが誉めても、彼女はぴくりとも笑みをこぼさない。
「アルブレンド国一といってもいいココアの槍さばき、洗脳されていようともなにひとつ劣ってはいないようだ」
「ノー、ノーノー。洗脳などされていません、この槍は私の真価を引き出してくれる。これがあれば私は無敵、魔法など怖くはない」
「だろうな」
魔術が使えない者の戦いは、魔術と争わないという戦い方になる。
ぶつからず、避けて、相手の攻撃を受け流す。それが魔法が使えない者の、魔法と言う超常に相対する際の作法。
あの金庫付き槍を持たない前のココアの戦い方は、まさにそれだった。
しかし、先程のコビーの風の竜巻の魔法。
ココアは真っ向からぶつかって来ていた。
その時点で以前のココアと違うのは明らかだ。
「その金庫の中に入っているのは魔道具、特殊な魔術がこめられた道具だろ? それでお前は、その魔道具をして操られているんだ」
「操られている? ノー、ノーノー。私は正気」
「正気の人間は、そんな変な槍は持たないと思うが?」
コビーがココアに対して、正気じゃないと断言した理由は他にもあった。
今もそうである、なにせ本当に正気だったら‐‐‐‐この作戦は上手くいかなかったからだ。
「‐‐‐‐凍る世界」
しゅっ、とココアの背後から来る強烈なる極寒の吹雪の冷気。
その冷気は一瞬にしてコビーに馬乗りになっているココアに対して、足元を凍てつかせて凍らせていた。
「……《氷》の魔術?! それにこの声……」
ココアの身体は《氷》の魔術によって完璧に止まっており、だがしかし彼女の持つ金庫つきの槍だけは諦めずに淡い光を放出させ続けている。
「……まっ、どこまで持つかな」
そう、"アルブレンド・コビー"は、彼女の後ろで観察するのであった。
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