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引っ越し
しおりを挟む文化祭も恙無く終わり、それからしばらく経ったある日のこと。
学校から帰るとソファで寛いでいる兄に声をかけられた。
「おかえり。先ほど荷物を運び終わったところだ」
「ただいま戻りました。荷物?」
兄の言う荷物とは何を指しているのか。
ソファの周辺を確認したが兄の言う荷物らしきものが届いた形跡はない。
そういえば先ほど一台のトラックと家のそばですれ違ったが、配達にでも来ていたのだろうか。
首をひねりながら部屋に鞄を置きに行くと、いつもより広くなった部屋でカーテンがところなさげに揺れていた。そこから青く澄んだ空が四角い窓からよく見える。
兄は『荷物を運び終わったところだ』と言っていなかっただろうか。
慌てて兄の元へ行き、部屋の有様を伝えた。
「兄さん! 僕の部屋の中身はどこへ行きましたか!?」
部屋が空っぽの理由を唯一知っているのは、運び出したと思われる兄だけである。
「俺のマンションだが?」
兄の家に僕の部屋の中身は引っ越しをしたらしい。
「理由をお聞きしても?」
そこに僕の同意はなかったはずだ。
「大学受験を控えた大事な時期だ。塾になど行かずに勉強をしているのだろう? いい機会だから朋がわからないところを教えようと思っていた。それに弟と共に過ごす必要性を感じたからな」
そう言いながらも特訓の重要性を説く。
それは兄都合だろう。そこから切実な思いが伝わってくるのがやるせない気持ちにさせる。協力関係になぜかなっているため、言い返すこともできなかった。
「たしかに協力をするとはいいましたが、あくまでも協力の範囲ですからね。それと僕のことを考えてくれるのは嬉しいですが、もう少し人の気持ちに立って考えていただけないでしょうか?」
勉強を教えてくれるのは嬉しいが、大事な時期だからこそ放っておいて欲しかったと思う。
悪びれもなく自分の思うまま行動する兄にどう説明をすればよいのか悩むところだ。
「そういうものか?」
兄は不思議そうな顔をする。今までは周囲の人たちが都合を合わせてくれていたらしく、断られたことはないという。
兄は何様なんだろうか。
周りが合わせてくれる人生なら、それは楽だろう。社会人になってもそのことに疑問も持たないということは、今もなお周囲が兄の都合に合わせているということにほかならない。
「兄さん中心に世界が回っているわけじゃないんですから、もう少し相手の立場に立って考えてください」
少しズレている兄に人並みの考えを教えたところで、焼け石に水のような気もする。
「なるほど」
なぜ『なるほど』なのか。一考の余地ありとでも受け取ったのか兄の思考は謎である。
「相手も困っているかもしれませんよ?」
「わかった。善処する」
あの自分勝手な兄が、僕の言葉を受け入れたことに驚いた。
「え、あ、はい……お願いします」
「ただし、特訓はするつもりだ」
「え、都合……」
相手を尊重する方向ではなかったのか。
「一朝一夕で改善されるものであるならば、ここまで強硬手段はとらない。それに始めるなら早いに越したことはないだろう。時間は有限だ」
強引だとわかった上で実行しているのだ。この兄に何を言っても言いくるめられる未来しか見えない。
兄の言う特訓で何を鍛えるのか、まったく先が見えない。例のアレは鍛えようがないと思う。
「それで兄さんの調子はいかがですか?」
「いつも通りだ」
その言葉の意味するところは、体調だけではないだろう。相変わらず瀕死を維持しているようだ。
「そうですか。それは残念なことです」
僕がそう言うと兄の目がギラリと鋭くなった。
「残念だと思うのか」
それはそうだろう。僕といることでアレの反応が起きるという仮定のもと協力をしなければならないのだ。
理由などわからないし、復活の兆しさえあれば僕に興味など持つはずがない。今までも淡白な家族関係だった。兄弟仲がよい関係であればもう少し違ったのかも知れない。
だから兄弟としての義務的な協力関係かと思うと残念に思う。頷く僕に兄はそうかと心なしか嬉しそうに見えた。なぜだ。
「ところで兄の言うマンションというのは? 以前はワンルームでしたよね? 僕の部屋の家具が入るとは思えませんけど」
「あぁ、寝に帰るだけだったからそれで事足りていたが朋と住むためにマンションを用意した。そばにいるだけでも変化が見られるかもしれないからな」
サラッと話に乗せた内容に目を見開く。
「え?」
前のマンションから兄は引っ越しをしたらしい。そして、僕の引っ越しが目的でここにいるという。考えたくはないが変化というのは反応具合だろうか。
「住居の変更手続きをした」
そんな細かなことは聞いていない。
引っ越す先すら話に出てきていないが、僕のために引っ越しをしたという兄の行動に驚きが勝る。
それほど兄は追い詰められているのかもしれない。
たしか三大欲求のひとつが欠けると病に発展したり、鬱をひきをこしたりとなんらかの症状がでてくるとなにかの本で読んだことがある。
弟を巻き込んでまで兄は改善するために行動しているのは迷惑だがこの鷺沼家の長男で跡取りだ。
兄は未来につなぐ大事な役目があると理解しているのかもしれない。
僕が兄のそばにいることで本当に役に立つのか疑わしいが協力はしたいと思う。
とりあえず全力で自分を納得させることに努めた。
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