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第一章

黒百合の魔女

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「…驚かせてしまって…ご、ごめんなさい…。」

少し気持ちが落ち着いたのかティターニアの言葉が先ほどよりもだいぶスムーズになってきていた。
2人は今から床に散らばった資料を拾っている。
王女にそんなことはさせられないとアロンダイトは行ったのだが、ティターニアが一緒に拾うと言って譲らなかったので結局アロンダイトが折れた。

預かっていた資料はもともとはキチンと内容事に分けて束になっていたのだが、現在ぐちゃぐちゃに散らばってしまっているそれはどれがどれとまとまっていたのかわからなくなってしまいアロンダイトは頭を抱える。
その横でティターニアは拾い上げた資料の内容を確認しながら迷うことなく資料を仕分けていく。
ティターニアに倣ってアロンダイトも拾った資料に目を向けてみるが、書かれている文字が現在この国で使われているものと違うためよくわからない。
同じものをずーっと眺めているアロンダイトに気づいたティターニアは、アロンダイトの手元を覗き込む。

「…これは、この国の建国時の資料ですね。私が今持っているものと一緒に束にしてあったんだと思います。」

ティターニアはそう言うと自分の持っていた資料の束をアロンダイトに渡す。
ティターニアに言われるままに受け取った資料の束に自分が持っていた分を加えた。

「王女…殿下は、これがなんて書いてあるか読めるのですね。俺…いえ、私にはサッパリで…。」
「そんなに畏まらないで、楽に話してくださいませ。」

無理に丁寧な口調で話すアロンダイトがおかしかったのかティターニアはクスクスと笑いを零している。そんなティターニアを唖然とした表情でアロンダイトは見つめる。

「あ、ご…っ…ごめんなさい。」

そんなアロンダイトの表情を気分を悪くしたと考えたのか、ティターニアは慌てて笑ってしまったことをアロンダイトに詫びる。王女が簡単に謝罪などするものではないのだが、ティターニアは気が弱いようだ。
それにアロンダイトの方は別に気分を悪くした訳ではなく、ティターニアが…【黒百合の魔女】と畏怖される彼女の反応が意外であったので驚いただけであった。

【黒百合の魔女】
畏怖の念を込めて、ティターニアをそう皆呼ぶ。
ティターニアは魔力保有者であった。しかし、それだけならば何も珍しいことはない。魔力保有者自体はこの国にたくさん存在する。
だがティターニアは桁違いに高い魔力を持って生まれてきた。この国では珍しい漆黒の髪がその証だった。

このティターニアの持つ【黒髪】と、王家の紋章のモチーフである【百合】から付いたのが【黒百合の魔女】という蔑称である。

古くからからごく稀に生まれてくる高い魔力を持った黒髪の子を、昔は【神威】と呼んで神の愛子として大切にされていた。
しかし時代が移り変わるにつれ、その強大な力はしばしば争いの火種となるようになってしまった。
また、【神威】自身が自らの力を悪用し平和を脅かすようなことも起こったため、人々はだんだん【神威】の存在に畏怖の念を抱くようになっていく…。

昔は【神威】と、神の愛子と呼ばれた存在は、今では「悪魔憑きだ」「不吉だ」と蔑まれるようになっていた。

それはティターニアも例外では無かった。ティターニアは王女であったため、面と向かってそのようなことを言う者はほとんどいなかったが、影では謂れのない噂や悪口が絶えず飛び交っていた。
そのせいでティターニアは人と関わることを恐れるようになり、社交の場にもほとんど顔を出すことは無かった。
表向きにはティターニアは病弱であり、なかなかベッドから出られないからだとされていたのだが。
それは王家主催の行事ですら滅多に参加しないほどだった。
そんな状況が余計に根も葉もない噂を生み出し、勝手な【黒百合の魔女】像を作り上げていったのだった。

アロンダイトも、その皆が勝手に作り上げた【黒百合の魔女】像を鵜呑みにしていた1人であった。そのため、ティターニアにもっと恐ろしいイメージを抱いていたのだが、彼女の普通の少女とそう変わらない様子に驚いたのだった。
…あくまでティターニアの言動に対しての感想ではあったが。

そう、ティターニアの見た目はアロンダイトから見て少し奇妙であった。その理由は顔の半分を覆っている前髪にあった。その長い前髪は彼女の表情を隠し、不気味な印象を与えてしまっている。
アロンダイトがティターニアを見て幽霊だと思った理由のひとつもその長い前髪だった。

「あの…どうかなさいましたか…?」

自分に向けられたアロンダイトの視線に気付いたティターニアは少し首をかしげ、不安げな声で訪ねる。

「…っ、ははは…!」

ティターニアのそんな様子が小柄な彼女の体型も相まって肉食獣に怯える小動物のようでおかしくなり、今度はアロンダイトの方が思わず笑ってしまった。
ティターニアの方はアロンダイトがなんで笑っているのかわからずにオロオロしている。それがよけいにおかしくて、アロンダイトは笑うのを止めなければいけないと思ってもなかなか止められないのだった。

「もっ…申し訳…ふはっ…ありません…。王女殿下の反応が…あまりに可愛らしかったので、つい…。」

なんとか笑いを噛み殺しながらアロンダイトは答える。小動物みたいでおかしいというのは不敬にあたるのではないかと、“可愛らしかった”とアロンダイトなりに言い換えたのだが、可愛らしいという表現でもじゅうぶん不敬である。
というか、王女の仕草を笑いこけた段階で本来ならアウトなのだが。
しかしティターニアの方はそれどころでは無かった。

「か…っ、かかかかか…可愛らし…えっ、あ、え?」

そのようなことを親以外に言われた経験のないティターニアはパニック状態であった。どう反応していいのかわからず部屋の隅で頭を抱えてうずくまってしまう。

「あの…王女殿下…?」

アロンダイトが恐る恐るティターニアのそばに寄り様子を伺っていると、彼女はおずおずと顔をあげた。
まぁ顔をあげても前髪のせいで表情はわからないままなのだが。

「…あの…その…、そのようなことを言われたことが無かったもので…。どのように反応したらいいのか…その、わからなくて…。」

悪口は言われても褒められることは少ないティターニア。先ほどの「可愛らしい」という言葉が褒め言葉なのかは微妙なところではあるのだが、少なくとも悪意のある言葉ではなく自分に対して肯定的な言葉だと受け取っていた。
一方、女性に対して「可愛らしい」などと言い慣れているアロンダイトには王女の反応は大変珍しいものであった。
彼が今までこのような言葉を囁いた女性達はだいたいがそれを当たり前のように受け取っていたし、そうじゃなくてもこんなにも動揺する人物を見たのは初めてだったのだ。

「…私も、そのような可愛らしい反応をされる女性を見たのは初めてです。」

社交辞令でもなんでもなく、今度は本当にティターニアの反応を「可愛らしい」と思ったアロンダイトであった。
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