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独立編
第三十五話「雪白と帰る家」前編(改訂版)
しおりを挟む第三十五話「雪白と帰る家」前編
「南阿の久鷹家ですか?」
――もう何ヶ月も前の話だ
「そうだ、潜入中の花房 清奈に連絡を取って、できるだけ詳細に頼む」
――そう、”鈴原 最嘉”が”日乃防衛戦”で”久鷹 雪白”と出会うよりも少し前……
「久鷹……確かに古参ではありますが、南阿ではそれほど有力な家柄では無いと記憶しております。僭越ですが、決戦も近いと思われる事ですし、どちらかというと”南阿三傑”を調べた方が……」
俺の側近、宗三 壱はそう言って俺の顔を注意深げに伺う。
確かに壱の進言も納得できる。
というか一理も二理もあると言えるだろう。
「壱の言う事は尤もだがな……」
――他国まで名を轟かす”南阿三英傑”または”南阿三傑”と呼称される三人の重鎮。
筆頭は王たる伊馬狩 春親の懐刀”有馬 道己”という”三英傑”まとめ役の男。
そして個の武を探求する武芸者、剣豪にして主戦力、”織浦 一刀斎”
最後に、戦場での謀を担う用兵家、”長谷部 利一”
何れも春親の元で支篤の統一に貢献した、南阿国の主立った面々だ。
「俺の推測では、久鷹家はどうも南阿の秘密兵器と噂高い”あれ”の後ろ盾の可能性がある……」
「”あれ”……それはまさか南阿の!?」
宗三 壱の落ち着いた表情が、ちょっとした驚きに変わる。
「そうだ、あくまで俺の推測の域を出ない、候補のひとりだが……」
俺は頷いて見せてから続ける。
「南阿の久鷹家は跡取りが何人か存在するにも拘わらず十年以上前に一人の出生が定かで無い子供を養子にしている」
「……」
宗三 壱は如何にも真剣に俺の話に聞き入っている。
こういう所は本当に変わらない。ちょっと言葉は悪いが”くそ”が付く真面目人間だ。
「それもな、どうやら”外海”の血を引く混血児らしい」
「由緒正しい武家の家系が”外人”の混血児を養子に……確かに不可解ですね」
そして、突然突飛な注文を切り出した俺の話に、今は先入観なく思考する。
「……最嘉様はそれが”あれ”……南阿の閃光将軍と恐れられる”純白の連なる刃”だとお考えでしょうか?」
壱の問いかけに俺は頷いた。
――もう二百年以上前の出来事になるだろうか
元々の世界であったこの”戦国世界”と数日おきに現れるようになった”近代国家世界”。
この二つの世界に切り替わるようになってすぐ、この島国は外海から隔離された。
正確に言うなら”戦国世界”そして”近代国家世界”……
どちらのどんな交通手段を使っても、一定距離の近海から出ることは叶わず、どんな調査も同じ範囲から先は不可能になった。
――実際、外の世界が現在も存在しているかどうかも不明な状況だ
その時代、当初は暁中が結構な混乱状態になったようだが……
人間は弱いようで実は結構強い。
いや、弱いが故に環境に馴染む適応力を所持していると言えるのだろう。
――まぁ、どっちにしても俺が生まれる前の話だ
で、話を少し戻すとするが……
つまりこの時代から、島国”暁”に取り残された異国人の子孫が”外人”と呼称されるようになっていった。
現在、”外人”達は、”暁”内でいくつかの国家では許しを得て集落を築き存在している。
そして”南阿”もその国家の一つである。
因みに我が臨海や盟主国であった天都原にはそういった集落は存在しない。
実は”暁”では、そういった集落のある国の方が圧倒的に少なく、現在となっては、”暁”全土でも人口的に数千人規模だと聞いたことがある。
――また、外人を語るときに忘れてならないのが……
あまり褒められたモノで無いある事実。
容姿の違い、言語の違い、そして特殊な環境下での民族主義の結果からか、それらの者達は蔑まれることが多い。
身分をある程度備えた名家に嫁いだり、関わったり……あるいは政府関連の要職に就く様な事は、先ず有り得ない存在であった。
「十年ちょっと前、久鷹家のとった行動は伝統ある南阿古参の武家としては少しばかり腑に落ちないだろ?」
それらを踏まえた上での俺の言葉。
「……」
今度は壱が成る程と頷く。
「無論、理由はそれだけじゃないけどな……とにかく臭い。俺としては調べる価値は十分あると踏んだって訳だ」
「確かに……あの南阿の……戦場での別格の活躍とは裏腹に武人としては異例の正体が隠蔽された謎の人物がそういう事なら得心も……いや、しかし」
今更説明するまでも無いが戦場での手柄は武人の誉れだ。
通常ではそれを隠すという行為はまるで理解できない。
作戦の性質によっては一時的にそういうことにする事はあるにしても、初陣から今まで数年間というのは……流石に誰もが理解に苦しむだろう。
「……納得できないか?」
壱は未だに自身の中で結論を得ない様だが、その懸念は尤もだ。
恐らく、盟主国たる天都原の命令での出陣が近いだろうこの時期。
仮想敵国と想定して何年も前から念入りに潜入させていた貴重な間者を、今の様な弱い根拠で、的外れともいえる任務に従事させろとは……
彼で無くても、臨海の事を考えれば、すんなりとは受け入れられないだろう。
「いえ……それが我が主の命ならば、それが私の考えでもあります」
「……」
だが俺は、鈴原 最嘉は、宗三 壱がこう答えると確信していた。
それは決して主君である俺への顔色伺いとかでは無い……
彼の価値観、武人としての矜恃が表れた言葉だろう。
そして俺は、予測していた腹心の返答にフッと口元が緩むのを感じていた。
――なら、壱の心配を少し和らげてやる必要があるな……多少ネタバレだが
俺は未だ自身の胸の中にだけ在る策の片鱗をそっと告げる。
「調査の結果、”純白の連なる刃”が南阿という国でなく、久鷹家個人の”所有物”という扱いならば……不測の事態が発生したときに”搦め手”をいくつか用意できるかもなぁ」
「……それは」
宗光 壱はジッと俺の真意を覗うように俺の目を見た。
――いや、無駄だって壱、俺もまだ纏まっていない
俺は別に勿体ぶっているわけじゃ無い。
俺自身未だ完全には考えが纏まっていない状態だから策の全容を告げないだけだ。
逆に言えば、だからこその情報収集なのだ。
とは言え……
――”所有物”……たとえ南阿がその人物をそう扱っている可能性が高いといっても……ちっ!自分で言ってて腹が立ってくる
「……」
だが戦争とは、戦場とはそういうものだろう。
最終的には汚いも綺麗も無い。
――だからこそ……
俺は正面から俺を見詰めたままの腹心の部下を見ていた。
――だからこそ、戦場に立つ人間は……この宗三 壱のような矜恃が必要不可欠なのだと俺は信じている
「……なるほど、さすが最嘉様です。私など凡庸な身には考えもつかぬ深謀遠慮です」
そして程なく、考え込んでいた壱が大きく頷いたのだった。
――
―
そういったやりとりをしたのは、もうずいぶん前のような気がする。
もしもの時の保険……不測の事態の緊急策。
使わなければそれに超したことが無い場外乱闘。
まさか”緊急策”を”現在”、”偽装政略婚姻”……
冗談としかいえない形で使うことになろうとは……
さすがに発案者の俺でも予測はできなかった。
「け、結婚じゃと?」
――伊馬狩 春親の間抜け面といったら無いな
いや、それを言ったらこの場の全員がそんな感じだ。
「……」
かく言う俺も……
言い出した俺が一番……これで良かったのかと戸惑いを感じていたのだから。
第三十五話「雪白と帰る家」前編 END
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