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独立編
第三十三話「最嘉と好まざる奥の手」前編(改訂版)
しおりを挟む第三十三話「最嘉と好まざる奥の手」前編
「それで……この娘はどういった娘なのかしら?」
京極 陽子がウェーブのかかった美しく輝く黒髪を優雅に掻き上げながら問いかけてくる。
「さっきの話で大体の事は察しがつくだろ?それ以上は国家機密だ」
俺はさして隠す必要も無いが、答える義務も無いのでそうはぐらかした。
「……」
「……」
――ごめんなさい!嘘です、ホントは怖くて誤魔化してます!ごめんなさい!!
「へぇ…………最嘉の大切な女?」
俺のパニック状態の胸中を察したかのような冷たい視線……
「は……はぁ?なに言って、さ、さっきのはあくまでも雪白を引き留めるための……」
――いつものように茶化して俺の反応を楽しんでいるのか?
――それとも真剣モノの……不機嫌??
俺は昔からよく知る、暗黒の美姫の心中を量りかねていた。
「…………最嘉」
陽子の漆黒の双瞳……
視線を絡め取られ、魂が引きこまれそうになる奈落の……
「?」
――その深淵の果てで、頼りなげに揺れる……なにか?……なんだ?
京極 陽子との付き合いは長いが、彼女のこんな……なんていうか、自信を喪失したような頼りなげな光は初めてだ。
「そ、そんなわけ無いだろ、雪白は……って、ええっ?」
「……」
陽子の唐突な言葉に、再度言い逃れしようとする俺の袖口を”ちょん”と摘まんで俯く純白い少女。
久鷹 雪白の白い頬はほんのり朱に染まり、やり場が無さそうに白金の双瞳を伏せていた。
――なんだなんだ?この”白金娘”……ヤケにしおらしくて、可愛い……
「最嘉っ!」
「うっひゃいっ!!」
突然大声で名を呼ばれ、俺は陽子の前で直立不動になった。
「……だいたい……理解ったわ……じゃあ”白金娘”は処分ってことで良いかしら?」
何が”だいたい”理解ったというのか……
そう言うが早いか、両手の指に装着した異質な指輪を雪白に向け翳す陽子嬢。
キィィィーーーーーーーーン
陽子の両手の指に装着された”九個”の指輪から、なにやら怪しいオーラが溢れている?
「処分ってなに?なに?なにするつもりですかっ!?陽子さんっ!!」
「……」
――無言っ!ってか無視!?
「お、お前……陽……ちょっと、それって神話の……」
――いやいや、しっかりしろ俺!災厄の魔獣?十二邪眼のバシルガウ?そんな与太話、きっと気のせいだ……
京極 陽子の白魚のような指に装着されているのは”十戒指輪”。
”暁”の古代史文献に登場する”戒めの指輪”で、昔、俺が彼女に無理矢理プレゼントさせられた……
十個の指輪、宝石の類いが装飾されていないシンプルなデザインの指輪。
素材がそれぞれ違う、五対で計十個の指輪だが……だが、その佇まいが普通では無い代物。
陽子が現在その指に着けているのは九個?……一つ足りないな……っていいや!今はそんなことより!
キィィィーーーーーーーーン
――いや、だとしても……そんな怪しい伝説が現実に存在する訳が無い!
「……」
――けどっ!
「まてまていっ!良い訳ないだろ!なにしてんのっお前!?」
俺は陽子の翳した両手のうち片方の手首を掴んで強引に下げさせていた。
「……ちょっと!」
そのまま俺の顔を不満そうに見る”無垢なる深淵”京極 陽子。
――いや陽よ、止めるだろう普通……
「…………さいか?」
そして、何故か頬を染めたままその様子を見守る”純白の連なる刃”久鷹 雪白。
――それから、純白いお前っ!いつからそんな乙女チックになったんだよ……
「最嘉!」
「さいか?」
二人の見目麗しき乙女が俺の名を呼ぶ。
「……ふぅ」
――ったく、一体どういう状況だ……
ツッコミたい気持ちを抑えつつ、陽子と雪白をあきれ顔で眺める俺は、取りあえず攻撃的で直接的に害のある陽子の方を向いて牽制する。
「…………………………冗談よ」
――溜め長っ!?……ってか、全然目が本気だったろうがっ!
「……」
「なにかしら?」
「いや、なんでもない……デス」
しかし当然ながら、俺にはそこにツッコむ勇気は無かった。
「で?」
再び問いかけてくる陽子。
「……」
とは言え、先ほどと変わらず俺は明確な返事を返すつもりは……
スチャッ
「ゆ、雪白!!久鷹 雪白!南阿の将軍で現在は我が臨海の客将だって!」
「……」
陽子は再び雪白に向けていた両手の指輪をすっと静かに降ろした。
「冗談よ……」
「……」
――いや……だからそれのどこら辺を信じろと?
俺は冷や汗を拭いつつ、暗黒姫様の俺をからかう調子がいつもより数段攻撃的だと感じていた。
「只の客将って訳じゃないでしょう?……最嘉にとって」
「うぅ……」
――そこはどうあっても見過ごしてくれない訳か……
陽子の美しい眼差しが刺すように俺を見ていた。
返答に俺は頭を抱え、当の雪白は耳まで真っ赤にして俯いている。
「……いや、つまりな……えっと」
「さっきの貴方の庇い方、”あんな”場違いで外道、卑劣で不快極まりない方法を選択したのだから、それなりの答えを聞かせて貰えるのでしょうね?」
「げ、外道……」
そこまで言うか?
てか、京極 陽子嬢はかなりご立腹のようだった。
「私……多少なりとも傷ついたのよ?」
「……」
それは言葉通りの瞳……
陽子の暗黒の魔眼が少し揺れているのが解る。
――駄目だ……俺はこういう風に陽子に言われてしまっては、洗いざらい話すしか無い
つまり……
京極 陽子がこんな風に執拗に糾弾して来るには勿論それなりの理由があった。
南阿の王、伊馬狩 春親との交渉……あれからここに至るまでの経緯、相応の理由だ。
ーー
ー
戦後処理……俺の提案した内容で大方の交渉が終わり、伊馬狩 春親達が此所を去ろうとした時だった。
「なに呆けてるがじゃ、雪っ、直ぐに貴様も南阿へ撤収……」
「っ!」
「……」
華奢な肩をビクリと震わせる雪白。
そして彼女の隣で、その時が遂に来たか……と、その流れを苦く受け止める俺。
「……」
――そうだな……それはやはり避けられないか
正直、雪白を人形扱いするような輩と国には返したくはないが……
今更当たり前だが、雪白はもともと南阿の将軍、伊馬狩 春親の家臣だ。
日乃攻防戦以降、一連の流れと、実は春親の密命で臨海に居た彼女なわけだが、取りあえず片が着いた今となっては母国に帰還するのは当然だろう。
――もし、雪白本人がそれを望んでいないとしても……
――たとえ俺がそれを好ましく思っていないとしても……
流石にその常識に抗うとすれば準備が足りなさすぎる。
今は目を瞑って流れに任せるしか……
「貴様の役目は終わりじゃき……命令じゃ、久鷹 雪白、供に南阿に帰還する……」
――ちっ!この場は仕様が無い
そもそも当の雪白の心をいまいち掴みかねている上に、雪白は今まで通り命令には絶対服従するだろうし……い?
「ああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「なっ!」
「ぬっ!?」
――な、なんだぁ!?
俺も、春親も無愛想禿げも……陽子まで、その奇行に絶句する!
「ああぁぁーーーーーーあぁーーーーあぁぁーーーーっっ!!」
そこには、突然火がついたように奇声を発する純白い少女の姿!
「な?雪っ!?貴様は……な、南阿へ返ると……」
南阿の王たる伊馬狩 春親も……咄嗟に対応に窮していた。
「ああぁぁーーーーーーあぁーーーーあぁぁーーーーっっ!!」
拘束から解放された両手で自身の両耳を塞ぎ、けたたましいサイレンのような声を上げ続ける奇特な少女……久鷹 雪白。
それは、自身の絶対支配者で逆らうことの出来ない伊馬狩 春親の言葉が最後まで完成出来ないよう、妨害する行為。
聞こえない命令は無いのと同じ……という稚拙な……
「こ、子供かよ……」
しかし絶対的不変な幼児最強理論の実践でもあった。
「雪っ!!貴様っこのっ……命れ……」
「あぁぁーーあぁぁーーあぁぁぁぁーーーー!!」
「……」
――いや、しかし……この”駄々っ子戦法”……これはかなり恥ずかしい有様だが意外と有効かも?
俺はその痴態を眺めつつそんな事を考える。
「くっ……人形がっ!」
てっきり感情の無い道具だとばかり思っていた雪白による、まさかの駄々っ子戦法に、傍目にも対応に苦慮する南阿の英雄。
今まで雪白が春親に対してこういう抵抗をしたことは無かったのだろう。
だから、今のところ春親は怒りよりも戸惑いが先に立っているようだ。
――この機を逃す手は無いな……
俺は即時決断する!
正直使いたくない手ではあったが……
本来なら準備をちゃんと整えて、外交交渉を織り交ぜた、何らかの手を打つつもりだったが……
――緊急事態だ……仕方ない……
俺は本当に、真に不本意ながら……
覚悟を決めざるを得ない状況の中、すぅっと息をのむ。
「雪白は南阿には戻らないし既に春親の部下じゃ無いぞ!」
”鈴原 最嘉”は、そう言いながら二人の間に割り込んだのだった。
第三十三話「最嘉と好まざる奥の手」前編 END
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