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独立編

第二十六話「最嘉と二つの戦場」 前編(改訂版)

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 第二十六話「最嘉さいかと二つの戦場」 前編

  天都原あまつはら南阿なんあ……大国同士の大規模な戦に臨海軍おれたちは参戦した。

 天都原あまつはら南阿なんあ、本州と支篤しとくという別の島に本拠を構える二つの大国が正面切って戦うには、どうしても海を越える必要がある。

 そして軍艦が大手を振って戦えるような海路は、天都原あまつはら南阿なんあの二国間を分断する天南てな海峡、そこに浮かぶ小幅轟おのごうという小島を間に挟んだ一本きりであった。

 以上の事柄から、満を持して本戦の主役とも言える最重要拠点、要塞”蟹甲楼かいこうろう”が今回の大戦の中心に出張ってくるのだ。

 現在、天都原あまつはら側が支配する要塞”蟹甲楼かいこうろう”。

 もともと小幅轟おのごう島に在るこの要塞は、グルリと三百六十度の絶壁に囲まれた天然の要害で、そそり立つ城は黒き鋼鉄の壁、堅き黒甲羅を纏う大蟹、難攻不落の”蟹甲楼かいこうろう”と称えられていた。

 そして、長らく南阿なんあの守護神であったそれは、今は天都原あまつはらの鉄壁の壁として南阿なんあ軍を阻んでいる。


 「天都原あまつはらの補給線は日乃ひの北部と、護芳ごほう領との境を通過するだろう……護芳ごほう天都原あまつはら影響下の小国領だから特に大した護衛もついていない……と踏んだがどうだ?」

 俺は日乃ひの領北部にある護摩ごま山に陣を張り、足下に見える護芳ごほう領との境を見渡しながら、傍近くに控える黒髪ショートカットの少女に確認する。

 「はい、最嘉さいかさまの予測通りです。部隊の殆どが補給部隊、護衛の武装兵はごく僅かで、隊列もかなり伸びきっています」

 今回の敵は遙か海上、そしてその間には堅牢な要塞が存在する。

 自分たちの進路は自国領みたいな属領扱いの小国群のひとつ”護芳ごほう領”……

 ――これだけ油断する材料が揃えば無理も無い事か……

 「これより手筈通り天都原あまつはらの補給部隊を強襲いたしますが、宜しいでしょうか?」

 「……」

 「どうかされましたか?」

 真琴まことの最終確認に即答しない俺に、彼女は怪訝そうに尋ねて来た。

 「果たしてそうなのか?」

 「は?」

 「だから、はる……紫梗宮しきょうのみやがこんな下策をうつのか?……」

 「それは……天都原あまつはら臨海りんかいを味方だと思い込んでいますし……」

 「……」

 「最嘉さいかさま、どちらにしても、このままでは天都原あまつはらの補給部隊が完全に護芳ごほう領内へ入ってしまいますが……」

 解せない……なんだか引っかかるモノがあるにはあるが……真琴まことの言うことも尤もだ。
 兵は”拙速をたっとぶ”……そもそもこういった奇襲は正にそれに尽きる……

 「……そうだな」

 暫しの思案の後、答えを出した俺に真琴まことは傍らで頷いた。

 「これより、日乃ひの護芳ごほう国境を進軍する天都原あまつはら軍補給部隊を強襲する!」

 「はいっ!」

 「真琴まことの本隊はこのまま正面から足止めを頼む、俺は雪白ゆきしろ白閃隊びゃくせんたいと供に、敵軍隊列中央付近に割って入り敵を分断する」

 「畏まりました!最嘉さいかさま、ご武運を」

 一礼した後、そう言い残し、真琴まことは少し離れたところで待機してある本隊に馬を飛ばしていった。

 「……」

 ――分からない事をいつまでも考えていても仕方が無い、俺も行くか……

 そして俺も雪白ゆきしろ達の待機する場所へ向かう為、その場を離れるのだった。


 ――所変わって日乃ひの領、須佐すさ海岸沖数十キロの海上

 「流石はあかつき最強と名高い南阿なんあの海軍……しかし、あの大敗の直後でまだこれ程の戦力を温存していたとは驚きですね」

 現在は天都原あまつはら側が支配する要塞”蟹甲楼かいこうろう”のある小幅轟おのごう島へと向かう南阿なんあの大軍団。

 それを付近に存在する小島の陰でやり過ごす最中の臨海りんかい軍兵士は感想を述べる。

 「必要以上には近づくなよ、我が臨海りんかい軍の目的は、あくまでも後方で待機する予備兵力の駆逐だ」

 「はい……しかし、敵本隊で無いにしろ海上で南阿なんあ軍に挑むというのは……」

 上官の言葉に兵士は返事をしつつも一抹の不安を覗かせている。

 「無論、真面まともには当たらない。心配するな、我らがあるじにして最高の智将、鈴原 最嘉さいか様の策を授かっているのだ、今まで通り決して後れを取ることなどは無い」

 部下の不安にそう答える上官、この作戦の指揮官である青年。

 スッキリとした顔立ちで、後ろ髪を尻尾のようにチョンと縛った見た目から爽やかな好青年の宗三むねみつ いちは、同時に各部隊に臨戦態勢の指示を出す。

 「本作戦は混戦になった後の敵の分断、各個撃破が要である!その為の第一石、工作部隊は只今より直ちに準備を整え、命令在れば即座に対応できうるよう待機しろ!」

 いちの号令で、島陰の臨海りんかい軍軍艦、三十六隻から数隻ずつの小舟が海面に降ろされていった。

 「報告!小幅轟おのごう海域に先行して潜伏しておりました、”零六ゼロロク”斥候船から伝達、先ほど”蟹甲楼かいこうろう”にて要塞の天都原あまつはら軍を包囲しておりました南阿なんあ軍、第八部隊による先制攻撃で戦端が開かれた模様!」

 旗艦の司令室で宗三むねみつ いちは報告に頷いた。

 「”零六ゼロロク”斥候部隊はそのまま待機、天都原あまつはら側に配置した”零五ゼロゴ”と”零二ゼロニ”斥候部隊を開戦場所付近に移動、三部隊は各々の指揮官の指示の元、逐次報告を入れよ!」

 そして指示を出し、そのまま報告のあった区域の海図を睨む。

 「南阿なんあ軍第八部隊による先制攻撃……予想通りか、最嘉さいか様の予測は相変わらず的確だ。戦場から離れた地からでも見事に先を見通される希有な慧眼をお持ちだ」

 心服する主君に心からの賛辞を述べながらも、要塞戦方面の指揮官は、戦の独特の張り詰めた緊張感から口元を引き締めていた。

 ――
 ―


 「だ、駄目だっ!も、持ちこたえられぬ……だめだぁぁっ!!」

 「先行する護衛部隊と完全に連絡が取れませんっ!我が隊は孤立!救援を!救援おぉぉ!」

 日乃ひの領北部、護芳ごほう領との国境付近で……天都原あまつはら軍の輸送部隊は大混乱であった。

 「……今更、どうともならないだろう?物資をしこたま積み込んだ輸送部隊の足ではこの混乱する状況から離脱することは不可能だ」

 俺は戦場只中、怒号と悲鳴が飛び交う中心で馬上から周りの状況を確認する。

 「最嘉さいか様!敵輸送部隊の分断が完全に完了しました、これより攻撃に移行致します!」

 「ああ、足の遅い敵輸送部隊を盾に、混乱した護衛部隊を包囲した後で各個撃破しろ!」

 「はっ!」

 伝令兵は馬上から敬礼をすると、直ぐさま駈けていく。

 ――軍の指示系統を統一したのが仇になったな……

 指揮系統を統一するなら、こんな伸びきった戦列になること自体が愚かだ。
 戦況を左右し、多くの兵士の命を預かる指揮官には油断は決して許されない。

 「どうやら、対天都原輸送部隊ここはほぼ片付いたな……」

 多少あっけなさ過ぎて拍子抜けではあるが、戦場ではこういうことは多々ある。

 机上の空論、現実は小説より奇なり……
 実際の出来事はなかなか思い通りには行かないものだ。

 ――というか、今回は思い通りに行き過ぎたわけだが……

 「……」

 俺は馬上で軽く頭を左右に振る。

 ――問題ない、要はその後油断をしなければ良い

 上手く事が運んだんだ。

 なら、後はこれが京極きょうごく 陽子はるこの策であっても無くても、油断せず、相手の動向に注意を怠らなければ、”勝ち一つ”という事実以外の何物でも無いのだから。

 おおぉぉぉぉっーー!!
 おおぉぉぉぉっーー!!

 そうこうしている間にかちどきが上がった。

 どうやら敵の全面降伏でこの戦いは幕を閉じたようだ。

 「最嘉さいか様!天都原あまつはら軍輸送部隊は、我が臨海りんかいに降りました!」

 駈けてくる伝令兵に頷いて見せた俺は、馬の手綱を握る手に力を込めた。

 「ではこれより、本軍は天都原輸送部隊せんりひんを手に護芳ごほう国境に陣を敷く!鈴原 真琴まことにはその旨を伝え指揮に当たるよう伝達せよ!」

 俺の命を受けた伝令兵は敬礼し、きびすを返して臨海りんかい本隊の方へ走り去った。

 ――これでいい……これで、十中八九”おまけ”も手に入れられるだろう……

 実際に戦火を交えるだけが戦じゃ無いんだからな。

 日乃ひの領北部、護芳ごほう領との国境付近の”一戦場”にて――

 ひといくさ終えたばかりの”鈴原 最嘉おれ”は、既に次なる”海戦場せんじょう”へと勝算を巡らせていた。

 第二十六話「最嘉さいかと二つの戦場」 前編 END
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