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独立編

第二十五話「最嘉と唯一の感覚」 後編(改訂版)

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 第二十五話「最嘉さいかと唯一の感覚」 後編

 「成立ね……」

 弥代やしろは”ふぅ”とこれ見よがしに息をつく。

 幾分か緊張気味であった表情を崩して使者モードから普段の”気怠けだるげ女”、宮郷みやざと 弥代やしろに戻る。

 それはこの”キング・オブ・マイペース女”でさえ、緊張を隠せない交渉事であったと言うことだ。

 大国、天都原あまつはらの今後を決定づける分岐点であったろうし、それはつまり、使者としての責任を背負わされた弥代やしろの所領、宮郷みやごうの未来を左右する事でもあったろう。

 更に言うなら、現在敵味方不明、いや、敵と言える状況の臨海りんかいへの単独潜入と暗殺指令……

 ほぼ虐めとさえ思えるほどの無茶な仕事を命令された小国の代表、宮郷みやざと 弥代やしろは、交渉を含めた大役をこなせなかった場合……死を覚悟していたに違いない。

 「……」

 ――ある意味、藤桐ふじきり 光友みつともよりも”手駒やしろ”の使い方がシビアだな……

 俺のよくる深淵の闇黒姫あんこくひめは相変わらずの品質クオリティのようだ。

 「良かったですね、最嘉さいかさまがもの凄く広いお心と慈悲深いお心を併せ持ったお方で」

 真琴まことが皮肉たっぷりに”気怠けだるげ女”に言った。

 「……そうね、でも、まぁ私としては捕虜になってサイカくんに慰み者にされるのもやぶさかでは無かったけれど」

 怒りの炎をおさえながら睨む真琴まこと相手に、むしろニヤリと妖艶な唇の端を上げて微笑んで応じる宮郷みやざと 弥代やしろ

 「や、弥代やしろさま、貴女あなたなにを言って!?」

 真琴まことは俺が侮辱されたのかと、直ぐに抗議の声をあげた。

 しかし宮郷みやざと 弥代やしろはそうでは無いと後頭部で纏めた長い髪を揺らせて否定し、心持ち悪意のある笑みを浮かべて続けた。

 「敵の女将軍を捕らえて、なにやら”如何いかがわしい”拷問、尋問を……っていう展開もそれなりに期待していたって言ったのだけど?サイカくんならまぁ良いかなぁーって?あっ、お子様なマコトちゃんには刺激が強すぎたかしら?」

 ――おいおい……

 無事に事が済んで、弥代やしろはすっかりお遊びモードだ。

 いつもの宮郷みやざと 弥代やしろらしいと言えばらしいが……

 ――やめてくれ……なんだかその遊びは、俺だけに被害が及ぶ気がして仕方が無い!

 「弥代やしろ様っ!我が主をそんなよこしまな、汚らわしい目で見るのはめて下さい!」

 ――おぉっ、さすが何時いつも俺様第一の真琴まこと

 言ってやれ!巻き込まれたくないからだんまりの俺の代わりに言ってやってくれ!
 俺にはそんな”拷問や陵辱癖アブノーマル”な趣味は無いと……

 「何年もお側近くに仕える私でさえ……そう、私でさえ!未だそういうことはして頂いた事も無いのに……」

 ――って!?ちゃんと否定しろ、真琴まことぉ!!

 弥代やしろの口元にニヤリと歪んだ笑みが浮かぶ。

 「それは無理でしょう?」

 「なっ!」

 ――うっ、何だか二人の間に変な空気が……

 「だってマコトちゃん、サイカくんの部下なんだから……慰み者にされるのは敵の女将軍の特権なのよ!」

 そこには、なにやら自慢げに立派な二つの胸を張ってビシッと指さす訳の分からない女がいた。

 「くっ……」

 胸の迫力に気圧されたのか、流石の真琴まことも言葉を失ったようだ。

 「し、仕方有りません、最嘉さいかさま……私、一度、天都原あまつはらに寝返りますので……その後に……」

 そう言って恥ずかしげに視線をらし、頬を染める我が側近……

 ――って、アホかーーいぃ!!

 というか、そんなおかしな特権は、どの国際条項にも存在しない!

 「……あのなぁ……真琴まこと……」

 「いい加減にしてっ!」

 ――っ!?

 突如、混沌の様相をみせていた場を制した声の主は……

 純白しろい美少女だった。

 捕らえた宮郷みやざと 弥代やしろの後ろを警戒していた白金プラチナの騎士姫。
 南阿なんあ純白の連なる刃ホーリーブレイドこと久鷹くたか 雪白ゆきしろが、珍しく声を荒げて割り込んできたのだ。

 「……」

 「……」

 全く予想外の人物に叱られ、黙る俺を含めた三人。

 「さいかも、方向がズレて行ってるよ、今大事な事はなに?」

 「っ!」

 ――おぉ……そうだ、その通りだ!

 よりにもよって雪白ゆきしろに説教される日が来るとは……お父さんうれしくて涙が……

 「さいかっ!」

 なんて巫山戯ふざけたことを考えていると、更に怖い目で睨まれていた。

 「……わるかった……そうだな……」

 ――そうだ、方向性が違う……雪白ゆきしろの言う通り、今現在、話題にすべきは……

 「”さいか”はね、弄ばれる方が圧倒的に好み!だから、”さいか”はわたしの玩具おもちゃに……」

 ――って!?”俺の趣味嗜好そっち”の方向性を訂正してんじゃねーーっ!!

 「おまっ!?雪白ゆきしろぉ!?俺が何で自分のマゾ具合をここでアピールしなけりゃならないんだ!えっ?雪白ゆきしろっ!お前とは、ほんっとに、ほんっっっとぅに、じっくりゆっくり話し合う必要があるようだなっ!おうっ!」

 「……ぁ……う……うぅ……」

 俺の剣幕にされ、黙って下がる雪白ゆきしろ……

 ――ったく、何奴どいつ此奴こいつも……

 やはり今のように、たまにはビシッと言ってやらないと駄目だな!

 ああそうだ!男らしく、ビシッとっ!

 言っておくが、俺は決して真琴まこと弥代やしろには言い負かされそうだから、無難な雪白ゆきしろのターンで参戦したわけじゃ無いぞ!

 ――違うから!……多分……きっと……だったら良いなぁ……

 「…………」

 おっと、またもや思考が寄り道してしまうところだった。

 ここは、俺も気分を切り替えて……

 「と、とにかく、はる……紫梗宮しきょうのみやには了承したと伝えてくれ」

 結局、そう言って俺はその場を締めたのだった。

 「ですから!最嘉さいかさまをそんなよこしまな目で見ないで下さいっ!」

 「あら、そういうマコトちゃんも結構乗り気だったようにみえるけど?」

 「うっ!だ、だからそれはっ!」

 「…………」

 そ、そう言って俺は……
 その場を締めたのだった……まる。

 ――
 ―


 その後、なにかと多忙な宮郷みやざと 弥代やしろを送り出した後の謁見の間に俺と真琴まことは残っていた。

 ――チュンチュン

 空が白んで、鳥達が活動を始める頃……既に朝方だといえる時間帯だ。

 「相変わらずの女ですね……京極きょうごく 陽子はるこ

 「あぁ、そうだな……」

 結局一睡も出来なかった俺は、真琴まことに曖昧な返事を返す。

 「殺めようとした相手に、それが失敗したら共同作戦を持ちかけるなんて……どんな神経をしているのか……」

 真琴まことも殆ど寝られていないだろうに……元気だな……

 怒りが収まらない側近の少女を眺めながら、その暗殺対象であった俺自身は、まるで他人ひと事のように考えていた。

 「殺すのも本気、交渉するのも本気……京極きょうごく 陽子はるこには戦場以外での虚構はないんだ」

 そして自然とそういう言葉が俺の口から零れる。

 特に意識した訳じゃ無い。
 ただ自然と出た俺の陽子はるこに対する印象。

 そして、神妙な顔で黙る真琴まことを尻目に、俺の脳裏に浮かんだ黒髪の美少女は……

 何時イツも余裕で、少し意地悪く、そして会う度に整った紅い唇を綻ばせて俺に微笑みかける……

 俺はなんだか、それがとても懐かしく胸の奥をじんわりと暖かく浸し、何故だか知らぬ間に口元が緩んでいた。

 「…………やっぱり……私は陽子あのひとを好きになれない……」

 俺の横顔を眺めていた真琴まことが、なにか呟いたようだったが……

 ”心ここにあらず”であった俺はそれを正確に認識することは無かった。

 「どうかしたか?真琴まこと

 「いえ、なんでも……それでも、最嘉さいかさま、臨海りんかいの、いえ、今となっては日乃ひのをも治めるほどの領主である最嘉さいかさまに対する暗殺未遂は、天都原あまつはらにしかるべき時期に抗議と相応の謝罪を求めるべきでは……」

 「陽子はるこは事前に荊軻けいかの話を振ってきただろ?」

 真琴まことの進言に俺は答える。

 「あんなのでヒントを与えられたとはっ!最嘉さいかさま以外誰も気づきません!そもそもそれで防げたというよりも、見方を変えれば殺害予告とも取れるもので……」

 真琴まことは納得できないようだった。

 ――まぁ、そりゃそうだろう……

 「荊軻けいかっていうのは……」

 「?」

 俺は続けた。

 「荊軻けいかっていうのはな、暗殺で歴史に名を成した希有な人物だ」

 「はい、だから……それが暗殺予告という……」

 だが俺は、不思議そうに俺を見て問い返す真琴まことのことは既に見ていなかった。

 その時の俺は、遙か天都原あまつはらの王都、斑鳩いかるが領にある王宮、”紫廉宮しれんきゅう”で、意地の悪い笑みを浮かべているであろう美しい黒髪の少女へ想いを馳せていたのだ。

 「荊軻けいかは暗殺を失敗したんだよ……暗殺失敗で歴史に名を刻んだ珍しい人物」

 ――本気で殺そうとして、本気で仕掛けて……

 でも、万全は期さなかった。

 ――結果は天に委ねたのだろうか?

 陽子かのじょの謎かけのような行為に俺は……

 心がザワザワと……それでも愉しみに浸った、チリチリと焼けるような想いに波打っていた。

 「……」

 俺の口元はやっぱり緩む。
 油断できない心地よさに……ふっと綻ぶ。

 それは忘れていた……
 いや、封印していた懐かしい唯一の感覚……


 京極きょうごく 陽子はるこという……俺にとって唯一の感覚だった。

 第二十五話「最嘉さいかと唯一の感覚」 後編 END
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