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独立編
第九話 「最嘉と不確かな約束」(改訂版)
しおりを挟む第九話 「最嘉と不確かな約束」
天都原国南部、日乃領、この地の政治、軍事の中枢たる堂上城に、ある武装した一団が向かっていた。
「どうやら……本当に手中に収めてしまったみたいだな……あの食わせ者め」
仰々しい重装鎧を装備した上背のある偉丈夫は、馬上から城を見上げる。
「相手の混乱に乗じたとは言え、僅か数名の手練れのみでの城奪取!いや、見事としか言い様がありませんなぁ!」
隣で興奮気味な配下の言葉に、その偉丈夫はそちらをジロリと見る。
「っ!……そ、その、ほんの数日前までの宿敵の協力を得ての策など以ての外ではありますが……その……」
「……」
鋭い眼光に睨まれて焦る部下を眺めながらその偉丈夫……
熊のような体格の男は、”ふん”と鼻を鳴らす。
「そこは……まあいい、別に俺個人としては南阿に恨みがあるわけで無し、ましてや毎回無理難題を押しつけては利用してくる天都原なんて盟主国にそこまで義理立てする謂われもない。……それに……”あの男”の企てに乗ってみるのも面白いかもしれんしな」
この時、熊男の岩石の如き怖面は、ひとつの結論に達しているようでもあった。
上背のある偉丈夫、体格の良い熊の様な大男……
小国群がひとつ、日限領主の熊谷 住吉はそう言った後、再び目前の日乃領土内最重要拠点である”堂上城”を見上げていた。
「ふん、良いだろう……あの”食わせ者”のお手並み拝見といこうか」
ーー
ー
「おまえなぁ、だから何でそうなるんだよ」
俺は呆れた顔で聞き返していた。
「だって!……だって、さいかは何でも条件を飲むと言った……」
目の前の純白い美少女は、そんな俺に”当然の事だ”という態度で折り返す。
「言ったか?……いいや、似たようなことは言った様な気がするが、そんな万能な言葉は使ってない。俺は”学校生活に困るようなことがあれば協力する”と言っただけだ!」
ーーそうだ、俺は確かにそう言ったはずだ
俺の記憶が確かなら……
というより間違いない!
それは先週の金曜日、ほんの六日ほど前の話だからだ。
久鷹 雪白……という少女。
俺は、少しの間、彼女と一緒に行動してみて解ったのだが、彼女はどうも少し風変わりしているというか、”一般常識”というものが欠けている気がする。
”戦国世界”側ではそれほどでも無いが、”近代国家世界”側の世界で、それはより顕著に見られる。
たとえば……ファミレス、コンビニ、果ては自動販売機に至るまで……
誰もが馴れ親しんで久しい、珍しくともなんとも無い環境に、彼女はまるで初めて体験するような初な反応を示す。
「……」
そう、有り体に言えば、白金の美少女、久鷹 雪白は……
少しばかり浮き世離れしているのだ。
ーー南阿ってそこまで田舎じゃないよなぁ……てか、そんなわけ無いだろ?
大体、コンビニどころか自動販売機さえ無いって、田舎を通り越して未開の地だろう。
「でもでもっ!困ったときに助けてくれるって!……それは、困ったわたしのお願いすることを聞いてくれるってことだよ?」
少しの間、黙って考え事をしていた俺の顔を覗き込むようにして彼女は訴えて来る。
ーー美しい白い銀河……白金の双瞳……
「……そ……そう……なのか?」
ーーいやいやいやいやっ!そんな訳がないっ!!
彼女と密約を交わした時、それとは別にこっちでは無く向こうの世界……私立臨海高校の生活で困った事があるなら相談に乗るぞ、と俺は言ったのだ。
当面は、取りあえず”久鷹 雪白”と共闘する事になる訳だから、暫くは彼女もうちの学校に通うことになるだろう。
だったら……と、俺はそう約束したのだ。
それは、こんな”常識欠如者”を野放しにして厄介事を被るのはご免だし、俺の計画が完遂されるまで正直目の届くところに置いておきたいと考えての事だった。
なんだかんだ言っても、南阿の”純白の連なる刃”は重要人物で、超のつく危険人物だからだ。
「…………わかったよ、雪白……明日、金曜日に向こうの世界に切り替わったら、学校でお前に数学を教えてやる」
様々な思考の末、俺は自論は一時彼女に譲ることにした。
渋々と、そう応えた俺の言葉に、純白い美少女の顔がぱっと輝く。
「ほんと?やった!」
普段は殆ど表情を変えない人形姫の桜色の唇が柔らかく綻んでいた。
「…………」
ーーうっ……な、なかなかに愛らしいな……
つい、だらしなく顔が緩む俺。
まぁな……善く善く考えれば大した事では無いし、この表情を見ていたらそれ位の譲歩は良いかなぁと……
「さいかは何でもわたしの条件を飲むんだよね!ねっ!ふふっ……わたしの”下僕”みたいなモノだよね?ねっ!」
「そこまで譲歩はしていないっ!!」
バシッ!
「あうっ!」
可愛らしい笑顔で調子に乗るお嬢様の白いおでこに、俺は手刀していた。
「ひ、酷いよ……花も恥じらう可憐な乙女の顔を……」
「花も恥じらう可憐な乙女は下僕なんて必要としないっ!!」
俺は毅然とした態度で涙目の美少女に言い放つ。
「…………うぅ……」
「ふふんっ!」
どうだ!!
決意した一線級の男の顔には、如何な美少女とてタジタジだろう?
俺は両腕を腰に当て、何故か必要以上に誇らしげに立っていたのだった。
「あ、あの……最嘉様?……お取り込みのところ申し訳ありませんが、話を進めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「っ!?」
聞き慣れた声に俺はハッとなる。
「…………」
「…………」
不毛なやり取りを繰り広げていた俺と雪白の近くに一人の若い男の姿があった。
というか、彼はずっと其処に居たのだが……
「最嘉様?」
それほど筋肉質では無いが、締まった身体が服の上からもわかる俺より少し背の高い、黒髪を尻尾のように後ろで結わえたスッキリした顔立ちの中々の好青年だ。
その人物の姓名は、宗三 壱。
俺にとって、ひとつ年上の従兄であり、絶対の信頼を置く腹心の部下。
「あぁ、悪い悪い……この”わがまま天然白色美少女”が絡んでくるんで、ついな……続けてくれ」
壱に視線を移してそう促す俺に、彼は頷き、雪白はむくれる。
「日乃領の領都にして中心拠点であるこの堂上城及び周辺施設は全て押さえました、あと日乃領内を全て制圧するには覧津城、那知城の二城を押さえるのが肝要かと……」
宗三 壱は、俺が南阿の”純白の連なる刃”に投降した後、雪白に交換条件で解放された我が臨海の部隊を率いて自領に撤収した……
という事に表向きはなっているが、本当はこうして俺の手元に残っていた。
撤収した臨海軍を率いていたのは壱の影武者、替え玉だ。
今回出兵した臨海軍のナンバーワンである俺とナンバーツーである宗三 壱が揃って行方不明というのは如何にも不審であるし、かといって残った俺には色々とやることがある。
つまり、手元に壱のような優秀な部下が必要不可欠であった為の替え玉作戦だったのだ。
「最嘉様、明日には世界が切り替わります……つまり」
俺は壱の進言に頷いた。
そうだ、明日は金曜日、世界が”近代国家世界”に切り替わる日だ。
”戦国世界”での情報は、向こうでは”ほぼ”筒抜けになる。
平和で不可侵な上、情報技術環境の整った”近代国家世界”では情報交換が容易だからだ。
つまり……だ、俺が生きている事も、日乃領を奪い取ったことも……
雪白との密約や事の詳細は大丈夫でも、大体の”あらまし”は知れ渡ってしまうのだ。
一応、日乃領を奪い取ったのは、表向き南阿の雪白達”白閃隊”ということにしている。
だが、俺が”純白の連なる刃”に降ったのは知れるだろう。
当然、天都原は動いてくるだろうし、南阿もなんらかのリアクションを起こすだろう。
つまり、出来るだけ短期間でこっちも準備万端、対応できるようにしておかなければならない。
その為には取りあえず日乃領の完全なる制圧が不可欠だ!
「日乃の重臣で、有力な豪族が治める、覧津城、那知城の二城を攻略すれば、確かに日乃で俺達に逆らう勢力は無くなるだろうな……」
進言に対する俺の応えに壱は頷いた。
「そのためには、今の兵力では……」
「それは、手は打ってある。そろそろだとは思うが……」
壱の懸念に俺が”心配ない”と答えた時だった。
ーーダダダダダッ!
慌ただしい足音と共に一人の兵士が駆け込んで来る。
「報告!ただいま、日限領主、熊谷 住吉様とその手勢二千、ご到着なさいました!」
ーーおぉ、タイミング良いな……
俺は頷いてから、目の前の宗三 壱と隣の久鷹 雪白に改めて話しかけた。
「これで覧津城は問題ない、俺達は那知城の攻略に掛かるが……何か質問は?」
「熊谷様に覧津城の攻略を任せるのですね……では……」
そう応えた壱は、チラリと俺の横の純白い少女を見る。
「わたしはどちらでもいい……さいかがそう言うなら攻め落とすだけ」
雪白はアッサリと事も無さげに言う。
「わるいな雪白、俺たち臨海は今、手持ちの兵が無いから」
ほぼ全軍を臨海に撤退させてしまったため、俺に従って堂上城に残ったのは、宗三 壱を入れても二十人にも満たない数で、軍とはとても言い難い。
「……べつに……そういう約定だから……それより明日は数学を……」
相変わらずの無表情ではあるが、どうやら……
「…………」
多少照れているのだろうか?
僅かに白金の視線を俺から逸らせながら、久鷹 雪白という純白い美少女は呟いた。
「わかってるって、最初に言っておくが俺は中々にスパルタだぞ!」
微かに何かを感じ取った俺の冗談めかした言葉に……
少女が所持する桜色の唇がほんの少しだけ綻んでいた。
第九話 「最嘉と不確かな約束」 END
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