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下天の幻器(うつわ)編
第五十九話「三本足」後編
しおりを挟む第五十九話「三本足」後編
「……」
「……」
再び対峙する俺と暗殺者の構図に……
――なるほど……
その怪異の因果は直ぐに解明できた。
「これじゃ……確かに足りないなぁ」
振り切ったはずの俺の松葉杖の長さは半分以下になっていたのだ。
――最初の一撃か?俺としたことが、それに気づかなかったとは……
”返し業”の至上者を自認する鈴原 最嘉の”奥伝”の一つを以てしても、
その必中を用いても、生死の一線さえ跳び超える相手に俺は正直……
多少なりとも肝を冷やしていた。
ドサッ
そして……
俺はバランスを欠いてその場に片膝を着く。
「さ、最嘉様っ!?」
そこにまで来て――
目の前で繰り広げられた一連の超高度な攻防に、漸く思考が追いついたのだろう……
未だ地面に這い蹲ったままであったアルトォーヌが慌てて俺に安否を確認する声をあげてきた。
「ああ、大丈夫だって……斬られたのはたかが”鉄の足擬き”だ」
俺はそう答えて余裕を見せるが……
――そう斬られたのは”鉄の足擬き”
”鉄製”の松葉杖だ。
それが最初の一撃でこうも見事に切断されていたとは……
反撃を試みたときに既に射程が”半分”になっていた。
おかげで虎の子の”必中二手目”が台無しだ。
――なるほど、射程の半分になった”二撃目”では届くはずも無い……な
”スッパリ”と、気持ち良いくらいの滑らかな切断面を晒している松葉杖を見れば、この最強の暗殺者が腕前もまた至上である事を証明している。
すっ――
俺は軽く地面に左手を触れてから、
「よっと」
片足で、我ながら器用に立ち上がった。
――まぁなぁ、”強敵”自体は最初から感じていた事として、扨措き……
片足立ちの俺は、今度は正真正銘の腰の”刀”に手を添えて”最強”の暗殺者と対峙する。
「……」
――ちょい、不味いか?
どうやら”暗殺者”は天都原の”十剣”や旺帝の”八竜”に匹敵する以上の難敵だ。
――”俺でも”この片足では少々心元ない……
「…………」
対して、無言で俺を見据えたままの最強の暗殺者は――
ババッ!!
「!?」
俺の警戒をよそに、どう解釈するべきだろうか?
急に背を向けたかと思うと実に未練無く闇に消える。
「………………ふぅ」
――まぁ、あれだ
要は”時間切れ”だったって事だろう。
必要最小限の危険さえ回避する。
――流石は噂高い”伝説の忍”だなぁ
徹底して確実な任務遂行に徹している。
俺は妙に感心しながらも、既にこの時点で”謎の襲撃者”の素性を予測出来ていた。
「お?」
ドサッ!
「さ、最嘉様!?」
気が抜けたところで、不安定な俺はその場に二度目の尻餅を着く。
一瞬の攻防とはいえ、凄絶な殺し合いの末に意表を突く呆気ない幕切れと……
その一部始終を地面に転がったまま観覧していた白い美人参謀は、やっと状況を把握した後で直ぐ近くに尻餅を着いた俺の安否確認のためだろう、近づくために立ち上がりかける。
「淑女に強引な扱いをしでかしたんだから、本来なら手を差し伸べるくらいは紳士としては最低限なんだろうが……残念ながら俺も他人様を起こして立ってられる体じゃないからなぁ」
俺は自らの存在しない右足を指さして冗談の笑みを返していた。
「お、お気遣いなく……ご無事でなにより……です?」
少しばかり強引に和ませた雰囲気の中、それに合わせようと気を遣って無理したアルトォーヌがちょっとばかりズレた返事を返して俺の方へ。
「おっ!?”あっち”も片づいたみたいだな」
生真面目な参謀に思わず笑いが込み上げてくる性格の悪い俺だったが、そこは堪えて話を進める。
うむ、多少梃摺ったみたいだが、謎の襲撃犯達は全て撃退出来たようだ。
そして――
どういう特殊能力なのか?どうやら”問題児”も気配を察して戻って来たらしい。
「さ、さいかぁぁ!!」
ズザザァァァァ!!
「最嘉、アルト!!死んでいないでしょうね!」
ヒヒィィン!!
白金のお嬢様と紅蓮のお姉様……
彼女達はそれぞれがけたたましい砂煙を伴って愛馬で駆けつけ、勝手にご帰還だ。
「お前らなぁ、どっちも部隊を率いる身だろうが?勝手に持ち場と任務を放棄して戻って来るなんて軍規をなんだと……」
息を乱して駆けつけた二人の魔眼姫を俺は呆れ顔で迎える。
――それにしても、武人として傑出した才能か?それとも魔眼姫の能力なのか?
驚くべき勘の冴えと言えるが……
「あの……さ、最嘉様、あの者はいったい!?」
そんな中、アルトォーヌが俺に肝心な事を問うて来る。
「……」
――正直、現時点では確かな事は解りようがない
だが!
暗殺者が”忍”で、あれほどの”強者”ならば……
この戦国の世で噂に聞いたことくらいはある。
眉唾の伝説とも言えるものだが……
「多分……”軒猿”だったか?」
俺は耳に入ったことがあるだけのその名を口にする。
「そ!それはっ!!」
俺の零した名にアルトォーヌは驚き、
「根滅の……忍」
紅蓮い魔眼姫も一瞬、その紅蓮に燃える双瞳を訝し気に光らせた。
――”根滅の軒猿”
――元、赤目四十八家の御三家、鵜貝 孫六が子飼いの忍で……
――その名は”伝説”に語られるほどの最強の最強の暗殺者!
「最嘉、貴方……そんな相手とその足で?相変わらず只者ではないわね」
愛馬を降りたペリカが白い手を差し伸べ俺を立たせながら、
少し呆れたような、それでいて妙に嬉しそうな表情で聞いてくる。
「一応撃退した。てか、向こうが退却したというべきか?」
俺は素直に補助を受けながら立ち上がる。
「なんていうかね、その相手?凄い殺気だったよ……さいかは常識がないね?」
ペリカに立たせて貰った俺との間に割り込むようにスルリと入ってきた白金のお嬢様は、そのまま寄り添って俺の身体を支える。
――う……鎧越しでも柔らかい……くそっ!”ぷにぷに”しやがってけしからん!!
俺は美少女の甘い香りと柔らかい感触に緩みそうになる頬を引き締めるのに必死だ。
「戦えば器物破損の常習犯と連続首ちょんぱ犯の魔眼姫だけには常識をどうこう言われたくない」
俺はそう言い返しながらも、別の思考で今回の襲撃が意味するところを分析していた。
――つまり、あの”妖怪ジジイ”め……”あわよくば”と茶々を入れに来たんだろうな
「さいか?」
「最嘉……」
「最嘉様?」
鈴原 最嘉の天敵とも言える忌々しい妖怪ジジイを思い浮かべた俺は自然と眉間に皺が寄り、相当厳しい顔になっていたのだろう。
「いや、別になんでもない」
とびきりの美女二人……三人に囲まれるのは悪くない。
しかしそれも全て、あの”妖怪ジジイ”の顔を思い出すとムカつきの方が勝って非常に忌々しい。
そして――
ワァァァァァ!!
その時、陣幕の外で我が臨海兵士達による大歓声が湧き上がっていた。
「御館様ぁっ!ご無事でぇ!お怪我はありませんかぁ!?”聖 澄玲”です!侵入者撃退の任務を完璧に熟した花園警護隊が真の筆頭!”聖 澄玲”に御身の看病もお任せをっ!!」
「いや……取り立てて治療するような怪我はしていない。それよりこの歓声はなんだ?」
俺は漸く駆けつけた護衛の聖 澄玲を適当にあしらいつつ、もうひとりの花園警護隊、緋沙樹 牡丹の方へ確認する。
「はっ!たった今入ったばかりの伝令兵からの報告ですが、敵本陣……那伽領主、根来寺 顕成が斑眼寺の陣が陥落したとのことです!」
――お?おお!!
「攻略したのは菊河 基子殿の別動部隊です。巧みに敵の陣構えを回避し、最短にて陥落せしめたもよう」
――あの異端の”規格外っ娘”め……多分、また適当に進んで”たまたま”敵軍の薄いところを通り、”運良く”敵本陣へと……
全く以て恐るべきは”戦の子”!!
現在の俺の参謀である”智の白き砦”、アルトォーヌ・サレン=ロアノフと並ぶ西の強国”長州門“の”両砦が一角にして、
小柄で可愛らしい風貌とは裏腹に軍を率いては天性の直感と呆れるほどの強運を備え凶悪なまでの軍の強さを誇る”武の砦”、菊河 基子。
敵として相対すれば、違う意味で洒落にならない”おバカ娘”だ。
「……」
その報告を受けた後、俺は何気に二人の魔眼姫を見る。
「あっ!?さ、さいかとの”添い寝”権がぁぁ!!」
「基子ね、余計なことを……でもあの娘は”最嘉とドキドキ添い寝権利争奪戦”に参加していないから今回は無効だわ。賞品はまた次回かしら?」
「って!?お前らなに勝手に俺を景品にして遊んでんだぁぁっ!!」
――
―
と、まぁ……那伽領攻略戦はこんな感じでの”ぐだぐだ”幕切れだったわけだが――
右足を失い、片足になっても俺は松葉杖を使って結構自在に戦える。
無論、五体満足の時とまでは全然いかないが……
だが、これ以降そういう噂が急激に戦場に広がり――
元々の足に加えて松葉杖が”三本目の足”ということからだろうか?
”詐欺師”・”王覇の英雄”に続く呼び名――
臨海の鈴原 最嘉は”三本足”とかいう、なんというか”イケてない異名”で呼ばれることになったとさ。
「…………」
第五十九話「三本足」後編 END
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