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下天の幻器(うつわ)編
第二十五話「窮余一策」後編
しおりを挟む第二十五話「窮余一策」後編
――激戦のまま、那古葉城の戦いは数日ほど過ぎていた
未だに”独眼竜”、穂邑 鋼が擁する機械化兵を恐れる旺帝陣営は一枚岩とは成り得ず、決め手に欠く攻撃であったが、それでも兵力の差は如実に表れつつあり……
ズズズ……
「もうちょい右……いや少し、ストップ!」
ガシィィン!
「よし、上腕部の接続は完了、次は……」
――
―
午前零時を回った闇の中、日が暮れるまでの激戦地となった那古葉城前平原から少し離れた森の中で、その作業は密かに行われていた。
ズズズ……
大の男が数人で縄をかけ、巨大な滑車で引き上げるのは数メートルはある鉄の塊……
「慎重に上げろよ!そうだ、そのまま……」
全体で数十人から成る兵士が暗き森の中、僅かな明かりを灯して続けられる作業は、”なにか”巨大な建造物を組み上げているようであった。
「…………」
そしてそれを無言で見上げる人物は、伊達眼鏡の奥の右目が少し鈍い光を放つ義眼の男。
「おい、バカの穂邑 鋼。今って結構ヤバイんじゃないか?」
「…………」
話しかけてくる声を無視し、穂邑 鋼は黙って”ソレ”を見上げたままだ。
「ふん!そのデカブツ、出し惜しみしてないでサッサと戦場にぶち込んだらどうなんだ!底抜けバカの穂邑 鋼!」
普段から重度の近眼の様に眉間に皺を寄せた表情である少女は、無視されたことにより今夜はさらに口の悪さに磨きをかけて更なる罵声を浴びせてくる。
――”今って結構ヤバい”……
極めて口の悪い少女の言葉は、言わずもがな”現在の戦況”の事だろう。
「……」
流石にチラリと視線だけは少女に移す穂邑 鋼。
前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型で小柄であどけなさの残る顔立ちの少女は客観的に見て可愛らしい部類に入るが、それとは対照的な無愛想で目つきの悪い……いや、態度はそれに輪をかけた極悪ぶりである。
”独眼竜”穂邑 鋼が仕える正統・旺帝の主、”黄金竜姫”燐堂 雅彌の護衛も兼ねた侍女という立場の少女の名は吾田 真那。
燐堂 雅彌をめぐり穂邑 鋼とはトコトン相性が悪い相手だ。
「”鋼の雪豹”は”超”が付く破壊兵器だ。一度稼働させれば次に起動させるのはこの戦場では到底無理になる、消費する”麟石”も半端じゃない」
色々言いたい事は飲み込んで、ただそう答える穂邑に少女は……
「はぁ?使うからこんな暗闇でコソコソとゴキブリみたいに動き回って組み立ててるんじゃないのか?やっぱりバカか?」
――くっ!この娘にバカと言われると余計に腹が立つ
穂邑 鋼の表情からそういう感情が見て取れる。
「一応だ。一応用意はしているが……実際に投入しても稼働時間に問題があるし、あの鉄壁城を落とすまでは持たないかもしれない……そしてなにより」
「まったくお前はいつもウダウダと!どうしようも無いバカだな……殺る時は殺る!人生はそれだけだ!」
――この単細胞娘め……
穂邑 鋼は流石に少々苛ついてきた様子だった。
「なにより……だな、この”鋼の雪豹”を起動するだけの”麟石”をここで消費してしまうと、恵千の本城を、本国で雅彌を守護っている”鋼の豹”の方にも支障が出てしまう。それを出来るだけ避けたいんだよっ!!」
「うっ!?……お嬢様の?……うう……」
主君である燐堂 雅彌の名が出た途端にたじろぐ吾田 真那。
――穂邑 鋼が燐堂 雅彌の為に開発した超兵器、”機械化兵”
彼が最初に試行錯誤の末に実用化した試作品であるBTーRTー04、鋼の虎は十メートル以上の巨体であった。
それは超重量からくる稼働時の機体損傷が激しく、都度メンテナンスに時間がかかる。
そしてなにより、戦場に投入するには燃料になる希少鉱石……
”麟石”の消費が激し過ぎるために実質的な実用化は不可能であった。
何故なら”麟石”という鉱石はかなりの希少鉱石で、その価格もさることながら大量に手に入れるには困難な代物だったのだ。
そういう理由から彼の更なる試行錯誤で開発されたのがBTーRTー06、”鋼の猫”であった。
本機は試作品であるBTーRTー04、鋼の虎を設計から再定義し直し、体高二メートル、重量1トンほどの小型化に成功した量産機であり、麟石の消費も大幅に抑えられたが当然火力は大きく劣った。
しかし現在までで、真面に戦場投入できているのはこの型だけである。
他の勢力に比べ軍事面が著しく劣る燐堂 雅彌の陣営に於いて、火急に戦力補強が必要と考えた穂邑 鋼は再び開発に着工し、試作品であるBTーRTー04を再び改良、強化することになる。
――そして苦心の末に……
量産型、BTーRTー06開発で得たデータを元に極力”麟石”の消費を抑え、尚且つ火力を更に増強させることに成功した本当の意味での超兵器、BTーRTー07、”鋼の豹”が遂に誕生する。
最愛の女性を守護する最強の盾として創造された”鋼鉄の魔神”
体高15メートル、重量80トンの鋼鉄の怪物。
だが、やはり改良に成功したとはいえ……
人智を超越したその性能を発揮する代償として、大量の麟石を必要とするのは変わらなかった。
辛うじて、条件付で、戦場に投入できる超弩級兵器。
これらは普段からおいそれとは使うことは出来なく、いざという時の守護神的存在であるのが実情だった。
そして――
その”鋼の豹”を若干コンパクトに、解体移動出来るよう改良した機体が……
現在、彼らの目前で組み上げ完了間近のBTーRTー09、”鋼の雪豹”であった。
ここに来てBTーRTー09、”鋼の雪豹”の戦場への投入は……
燃費という面で首都防衛専用超弩級兵器であるBTーRTー07、”鋼の豹”程で無いにしてもその消費は激しく、持参した希少鉱石である”麟石”の残量を考慮に入れれば本国の”万が一”に影響を与えかねない。
そういった理由から実際には……
この超弩級兵器をここで使うのは本当に万策尽きた最終手段であり、その時は正統・旺帝が本拠地である恵千領の本城を、燐堂 雅彌を守護っている”鋼の豹”の起動運用にも支障が出ることを覚悟する必要があるのだ。
「俺としては絶対に避けたい選択肢だ」
「当たり前だこのバカッ!!お嬢様に危険が危ないポンコツ兵器なんか使おうとするなんて!!穂邑 鋼っ!!貴様は底抜けのバカか?バカ!ばぁかっ!!」
「…………」
――くっ……馬鹿はお前だ、無愛想娘
元を正せば、戦場投入をせっついていたのはその吾田 真那であったのだから、穂邑 鋼の怒りも尤もである。
「とにかくこのポンコツは使用禁止だからな!底抜けバカの穂邑 鋼っ!!」
「くっ、ポンコツ言うな!吾田 真那!!俺は元々最終手段で、その前に手を打つもりで……」
「手?どんなだ?」
そして全く自覚無い無愛想娘は、平然と聞き返してくる。
「他人をバカバカ言っておいて自分は考え無しかよ……まぁいい、つまりこのままでは負けは必至だからな、明日は残った鋼の猫を全機投入して一気に城を攻め、そして大将首を狙う!」
「…………」
所謂”一点突破”である。
それは無謀以外のなにものでも無いかの様に見えるが、ここまでの戦いから穂邑 鋼には僅かだが勝算はあった。
「敵総大将、甘城 寅保の居所は予測がつく。ならば玉砕覚悟でそこを突いて奴を俺が討つ!」
「…………」
真仲 幸之丞に与えられた大打撃のため窮地に陥った穂邑隊は、鈴原 最嘉達別働隊との合流までの時間稼ぎを全うできる可能性は限りなくゼロに近くなった。
ここぞとばかりに攻勢に転じてくる敵に、守備に徹していてはもう後が無いだろう。
正統・旺帝全軍の半数以上を率いたこの大戦を敗戦で終わらせる訳にはいかない穂邑 鋼としては起死回生の一手しかもう残っていないのだ。
「俺が……って?あれ?吾田 真那?聞いているのか?」
だが、追い詰められた状況とは言え、流石に強引すぎる作戦であるのも事実。
そんな無謀に流石の無愛想無鉄砲娘も引いているのだろうか?と……
穂邑 鋼が少女の顔色を窺った時だった。
「おおおおっ!!良いな!!穂邑 鋼のバカにしては良い作戦だ!!うん!何処ら辺が良いかというとだ!ガーと行ってザスッと殺す!わかりやすくて良いぞ!うんうん!」
「…………」
「な?な?バカもたまには良いことを言うな!バカ穂邑!あはははっ!」
珍しく意気投合するかに見えた二人……
「いや、俺が提案しといてなんだが……すっごく不安になってきた」
否、全然意気投合はしていなかった。
根本的にこの二人は相性が最悪なのだ。
「で、穂邑 鋼?弱っちいお前が、戦うしか能の無い厳ついあのオッサンをどうやって殺すんだ?」
「ほんと、失礼な小娘だなお前……」
敵総大将、甘城 寅保といえば旺帝八竜でも屈指の宿将だ。
いや、もっと言えば……
その前身、旺帝二十四将でも、”咲き誇る武神”木場 武春と”魔人”伊武 兵衛は最強の双璧であった。
そしてその二人に、既に故人である最古参の筆頭武将であった井田垣 信方と今回の甘城 寅保を加えた四人が四天王と呼ばれる旺帝を代表する猛将中の猛将だったのだ。
その一柱をつかまえて”戦うしか能の無い厳ついオッサン”とは……
「なんなら私が殺ってやるぞ?」
「いや、無理だろ全然」
「にゃにぃぃっ!!」
小娘はブンブンと短い腕を振り回して怒るが、事実あの男に”武”で適う相手はそうはいない。
「まぁアレだ……鉄壁城の城門突破とか、敵総大将を狙うとか、ここに来て色々無茶が過ぎるが、やれなけりゃBTーRTー09を投入しなきゃならない、それは……」
――恵千領の雅彌を危険に晒す結果になる……
「俺に策が無い訳でも無い、上手くいけば鈴原の合流が間に合うかもしれないしな」
「鈴原……あの男か、私はあの男も好かない。なんかお前と……」
相変わらずの仏頂面で言いかけた真那に、穂邑 鋼はスッと両腕を肩の高さに上げて手の甲を少女に見せる。
「いざとなったら”コレ”があるしなぁ」
月明かりだけの闇の中、ほんの一瞬だけキラリと光った穂邑 鋼の両方の袖口。
心中の不安はおくびにも出さず義眼の男はそう言って笑った。
――それは穂邑 鋼が燐堂 雅彌の為だけに見せる”自らの命を賭した”覚悟の笑み
「…………ふん……結局お前は”機械”頼りか……ふん……バカ……穂邑 鋼……バカ」
そして無愛想で目つきの悪い少女は、長い付き合いからその意図をどれほど読み取ったのか……
絶妙になんとも言えない不機嫌な、だが敵意とは少し違った彼女らしくない複雑な表情で吐き捨てたのだった。
第二十五話「窮余一策」後編 END
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