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下天の幻器(うつわ)編
第二十五話「窮余一策」前編
しおりを挟む第二十五話「窮余一策」前編
「何を言うか!これ以上の追撃は不要!城を併用しての戦法は評定で決定済みでは無いか!」
度重なる攻撃にも揺るがず聳え立つ天下の那古葉城にて――
旺帝軍の将軍が怒鳴る。
「左様、敵軍は要たる機械化兵団の半数を失ったのだろう?守る我らが無理をしなくても奴等は最早この難攻不落の”黄金の鯱”に手を着けることなどできまい」
続く武将もそう賛同した。
「はぁ……そうは申しましても敵将、穂邑 鋼が率いる機械化兵団は未だ健在、五千の鉄鋼兵団のうちの凡そ百体の機械化兵部隊を半減させたのみで、正統・旺帝、臨海連合軍全体で見れば未だ敵兵は四万は残って……」
徹底的な攻勢を主張しているのは那古葉防衛の筆頭参謀、真仲 幸之丞だ。
これまで数度に亘る出撃を行い、その都度戦果を得たものの未だ敵軍に決定打を与えられていないと彼は再々出撃を主張する。
「その機械化兵が問題だったのだ!忌忌しいあの木偶人形を半壊させたのは大きいだろう!通常兵力では我が旺帝軍は七万を超える兵力を温存しておるのだ!」
「…………」
反論半ばで遮られ、真仲 幸之丞はポリポリと頭をかく。
「……我が軍は」
そして、怒れる旺帝軍重鎮の二将を前にそれでも平然と持論を展開する。
「我が軍は秋山 新多殿を失い、その兵力の大半も失いました。敵の機械化兵を半数ほど機能不全に陥らせる事が出来た為に現在は有利に戦を進めておりますが、これまでの被害は我が旺帝軍の方が多く、また一気に戦いの趨勢を窺うにはこの機を置いて他には無いと私は考えるのです」
過日、那古葉城正門前で繰り広げられた戦いで、まんまと敵総大将、穂邑 鋼の機械化兵を地中に落とし無力化する事に成功した功労者の見解である。
彼は曾てこの城に在って、現在は埋め立てられた外堀の下を通っていた地下道……
つまり、開戦前に自身が偵察のため利用した城内古井戸に繋がる抜け道を利用したのだ。
埋め戻して地盤の脆い元堀の下の地下道に城内内堀の水を誘導し、城壁前に重量のある機械化兵隊を誘い込んで崩落を誘発した。
今になって思えば、真仲 幸之丞本人直々に開戦前に偵察と称してこの地下道を利用したのは寧ろこの策のための下調べであったのかもしれなかった。
「ふん、寝返り武将如きが……貴様が正門前にあんな溝を作ったせいで正門からの出撃は不可能になってしまったでは無いか!それにあの忌忌しい木偶人形は未だ穴の中に放置されている状況だと聞くが?」
真仲 幸之丞の手柄が妬ましいのか、重鎮たる武将は嫌味を言う。
「これは痛いところを……真に私の不徳の致すところ。ですが場所が場所だけに敵もあの数トンはある鉄塊を、これまた数メートルはある塹壕から引き上げることは不可能かと思われます」
言葉とは裏腹に全く”痛いところを突かれていない”真仲 幸之丞は、嫉妬混じりの嫌味に馴れたものだと顔色一つ変えずに答えた。
「う……そ、抑もお主は秋山 新多殿を救出に向かったはず!結局その本人は敵の虜囚に成り果て、秋山殿の隊も半数は失ったと聞く。それでよくも厚かましくも未だに参謀面ができるな!」
続け様に他の重鎮も罵声を浴びせるが……
実際のところ、真仲 幸之丞が介入せねば秋山隊は間違い無く全滅していただろう。
「非才の身なれば……申し訳ない」
しかし真仲 幸之丞はそんな理不尽にもアッサリ頭を下げてやり過ごす。
「ちっ!」
「ぬ……」
責め立てていたはずの二人の重鎮は、暖簾に腕押しな感覚に気勢を削がれ、つい顔を見合わせてしまう。
「それくらいにしておけ、二人共……それでも真仲の功績は大きい。そして問題は今後だ」
そこで、一通り様子を見ていた今回の旺帝軍総大将たる甘城 寅保がこの場を収める。
「う……はい」
「……」
不承不承ながらも黙らざるを得ない重鎮達。
――旺帝領、屈指の要衝である那古葉を治める宿将、甘城 寅保
旺帝を東の最強国たらしめた将帥の頂点たる曾ての”旺帝二十四将”の一人にして現”旺帝八竜”の筆頭で旺帝王たる燐堂 天成の信任厚き第一の将軍である。
無論、それほどの傑物が今回の真仲 幸之丞が功績を見誤るはずも無いが……
だが立場上、重鎮たる将軍達の不満も放置するワケにはいかない。
つまり軍隊という組織運営では時にはこういうガス抜きも必要であるが故の確信的放置であって、またそれを熟知した真仲 幸之丞という男の性格を理解しての対応でもあった。
「では本題に入るが……諸将よ、我が旺帝領の北で可夢偉連合部族王、紗句遮允が不穏な動きを見せていると知らせだ、故に本国の援軍は暫くは期待できぬ」
まんまと場を整えた甘城 寅保は総大将たる威厳を欠くこと無く続ける。
「そして東の御園砦を守る多田 三八は敵に敗れ、残兵を纏め現在此方に向かっておるとも……」
――っ!?
その発表に、場の諸将はグッと奥歯を噛みしめた。
「ひ、広小路砦は!?広小路砦はどうなっておりますでしょうか!?」
溜まらず出る、そうした声に甘城 寅保は無言で視線を筆頭参謀に向けた。
「はっ!現在入っている情報では、未だ交戦中で此方に軍を回して穂邑 鋼の背後を突くのは不可能かと……」
それに直ぐさま応える真仲 幸之丞の言葉に、諸将は一様に肩を落とした。
「歴戦の将たる山県 源景様でも……」
「くっ……最強無敗、木場 武春殿はどうしたのだ!?」
旺帝将軍達の動揺は殊の外大きかった。
「うむ、だが敵は彼の”王覇の英雄”だ。奴等の武勇を以てしても防衛は容易でないということだろう……それより」
これ以上は士気に関わると、甘城 寅保は話題を目前の戦に戻すように目配せする。
「そうですねぇ、とはいえ広小路砦はあの御二方が居れば万に一つも無いでしょう。それより私共は目前の敵軍総大将、穂邑 鋼を如何に破るかです」
この時、実際に真仲 幸之丞は広小路砦が落ちるとは考えていなかったし、抑もそれは高々支城での戦いに過ぎないと。
旺帝軍筆頭参謀の肩書きを得た男は、目前の敵本体を叩ければ他戦場の勝ち負けなど意味が無くなる事を知っていたのだ。
「穂邑 鋼は確かに優れた将でしょう、この窮地でさえ我ら旺帝が誇る諸将の攻勢を幾度と凌いでいるのですから……」
そして経緯は変則的であるが、総大将のお墨付きを得た真仲 幸之丞は当初の予定通り総攻撃への段取りへと話を進める。
「明朝、この那古葉城に詰める全軍の三分の二を城前に布陣する敵軍掃討に向け出陣させましょう、そして残りの三分の一は今まで通り城の各部署を死守……総大将たる甘城様には護衛部隊を引き連れ、この天守から移動をお願いします」
「……」
「……」
ここまで話の段取りをされてはもう、如何な重鎮からも異論の出ようは無かった。
――纏まらぬなら纏めてみせようホトトギス……
総大将、甘城 寅保の言葉から阿吽の呼吸で後事を引き継いだ真仲 幸之丞という男は、なんとも巧みに最初に自らが示した方法へと全軍の方針を帰結させる。
「方々に異論は無いようですので、では具体的な配置等ですが……」
比較的低い身分や誤解されやすい性格、そして周りが抱く能力への嫉妬から、こうした人間関係で苦心してきた男にとってこういう手法はお手の物である。
「少し待て筆頭参謀、移動とは?」
だが、そのまま進むかに見えた評定であったが、少し意外な人物が待ったをかけた。
口を開いたのは、場を作ったはずの総大将、甘城 寅保だ。
「はい。敵将、穂邑 鋼には予てから噂が……彼の切り札はまだ他にある可能性もあります。ですので念のため甘城様には安全な場所に移動をお願い致します」
それも想定済みとばかりに答える真仲 幸之丞の言に、甘城 寅保はニヤリと笑った。
「この窮地を逆転するためにあの小僧は捨て身で起死回生……つまり儂の命を狙ってくると筆頭参謀は読むか?」
皆まで聞き終わらずともその理由を推測する総大将は、”それはそれで面白い”と言わんばかりの表情である。
「…………そうです、甘城様。お解りかと思いますが……」
「総大将たるもの迂闊に前には出るものではない!だろう?承知しておる。しかしのぉ……」
「…………」
甘城 寅保は旺帝でも特に武闘派で鳴らした猛将であった。
旺帝屈指の重要拠点、那古葉領の総大将という重責を十分に理解する名将には間違い無いが……
”将”たる一面においては、”そういう”戦いが、ある意味”美学”ともいえる価値観を所持する武将でもあるだろう。
「まあ良い。で、安全な場所とは?」
真仲 幸之丞は上官の性格を十分承知した上で、やや苦笑いを浮かべながらも自身の考えを披露する。
「正門前の直ぐ奥……”一の丸”ですよ」
――ザワッ!
そして、その自信たっぷりな筆頭参謀の答えに場は再びざわめいた。
「き、貴様!真仲 幸之丞!!正気か!!」
「あの場所は先日、敵との戦いで損傷を受けた場所ぞ!!」
「……」
一斉に騒ぎ出す重鎮達を前に、真仲 幸之丞は澄まし顔のままだ。
「しかも、あの城壁前は貴様がしでかした大穴で……正門は塞がり、足場もメチャクチャだ!!」
「だからですよ?こっちが容易に打って出られない悪所だから、敵も容易に攻められない」
しれっと答える真仲 幸之丞。
先の戦いで最もダメージを受けた城壁ではあるが……
その前を陥没させ、陣取って居た敵軍ごと破壊。
何時また崩落するか解らぬ地面に、沼化した悪地、そして城壁直前に空いた大穴……
結果的にそこは守る兵士を置くのも困難だが、逆に攻めるのにも困難な死地となったとはいえ、そんな諸刃の強攻策を独断で行ったことに対する非難を受けても悪びれずにそう言ってのける真仲 幸之丞という男。
「う、うぬ……し、しかし……」
そして、その相手を忌まわしいと思いつつも二の句が継げない重鎮達。
「既に戦場として終わった場所。散々な目に遭わされた死地にまさか二度も攻める来る愚か者はいない……筆頭参謀よ、貴様、端端から”この策”のために血の気の多い秋山 新多を正門守備に着かせ、そして小僧の機械化兵部隊を嵌めて我が那古葉の正門さえも犠牲にしたな?」
――ゾクリッ
「……あ、う」
「お……おぉ」
――猛者揃いの旺帝諸将が震え上がる鋭い眼光!
最強国旺帝が誇った曾ての二十四将、その中でも最古参の筆頭武将であった故人、井田垣 信方と同格の猛将であった人物。
”咲き誇る武神”木場 武春と”魔人”伊武 兵衛という最強の双璧と合わせて、四天王の一角であった甘城 寅保の眼光が殺気でギラリと光を放ち、そして口元は対照的な愉快がった笑みが浮かぶ。
――圧力と愉悦が混在する巨大な脅威
その場に居る全員が凍り付く緊張感の中、それでも相反する恐怖という威嚇を受けた筆頭参謀は涼しい顔にて此方も……
「囮として影武者を天守に置き、敵軍の攻撃を誘導して足止めします。敵は追い詰められ焦っておりますれば、予め敵が攻め来る場所を操り、城という地の利を最大限生かし、敵に倍する兵力でこれにあたる。即ち、“天の時”、”地の利“、”人の力“、この三要を得た我が旺帝軍に如何な負けが有り得ましょうか!!」
「……う……ぬぅ」
「ま……なか……」
「…………」
此所に来て初めて……
那古葉に集う旺帝諸将はこの人物、”真仲 幸之丞”が旺帝頂点に君臨する将達に匹敵する恐ろしさを秘めた人物だったのだと思い知ったのかもしれなかった。
第二十五話「窮余一策」前編 END
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