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王覇の道編

第三十話「一騎当千」後編 (改訂版)

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 第三十話「一騎当千」後編 

 「久井瀬くいぜ様っ!雪白ゆきしろさまっ!直ぐに後退を……このままでは後方部隊が持ち堪えられません、完全に退路が潰されてしまいますっ!!」

 形勢が一転、危うい状況に、先頭を切って馬を駆る少女の後ろに必死でついて来ていた兵士が叫んだ。

 「…………」

 「久井瀬くいぜさまっ!!」

 ズザザザァッーー!!

 何度目かの催促……そこで初めて雪白ゆきしろは後方に視線を移して、馬を止めた。

 「挟撃されます!このままでは一気に前後左右から押しつぶされますぞっ!」

 「…………」

 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは、数多の血を吸っても変わらず陽光を反射して輝く刀身を掲げたまま、無言でその光景を見ていた。

 「…………」

 この状況にも、彼女の美しい白金プラチナの銀河は静かに輝いている。

 ――後方を攪乱かくらんされ、退路を断たれる……

 まんまとおびき出され、細長く伸びきった戦列を各個分断撃破される憂き目、全体的にも四倍もの敵兵に包囲される事になる。

 そもそも彼女の率いてきた兵数はたったの一千。

 ”那原なばる”で臨時副官の木崎の進言を押さえ込んで出陣した時、彼女は守備兵を残すために僅かの兵でこの戦場に立つことを覚悟していた。

 そこまでしての出陣、勿論その目的は敵、赤目あかめ反乱軍の駆逐だが……

 深層での彼女の心は……許せなかったのだ。

 目先の利益に目がくらみ、主君たる存在に弓を引く不届き者が。

 …………いや、それは正確では無い。

 彼女は……久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは、どうしても許せなかった。

 最嘉さいかを……鈴原 最嘉さいかが最も信頼する存在が彼を裏切るという行為……そのことが!

 ワァァァァッッ!!

 ワァァァァッッ!!

 「…………」

 ここぞとばかりに勢い付く敵軍と劣勢の自軍……

 馬上から、星の大河を閉じ込めた双瞳ひとみでその光景を顧みながらも、美しく整った白金プラチナの騎士姫が表情には少しの揺らぎも見て取れない。

 ――許せない!

 ――このまま捨て置くわけには行かない!

 ――自分を……久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろを救ってくれた、必要としてくれた鈴原 最嘉さいかの心を踏みにじった”宗三むねみつ いち”という者の存在なんて!

 「く、久井瀬くいぜ様っ!!」

 「…………」

 美しき葦毛の馬に跨がる、白金プラチナの軽装鎧を身にまとった奇跡的なまでの美貌の少女。

 白磁のような肌理の細かい白い肌。
 白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。

 整った輪郭にはそれに応じる以上の美しい目鼻パーツが配置されている。

 そして特筆するべきはその双眸。

 プラチナブロンドの美少女が所持する双瞳ひとみは、輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳……
 それは幾万の星の大河の双瞳ひとみ

 肌の色から鎧の色まで白金プラチナで輝く”純白の姫騎士”

 「く、久井瀬くいぜ様っ!退却のご命令……」

 「このまま突き進むわ」

 「っ!?」

 せっつく部下の声に彼女はそう応えた。

 「な!?な……」

 「……」

 然もありなん、最初から彼女は”敵将”の首を取ることにのみ重点を置いているのだ。

 だからこそのこの状況、この窮地……

 織り込み済みの窮地なればこそ、このままこの戦場の敵将、荒井あらい 又重またしげなる雑駁ざっぱを討ち取り、その後に必ず……本命の”宗三むねみつ いち”を討ち取るのが彼女が小津おづに来た意味。

 そう、はなから久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろにとっては、前にしか道は存在しないのだった。

 「そ、それは……」

 この状況で、自殺行為ともとれる命令に、部下の兵士が言葉に詰まった時だった。

 「愚かなり、臨海りんかい終の天使ヴァイス・ヴァルキルっ!!このような場所で無駄死にを選ぶとはっ!!」

 敵味方が犇めひしめき合う戦場にあってもよく通る声が響き渡った。

 「っ!?」

 雪白ゆきしろもその部下も……

 そして敵味方無く、周辺の兵達も声の方角を見上げていた。

 「なにっ!?」

 逃げ惑っていた荒井あらい 又重またしげも思わず馬を止め、を見上げ眼を細める。

 ――

 小津おづ城正門上、門扉を守護する為に建てられた狙撃用のやぐらに人影が幾つか在った。

 そのやぐらの影達の……小津おづ城守備狙撃部隊の数人を引き連れて立つ指揮官は……

 「ぬぅぅっ!あの男ぉぉっ!!」

 荒井あらい 又重またしげは苛立ちを隠せない苦々しい表情でその男を見上げ、睨んでいた。

 勇ましい事を口にした割に無様を晒した自分を平然と見下している様にさえ見える人物を睨んでいた。

 声の主は……勿論、宗三むねみつ いちである。

 「貴様!むねみ……」

 「……はなて」

 シュバ!
 シュバ!
 シュバ!

 宗三むねみつ いちは、憎々しげに名を呼ぼうとした荒井あらい 又重またしげを無視して、落ち着いた動作で右手を振り下ろし、狙撃隊に攻撃を命じる。

 たちまち戦場に飛来する鋭い矢の数々。

 ザシュ!
 ザシュ!
 ザシュ!

 「くっ!」

 「うわっ!」

 雪白ゆきしろの周りに居た臨海りんかい兵士達は馬上で頭を低くして縮こまるが……

 「宗三むねみつ……いち……」

 白金プラチナに輝く銀河にその男の姿を見据えて、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろはイチミリたりとも動かない。

 ザシュッ!
 ザシュッ!
 ザシュッ!

 風切り音を伴いそれらは彼女の頭上スレスレを、或いは頬をかするように通り抜けては砂煙を上げて地面に次々と突き刺さっていった。

 「く、久井瀬くいぜ様っ!」

 放たれた矢の内、一本が彼女の眉間に到達しようとしたが……

 ガキィィィーーン!

 それは閃光が一瞬で斬り落とす。

 兵士は思わず首を縮こめながらも叫んだが、当の少女は殆ど動いた形跡が無いにも拘わらず矢は寸前で斬り落とされたのだ。

 全く動じず、冷たく光る白金プラチナの銀河でやぐら上の獲物ターゲットを見据えた少女の手には凶撃を阻んだ刀身が陽光を反射していた。

 結局、敵が放った攻撃は一矢たりとも彼女を傷つけるに至らなかったと言う事だ。

 「…………」

 馬上から、煌めく銀河の双瞳ひとみを敵意に染めて向けるプラチナブロンドの美少女は、
 敵刃てきじんせつで撃ち落とす神業を常備する白金プラチナの姫騎士は、

 桜色の可憐な唇をキュッと凜々しく結んで、”その男”を見上げたままだ。

 「……」

 ――遠い……“宗三 壱えもの”は城門の上、からでは届かない

 雪白ゆきしろはきっとそう理解していただろうが、

 ――

 それでも愛刀”しらさぎ”の切っ先をスッと城門上に向ける!

 「く、久井瀬くいぜ様っ!?」

 ――それは神風的特攻の意思表示

 目前の敵軍をことごとく突破し、城門を撃ち破り、その先の敵将を討ち取る!

 無謀極まりない賭けだが、或いはこの少女なら身を捨ててそれを為し得る事が出来るというのだろうか……

 「…………」

 憎悪と決意を秘めた白金プラチナ双瞳ひとみに見る見る力が満たされて行き、

 「………………っ!」

 そして彼女は馬の腹をっ……

 「主命に背くかっ!終の天使ヴァイス・ヴァルキルっ!!」

 「っ!?」

 瞬間、放たれた宗三むねみつ いちの言葉に、彼女は寸前でとどまっていた。

 「……主……命?」

 そして抜刀したままで、もう一度、城門上に立つ獲物ターゲットを睨む。

 「そうだ、主の真意を理解出来無いお前は蛮勇で無駄死にをする……それが主君の心中を最も痛める行為だと気づかぬか、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろっ!!」

 「っ!?」

 その言葉に雪白ゆきしろが全身に込めていた殺気が霧散した……してしまった。

 それだけ、宗三むねみつ いちの言葉には、えもいわれぬ迫力があったのだ。

 「……宗三むねみつ いち……貴方に言われたくはない……裏切り者」

 だが少女は……それでもなんとか、起伏の少ない冷たい声で反論する。

 「俺が裏切り者かどうかはこの際関係無いだろう?問題は最嘉さいか様がどう思われるか……」

 「っ!!」

 敵の口からでた”最嘉さいか”という名に……
 ほぼ感情を表に出していなかった少女が、
 戦場で鬼気迫る特攻を敢行してさえも、殆ど無表情だった久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは……

 一瞬でカッと頭に血が上って陶器の白肌を上気させる!

 「このっ!……裏切り者如きが”さいか”の名を呼ばないでっ!!」

 剣の柄を握った白い手が小刻みに震え、少女の輝く銀河を内包した美しい双瞳ひとみは憎悪の闇に見る見る染まる。

 「そうか……だが、その俺如きでも理解出来る。たとえ差し違えで“宗三 壱おれ”を……いや、この小津おづ城を奪還できたとしても、決してその結果に鈴原 最嘉さいかという人物は喜びはしないと!」

 「うっ!?……」

 雪白ゆきしろは言葉が出ない。

 ――“宗三 壱あなた”が言うのっ!?

 ――それを“宗三むねみつ いち”が言うというのっ!!

 悔しいが、悔しすぎるが……それでも雪白ゆきしろの形の良い唇からは反論の言葉が出ない。

 それは……

 それが雪白ゆきしろのよく知る鈴原 最嘉さいかを如実に現していたから。

 同時に彼女の脳裏にかつての記憶が鮮明に甦っていた。

 ――

 ”ああ、剣を与えておいてなんだが無茶はするなよ、どうもお前は危なっかしい”

 ”確かにお前の腕前は最強レベルだが戦場では個の強さは絶対じゃない、そもそもお前は全然意外じゃ無く抜けたところが多々あるし、結構気分で動く……”

 ――

 困ったような……でも、呆れながらも優しく笑う”さいか”の顔……

 雪白わたしの一番好きな”さいか”の顔……

 「…………」

 ――そうだよ……そう……

 戦場では”所持する存在”と”切り捨てる存在”を明確に線引きして計算でき無ければならない。

 ――そうだ……でも”さいか”は切り捨てない、例え自分の身を危険に晒しても……

 出会ってからも、何時いつだって彼はそうだった。

 鈴原 最嘉さいかは自身が大切だと思った者を決して切り捨てることが無い。

 「……」

 ――この身はさいかに救って貰った

 ――人形だった自分

 ――子供の頃から身の程を知って

 ――境遇に諦めて

 ――どうしようもなく受け身に、来たるべき破滅を受け入れていた自分

 ――でも

 ――でも……

 ――あれからは……今日いまはこのわたしも、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろも”鈴原 最嘉かれ“の大切な存在だって……わたし自身が胸を張って言えるっ!

 「…………」

 「久井瀬くいぜさま?」

 剣を掲げたまま、突然黙り込んだ彼女に部下の兵士が怪訝そうな顔を向けていた。

 ――そう思えるようにしてくれたのは”さいか”

 「…………そうだよ……もう、わたし気づいてる……よ」

 「え?あの……久井瀬くいぜさま?」

 ――わたしの気持ち……

 ――わたしの一番大切で、わたしの心を占める……男性ひと

 部下のせっつく声が聞こえないかの様な雪白ゆきしろであったが、その彼女の白い頬にほんのりと朱がさしていた。

 「く、久井瀬くいぜさまっ!!」

 「…………てったい……しよう」

 「へ?」

 危機的状況で呆ける上官に耐えかねた兵士の叫ぶような呼びかけに、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろはそう答えていた。

 「あ、あの……」

 急に転心する指揮官に思考が追いつかない部下を置いて、雪白ゆきしろは構わず馬首を返した。

 ヒヒィィーーン!

 「く、久井瀬くいぜさまっ!?」

 「道を切り開くわ……わたしに続いて」

 そして、そう指示を出すと彼女の馬は一気に小津おづ城と逆方向へと走り出す!

 「お?おぉぉっ!つ、続けっ!皆続け!撤退だぁぁっ!」

 オォォォォォッーー!!

 白金プラチナに輝く髪と白雪の如き刀身を煌めかせ、先頭で風を切る少女は包囲する敵軍を斬り開いて進む!

 「させるか……ぎゃっ!」

 「うおっ!」

 「がはぁぁっ!」

 ――来た時と同じ凄まじい剣技で!

 「だめだっだめだぁぁっーー!!逃げろっ!」

 「ふ、普通じゃ無いっ!臨海りんかいの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”は普通じゃな……ぎゃっ!!」

 ――来た時を凌ぐ戦慄の剣風で!

 「ぐはぁぁーー!!」

 「ぎゃぁぁっ!!」

 どこか吹っ切れた表情の白金プラチナの美少女は戦場を駆け抜けていった。

 ――そうだ……わたしは……

 この日、少女は改めて自身の心を知った。

 ――”さいか”と一緒にいたい、一日でも……一秒でも長く人生を供に歩みたい!

 ――
 ―

 「…………」

 やぐらの上からその敵ながら見事な退却戦を眺める男。

 「す、凄まじいですね……こんな退却は見たことが……」

 「……」

 隣で思わず漏らした兵士の言葉には応えずに、

 ただそれを見届けていた”裏切り者”の男の口元は……少しだけ優しげに緩んでいた。

 第三十話「一騎当千」後編END
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