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第五十三話 誕生日
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初めからーーーあの国民的俳優に恋心みたいなそんな気持ちを抱いた自分が悪かったんだ、葵はそう思った。
栄人と別れたあとの電車の中でも、葵は未だ栄人の話が頭から離れなくて、気持ちは自分でも驚くほど沈んでいた。
要するに失恋ーーーみたいな感覚?
葵は電車の窓を見つめながら、先程まで話していた内容を思い返した。
あの後、葵は暫く言葉に詰まっていた。
ーーー
ーーーーーー
『葵、大丈夫か?』
栄人に顔を覗かれて、葵はハッと前を向く。
『っ……あ、いや大変だったんだなぁと思って。えっと、その、話してくださってありがとうございます。』
『いえいえ。まあ、とてもいい内容とは思えないけどな。でも、お前の誕生日でもあるし、お前は口硬そうだから言ってもいいと思ってな。』
『ありがとうございます…』
『まあなんも問題ないか。こんなこと聞いても。ただ、優一が今どう捉えてるかわからねぇからさ。』
『そ、そうですよね。』
(そう……だけど……)
ーーー
ーーーーーーーーー
教えて貰えた喜びは確かにある。優一のことを知りたかったから。でもこんなことだとは思わなかった。
ならずっとその事で家族を恨んで来たのだろうかーーー?
(なら俺が家族に謝った方がいいなんて言ったの最低じゃん…)
もっと早く知ってたらどうだっただろう。
そしたら自分はあの時どう言っていたんだろう。
でもこの気持ちは収まらなくてーーー
「葵くん」
「っ……あ。優一さん…」
葵が改札を出て顔を上げると、そこには駅で待ち伏せしていた優一がマスク姿で目の前に立っていた。
「迎えいくって何度も電話したのに出ないし。……栄人となんかあった?」
「あ、いやそういう訳じゃ…」
葵はふと優一の目を見て、なんだか自分が変に泣きそうになってることに気づいた。
優一は優しい。優しくて意地悪だと思う。
でもそれもこれも全部、その子のことがあったから…?
そう思うとなんだかしんどくてーーー
(って、馬鹿かよ俺。無意識に期待して、今は振られた気持ちになって…なんなんだよ。)
最初から優一さんはそんな気持ちなんかじゃなかったのに何考えてーーー
「葵くん、きて。」
「え?」
葵は優一にグイッと手を引かれると、そのままロータリーに停めてあった車に乗せられた。
優一は葵の目の前まで顔を寄せると、じっと目を見つめた。
「葵くん、泣きそうな顔してる。やっぱりなにかあった?誕生日なのに様子が変だと思ったんだ。」
(あ、そうかーーー誕生日…)
「な、なんでもないですって。あ、あの…えっと、目が痛くて」
「そういう嘘はつかなくていい。」
なんでも見抜くその目の中にやっぱり他の誰かを見てると思うとーーー
それなのに好きという気持ちや、今までの気持ちは抑えられなかった。
「優一さん、俺…」
「葵くん?」
好きーーー
(ああ、冗談って後で笑えばいいや。だからもう言って楽になっちゃえばいいや…)
「俺ーーー」
「俺、優一さんのことーーー」
ピリリリリ!!!!
その時突然優一の携帯が鳴って、葵はビクッと身体をふるわせると口を噤んだ。
優一は焦ったようにポケットからスマホを取り出すと、露骨に嫌な顔をした。
「あ、ごめん。ーーー仕事先から電話。ちょっと待ってて。」
優一はそう言うと、車から降りて扉を閉めた。
(…)
暫くの沈黙の後で葵は青ざめると、ガッと自分の口を押えた。
ーーー俺ぇええ!な、な、何言いそうになってんだぁぁあ!!!!??
(危なかったぞ?!)
勢いに乗って思わずとんでもないことを言ってしまうところだった。
振られるだけだし気まずくなるだけだと言うのに何をやっているんだか。
本当に危ない。自分は本当に動揺している。
葵は落ち着かせるために胸を2度さすった。
でもーーー
(やっぱこんなふうに優しくされたら辛い…ってまあ、優一さんからしたら、そんな事言われて持って感じだろうけど…)
葵はブンブンと首を振ると、考え事をやめようとさりげなくスマホの通知を見た。
するとクラスメイトからも何件かは誕生日おめでとうメールが来ていた。
和樹には誕生日を言っていたからわかるけど、小牧からも来ているのには驚いた。誰かから聞いたのだろうか。
とりあえず葵は全員に返信をすると、そのままスマホを閉じて心を落ち着かせた。
この先は何があっても、さっきみたいにもう思わず言いそうになることは辞めなければーーー
聞いた事までバレてしまえば、栄人にも影響がいくことになる。
2人の友人関係を壊すかもしれない。
そう思うけどーーー
本当はまだ、心がドキドキしたままで。
とうとう優一が戻ってきてしまった。
「ーーーお待たせ。それで、さっき言いかけてた続き、聞かせて。」
「えっ、あ…そ、その…あ!優一さんの映画、すごく良かったです!」
葵は咄嗟に映画のことを思い出すと、それを口にしていた。
これなら上手い具合に誤魔化せそうだ。
「え、もしかしてあの映画、見に行ったの?」
優一は少し驚いた様子だった。
まさかと思ったのだろう。
「はい!すごく演技が良くて恋愛モノって俺あんま共感できるとこ少ないと思ってたんですけど、感動しました!」
(ふぅー。危ねぇ…。これでやり過ごそう…)
「ああ、ありがとう。でも、ーーーあれを見たのか。」
優一はハンドルを握ったまま何故か横を向いて考え込むと、一言小さく尋ねた。
「葵くんってああいうの、好き?」
「え?」
「僕が演じた役みたいな人。」
「え、あー…まあ?かっこいいと思いましたよ。」
「ーーーじゃあ。」
赤の信号機で車が停ったその瞬間だった。
目の前に優一の顔がきて、葵はそのままキスをされたのだった。
「えっ…」
「葵くんーーー隠し事しないで僕に全部教えてよ。」
優一に思いのほか真剣な目を向けられ、葵は顔を真っ赤にすると急いで顔を背けた。
「っ!!!…ち、ちがっ…いや本当に!そ、その!だから!」
(ま、まずいやっぱバレてるーーー!!)
葵が激しく動揺すると、優一は何故だか可笑しそうに笑った。
「あはははは、そんな動揺しなくてもいいのに。ふーん。やっぱり隠し事してたんだ。」
「え…?やっぱりってことは………あ!!」
(こ、この人カマかけやがった!!!)
葵はそれに気づくと、思い切り肩を落とした。
やはり自分は優一にはかなわない。
こんな感じだと栄人に教えてもらったこともバレしてしまいそうで怖いーーー
「で、でも本当に違うから…」
「へぇ。こんな日に隠し事かぁ。僕も随分嫌われたものだなぁ」
「き、嫌ってなんか!」
優一はフッと口元に笑みを浮かべると、「じゃあ好き?」と聞いた。
そう言われて葵は更に顔を赤くするとわざと車の窓を開けて、黙り込んだ。
(本当にそういうとこーーーーーー)
ーーーーーーーーずるい…。
ーーー
ーーーーーーーーー
家に帰るとリビングには、大きな箱が置かれていた。
「こ、これは…?」
葵は恐る恐るその箱に近付いた。
まさかと思ったけれどやっぱりそうだ。
「ん?誕生日ケーキ。前入学祝いでもケーキ買った時、葵くん凄く嬉しそうにしてくれてたから。」
葵は箱を開けた。
するとホワイトチョコレートとココアパウダーのまぶされた美味しそうなホールのケーキと、その上に「葵くんへ、誕生日おめでとう」と丁寧に書かれたチョコレートプレートが乗っていた。
「あ、ありがとうございます…お、俺こんな…」
葵は感動して言葉に詰まった。
優一さんならやっぱり祝ってくれるーーーそう分かっていたけど本当にそうされると嬉しくて泣いてしまいそうになる。
(複雑だけど、素直に嬉しい。)
「後、プレゼントはほかにもあるよ。」
「え?」
優一はそう言って、リビングのソファに置かれていた小さく長細い箱に手を伸ばすと、それをパカッと開いた。
するとそこにはいかにも高そうな腕時計が入っていた。
「こ、これ高いんじゃ……」
「大丈夫。高校生にしてはちょっと立派だなって思う程度のもの。本当に高級なのはまた次の時に。」
「いやいやいや!俺そんな、高いの貰えないですよ!」
「付けてあげるから。貸して。」
「うっ……は、はい。」
葵は仕方なく腕を差し出すと、優一はそれを丁寧に着けた。
「わぁ、かっけぇ……」
「どう?」
「嬉しいです!!!」
葵が満面の笑みを向けると、優一は嬉しそうに微笑んだ。その目は本当に優しくて、葵はその顔を見る度に胸が苦しくなっていくことに自分でも気付いた。
「ーーーじゃあ、葵くん。食べようか。」
一通り、準備を整えると葵はケーキを取り分けて、それから1口食べた。
ーーー本当に美味しいケーキだった。
またあの近くのケーキ屋さんだろうか?それとももっと違うところ?どちらにしても優一が葵のために今日買ってくれた、それだけがとても嬉しかった。
「美味しい…これを選んで正解だったな。」
「はい!凄く美味しいです!」
「葵くん、誕生日おめでとう」
ふとそう改めて言われて、葵は顔を熱くすると、「ありがとうございます」と小さく礼を言った。
なんだかドキドキする。
2人だけの誕生日会みたいでーーー距離感が近いというか心臓の音が聞こえそうで…。
「葵くんの欲しいものがわからなかったから時計にしたけど、次の時は一緒にいて選んでね。」
「あ、はいっ…俺が欲しいもの……」
(ーーー欲しいもの、欲しいもの……それはーーー)
ーーー優一さん。
(ーーーってまたまた変なこと考えんな俺は!!!)
葵はそんな自分に戸惑うと、優一に見られてる気配を感じ、思わず誤魔化すようにケーキを口へかき込んだ。
「…ん?なにか思いついた?」
「え、な!なにかなぁ…わからないですね。」
そんなの、絶対手に入らないーーーもう分かってるのに。
そう思うと悲しくなった。
俺はもう知ってしまったんだからーーー
それからケーキを食べ終えると、葵と優一はリビングのソファでテレビを流して見ていた。
ふと、葵は気になったことがありスマホを取りだした。
そういえば優一の誕生日はーーー
検索すると、そこには「8月2日」と書かれていた。
「!?」
(う、うそ…過ぎてる……。やべぇ……なんで気づかなかったんだろ。そういえば夏ぐらいに優一さんへの届けものが沢山きてたような…でも聞くのも悪いと思ってスルーしてたんだよな。)
もしかしたら小牧さんはなにかあげてたりしてたのかな…。
そう思うと、自分は本当に優一に何もしてあげられていない。
そんな気持ちになった。
「あ、あの優一さん」
「うん?」
「…誕生日…過ぎてたんですね。俺、気付かなくてごめんなさい。」
「ああ、いいよ。ーーー葵くんからは誕生日プレゼント貰ったし。」
「え?」
(嘘?俺無意識にあげてた?)
葵は考えてもわからなかったが、優一はさも当然かのように言った。
「夏に京都一緒に行ったでしょ?あれだよ。」
「え!?いやいやいや、あれは俺が連れてって貰ったみたいな感じだし、俺全然祝うとかしてなかったやつですよ!?」
「ううん、僕は葵くんと行けたのが凄く嬉しかったから。」
優一はそんなふうに言うと、王子様みたいな笑顔を向けた。
(あ……)
こんなこと言われてそんな笑顔を向けられたら、きっと誰もがときめいてしまうだろうな、と葵は思った。
今日見た恋愛映画じゃないけど、本当に主役って感じの人だなと思う。
(この人は毎回毎回、狙ってるのか?)
「そ、そうですか。…なら良かったです。」
葵はそんなキラキラした笑顔を直視出来ず、顔を背けた。
「あ、でもーーー」
優一はそう切り出して突然立ち上がると、葵の目の前まで来た。
「はい?」
「今祝ってくれるって言うなら、それでもいいよ?」
「え、今?」
「そう。」
(あ、でもその方がなんかいいかも。本当に俺祝うとか出来なかったし…)
「あ、はい!じゃあ、俺もプレゼント買うんで教えてくださーーー」
「キスして。」
「ブッ…!!い、今なんて!?」
「キスしてよ。」
(!?)
「なっ…!?何言ってんですか!プレゼントってそんなもんじゃなくてーーー」
「嫌?」
(嫌とか、聞くなよ、だってそう言われたらーーー)
「い、嫌じゃないけど…」
「じゃあ、して。」
「あっ…うっ…」
(そんな事言われても栄人さんの言葉が蘇ってーーー胸が苦しい。優一さんはきっと、プレゼントとか言ってもその子を思ってるままなんだから。ーーーなのに俺は断れないーーー)
葵は恐る恐る立ち上がって、優一の口に近づくとそっとキスをした。
「っ……誕生日おめでとうございます…?こ、これでいいですか。」
(や、やっぱ慣れないや…)
ドキドキした胸が聞こえないように抑えながら、葵がそう言って、また座り直そうとしたその時だった。
「ーーー足りない。」
優一はそう言って、葵をソファに横に押し倒すともう一度今度は深めのキスをした。
(ちょ!?)
「んっ…はっ…優一さっ」
「葵くんーーーずるいよ。なんでそんな目、向けるの?」
「ーーーえ?」
(そんな目って、なんだよ…)
ーーーってあれ?
ふとそう言われて意識すると、自分の視界が濁ってるような気がした。
しかも頬も熱い気がしてーーー
(待っていま俺どんな顔してんのーーー?)
「んっ…あっ……優一さんまって…ごめんなさいっ」
(このままじゃーーーーーー)
「んっ…」
「ねぇ、葵くん……」
「は、はいっ…?」
「ーーーめちゃくちゃにしたい。」
「え?」
(えーーー!?)
「ちょちょちょ、まっ。待ってください!?な、何をするっていうんですか!?めちゃくちゃ!?」
「うん。めちゃくちゃにさせて。」
「やっ…え!?」
(めちゃくちゃって、めちゃくちゃだよな!?そ、そんな俺断ったけどそんなのーーー)
「ま、待って!!断ったのはそういうーーー」
「待たない。」
「やっ…そ、そのだから……まって!」
「だからーーー」
「暴力は反対です!!?」
葵がそう言って思い切り優一の胸を手で押すと、その瞬間優一は目を丸くしてぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
「え?」
「え?」
(……)
暫くの沈黙の中見つめ合うと、その後優一はなんとも面白おかしそうにお腹を抱えて笑った。
「本当に…?葵くん、面白いね。」
「え、」
(お、面白い!?)
優一は体制を治すと、「あー。僕はダメだな」と呟いた。
葵も起き上がると優一の隣に座り直した。
「だ、ダメって何がです?あ、キスは全然大丈夫なんですけど…その断ったのは…」
「ううん。そういうことじゃないーーーでも、大丈夫。」
「……え…?あ、…はい(?)」
(ん?なんかよくわかんねぇーけど、これで良かった、のか?)
「まあーーー葵くん。とりあえず今日は寝ようか。あ、そうだ。おばさんに電話してあげてね。待ってるみたいだから。」
「あっはい!あ、あのプレゼントありがとうございました!」
「こちらこそ。」
優一は頷くとそのまま部屋に入ってしまった。
(あれ、なんか素っ気ない…?いや、でも仕方ないよな?だって、これ以上キスされたら俺は……いや、考えるのやめよう。)
葵も大人しく部屋に戻ると、おばさんにメールしてから電話をかけた。
おばさんとは久々の電話だった。
だからだろうか。おばさんは本当に感激してくれていたようで、泣き声のような鼻の詰まった声で、葵に祝いの言葉を送ってくれた。
思えば初めてこんな風に誕生日祝われたなぁーーー
葵はそんなことを思いながらベッドに横になると目を瞑った。
けれどさっきのキスの感覚や栄人の言葉が渦を巻いてーーー
ああーーー
(俺はこれからどうしたらいいんだろう。)
一つ、ズキンと胸が傷んだ。
栄人と別れたあとの電車の中でも、葵は未だ栄人の話が頭から離れなくて、気持ちは自分でも驚くほど沈んでいた。
要するに失恋ーーーみたいな感覚?
葵は電車の窓を見つめながら、先程まで話していた内容を思い返した。
あの後、葵は暫く言葉に詰まっていた。
ーーー
ーーーーーー
『葵、大丈夫か?』
栄人に顔を覗かれて、葵はハッと前を向く。
『っ……あ、いや大変だったんだなぁと思って。えっと、その、話してくださってありがとうございます。』
『いえいえ。まあ、とてもいい内容とは思えないけどな。でも、お前の誕生日でもあるし、お前は口硬そうだから言ってもいいと思ってな。』
『ありがとうございます…』
『まあなんも問題ないか。こんなこと聞いても。ただ、優一が今どう捉えてるかわからねぇからさ。』
『そ、そうですよね。』
(そう……だけど……)
ーーー
ーーーーーーーーー
教えて貰えた喜びは確かにある。優一のことを知りたかったから。でもこんなことだとは思わなかった。
ならずっとその事で家族を恨んで来たのだろうかーーー?
(なら俺が家族に謝った方がいいなんて言ったの最低じゃん…)
もっと早く知ってたらどうだっただろう。
そしたら自分はあの時どう言っていたんだろう。
でもこの気持ちは収まらなくてーーー
「葵くん」
「っ……あ。優一さん…」
葵が改札を出て顔を上げると、そこには駅で待ち伏せしていた優一がマスク姿で目の前に立っていた。
「迎えいくって何度も電話したのに出ないし。……栄人となんかあった?」
「あ、いやそういう訳じゃ…」
葵はふと優一の目を見て、なんだか自分が変に泣きそうになってることに気づいた。
優一は優しい。優しくて意地悪だと思う。
でもそれもこれも全部、その子のことがあったから…?
そう思うとなんだかしんどくてーーー
(って、馬鹿かよ俺。無意識に期待して、今は振られた気持ちになって…なんなんだよ。)
最初から優一さんはそんな気持ちなんかじゃなかったのに何考えてーーー
「葵くん、きて。」
「え?」
葵は優一にグイッと手を引かれると、そのままロータリーに停めてあった車に乗せられた。
優一は葵の目の前まで顔を寄せると、じっと目を見つめた。
「葵くん、泣きそうな顔してる。やっぱりなにかあった?誕生日なのに様子が変だと思ったんだ。」
(あ、そうかーーー誕生日…)
「な、なんでもないですって。あ、あの…えっと、目が痛くて」
「そういう嘘はつかなくていい。」
なんでも見抜くその目の中にやっぱり他の誰かを見てると思うとーーー
それなのに好きという気持ちや、今までの気持ちは抑えられなかった。
「優一さん、俺…」
「葵くん?」
好きーーー
(ああ、冗談って後で笑えばいいや。だからもう言って楽になっちゃえばいいや…)
「俺ーーー」
「俺、優一さんのことーーー」
ピリリリリ!!!!
その時突然優一の携帯が鳴って、葵はビクッと身体をふるわせると口を噤んだ。
優一は焦ったようにポケットからスマホを取り出すと、露骨に嫌な顔をした。
「あ、ごめん。ーーー仕事先から電話。ちょっと待ってて。」
優一はそう言うと、車から降りて扉を閉めた。
(…)
暫くの沈黙の後で葵は青ざめると、ガッと自分の口を押えた。
ーーー俺ぇええ!な、な、何言いそうになってんだぁぁあ!!!!??
(危なかったぞ?!)
勢いに乗って思わずとんでもないことを言ってしまうところだった。
振られるだけだし気まずくなるだけだと言うのに何をやっているんだか。
本当に危ない。自分は本当に動揺している。
葵は落ち着かせるために胸を2度さすった。
でもーーー
(やっぱこんなふうに優しくされたら辛い…ってまあ、優一さんからしたら、そんな事言われて持って感じだろうけど…)
葵はブンブンと首を振ると、考え事をやめようとさりげなくスマホの通知を見た。
するとクラスメイトからも何件かは誕生日おめでとうメールが来ていた。
和樹には誕生日を言っていたからわかるけど、小牧からも来ているのには驚いた。誰かから聞いたのだろうか。
とりあえず葵は全員に返信をすると、そのままスマホを閉じて心を落ち着かせた。
この先は何があっても、さっきみたいにもう思わず言いそうになることは辞めなければーーー
聞いた事までバレてしまえば、栄人にも影響がいくことになる。
2人の友人関係を壊すかもしれない。
そう思うけどーーー
本当はまだ、心がドキドキしたままで。
とうとう優一が戻ってきてしまった。
「ーーーお待たせ。それで、さっき言いかけてた続き、聞かせて。」
「えっ、あ…そ、その…あ!優一さんの映画、すごく良かったです!」
葵は咄嗟に映画のことを思い出すと、それを口にしていた。
これなら上手い具合に誤魔化せそうだ。
「え、もしかしてあの映画、見に行ったの?」
優一は少し驚いた様子だった。
まさかと思ったのだろう。
「はい!すごく演技が良くて恋愛モノって俺あんま共感できるとこ少ないと思ってたんですけど、感動しました!」
(ふぅー。危ねぇ…。これでやり過ごそう…)
「ああ、ありがとう。でも、ーーーあれを見たのか。」
優一はハンドルを握ったまま何故か横を向いて考え込むと、一言小さく尋ねた。
「葵くんってああいうの、好き?」
「え?」
「僕が演じた役みたいな人。」
「え、あー…まあ?かっこいいと思いましたよ。」
「ーーーじゃあ。」
赤の信号機で車が停ったその瞬間だった。
目の前に優一の顔がきて、葵はそのままキスをされたのだった。
「えっ…」
「葵くんーーー隠し事しないで僕に全部教えてよ。」
優一に思いのほか真剣な目を向けられ、葵は顔を真っ赤にすると急いで顔を背けた。
「っ!!!…ち、ちがっ…いや本当に!そ、その!だから!」
(ま、まずいやっぱバレてるーーー!!)
葵が激しく動揺すると、優一は何故だか可笑しそうに笑った。
「あはははは、そんな動揺しなくてもいいのに。ふーん。やっぱり隠し事してたんだ。」
「え…?やっぱりってことは………あ!!」
(こ、この人カマかけやがった!!!)
葵はそれに気づくと、思い切り肩を落とした。
やはり自分は優一にはかなわない。
こんな感じだと栄人に教えてもらったこともバレしてしまいそうで怖いーーー
「で、でも本当に違うから…」
「へぇ。こんな日に隠し事かぁ。僕も随分嫌われたものだなぁ」
「き、嫌ってなんか!」
優一はフッと口元に笑みを浮かべると、「じゃあ好き?」と聞いた。
そう言われて葵は更に顔を赤くするとわざと車の窓を開けて、黙り込んだ。
(本当にそういうとこーーーーーー)
ーーーーーーーーずるい…。
ーーー
ーーーーーーーーー
家に帰るとリビングには、大きな箱が置かれていた。
「こ、これは…?」
葵は恐る恐るその箱に近付いた。
まさかと思ったけれどやっぱりそうだ。
「ん?誕生日ケーキ。前入学祝いでもケーキ買った時、葵くん凄く嬉しそうにしてくれてたから。」
葵は箱を開けた。
するとホワイトチョコレートとココアパウダーのまぶされた美味しそうなホールのケーキと、その上に「葵くんへ、誕生日おめでとう」と丁寧に書かれたチョコレートプレートが乗っていた。
「あ、ありがとうございます…お、俺こんな…」
葵は感動して言葉に詰まった。
優一さんならやっぱり祝ってくれるーーーそう分かっていたけど本当にそうされると嬉しくて泣いてしまいそうになる。
(複雑だけど、素直に嬉しい。)
「後、プレゼントはほかにもあるよ。」
「え?」
優一はそう言って、リビングのソファに置かれていた小さく長細い箱に手を伸ばすと、それをパカッと開いた。
するとそこにはいかにも高そうな腕時計が入っていた。
「こ、これ高いんじゃ……」
「大丈夫。高校生にしてはちょっと立派だなって思う程度のもの。本当に高級なのはまた次の時に。」
「いやいやいや!俺そんな、高いの貰えないですよ!」
「付けてあげるから。貸して。」
「うっ……は、はい。」
葵は仕方なく腕を差し出すと、優一はそれを丁寧に着けた。
「わぁ、かっけぇ……」
「どう?」
「嬉しいです!!!」
葵が満面の笑みを向けると、優一は嬉しそうに微笑んだ。その目は本当に優しくて、葵はその顔を見る度に胸が苦しくなっていくことに自分でも気付いた。
「ーーーじゃあ、葵くん。食べようか。」
一通り、準備を整えると葵はケーキを取り分けて、それから1口食べた。
ーーー本当に美味しいケーキだった。
またあの近くのケーキ屋さんだろうか?それとももっと違うところ?どちらにしても優一が葵のために今日買ってくれた、それだけがとても嬉しかった。
「美味しい…これを選んで正解だったな。」
「はい!凄く美味しいです!」
「葵くん、誕生日おめでとう」
ふとそう改めて言われて、葵は顔を熱くすると、「ありがとうございます」と小さく礼を言った。
なんだかドキドキする。
2人だけの誕生日会みたいでーーー距離感が近いというか心臓の音が聞こえそうで…。
「葵くんの欲しいものがわからなかったから時計にしたけど、次の時は一緒にいて選んでね。」
「あ、はいっ…俺が欲しいもの……」
(ーーー欲しいもの、欲しいもの……それはーーー)
ーーー優一さん。
(ーーーってまたまた変なこと考えんな俺は!!!)
葵はそんな自分に戸惑うと、優一に見られてる気配を感じ、思わず誤魔化すようにケーキを口へかき込んだ。
「…ん?なにか思いついた?」
「え、な!なにかなぁ…わからないですね。」
そんなの、絶対手に入らないーーーもう分かってるのに。
そう思うと悲しくなった。
俺はもう知ってしまったんだからーーー
それからケーキを食べ終えると、葵と優一はリビングのソファでテレビを流して見ていた。
ふと、葵は気になったことがありスマホを取りだした。
そういえば優一の誕生日はーーー
検索すると、そこには「8月2日」と書かれていた。
「!?」
(う、うそ…過ぎてる……。やべぇ……なんで気づかなかったんだろ。そういえば夏ぐらいに優一さんへの届けものが沢山きてたような…でも聞くのも悪いと思ってスルーしてたんだよな。)
もしかしたら小牧さんはなにかあげてたりしてたのかな…。
そう思うと、自分は本当に優一に何もしてあげられていない。
そんな気持ちになった。
「あ、あの優一さん」
「うん?」
「…誕生日…過ぎてたんですね。俺、気付かなくてごめんなさい。」
「ああ、いいよ。ーーー葵くんからは誕生日プレゼント貰ったし。」
「え?」
(嘘?俺無意識にあげてた?)
葵は考えてもわからなかったが、優一はさも当然かのように言った。
「夏に京都一緒に行ったでしょ?あれだよ。」
「え!?いやいやいや、あれは俺が連れてって貰ったみたいな感じだし、俺全然祝うとかしてなかったやつですよ!?」
「ううん、僕は葵くんと行けたのが凄く嬉しかったから。」
優一はそんなふうに言うと、王子様みたいな笑顔を向けた。
(あ……)
こんなこと言われてそんな笑顔を向けられたら、きっと誰もがときめいてしまうだろうな、と葵は思った。
今日見た恋愛映画じゃないけど、本当に主役って感じの人だなと思う。
(この人は毎回毎回、狙ってるのか?)
「そ、そうですか。…なら良かったです。」
葵はそんなキラキラした笑顔を直視出来ず、顔を背けた。
「あ、でもーーー」
優一はそう切り出して突然立ち上がると、葵の目の前まで来た。
「はい?」
「今祝ってくれるって言うなら、それでもいいよ?」
「え、今?」
「そう。」
(あ、でもその方がなんかいいかも。本当に俺祝うとか出来なかったし…)
「あ、はい!じゃあ、俺もプレゼント買うんで教えてくださーーー」
「キスして。」
「ブッ…!!い、今なんて!?」
「キスしてよ。」
(!?)
「なっ…!?何言ってんですか!プレゼントってそんなもんじゃなくてーーー」
「嫌?」
(嫌とか、聞くなよ、だってそう言われたらーーー)
「い、嫌じゃないけど…」
「じゃあ、して。」
「あっ…うっ…」
(そんな事言われても栄人さんの言葉が蘇ってーーー胸が苦しい。優一さんはきっと、プレゼントとか言ってもその子を思ってるままなんだから。ーーーなのに俺は断れないーーー)
葵は恐る恐る立ち上がって、優一の口に近づくとそっとキスをした。
「っ……誕生日おめでとうございます…?こ、これでいいですか。」
(や、やっぱ慣れないや…)
ドキドキした胸が聞こえないように抑えながら、葵がそう言って、また座り直そうとしたその時だった。
「ーーー足りない。」
優一はそう言って、葵をソファに横に押し倒すともう一度今度は深めのキスをした。
(ちょ!?)
「んっ…はっ…優一さっ」
「葵くんーーーずるいよ。なんでそんな目、向けるの?」
「ーーーえ?」
(そんな目って、なんだよ…)
ーーーってあれ?
ふとそう言われて意識すると、自分の視界が濁ってるような気がした。
しかも頬も熱い気がしてーーー
(待っていま俺どんな顔してんのーーー?)
「んっ…あっ……優一さんまって…ごめんなさいっ」
(このままじゃーーーーーー)
「んっ…」
「ねぇ、葵くん……」
「は、はいっ…?」
「ーーーめちゃくちゃにしたい。」
「え?」
(えーーー!?)
「ちょちょちょ、まっ。待ってください!?な、何をするっていうんですか!?めちゃくちゃ!?」
「うん。めちゃくちゃにさせて。」
「やっ…え!?」
(めちゃくちゃって、めちゃくちゃだよな!?そ、そんな俺断ったけどそんなのーーー)
「ま、待って!!断ったのはそういうーーー」
「待たない。」
「やっ…そ、そのだから……まって!」
「だからーーー」
「暴力は反対です!!?」
葵がそう言って思い切り優一の胸を手で押すと、その瞬間優一は目を丸くしてぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
「え?」
「え?」
(……)
暫くの沈黙の中見つめ合うと、その後優一はなんとも面白おかしそうにお腹を抱えて笑った。
「本当に…?葵くん、面白いね。」
「え、」
(お、面白い!?)
優一は体制を治すと、「あー。僕はダメだな」と呟いた。
葵も起き上がると優一の隣に座り直した。
「だ、ダメって何がです?あ、キスは全然大丈夫なんですけど…その断ったのは…」
「ううん。そういうことじゃないーーーでも、大丈夫。」
「……え…?あ、…はい(?)」
(ん?なんかよくわかんねぇーけど、これで良かった、のか?)
「まあーーー葵くん。とりあえず今日は寝ようか。あ、そうだ。おばさんに電話してあげてね。待ってるみたいだから。」
「あっはい!あ、あのプレゼントありがとうございました!」
「こちらこそ。」
優一は頷くとそのまま部屋に入ってしまった。
(あれ、なんか素っ気ない…?いや、でも仕方ないよな?だって、これ以上キスされたら俺は……いや、考えるのやめよう。)
葵も大人しく部屋に戻ると、おばさんにメールしてから電話をかけた。
おばさんとは久々の電話だった。
だからだろうか。おばさんは本当に感激してくれていたようで、泣き声のような鼻の詰まった声で、葵に祝いの言葉を送ってくれた。
思えば初めてこんな風に誕生日祝われたなぁーーー
葵はそんなことを思いながらベッドに横になると目を瞑った。
けれどさっきのキスの感覚や栄人の言葉が渦を巻いてーーー
ああーーー
(俺はこれからどうしたらいいんだろう。)
一つ、ズキンと胸が傷んだ。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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