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第五十二話 最大の秘密
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「おーっす。葵久々だなー!」
「栄人さん!!すみません遅れて!」
葵は既に駅の中央改札で待っていた栄人に駆け寄りながらそう言うと、はぁとため息を深くついた。
今日は映画を見ると約束していたから前もって早く起きて支度もしてきていたというのにあんなことでまさか家を出るのか20分も遅れてしまうとは。
しかも今日は11月最後の週末でもあるので、電車も大変混雑していた。
なんだか運が悪い。
「全然大丈夫だけど、なんかあったの?」
「あ、え、えーっとそれが…優一さんがなぜが突然今日…」
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
『葵くん今日、出かけるの?』
優一は眠たい目を擦りながら、まだパジャマの状態でリビングにかけてあったカレンダーを覗き見る。
いつもカレンダーに自分の予定を書き込んでいるのでそれを見て聞いてきたのだろう、と思った葵は素直に頷いた。
『はい。敬浩さんが映画館のチケットくれて、それで今日見に行くことになってて…』
「誰と?」
『栄人さんと…』
『うーん、なんで?』
『なんでってその日は栄人さんの予定が空いてて…』
(ってなんでそんなこと聞くんだろ?)
葵はそんな違和感を抱きつつも『ま!そんなことより!』と優一に洗いたての服をドサッと手渡した。
しかし優一はなんだか浮かない顔で『僕も行く』と言い出したのだった。
『ちょ、仕事!!!』
『仕事はまた後日入れて貰えばいい。それよりーーーー』
『だめです!それに早く行かないと遅刻ですよ!』
『いや、今日は元々休もうと思っていたし。』
『な、なんでですか!?』
『なんで?なんでって今日はーーーー』
その時丁度、出掛ける設定しておいたアラームが鳴り響くと、葵は優一の言いかけた言葉を遮って無理やり優一を外へと押し出した。
『はい!鳴りました!もう行ってください!今日そんな遅くならないと思うんでその時に話聞きますから!』
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
「ってーーーーその後15分もそのやり取りをして……本当に大変な朝でした…。」
「お、おう…。なんかお前、ずっとそんな生活してると寿命縮まりそうだよな。」
「こ、怖いこと言わないでください。」
「あ、わりぃわりぃ。つーかお前本当に今日なんも予定ないの?」
「え?予定は…ないですけど。」
(あーでもなんか、忘れてるような気がするんだよな。なんだったっけ…)
「ま、そんならいいけど。あ、それと映画見終わったあと少し飯食おうか。」
「あ、はい!!」
栄人は確認するように頷くと、それから駅の出口の方へと歩き出した。
葵も人の波に飲まれないようにそのあとを早足で追う。
(わぁ、なんか新鮮だなぁ…都会の町並み…)
もう随分東京にいて、高い建物が建ち並んでいる光景は見慣れていたけれど、今向かってる場所は優一と住んでいるところよりももっと都会と言えるところらしかった。
昨日、栄人と連絡を取り合った時に「すげー都会の方だから気をつけてこいよ」と言われたので気になっていたが、こんなに人が多くて何もかもでかいと、むしろ尊敬さえ覚える。
人はなぜこんなに大きな建物を作るのか……と。
(あー、優一さんにお台場連れてって貰った時も凄かったなぁ……)
葵はそんな前のことに思いふけっていると、ふとこの前のことを思い出した。
そういえばーーーー
あれから、『あき』という存在がずっと気になってあまりよく眠れていないのだった。
自分自身何故こんなにも確証がないことに不安になっているのか、疑問を抱いているのかわからなかった。ただ、優一の過去を知らなすぎるせいで全てが気になってしまうのだ。
それに何となく、そんな気持ちになってしまう。
これが一体なんでなのか分からないけれどーーーー
(今日ご飯食べる時ちゃんと聞けるかな。つーか、聞こう。絶対。)
葵はそう思ってはいるものの、いざとなった時ちゃんとはっきり聞くことが出来る自信はあまりなかった。
栄人も栄人で最近忙しく顔を見せていなかったし、またその話を振られるのかーーーーと呆れたりするかもしれない。
でも知りたいしこういう時しか聞くことが出来ない。
何故なら優一本人の前ではそんなこと絶対言えないからだ。
葵はそんな気持ちをグッと堪えながら栄人と共に映画館へと向かった。
映画館につくと、中は予想以上に広くて人が多かった。
特別試写会なども開いているところらしくて、もうなんというか、ひとつのテーマパークのような広さである。
「すっげぇな、人。」
栄人も流石にこれには驚いていた。
この人の多さ、尋常ではない。
でもこんなに人が多くて目線が注目を集めていようが栄人なら隣を歩いてても安心ができた。
だって優一ならいつもバレバレのいかにも芸能人ですって感じのオーラが出てしまうし変装が下手だからだ。
それに比べ栄人は今日も普段着を着こなしながら上手く誤魔化して変装していた。
本当にそれは切実に、見習って欲しいと思う。
「ーーーーはい。では中へどうぞー」
チケットをカウンターの人に見せて中に入ると、更にそれは予想以上のスケールだった。
「う、うわ…でっかいスクリーン…」
「あ、お前映画館くるの初めてって昨日言ってたな。」
「そうなんです。1度もなくて」
「すごいよな。今まで面白い映画たくさんやってたのに、見に行きたいと思わなかったのか?」
「んー、行きたかったけど行けなかったみたいなかんじです。」
「なるほどな。まあ田舎って言ってたもんな。」
そんな会話をしながら葵たちは真ん中より少し後ろの方の席に座った。
「ーーーーやっぱ、あれだな。大体が優一目当てだな。」
ふと、栄人は会場を見渡しながらそう呟いた。葵も一通り周りを見ると大きく頷いた。
人の多さもそうだがーーーー何よりも女子の数が圧倒的に多かったのだ。
その中には優一の写真集を抱えながら来る人もいて、やはり改めて優一は凄い人なのだと葵は感心した。
「主役の恋人役なのに主人公並みの人気ですね。」
「まあ、主人公役の人は男ウケはいいけど女ウケは悪いからなぁ…。なのに恋愛映画に抜擢されちゃったみたいだからそりゃこうなるよなー」
「そうなんだ…。この主人公役の人とは共演したことあるんですか?」
「ないけど、この子の所属してる事務所とうちの事務所は結構交流が深いから情報が結構入ってくるんだわ。」
「そうなんですか…」
葵は入る前にもらった広告の紙を広げて主人公役の説明欄をちらっと見た。
主人公役の欄には、湯田美樹(20)と書かれていた。
こんな若くしても今を輝くアイドル上がりの若手女優と言われているらしい。
だが葵にはそこまで関心が向かない人だった。
「ま、そんなことは置いといて、とりあえず今日は俺たちも優一目当てみたいなもんだし、どんな演技するかしっかり見てやろうぜ。」
「そ、そうですね!楽しみです。」
(そうだそうだ、まずは映画を楽しもうーーーー)
それから会場が暗くなると、間もなく上映時間となった。
物語の始まりは、主人公が好きな人に振られるところから始まりーーーー叶わない恋に嘆いていたところで先輩役の黒瀬優一がその主人公に強引に迫り結ばれそうになったところ、好きだった人に告白されてーーーーという奪い合いの恋愛ストーリーだった。
葵はこんな青春1度もしたことがないため、共感は余りできなかったが、優一のドSっぷりに映画だと言うのにドキドキしてしまった。
主人公とのキスでも、強引に抱き寄せるところも、こんなに色気があって綺麗なのは何故なんだろうーーーー惹き込まれていくようだった。
最後のところなんかは、主人公が本当の恋を知って、キスするシーンだが、黒瀬優一は報われないまま終わるので、少し会場からは沈黙のざわめきが起こっていたような気がした。
『好きだ…』
優一はそう言って、主人公の髪を触り見つめる。
それが最後だった。
けれどその仕草がなんとも儚くて、胸が苦しくなった。
こんなに真っ直ぐ透き通るような瞳で見つめられて、心まで見透かされそうなのに、自分のことは何も教えてくれはしない。
一体本当はどこを見つめてるんだろう、何を考えてるんだろう。
そう思わせるように誘う。
この人はーーーー
こんなに近いのに凄く遠く感じるーーーー
ふとそんなことを考えて、葵は小さく首を振った。
(いやいや、これ映画だしーーーー)
そうわかっていても、見とれて、更に深くまで知りたくなる。
この人は見れば見るほど綺麗で、謎めいている。それが周りを夢中にさせている魅力の一つなのかもしれない。
それに、こんなに胸が苦しくなるくらい色んな顔を持ってるーーーーまだ知らない顔が、あるんじゃないかとそう思わせる儚さと繊細さが取り巻いていた。
(すごいな…)
それからエンドロールを迎え、ようやく会場が明るくなると、周りはまた一気に騒がしさを取り戻したように動き始める。
特に女子たちのに悲鳴のような感想が一気に飛び交い出すとそれはもう止まらなかった。
「もおお!優一かっこよすぎー!」
「最後、私なら優一選ぶのになぁ」
「女の子より綺麗過ぎて女辞めたいわー」
確かに、と葵も思った。
本当の本当に綺麗なのだ。冗談抜きにして。
栄人は小さく拍手すると、「完敗だな」と笑った。
「あいつの演技はやっぱ、劣らねぇよな。」
「そうですね、今までのドラマも凄かったけどこれは予想以上でした…」
「お前、途中口開けて見てたもんな。」
「えっ…」
(は、はず!!!)
「す、すみません…」
「いや、まあーーーーわかるよ。あいつの演技は…なんつーか目をそらす隙が無いよな。何を考えてるかわからないのに、それよりも大きい何かが先に胸を突いてきて、夢中になる。」
(あーーーー)
ーーーー栄人さんも同じことを思ってたんだ。
「ーーーーさ、飯食い行こうか。近くでいいか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
外へ出ると、もう日が暮れていた。
開演時刻が割と遅かったというのもあるが、冬だからか日の入りも一層早い。
「わりいわ、俺まだあんま腹減ってないかも。葵はどこがいい?肉?魚?」
「あ、俺も軽いもので大丈夫です。」
「じゃあ久々にファミレス入るかー」
それから映画館の近くにあったファミレスに入ると、店内は空いていてすぐに案内された。
葵は席につくと、まず切っていたスマホの電源を入れた。
もうすぐ帰るということを優一に伝えなければ、と思ったのだ。
しかし、そこには他の新着メールが何件か来ていた。
(あれ、おばさんから…?)
久々のおばさんからの連絡に、葵は急いでメールを開く。
すると件名のところに『誕生日おめでとう』と書かれていたのだ。
(誕生日…?ってーーーーあ!!!)
その瞬間葵は、今日がなんの日だったか思い出して思わず口に手を当てた。
「どうした?」
栄人に聞き返されると、「あ、あの……」と葵は恐る恐る口にした。
「忘れてたんですけど、今日、俺の誕生日でした。」
「まじ!?」
栄人もこれには驚いたようで、すると今度は「あちゃー」と額に手を当てた。
「祝ってやればよかったな。ファミレスなんかで悪いな。遅いけど、誕生日おめでとう。」
「いやいやいや!おばさんからメール来るまでは俺も全く気づかなかったし大丈夫ですよ。ありがとうございます!」
「あー……だから今日、優一ああ言ってたのか。」
「ああ言ってた…とは?」
「今日は午後仕事切り上げるから早めに帰らせてって。まあ、俺は飯食わせてから帰るから無理って送った。そしたら返信来てない。」
「ええ、でもそれなら誕生日だと教えてくれればよかったのに…本人に教えるってなんか変な話だけど。」
「んまあ、そんな騒がしい朝にチャチャッと言うよりは、ちゃんと祝いたかったんじゃねーの?」
(ああ、そっか。だからなかなか言わなかったんだ。)
ーーーーそうなると、なんだか今日の朝、優一が何か言いたげだったのを遮って家から無理やり追い出したのは物凄く申し訳なく感じた。
まあそれはわからなかったら仕方ないーーーー
「すみません。なんか…」
「いいって。…じゃあ、帰るか?」
「え、い、いやいや!折角来たのに!大丈夫です!それに俺ーーーー」
(そうだ俺はーーーー)
「栄人さんと少しお話したいことがあるんで…」
葵がそこまで言うと、栄人は意味深に葵を見つめながら、「おう。」と返事をした。
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
それからーーーー
一通りテーブルに料理が運び込まれると、葵と栄人は食べ始めながら先程の映画について話し始めた。
「それにしても、あのキャスティングはなかなか良かったよな。」
葵はオムライスをごくんと飲み込んだ後で頷くと、「そうですね。」と頷いた。
「俺は原作知らないですけど、批判もあんまりなかったみたいだし、むしろハマり役というか。本当に良かったと思います。」
「まあ俺は正直、あんなきついキャラを優一が演じられるとは思わなかったんだけだな。してやられたって感じ。」
「やっぱり、対抗心とか敵対心とかは芽生えるものなんですか?」
「そりゃあな?いくら仲がいいとはいえ、注目度や人気の順位次第で仕事とられたりもするしな。」
「そうですよね。」
(大変な世界なんだなぁ……)
「ーーーーで、話したいことって?」
「え?」
突然話を振られて葵はスプーンで掴みかけたオムライスをぽとりと皿に落とした。
「話したいことは?」
「あ、あー…えっと…」
その瞬間ドクンドクンと鼓動が早くなって緊張で思わず目をぐっと瞑った。また、そんなこと聞いてーーーーもしもこの気持ちがバレたりしたら怖いけど…。
それでも今しかなかった。
「あ、あの、すみません。やっぱ俺、優一さんが恋愛できない人ってのがよく分からなくてっ…教えて欲しいんです。どうしてそういうのか……」
葵は恐る恐る栄人の顔を見た。
「優一とまた何かあったの?」
「あ、いや、そうではなくただ単純にずっと気になっていて……ダメですか?」
栄人は葵の言葉に困ったように驚いていたが、そのうち軽く頷くと、一呼吸置いたあとで応えた。
「ーーーーわかった、話すよ。でも聞いたこと、本人には絶対に内緒な。」
(や、やった…)
「ただ重い話になるけど、お前、誕生日なのにいいのか?」
「か、構いません。」
(だって俺は、ずっと知りたかったんだ。優一さんのこと…)
「へぇ…」
栄人は肘を曲げて両手を顔の前で組むと、「じゃあ話すけど…… あいつさー」と続けた。
「ーーーー昔本当に溺愛してたほどに好きで付き合っていた子がイギリスにいたんだよ。」
「え…」
突然そんなことを言われて、葵は思わず固まってしまった。まさか1番初めにくる言葉がそれだとは思わなかったのだ。
ーーーー優一さんが溺愛するくらい好きで付き合ってた子ーーーー
そう聞くと、なんだか変な違和感があった。
あの人でもやっぱり恋愛はする。人間だし当然ーーーーでもそうわかっているのにいざそう言われると、なんだかまともに考えられなくなりそうだった。
優一さんがほかの人を好きだった、その当たり前の過去がなんだか変に胸に突っかかる。
「でも、その子は難病で、五年生きれるか生きれないかだった。命が危ないって言われてたらしい。だから優一は高校の時日本からでも1ヶ月に数回はイギリスにお見舞いに行ってたみたいなんだよな。たまにそのために長期で休んだりもしてた。まあ、成績はよかったから進学校でも全然出席は大丈夫だったらしいけど。」
「そうなんだ…」
「でもあいつ、家庭問題で色々あったから度々俺の家に来てたって言っただろ?それで、親にもそいつと離れるよう言われて散々色んなこと言われて暴力もされたらしくて、結局その子が苦しんでた時も亡くなった時にも会いに行けなかったんだよな。」
「そんな…」
(なんかーーーー)
話を聞けば聞くほどーーーー知りたくないような過去が、でも知りたい過去が明かされていく感覚。
この覚悟をずっと決めてきたのに、何故だか葵の胸に戸惑いや焦りが募っていく。
「あいつは今でもずっと後悔してると思う。あの子にとってもあいつにとっても、お互いが全てみたいな感じだったし。だから恋愛が出来ないんだよっていうのはそういう意味。あいつはだらしないし、すげぇ変わってるけど、本当の根は繊細ですげぇ優しい奴だから。ーーーーまあ、何年も経ってるから今の気持ちはもうわからねぇけど、もししたとしてもあいつの中では所詮あの子の代わりにしかならないんだと俺は思ってるよ。それくらい大切な子だったみたいだし…それに、あいつは今でもーーーー。」
ドクン……
その瞬間、葵は耳を閉じたくなった。
その次の言葉の意味に気づいてしまったのだ。
(ッ…まって、)
もうそれ以上は聞きたくないーーーー
だってもし、その言葉を言われたらーーーー
俺はーーーー
俺の気持ちはーーーー
俺が抱えてきたこの気持ちはーーーー
栄人は静かに目を伏せると、小さな声で言った。
「まだあの子のことが好きなんだと思う。」
「栄人さん!!すみません遅れて!」
葵は既に駅の中央改札で待っていた栄人に駆け寄りながらそう言うと、はぁとため息を深くついた。
今日は映画を見ると約束していたから前もって早く起きて支度もしてきていたというのにあんなことでまさか家を出るのか20分も遅れてしまうとは。
しかも今日は11月最後の週末でもあるので、電車も大変混雑していた。
なんだか運が悪い。
「全然大丈夫だけど、なんかあったの?」
「あ、え、えーっとそれが…優一さんがなぜが突然今日…」
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
『葵くん今日、出かけるの?』
優一は眠たい目を擦りながら、まだパジャマの状態でリビングにかけてあったカレンダーを覗き見る。
いつもカレンダーに自分の予定を書き込んでいるのでそれを見て聞いてきたのだろう、と思った葵は素直に頷いた。
『はい。敬浩さんが映画館のチケットくれて、それで今日見に行くことになってて…』
「誰と?」
『栄人さんと…』
『うーん、なんで?』
『なんでってその日は栄人さんの予定が空いてて…』
(ってなんでそんなこと聞くんだろ?)
葵はそんな違和感を抱きつつも『ま!そんなことより!』と優一に洗いたての服をドサッと手渡した。
しかし優一はなんだか浮かない顔で『僕も行く』と言い出したのだった。
『ちょ、仕事!!!』
『仕事はまた後日入れて貰えばいい。それよりーーーー』
『だめです!それに早く行かないと遅刻ですよ!』
『いや、今日は元々休もうと思っていたし。』
『な、なんでですか!?』
『なんで?なんでって今日はーーーー』
その時丁度、出掛ける設定しておいたアラームが鳴り響くと、葵は優一の言いかけた言葉を遮って無理やり優一を外へと押し出した。
『はい!鳴りました!もう行ってください!今日そんな遅くならないと思うんでその時に話聞きますから!』
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
「ってーーーーその後15分もそのやり取りをして……本当に大変な朝でした…。」
「お、おう…。なんかお前、ずっとそんな生活してると寿命縮まりそうだよな。」
「こ、怖いこと言わないでください。」
「あ、わりぃわりぃ。つーかお前本当に今日なんも予定ないの?」
「え?予定は…ないですけど。」
(あーでもなんか、忘れてるような気がするんだよな。なんだったっけ…)
「ま、そんならいいけど。あ、それと映画見終わったあと少し飯食おうか。」
「あ、はい!!」
栄人は確認するように頷くと、それから駅の出口の方へと歩き出した。
葵も人の波に飲まれないようにそのあとを早足で追う。
(わぁ、なんか新鮮だなぁ…都会の町並み…)
もう随分東京にいて、高い建物が建ち並んでいる光景は見慣れていたけれど、今向かってる場所は優一と住んでいるところよりももっと都会と言えるところらしかった。
昨日、栄人と連絡を取り合った時に「すげー都会の方だから気をつけてこいよ」と言われたので気になっていたが、こんなに人が多くて何もかもでかいと、むしろ尊敬さえ覚える。
人はなぜこんなに大きな建物を作るのか……と。
(あー、優一さんにお台場連れてって貰った時も凄かったなぁ……)
葵はそんな前のことに思いふけっていると、ふとこの前のことを思い出した。
そういえばーーーー
あれから、『あき』という存在がずっと気になってあまりよく眠れていないのだった。
自分自身何故こんなにも確証がないことに不安になっているのか、疑問を抱いているのかわからなかった。ただ、優一の過去を知らなすぎるせいで全てが気になってしまうのだ。
それに何となく、そんな気持ちになってしまう。
これが一体なんでなのか分からないけれどーーーー
(今日ご飯食べる時ちゃんと聞けるかな。つーか、聞こう。絶対。)
葵はそう思ってはいるものの、いざとなった時ちゃんとはっきり聞くことが出来る自信はあまりなかった。
栄人も栄人で最近忙しく顔を見せていなかったし、またその話を振られるのかーーーーと呆れたりするかもしれない。
でも知りたいしこういう時しか聞くことが出来ない。
何故なら優一本人の前ではそんなこと絶対言えないからだ。
葵はそんな気持ちをグッと堪えながら栄人と共に映画館へと向かった。
映画館につくと、中は予想以上に広くて人が多かった。
特別試写会なども開いているところらしくて、もうなんというか、ひとつのテーマパークのような広さである。
「すっげぇな、人。」
栄人も流石にこれには驚いていた。
この人の多さ、尋常ではない。
でもこんなに人が多くて目線が注目を集めていようが栄人なら隣を歩いてても安心ができた。
だって優一ならいつもバレバレのいかにも芸能人ですって感じのオーラが出てしまうし変装が下手だからだ。
それに比べ栄人は今日も普段着を着こなしながら上手く誤魔化して変装していた。
本当にそれは切実に、見習って欲しいと思う。
「ーーーーはい。では中へどうぞー」
チケットをカウンターの人に見せて中に入ると、更にそれは予想以上のスケールだった。
「う、うわ…でっかいスクリーン…」
「あ、お前映画館くるの初めてって昨日言ってたな。」
「そうなんです。1度もなくて」
「すごいよな。今まで面白い映画たくさんやってたのに、見に行きたいと思わなかったのか?」
「んー、行きたかったけど行けなかったみたいなかんじです。」
「なるほどな。まあ田舎って言ってたもんな。」
そんな会話をしながら葵たちは真ん中より少し後ろの方の席に座った。
「ーーーーやっぱ、あれだな。大体が優一目当てだな。」
ふと、栄人は会場を見渡しながらそう呟いた。葵も一通り周りを見ると大きく頷いた。
人の多さもそうだがーーーー何よりも女子の数が圧倒的に多かったのだ。
その中には優一の写真集を抱えながら来る人もいて、やはり改めて優一は凄い人なのだと葵は感心した。
「主役の恋人役なのに主人公並みの人気ですね。」
「まあ、主人公役の人は男ウケはいいけど女ウケは悪いからなぁ…。なのに恋愛映画に抜擢されちゃったみたいだからそりゃこうなるよなー」
「そうなんだ…。この主人公役の人とは共演したことあるんですか?」
「ないけど、この子の所属してる事務所とうちの事務所は結構交流が深いから情報が結構入ってくるんだわ。」
「そうなんですか…」
葵は入る前にもらった広告の紙を広げて主人公役の説明欄をちらっと見た。
主人公役の欄には、湯田美樹(20)と書かれていた。
こんな若くしても今を輝くアイドル上がりの若手女優と言われているらしい。
だが葵にはそこまで関心が向かない人だった。
「ま、そんなことは置いといて、とりあえず今日は俺たちも優一目当てみたいなもんだし、どんな演技するかしっかり見てやろうぜ。」
「そ、そうですね!楽しみです。」
(そうだそうだ、まずは映画を楽しもうーーーー)
それから会場が暗くなると、間もなく上映時間となった。
物語の始まりは、主人公が好きな人に振られるところから始まりーーーー叶わない恋に嘆いていたところで先輩役の黒瀬優一がその主人公に強引に迫り結ばれそうになったところ、好きだった人に告白されてーーーーという奪い合いの恋愛ストーリーだった。
葵はこんな青春1度もしたことがないため、共感は余りできなかったが、優一のドSっぷりに映画だと言うのにドキドキしてしまった。
主人公とのキスでも、強引に抱き寄せるところも、こんなに色気があって綺麗なのは何故なんだろうーーーー惹き込まれていくようだった。
最後のところなんかは、主人公が本当の恋を知って、キスするシーンだが、黒瀬優一は報われないまま終わるので、少し会場からは沈黙のざわめきが起こっていたような気がした。
『好きだ…』
優一はそう言って、主人公の髪を触り見つめる。
それが最後だった。
けれどその仕草がなんとも儚くて、胸が苦しくなった。
こんなに真っ直ぐ透き通るような瞳で見つめられて、心まで見透かされそうなのに、自分のことは何も教えてくれはしない。
一体本当はどこを見つめてるんだろう、何を考えてるんだろう。
そう思わせるように誘う。
この人はーーーー
こんなに近いのに凄く遠く感じるーーーー
ふとそんなことを考えて、葵は小さく首を振った。
(いやいや、これ映画だしーーーー)
そうわかっていても、見とれて、更に深くまで知りたくなる。
この人は見れば見るほど綺麗で、謎めいている。それが周りを夢中にさせている魅力の一つなのかもしれない。
それに、こんなに胸が苦しくなるくらい色んな顔を持ってるーーーーまだ知らない顔が、あるんじゃないかとそう思わせる儚さと繊細さが取り巻いていた。
(すごいな…)
それからエンドロールを迎え、ようやく会場が明るくなると、周りはまた一気に騒がしさを取り戻したように動き始める。
特に女子たちのに悲鳴のような感想が一気に飛び交い出すとそれはもう止まらなかった。
「もおお!優一かっこよすぎー!」
「最後、私なら優一選ぶのになぁ」
「女の子より綺麗過ぎて女辞めたいわー」
確かに、と葵も思った。
本当の本当に綺麗なのだ。冗談抜きにして。
栄人は小さく拍手すると、「完敗だな」と笑った。
「あいつの演技はやっぱ、劣らねぇよな。」
「そうですね、今までのドラマも凄かったけどこれは予想以上でした…」
「お前、途中口開けて見てたもんな。」
「えっ…」
(は、はず!!!)
「す、すみません…」
「いや、まあーーーーわかるよ。あいつの演技は…なんつーか目をそらす隙が無いよな。何を考えてるかわからないのに、それよりも大きい何かが先に胸を突いてきて、夢中になる。」
(あーーーー)
ーーーー栄人さんも同じことを思ってたんだ。
「ーーーーさ、飯食い行こうか。近くでいいか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
外へ出ると、もう日が暮れていた。
開演時刻が割と遅かったというのもあるが、冬だからか日の入りも一層早い。
「わりいわ、俺まだあんま腹減ってないかも。葵はどこがいい?肉?魚?」
「あ、俺も軽いもので大丈夫です。」
「じゃあ久々にファミレス入るかー」
それから映画館の近くにあったファミレスに入ると、店内は空いていてすぐに案内された。
葵は席につくと、まず切っていたスマホの電源を入れた。
もうすぐ帰るということを優一に伝えなければ、と思ったのだ。
しかし、そこには他の新着メールが何件か来ていた。
(あれ、おばさんから…?)
久々のおばさんからの連絡に、葵は急いでメールを開く。
すると件名のところに『誕生日おめでとう』と書かれていたのだ。
(誕生日…?ってーーーーあ!!!)
その瞬間葵は、今日がなんの日だったか思い出して思わず口に手を当てた。
「どうした?」
栄人に聞き返されると、「あ、あの……」と葵は恐る恐る口にした。
「忘れてたんですけど、今日、俺の誕生日でした。」
「まじ!?」
栄人もこれには驚いたようで、すると今度は「あちゃー」と額に手を当てた。
「祝ってやればよかったな。ファミレスなんかで悪いな。遅いけど、誕生日おめでとう。」
「いやいやいや!おばさんからメール来るまでは俺も全く気づかなかったし大丈夫ですよ。ありがとうございます!」
「あー……だから今日、優一ああ言ってたのか。」
「ああ言ってた…とは?」
「今日は午後仕事切り上げるから早めに帰らせてって。まあ、俺は飯食わせてから帰るから無理って送った。そしたら返信来てない。」
「ええ、でもそれなら誕生日だと教えてくれればよかったのに…本人に教えるってなんか変な話だけど。」
「んまあ、そんな騒がしい朝にチャチャッと言うよりは、ちゃんと祝いたかったんじゃねーの?」
(ああ、そっか。だからなかなか言わなかったんだ。)
ーーーーそうなると、なんだか今日の朝、優一が何か言いたげだったのを遮って家から無理やり追い出したのは物凄く申し訳なく感じた。
まあそれはわからなかったら仕方ないーーーー
「すみません。なんか…」
「いいって。…じゃあ、帰るか?」
「え、い、いやいや!折角来たのに!大丈夫です!それに俺ーーーー」
(そうだ俺はーーーー)
「栄人さんと少しお話したいことがあるんで…」
葵がそこまで言うと、栄人は意味深に葵を見つめながら、「おう。」と返事をした。
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
それからーーーー
一通りテーブルに料理が運び込まれると、葵と栄人は食べ始めながら先程の映画について話し始めた。
「それにしても、あのキャスティングはなかなか良かったよな。」
葵はオムライスをごくんと飲み込んだ後で頷くと、「そうですね。」と頷いた。
「俺は原作知らないですけど、批判もあんまりなかったみたいだし、むしろハマり役というか。本当に良かったと思います。」
「まあ俺は正直、あんなきついキャラを優一が演じられるとは思わなかったんだけだな。してやられたって感じ。」
「やっぱり、対抗心とか敵対心とかは芽生えるものなんですか?」
「そりゃあな?いくら仲がいいとはいえ、注目度や人気の順位次第で仕事とられたりもするしな。」
「そうですよね。」
(大変な世界なんだなぁ……)
「ーーーーで、話したいことって?」
「え?」
突然話を振られて葵はスプーンで掴みかけたオムライスをぽとりと皿に落とした。
「話したいことは?」
「あ、あー…えっと…」
その瞬間ドクンドクンと鼓動が早くなって緊張で思わず目をぐっと瞑った。また、そんなこと聞いてーーーーもしもこの気持ちがバレたりしたら怖いけど…。
それでも今しかなかった。
「あ、あの、すみません。やっぱ俺、優一さんが恋愛できない人ってのがよく分からなくてっ…教えて欲しいんです。どうしてそういうのか……」
葵は恐る恐る栄人の顔を見た。
「優一とまた何かあったの?」
「あ、いや、そうではなくただ単純にずっと気になっていて……ダメですか?」
栄人は葵の言葉に困ったように驚いていたが、そのうち軽く頷くと、一呼吸置いたあとで応えた。
「ーーーーわかった、話すよ。でも聞いたこと、本人には絶対に内緒な。」
(や、やった…)
「ただ重い話になるけど、お前、誕生日なのにいいのか?」
「か、構いません。」
(だって俺は、ずっと知りたかったんだ。優一さんのこと…)
「へぇ…」
栄人は肘を曲げて両手を顔の前で組むと、「じゃあ話すけど…… あいつさー」と続けた。
「ーーーー昔本当に溺愛してたほどに好きで付き合っていた子がイギリスにいたんだよ。」
「え…」
突然そんなことを言われて、葵は思わず固まってしまった。まさか1番初めにくる言葉がそれだとは思わなかったのだ。
ーーーー優一さんが溺愛するくらい好きで付き合ってた子ーーーー
そう聞くと、なんだか変な違和感があった。
あの人でもやっぱり恋愛はする。人間だし当然ーーーーでもそうわかっているのにいざそう言われると、なんだかまともに考えられなくなりそうだった。
優一さんがほかの人を好きだった、その当たり前の過去がなんだか変に胸に突っかかる。
「でも、その子は難病で、五年生きれるか生きれないかだった。命が危ないって言われてたらしい。だから優一は高校の時日本からでも1ヶ月に数回はイギリスにお見舞いに行ってたみたいなんだよな。たまにそのために長期で休んだりもしてた。まあ、成績はよかったから進学校でも全然出席は大丈夫だったらしいけど。」
「そうなんだ…」
「でもあいつ、家庭問題で色々あったから度々俺の家に来てたって言っただろ?それで、親にもそいつと離れるよう言われて散々色んなこと言われて暴力もされたらしくて、結局その子が苦しんでた時も亡くなった時にも会いに行けなかったんだよな。」
「そんな…」
(なんかーーーー)
話を聞けば聞くほどーーーー知りたくないような過去が、でも知りたい過去が明かされていく感覚。
この覚悟をずっと決めてきたのに、何故だか葵の胸に戸惑いや焦りが募っていく。
「あいつは今でもずっと後悔してると思う。あの子にとってもあいつにとっても、お互いが全てみたいな感じだったし。だから恋愛が出来ないんだよっていうのはそういう意味。あいつはだらしないし、すげぇ変わってるけど、本当の根は繊細ですげぇ優しい奴だから。ーーーーまあ、何年も経ってるから今の気持ちはもうわからねぇけど、もししたとしてもあいつの中では所詮あの子の代わりにしかならないんだと俺は思ってるよ。それくらい大切な子だったみたいだし…それに、あいつは今でもーーーー。」
ドクン……
その瞬間、葵は耳を閉じたくなった。
その次の言葉の意味に気づいてしまったのだ。
(ッ…まって、)
もうそれ以上は聞きたくないーーーー
だってもし、その言葉を言われたらーーーー
俺はーーーー
俺の気持ちはーーーー
俺が抱えてきたこの気持ちはーーーー
栄人は静かに目を伏せると、小さな声で言った。
「まだあの子のことが好きなんだと思う。」
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