片翼を君にあげる①

☆リサーナ☆

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第6章(6)ツバサside

6-3

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……
…………。

「ご馳走様」

「は~い、お粗末様でした。
……あ、そうだ!ツバサ、ちょっとこっちに来て」

朝食を済ませて食器を流し台に運び、洗おうとした俺を母さんが手招きする。
何かと思いついて行くと、その戸の先は夫婦の寝室で……。今はもう使っていないとはいえ、何だか少しだけ入る事を躊躇してしまう自分がいた。
けれど「こっちこっち」と誘う母さんの姿に、"父さんごめん"と心の中で謝り、ゆっくりと足を踏み入れた。
そんな俺に、先に寝室に辿り着いてクローゼットをガサゴソとしていた母さんがある物を手に取り、差し出す。

「はい。これ、良かったら着て?」

「!……え?」

「これからの貴方に必要でしょ?」

そう言って母さんが俺に渡して来たのは、スーツ一式。それは父さんが着ていた、大事な大事な父さんのスーツだった。

「ちゃんとクリーニングに出してあるわよ?
ヴァロンはセンス良かったからおじさん臭くない色や形だし、身長も同じ位だから着られるでしょう?」

「で、でも……」

「あ、嫌ならせめてネクタイだけでも使ってあげて?一緒に連れて行ってあげてくれたら、きっと喜ぶから……」

「そ、そうじゃなくて!」

母さんの言動に俺は驚いていた。
父さんがいなくなってから、母さんは寂しい時に父さんの匂いが染み付いた衣服を抱き締めたり、眺めていたのを俺は知っている。父さんが遺したスーツこれが、母さんにとってどれだけ大切な物なのかを俺は知ってるんだ。

それに、母さんが気付いているようだったから……。
俺はまだ何も口にしていないのに、夢の配達人になる人生みちを選んでいる事にーー……。

「分かるわよ。
気付かない訳ないじゃない。私は、元夢の配達人の妻だもの」

「母さん……」

「そっくりだもの。ヴァロンが難しい任務に挑む事を決めた時の、真っ直ぐな眼差しに……」

母さんは懐かしむような表情で俺を見て、微笑んだ。
その笑顔が、ほんの少しだけ寂しそうに映ったのは、俺の気のせいだったんだろうか?

「行きなさい、ツバサ」

けど、すぐに元気な笑顔と声に戻って母さんが言う。

「父さんも、絶対にそう言うわ!」

何も言わなくても分かってる。
そう言いた気に、全力で、父さんの分も俺の背中を押してくれていた。
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