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第三章 妖刀と姉と弟
王毅一行を語る
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「まずは俺たちのリーダーであり、実質的に生徒たち全員の指示を執る立場にある神賀王毅先輩。彼のことは、燈先輩も知ってますよね?」
「ああ、クラスメイトだしな。滅茶苦茶多くの気力属性を持っててかつ、気力の量も多いって話だったな」
「はい。元々、神賀先輩はスポーツ万能で頭脳も明晰でしたから、気力の扱い方も戦闘技術も早い段階で習得しました。今では俺たちの筆頭、リーダーとして相応しい強さで名実ともに最強の武士になっています」
試し刀の儀式で七色に輝く気力の光を放ってみせた王毅のことを思いながら話を聞いた燈は、相当重圧がかかっている立場に在る彼のことを若干不憫に思う。
誰かのため、この世界の住人のために一生懸命努力するのは当然だと王毅なら言うだろうが、それでもやはり数百名の仲間たちを率いる立場に就くというのは大変だろう。
「神賀先輩はいい人です。きっと、燈先輩の話にも耳を傾けてくれます。ですが……」
「どうした? なんか不安があるのか?」
「その、なんていうか……いい人すぎるかもしれません。燈先輩から話を聞いて、今、そう思いました」
頭脳明晰スポーツ万能。リーダーシップもあって女子からの人気も高い人格者、神賀王毅は完全無欠の存在に思える。
だがしかし、その中にある一抹の不安に気が付いた正弘は、多少申し訳なさを感じながらも彼に対する自分の考えを燈たちに述べた。
「神賀先輩はいい人かもしれませんが、それ以上にいい人として振舞おうとしているように思えるんです。上手く言えないんですけど、周囲から期待されている自分としての姿をそのまま模倣しようとしているっていうか……甘いとか優しいとかとも違う、独特の違和感があるんですよ」
「……どういうことだ?」
「部隊の中心人物とはいえない俺から見ても、最近の竹元先輩の行動は異常です。前々から不審だとは思っていましたが、燈先輩の話を聞いてそれが確信に変わりました。ですが、傍から見ても信用出来ない竹元先輩のことを、神賀先輩は重用し続けている。俺たち全員のリーダーとして仲間たちの姿を見ているはずなのに、それってなんだかおかしくないかな、って……」
「なるほどな。お前の言いたいことは大体わかったぜ。でもよ、王毅のそういう甘い部分をどうにかして補佐する奴がいるんじゃねえのか? あいつがワンマンリーダーやってるとは思えねえぜ」
王毅の問題点、身内に甘く、周囲に臨まれる自分としての振る舞いを見せようとする点。
そして、その問題点に自分自身が気が付いていないという欠点にいち早く気が付いた正弘に向け、燈が問いかける。
クラスメイトである燈には、王毅が仲間たちに甘い態度を取ってしまう姿を何度も見てきた。
その時、場を引き締めるために彼に代わって仲間を叱責していた人間がいたはずだ。
「石動先輩のことですね? あの人は、その……悪い人じゃないんですけど、空回ってる感が凄いです」
「はぁ? あの筋肉ダルマが空回ってるだぁ? あいつのやることなんか、王毅に従わない奴を怒鳴るくらいのもんだろ? それをどうやったら空回れるってんだ?」
筋肉隆々とした大男、石動慎吾の予想外の評価に怪訝な顔をして燈が正弘へと問いかければ、彼は少し言いにくそうな表情を浮かべながら自分なりの考えを口にする。
「これは、他の人が言ってたことなんですが……石動先輩は、自分の立場に酔ってる。異世界から召喚された英雄たちの中でもNo.2という立場で、リーダーである神賀先輩を補佐する自分に酔ってるみたいだって……正直、俺もそう思ってます」
「……詳しく教えてくれ」
「あの人は、神賀先輩が出来ないこと、やってはいけないこと……つまりは憎まれ役ですね。それを引き受けている自分に酔っているんです。そして、神賀先輩には自分が必要だって思い込みたがってる。神賀先輩と自分という、主従のようで親友である特殊な関係性にだけ意識が集中し過ぎて、他の人たちに目がいってない。それに、なんだかんだで神賀先輩の決定を覆したりはしないから、対等のようでそうじゃない立場だっていうか……説明、難しいですね」
「要するに、あの筋肉ダルマは王毅が間違っててもそれを正したりはしねえ。一緒に間違ってる道を全力で突っ込もうとする副官になっちまってるってことか。そりゃあ、王毅の奴が自分の欠点に気付けないわけだぜ」
「そう! それです! ああ、ちょっとすっきりしました」
上手く自分の考えを言語化出来なかった正弘は、要点を抑えた燈の言葉に大声を上げて彼を指さす。
その様子に苦笑した燈であったが、彼の背後に立って正弘の話を聞いていた涼音には思うところがあったようで、無表情で無機質な瞳に少しだけ暗い雰囲気を漂わせていた。
「……憎まれ役を引き受けて、その立場に酔ってる……心に効く言葉ね……」
「ほ、鬼灯さん、何かあったんですか? 凄く、沈んでるような……?」
「……気にしないでやってくれ。んで、他には誰が磐木に来てるんだ?」
嵐に取った自分の態度に思うところがあったのだろう、ぶつぶつと何事かを呟きながら俯く涼音の姿に正弘が心配そうな表情を浮かべるが、燈は今はそんな彼女を放置することに決めた。
ここで無理に励ましたり、慰めたりしても彼女が辛いだけだと理解しているからこそ、今は彼女に存分に悩んでもらおうと考えつつ、燈は正弘に話の続きを促す。
「え、えっと……次は、やっぱり先輩のクラスメイトである黒岩タクト先輩。希少な気力属性である雷を持ってる、成長株ですね」
「ああ、あいつか……! 目立たない奴だったけど、あんまり好戦的って印象もねえし、むしろ頭は柔らかい方だろ? あいつなら、竹元や石動の野郎よりかは信用が……」
「駄目です、絶対に。今の黒岩先輩は、燈先輩の知っている黒岩先輩じゃありません」
「お、おぉ……? そ、そんな即答出来ちまうレベルなのか?」
「下手をすると竹元先輩と同じくらいに信用出来ません。凄く簡単に言ってしまうと、あの人……ものすごく、イキってます」
「い、イキ……? 粋がってるってことだよな?」
これもまた予想外に低いタクトへの評価を述べた正弘は、無駄に力強く首を立てに振って燈の問いかけに肯定の意を示す。
そうして、大きく溜息をついた正弘は、こういったことに理解が浅そうな燈に対して、言葉を選びながら説明を行った。
「黒岩先輩は、今、自分たちが置かれてる状況を楽しんでます。それこそ自分が漫画やアニメの主人公になったとしか思えないレベルで身勝手に行動してるんです」
「あいつがぁ? ないない、あり得ないっつーの! 俺が知る限り、あいつは教室の隅っこで穏やか~に毎日を過ごしてたような奴だぜ? そんな奴が、急にそんな風に変貌するはずが――」
「……しちゃったんですよ、最悪の方向に。この大和国で自分の才能が見初められて、自分が特別だって理解した瞬間からとんでもない増長を見せ始めて、そんな黒岩先輩を注意出来る人間なんて限られてるし、幕府の巫女たちも甘やかすから更に増長しちゃって……今ではもう、手が付けられないくらいに酷いことになってます」
「……マジ、なのか?」
「大マジです。実際、あの人はもう元の世界に戻るとかどうでもよくなってるって話を聞いてます。今の目標はその……この大和国で、自分のハーレムを作ること、だとか……」
「う、うわぁ……うわぁ……!!」
なんというか、言葉が出て来ない。
まさか、あのタクトがそんな風にはっちゃけてしまっただなんて……と、よく判らないショックを受けてしまった燈であったが、正弘が嘘をついているとは欠片も思えなかった。
「……そういえば、涼音もあいつに口説かれたんだっけか……やっぱ人間、力を持つと変わっちまうもんなんだな……」
そういった作品にまるで興味のない燈は知る由もないが、オタク男子であるタクトには『異世界転移チート無双』系の作品を腐るほど読み漁っていた。
そんな彼が実際にその作品のような出来事に遭遇し、非常に強い力を得てしまったら……自分のことをそういった作品の主人公だと思いこんでもおかしくはない。
あの漫画の主人公のように偉くなって、あのアニメの主人公のように誰にも負けないくらいの強さを得て……あの作品の主人公のように、沢山の可愛い女の子に囲まれ、愛される。
今までずっと、自分のことを見下してきたクラスメイトよりも何倍も強い力を得てしまったタクトは、その反動のせいか傲慢で自己中心的な人間へと生まれ変わってしまっていた。
「ちょっと待ってくれ。今んとこ、王毅以外にまともな奴がいないような気がするんだが、まさかそんな面子で妖刀を探しに来たわけじゃねえよな? 頼むから一人くらいはまともに信用出来る奴がいると言ってくれよ!」
非常に優秀だが、同時に大きな欠点も抱えているリーダー、神賀王毅。
副官の立場に酔い、全体のことをきちんと見ていない脳筋男、石動慎吾。
完全はっちゃけラノベ脳、目指すはハーレム王! の、黒岩タクト。
そして殺人未遂に人身売買、八百長勝負に参加して利権を貪ろうとするなどの悪行の役満、竹元順平。
ぶっちゃけた話、まともな奴がいない。
王毅はまだしも、他の三人が酷すぎる。
これでは結局、正弘以外に信用出来る人物がいないではないか……と、がっくり肩を落とす燈であったが、そんな彼に対して正弘は選抜メンバーの最後の一人であり、自分が最も信頼している人物の名を挙げた。
「安心してください。一人だけ、燈先輩に協力してくれそうな人がいます。七瀬冬美先輩、俺の所属してる部隊のリーダーで、俺をこの任務に推薦してくれた人です」
「七瀬、七瀬……あの七瀬か!? そういえば、狒々との戦の時にちろっと顔を見たな!」
「七瀬先輩とはあの時に縁が出来て、色々と便宜を図ってくれたんですよ。竹元軍に所属してた俺を自分の部隊……といっても、俺と七瀬先輩しかいないんですけど、とにかく俺のことを引き取ってくれて、面倒な下働きから解放してくれたのはあの人なんです。俺が武神刀を手に入れられたのも、あの人の尽力があってのことで……本当に、感謝してもしきれません」
「へぇ、あの七瀬がなぁ……! ちょっと意外だが、やっぱいい女にはいい男を見極める目があるってことなんだろうな。お前の価値に気付くたあ、七瀬もやるじゃねえかよ」
実質的に学校内で最下層の立場にあった正弘の才能を見出し、彼に活躍の舞台を与えるまでに成長させた冬美に対して、燈は感謝と共に素直な賞賛の気持ちを抱く。
クラスメイトではあったがあまり関わりがあったわけでもなく、ずっとクールでとっつきにくそうな女子だとばかり思っていたが、意外にも面倒見の良い一面を持っていたようだ。
自分がいなくなってから、正弘の心の支えになっていたのは彼女なのだろう。
彼の心を前向きにしてくれている冬美に感謝しつつ、彼女にそこまでの信頼を寄せている正弘のことを燈は軽くからかってみせた。
「んで? どんな感じなんだよ? お前、七瀬のこと、どう思ってんだ?」
「え……? で、ですから、色々と便宜を図ってくれた、恩人としてですね――」
「またまたぁ! 正直に言っちまえよ。ちったあいいなぁ、とか思ってんだろ?」
「な、なっ!?」
燈のからかいの言葉に顔を真っ赤にした正弘は、驚いた様子で完全に思考をショートさせていた。
面白い反応を見せた彼の姿を大いに笑いながら、燈は尚もからかいの言葉を口にし続ける。
「恥ずかしがんなよ。あんだけの美人に優しくされたら、好きになるのが当然だぜ。いいじゃねえの、年上のお姉さま系。お前はいい根性してるけど基本がヘタレだからな、ああいうグイグイ引っ張ってくれそうな女と相性が良いっていうか――」
「ふ、ふざけないでくださいっ! お、俺は、七瀬先輩のことをそんな目で見てませんからね!? 聞いてます!? 燈先輩!?」
図星を突かれたか、あるいは本当に心外だったのか、そのどちらかは判らないが、正弘は非情にいい反応を見せてくれていた。
蒼をからかうやよいもこんな気分なのかとちょっとだけその楽しさを理解した燈は、悪趣味な後輩いじりはここまでにしてやるかと笑みを浮かべたまま、バシバシと正弘の肩を叩いた。
「冗談だって! そんな熱くなるなよ。んで、その頼りになる先輩は、今何してんだ?」
「まったく……! 七瀬先輩なら、黒岩先輩と石動先輩と一緒にこれまでの辻斬り事件の現場を探ってます。犯人の行方に繋がる情報が見つかるんじゃないかって」
「ってことは、蒼たちと鉢合わせる可能性があるな。面倒なことにならなきゃいいが……」
狒々の事件を通して、蒼と冬美は顔見知りになっている。
あれから結構な時間が経っているからお互いに相手のことを忘れている可能性もあるが、タクトや慎吾の存在が良からぬ出来事を引き起こすかもしれない。
そこは蒼たちの大人な対応を信じるしかないが……たった一人、その部分を期待出来ない女がいることを、燈は知っていた。
「な~んか嫌な予感がするんだよなぁ……杞憂になるといいんだけどよ……」
「ああ、クラスメイトだしな。滅茶苦茶多くの気力属性を持っててかつ、気力の量も多いって話だったな」
「はい。元々、神賀先輩はスポーツ万能で頭脳も明晰でしたから、気力の扱い方も戦闘技術も早い段階で習得しました。今では俺たちの筆頭、リーダーとして相応しい強さで名実ともに最強の武士になっています」
試し刀の儀式で七色に輝く気力の光を放ってみせた王毅のことを思いながら話を聞いた燈は、相当重圧がかかっている立場に在る彼のことを若干不憫に思う。
誰かのため、この世界の住人のために一生懸命努力するのは当然だと王毅なら言うだろうが、それでもやはり数百名の仲間たちを率いる立場に就くというのは大変だろう。
「神賀先輩はいい人です。きっと、燈先輩の話にも耳を傾けてくれます。ですが……」
「どうした? なんか不安があるのか?」
「その、なんていうか……いい人すぎるかもしれません。燈先輩から話を聞いて、今、そう思いました」
頭脳明晰スポーツ万能。リーダーシップもあって女子からの人気も高い人格者、神賀王毅は完全無欠の存在に思える。
だがしかし、その中にある一抹の不安に気が付いた正弘は、多少申し訳なさを感じながらも彼に対する自分の考えを燈たちに述べた。
「神賀先輩はいい人かもしれませんが、それ以上にいい人として振舞おうとしているように思えるんです。上手く言えないんですけど、周囲から期待されている自分としての姿をそのまま模倣しようとしているっていうか……甘いとか優しいとかとも違う、独特の違和感があるんですよ」
「……どういうことだ?」
「部隊の中心人物とはいえない俺から見ても、最近の竹元先輩の行動は異常です。前々から不審だとは思っていましたが、燈先輩の話を聞いてそれが確信に変わりました。ですが、傍から見ても信用出来ない竹元先輩のことを、神賀先輩は重用し続けている。俺たち全員のリーダーとして仲間たちの姿を見ているはずなのに、それってなんだかおかしくないかな、って……」
「なるほどな。お前の言いたいことは大体わかったぜ。でもよ、王毅のそういう甘い部分をどうにかして補佐する奴がいるんじゃねえのか? あいつがワンマンリーダーやってるとは思えねえぜ」
王毅の問題点、身内に甘く、周囲に臨まれる自分としての振る舞いを見せようとする点。
そして、その問題点に自分自身が気が付いていないという欠点にいち早く気が付いた正弘に向け、燈が問いかける。
クラスメイトである燈には、王毅が仲間たちに甘い態度を取ってしまう姿を何度も見てきた。
その時、場を引き締めるために彼に代わって仲間を叱責していた人間がいたはずだ。
「石動先輩のことですね? あの人は、その……悪い人じゃないんですけど、空回ってる感が凄いです」
「はぁ? あの筋肉ダルマが空回ってるだぁ? あいつのやることなんか、王毅に従わない奴を怒鳴るくらいのもんだろ? それをどうやったら空回れるってんだ?」
筋肉隆々とした大男、石動慎吾の予想外の評価に怪訝な顔をして燈が正弘へと問いかければ、彼は少し言いにくそうな表情を浮かべながら自分なりの考えを口にする。
「これは、他の人が言ってたことなんですが……石動先輩は、自分の立場に酔ってる。異世界から召喚された英雄たちの中でもNo.2という立場で、リーダーである神賀先輩を補佐する自分に酔ってるみたいだって……正直、俺もそう思ってます」
「……詳しく教えてくれ」
「あの人は、神賀先輩が出来ないこと、やってはいけないこと……つまりは憎まれ役ですね。それを引き受けている自分に酔っているんです。そして、神賀先輩には自分が必要だって思い込みたがってる。神賀先輩と自分という、主従のようで親友である特殊な関係性にだけ意識が集中し過ぎて、他の人たちに目がいってない。それに、なんだかんだで神賀先輩の決定を覆したりはしないから、対等のようでそうじゃない立場だっていうか……説明、難しいですね」
「要するに、あの筋肉ダルマは王毅が間違っててもそれを正したりはしねえ。一緒に間違ってる道を全力で突っ込もうとする副官になっちまってるってことか。そりゃあ、王毅の奴が自分の欠点に気付けないわけだぜ」
「そう! それです! ああ、ちょっとすっきりしました」
上手く自分の考えを言語化出来なかった正弘は、要点を抑えた燈の言葉に大声を上げて彼を指さす。
その様子に苦笑した燈であったが、彼の背後に立って正弘の話を聞いていた涼音には思うところがあったようで、無表情で無機質な瞳に少しだけ暗い雰囲気を漂わせていた。
「……憎まれ役を引き受けて、その立場に酔ってる……心に効く言葉ね……」
「ほ、鬼灯さん、何かあったんですか? 凄く、沈んでるような……?」
「……気にしないでやってくれ。んで、他には誰が磐木に来てるんだ?」
嵐に取った自分の態度に思うところがあったのだろう、ぶつぶつと何事かを呟きながら俯く涼音の姿に正弘が心配そうな表情を浮かべるが、燈は今はそんな彼女を放置することに決めた。
ここで無理に励ましたり、慰めたりしても彼女が辛いだけだと理解しているからこそ、今は彼女に存分に悩んでもらおうと考えつつ、燈は正弘に話の続きを促す。
「え、えっと……次は、やっぱり先輩のクラスメイトである黒岩タクト先輩。希少な気力属性である雷を持ってる、成長株ですね」
「ああ、あいつか……! 目立たない奴だったけど、あんまり好戦的って印象もねえし、むしろ頭は柔らかい方だろ? あいつなら、竹元や石動の野郎よりかは信用が……」
「駄目です、絶対に。今の黒岩先輩は、燈先輩の知っている黒岩先輩じゃありません」
「お、おぉ……? そ、そんな即答出来ちまうレベルなのか?」
「下手をすると竹元先輩と同じくらいに信用出来ません。凄く簡単に言ってしまうと、あの人……ものすごく、イキってます」
「い、イキ……? 粋がってるってことだよな?」
これもまた予想外に低いタクトへの評価を述べた正弘は、無駄に力強く首を立てに振って燈の問いかけに肯定の意を示す。
そうして、大きく溜息をついた正弘は、こういったことに理解が浅そうな燈に対して、言葉を選びながら説明を行った。
「黒岩先輩は、今、自分たちが置かれてる状況を楽しんでます。それこそ自分が漫画やアニメの主人公になったとしか思えないレベルで身勝手に行動してるんです」
「あいつがぁ? ないない、あり得ないっつーの! 俺が知る限り、あいつは教室の隅っこで穏やか~に毎日を過ごしてたような奴だぜ? そんな奴が、急にそんな風に変貌するはずが――」
「……しちゃったんですよ、最悪の方向に。この大和国で自分の才能が見初められて、自分が特別だって理解した瞬間からとんでもない増長を見せ始めて、そんな黒岩先輩を注意出来る人間なんて限られてるし、幕府の巫女たちも甘やかすから更に増長しちゃって……今ではもう、手が付けられないくらいに酷いことになってます」
「……マジ、なのか?」
「大マジです。実際、あの人はもう元の世界に戻るとかどうでもよくなってるって話を聞いてます。今の目標はその……この大和国で、自分のハーレムを作ること、だとか……」
「う、うわぁ……うわぁ……!!」
なんというか、言葉が出て来ない。
まさか、あのタクトがそんな風にはっちゃけてしまっただなんて……と、よく判らないショックを受けてしまった燈であったが、正弘が嘘をついているとは欠片も思えなかった。
「……そういえば、涼音もあいつに口説かれたんだっけか……やっぱ人間、力を持つと変わっちまうもんなんだな……」
そういった作品にまるで興味のない燈は知る由もないが、オタク男子であるタクトには『異世界転移チート無双』系の作品を腐るほど読み漁っていた。
そんな彼が実際にその作品のような出来事に遭遇し、非常に強い力を得てしまったら……自分のことをそういった作品の主人公だと思いこんでもおかしくはない。
あの漫画の主人公のように偉くなって、あのアニメの主人公のように誰にも負けないくらいの強さを得て……あの作品の主人公のように、沢山の可愛い女の子に囲まれ、愛される。
今までずっと、自分のことを見下してきたクラスメイトよりも何倍も強い力を得てしまったタクトは、その反動のせいか傲慢で自己中心的な人間へと生まれ変わってしまっていた。
「ちょっと待ってくれ。今んとこ、王毅以外にまともな奴がいないような気がするんだが、まさかそんな面子で妖刀を探しに来たわけじゃねえよな? 頼むから一人くらいはまともに信用出来る奴がいると言ってくれよ!」
非常に優秀だが、同時に大きな欠点も抱えているリーダー、神賀王毅。
副官の立場に酔い、全体のことをきちんと見ていない脳筋男、石動慎吾。
完全はっちゃけラノベ脳、目指すはハーレム王! の、黒岩タクト。
そして殺人未遂に人身売買、八百長勝負に参加して利権を貪ろうとするなどの悪行の役満、竹元順平。
ぶっちゃけた話、まともな奴がいない。
王毅はまだしも、他の三人が酷すぎる。
これでは結局、正弘以外に信用出来る人物がいないではないか……と、がっくり肩を落とす燈であったが、そんな彼に対して正弘は選抜メンバーの最後の一人であり、自分が最も信頼している人物の名を挙げた。
「安心してください。一人だけ、燈先輩に協力してくれそうな人がいます。七瀬冬美先輩、俺の所属してる部隊のリーダーで、俺をこの任務に推薦してくれた人です」
「七瀬、七瀬……あの七瀬か!? そういえば、狒々との戦の時にちろっと顔を見たな!」
「七瀬先輩とはあの時に縁が出来て、色々と便宜を図ってくれたんですよ。竹元軍に所属してた俺を自分の部隊……といっても、俺と七瀬先輩しかいないんですけど、とにかく俺のことを引き取ってくれて、面倒な下働きから解放してくれたのはあの人なんです。俺が武神刀を手に入れられたのも、あの人の尽力があってのことで……本当に、感謝してもしきれません」
「へぇ、あの七瀬がなぁ……! ちょっと意外だが、やっぱいい女にはいい男を見極める目があるってことなんだろうな。お前の価値に気付くたあ、七瀬もやるじゃねえかよ」
実質的に学校内で最下層の立場にあった正弘の才能を見出し、彼に活躍の舞台を与えるまでに成長させた冬美に対して、燈は感謝と共に素直な賞賛の気持ちを抱く。
クラスメイトではあったがあまり関わりがあったわけでもなく、ずっとクールでとっつきにくそうな女子だとばかり思っていたが、意外にも面倒見の良い一面を持っていたようだ。
自分がいなくなってから、正弘の心の支えになっていたのは彼女なのだろう。
彼の心を前向きにしてくれている冬美に感謝しつつ、彼女にそこまでの信頼を寄せている正弘のことを燈は軽くからかってみせた。
「んで? どんな感じなんだよ? お前、七瀬のこと、どう思ってんだ?」
「え……? で、ですから、色々と便宜を図ってくれた、恩人としてですね――」
「またまたぁ! 正直に言っちまえよ。ちったあいいなぁ、とか思ってんだろ?」
「な、なっ!?」
燈のからかいの言葉に顔を真っ赤にした正弘は、驚いた様子で完全に思考をショートさせていた。
面白い反応を見せた彼の姿を大いに笑いながら、燈は尚もからかいの言葉を口にし続ける。
「恥ずかしがんなよ。あんだけの美人に優しくされたら、好きになるのが当然だぜ。いいじゃねえの、年上のお姉さま系。お前はいい根性してるけど基本がヘタレだからな、ああいうグイグイ引っ張ってくれそうな女と相性が良いっていうか――」
「ふ、ふざけないでくださいっ! お、俺は、七瀬先輩のことをそんな目で見てませんからね!? 聞いてます!? 燈先輩!?」
図星を突かれたか、あるいは本当に心外だったのか、そのどちらかは判らないが、正弘は非情にいい反応を見せてくれていた。
蒼をからかうやよいもこんな気分なのかとちょっとだけその楽しさを理解した燈は、悪趣味な後輩いじりはここまでにしてやるかと笑みを浮かべたまま、バシバシと正弘の肩を叩いた。
「冗談だって! そんな熱くなるなよ。んで、その頼りになる先輩は、今何してんだ?」
「まったく……! 七瀬先輩なら、黒岩先輩と石動先輩と一緒にこれまでの辻斬り事件の現場を探ってます。犯人の行方に繋がる情報が見つかるんじゃないかって」
「ってことは、蒼たちと鉢合わせる可能性があるな。面倒なことにならなきゃいいが……」
狒々の事件を通して、蒼と冬美は顔見知りになっている。
あれから結構な時間が経っているからお互いに相手のことを忘れている可能性もあるが、タクトや慎吾の存在が良からぬ出来事を引き起こすかもしれない。
そこは蒼たちの大人な対応を信じるしかないが……たった一人、その部分を期待出来ない女がいることを、燈は知っていた。
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ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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