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第二章・少女剣士たちとの出会い

エピローグ~幸せそうな女の子と、振り回される男の子の話~

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「やああっ! はっ! てやあっ!!」

「うおっ!? こんにゃろぉっ!!」

 威勢のいい大声と、竹刀がぶつかり合う音が響く庭園。
 稽古着を身に纏った燈と栞桜の模擬戦を見守るやよいは、ふうと呆れた様子で息を吐くと隣に座るこころへと声をかける。

「あれ、いったい何戦目なんだろうね? よくもまあ、飽きもせずにああやって二人でやりあえるもんだよ」

「ふふふ……! でも、栞桜ちゃんの顔、すっごく活き活きしてますよ。あの勝負の日から、別人みたいに明るくなりましたしね」

「うん、それは良いことだとあたしも思う! ……燈くんに栞桜ちゃんを取られたみたいでちょっと嫉妬しちゃうけどね」

 親友の良い変化を喜びながらも、栞桜が自分の手から離れてしまった寂しさも感じているやよいが難しい表情を浮かべて唸る。
 そんな彼女の姿をクスクスと笑ったこころは、あの日から随分と変化を見せた栞桜や彼女との関係について思い返していた。

 あの日、栞桜が戻った直後は、やはり多少の気まずさはあった。
 独断先行して勝負に臨み、自らを破門扱いにしてくれとの置手紙まで残した栞桜は、仲間たちの促しがあっても桔梗と顔を合わせることに怯えていたようだ。

 玄関先で待っていたこころと桔梗の姿を見た瞬間、栞桜の表情が凄い勢いで強張っていった様は今でもはっきりと思い出せる。

 そこから、必死に言葉を選び、自らの軽はずみな行動を謝罪して、親に叱られた子供のように震えていた栞桜は、うんざりとした息を吐いた桔梗の反応に体をびくりと跳ね上げさせたが――

「……まったく、この馬鹿娘が。年寄りに余計な心配かけさせんじゃないよ」

 そう言って、それ以上は栞桜を責めずに屋敷の中へと戻っていった桔梗は、彼女に背を向けながら小さく「おかえり」と呟いた。
 自分を再び受け入れてくれるという意思表示と、自分の居場所に帰ってこられたという感激のあまり涙を流した栞桜を、こころもまた温かく迎え入れると共に用意していた夕食を振る舞い、四人の労を労う。

 色んな意味での温もりを感じた栞桜は、その夜はずっと涙を流しっぱなしで、そんな彼女を『泣き虫栞桜ちゃん』とからかった燈とひと悶着を起こしたものの、賑やかで楽しい夜を過ごせたようだった。

 翌日から四人は、妖との戦いで疲れた体を休ませるべく静養を始めた。
 こころはそんな四人の身の回りの世話をしていたのだが、その際にぎこちなく栞桜から声をかけられ、彼女と会話することになった。

 そこで、自分が地図を写真に撮っていたことで燈たちが救援に駆けつけられたことや、昨晩の夕食を用意してくれたことに関してのお礼を告げられた後、とても恥ずかしそうに、慣れていなさそうに……伏し目がちの栞桜は、こころへとこう尋ねてきた。

「そ、その……もしよければ、わ、私と……友達に、なって、くれないだろうか?」

 途切れ途切れのその言葉。本当に一生懸命に紡ぎ、自身の想いを伝えた栞桜に対して、こころが返す言葉は決まっている。

「もちろんだよ! これからよろしくね、栞桜ちゃん!」

 親愛の証として敬語を崩し、対等な言葉遣いで接する。
 その瞬間の、ぱあっと明るくなった栞桜の表情もまた、こころの記憶の中に深く刻まれていた。

 栞桜があれだけ嬉しそうに、幸せそうに笑ってくれたことが何よりも嬉しい。
 彼女の心のつかえが消え去り、前向きな部分が前面に出てきたことを喜ぶこころは、栞桜を変えたであろう燈の影響力に感謝していた。

(やっぱり、燈くんは凄いや。私もみんなに負けないよう、自分に出来ることを頑張ろう!)

 今回の一件で成長したのは、何も剣士たちだけではない。
 彼らが修行や戦いに集中出来るように身の回りの世話をすることもまた、一つの戦いであるということに気が付いたこころは、精力的に彼らの活動をサポートするようになっていた。

 地図を撮影していたというファインプレイ然り、他のメンバーよりも一歩引いた位置にいたからこそ、栞桜の心の機敏に勘づけたという事実然り。こころの献身的なサポートは、幾度となく燈たちを救ってくれた。
 自分を戦うことが出来ない足手纏いだと思い込んでいたこころもまた、戦い以外の方法で彼らを手助けすることが出来るということに気が付き、迷いを払拭することが出来たのである。

「……やっぱり、人を変えるのは人との繋がりなんですね。迷ったり、悩んだりする時、一人で抱え込んでても良い方向には転ばない。誰かと手を取り合って、一緒に解決に当たれば、ああやって素敵な結果に繋がるってことが、よくわかりました」

「うんうん! 栞桜ちゃんもこころちゃんも、良い顔してるよ~! それはそうと、あたしも一つ決めたことがあるんだけど、ちょっと聞いてくれる?」

「ふふふ……! ええ、構いませんよ」

「ありがと! あと、あたしに敬語は使わないでいいよ! あたしもこころちゃんとお友達になりたいし!」

 視線が同じ高さになったり、少し下がったりするやよいに微笑みながら、こころは彼女の話へと耳を傾けた。
 ちなみに、やよいの視線の高さがころころ変わるのは、彼女がお行儀悪く体勢を変えているからではない。
 彼女が腰かけている、あるものに原因があった。

「あの~……そろそろ、僕の上から退いてもらえないかな? 流石に、ずっと乗っかっていられるのは、しんどいんだけど……」

「お? 蒼くんは女の子に対して重いって言うつもりかにゃ~? あ、もしかしてあたしはお尻の軽い女の子じゃないっていう遠回しな褒め言葉なの!? いや~! そんな一途さがバレちゃってるだなんて、あたし恥ずかしいよ~!」

「うぐぐぐぐ……揺らさないで、お尻を押し付けないで……」

「や~だよ~っと! 丁度いい負荷でしょ? あたしのお尻の感触が気になるのもわかるけど、そこは煩悩退散の精神で頑張って腕立て続けましょう! さん、はい!」

 そう、いたずらっぽく笑いながら腕立てをしている蒼に言うやよい。
 自分の背中に乗る小悪魔の言葉を受けた蒼は、彼女が梃子でも動かないつもりであることを理解し、諦めて腕立て伏せを続けることにしたようだ。

 そうやって、蒼の腕の屈伸に合わせて上下するやよいを見ながら、こころは改めて彼女へと問いかける。

「それで? やよいちゃんは何を決めたの?」

「ん? ああ、そうだった! えっと、上手く回り始めたあたしたち四人だけど、やっぱりまだまだ改善点は多いと思うんだよね。異世界出身の燈くんやようやく殻を壊せた栞桜ちゃんはもちろんだけど、その二人より気を配ってあげないと駄目な人がいるみたい!」

「それは、誰のこと、なのかなっ!? うおっ!?」

「ん~? あたしのお尻の下で、一生懸命腕立てやってる人かな!」

 軽く腰を上げて、ヒップドロップ。
 勢いのついたやよいのお尻に背中を押された蒼の体が、べしゃりと地面に伸びる。
 ふんふんと楽しそうに鼻を鳴らしたやよいは、そんな蒼の頭を撫でながら再び彼の背に腰掛けるとにんまりと笑ってこころへと言った。

「その人、甘くてチョロくて女の子に物凄く弱いんだけど、なかなかに見どころがあると思うんだよね! だから、暫くあたしがお尻に敷いて手綱を握ってあげることにするよ! なんだかんだ、甘々で優しいその人のこと、あたしも結構気に入ってるみたいだしさ!」

「ふふふっ! それは良い判断かもね。色々と大変そうだけど、頑張ってね、やよいちゃん!」

「……どう考えても頑張るのは僕の方だと思うんだけど。っていうか、椿さんも反対しないんだね……」

 地面に伸びたまま、文字通りやよいの尻に敷かれている蒼が呟く。
 やよいはそんな彼の上で何度かお尻を振ると、無邪気な笑みを浮かべながら彼に発破をかけた。

「さあ! 休んでる時間はないよ~! とっとと訓練に戻った戻った!」

「言われるまでもないからさ! 僕で遊ぶの止めてちょうだいよ!」

「蒼くん、が~んばれ、が~んばれっ! 修行が終わったら、ご褒美にお風呂で背中を流してあげようじゃないか!」

「だからそういう冗談は止めてってば! 椿さんが変な誤解をしたらどうするのさ!?」

 わーぎゃーと微笑ましいやり取りを繰り広げる蒼とやよいのペアも、なかなかの相性なのではないかとこころは思う。

 真面目で責任感が強い蒼と、無邪気に彼を振り回すやよい。
 互いの身長差のように凸凹コンビに見えなくもない二人だが、お互いに状況を正しく判断するための観察眼と冷静な思考を有している点は共通していた。

 なにより、こころや燈に対してはお兄さんのように振る舞ってくれる蒼が、やよいにはここまで素に近い自分を出せている。
 何かと苦労しがちな彼の愚痴聞きや補助を行えるのは、こんな風に振る舞えるやよいだけであるということを、こころは何となく感じ取っていた。

「ちょ、蒼! そろそろ代わってくれ! この馬鹿力に付き合い続けたら、腕がもたねえ!」

「何だ!? 私との勝負から逃げ出すのか!? 勝ち逃げは許さんぞ、燈!」

「そうそう、まだまだ付き合ってあげなよ、燈くん! どちらにせよ、蒼の筋力鍛錬も終わりそうにないしね!」

「……そりゃあ、こんな重しが乗せられてたら普段のようにはいかな――あああっ! ちょっと、止めて! 今の言葉は取り消すから、お尻をぶつけてこないで!」

「ふふふふふ……! みんな、仲が良いなぁ……!!」

 女子たちに翻弄され、たじたじになっている男子たちを見たこころは、素直な感想を零した。
 初めてこの屋敷にやって来た時にも同じような雰囲気にはなったが、今はその時よりもずっと和やかで楽しい雰囲気に満ちている。

 自分も彼女たちも、信頼出来る友達を得ることが出来た。
 そのお陰で弾ける笑みを浮かべ続けられるようになったことに感謝しつつ、その思いをぶつけるかのように男子たちへと接する女子たち。

 こんな美少女たちに囲まれ、相手してもらえるなんて、さぞや二人も嬉しいだろう……と、ちょっぴり意地の悪いことを思いながら、泣き言を漏らす燈と蒼の様子に再び笑みを浮かべたこころは、広がる青空に向かって呟くのであった。

「これにて色々一件落着。大和国は、今日も晴れ!」
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