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第二章・少女剣士たちとの出会い
それからちょっとして、目を覚ました順平は……
しおりを挟む「……い、しっかり……覚まさないか」
「ん、うぅ……っ! ぐぅ……っ!」
「いい加減に目を覚ませ! いったいいつまでそうしているつもりだ!?」
「あべっ!? ぶっ、こ、ここは……!?」
頬を叩かれた痛みと、自分に対する呼びかけの声に意識を覚醒させた順平は、きょどきょどと首を振って周囲の様子を確認する。
その目に映ったのは、相変わらず薄暗い洞窟と自分の前に並ぶ数名の人間たちの姿。
腕を組む栞桜と、にこにこと笑顔を浮かべているやよいと……残り二名の男たちの姿を見た順平は、素っ頓狂ながらも怒りを露わにした声を上げた。
「お前っ、輝夜の時の包帯男!! どうしてお前がここにいるんだ!?」
「………」
顔を包帯でぐるぐる巻きにしたその男は、自分に屈辱を味わわせた仇敵とも呼べる男。
包帯太郎などというふざけた名前のその男に覚醒早々食って掛かる順平であったが、そんな彼の話に栞桜が割って入る。
「なに、こいつが私たちの仲間というだけだ。この男は、私を助けにここにやって来て、手を貸してくれた。単純明快なことだろう?」
「こ、こいつが、お前の仲間だと……? んん……っ!?」
競争相手であり、女として狙っていた栞桜が告げた意外な事実に表情を顰めた順平であったが……その顔が、鼻の下が、みるみるうちに伸びていく。
それは、若干はだけた栞桜の着物の隙間から覗く、彼女の見事な上半身の果実を目にしたが故の反応であった。
(……やっぱ、デカいな。勝負に勝ちさえすれば、この女を……ぐひひっ!!)
じゅるりと、心の中で涎を啜る順平。
洞窟の外で見た時よりも色っぽさを増している栞桜の姿に、彼の興奮はうなぎ上りの状態であった。
しかも、彼女の横に並ぶやよいもまた、栞桜とは趣の違う美少女である。
上手くいけば、今晩はこの二人を同時にお持ち帰り出来るかも……と、不埒な妄想を頭の中で繰り広げていた順平であったが、その妄想は栞桜の強烈な張り手によって文字通り吹き飛ばされてしまった。
「ぶべぇっ!? な、なにをするんだ!?」
「いやらしい目で私たちを見たお前が悪い。人の胸に視線を釘付けにして、浅はかな考えが透けて見えてるんだよ!」
「ぐっ……!!」
図星を突かれた順平の表情が羞恥と屈辱に歪む。
ケタケタと笑うやよいの反応にも若干の苛立ちを感じながら、彼は憤慨したように栞桜を突き飛ばすとずがずがとあてもなく洞窟内を進もうとした。
「おい! どこに行くつもりだ!?」
「決まってるだろ! この洞窟の妖をぶっ殺すんだよ! ……さっきは不意を突かれたが、真っ向から勝負すれば俺が負けるはずが――」
「え? 勝負ならもう終わってるよ。妖も、ぜ~んぶあたしたちが倒しちゃったけど?」
「な、なにぃっ!? 妖を、倒した? お前たちが? 全て?」
「うんっ! 捕まってた人たちも助け出したし、あなたのお仲間も全員外にいるよ! っていうか、あなただけが見つからなくって、わざわざあたしたちが探しに来てあげたんだけど」
「はあ!? 別府屋の旦那はどうしたんだ!? 俺が残ってるっていうのに、捜索隊も出さなかったのか!?」
「……残念ですが、彼にそれだけの余裕はなかったと思いますよ。お抱えの武士たちは壊滅状態で、一番の腕利きは討ち死に。それに、この勝負のための仕込みも全部無駄になってしまったんですから、茫然自失になってしまう気持ちも理解出来るかと」
「まあ、あのおじさんは「異世界の英雄やっちゅうのに何の役にも立たん小僧のことなんぞ知らん!」って、めっちゃくちゃ怒ってたしね! この醜態から考えれば、見捨てられるのも当然なんじゃない?」
「うぐ、おぉ……!? み、見捨てられた、だと? この俺が……英雄である、俺が……!?」
ある程度ショッキングな事実をぼかそうとした蒼であったが、やよいの無慈悲な言葉によってその努力も水泡に帰した。
勝ちが確定していたはずの勝負に負け、無様な醜態を晒し、自分を英雄だと祭り上げていたはずの金太郎にも見捨てられたと知った順平は、苦悶の呻きを上げてその場に崩れ落ちる。
「……やよいさん。時には本当のことを黙っておいてあげた方が良い場合もあると思うんだけど」
「甘~い! 残酷な現実を乗り越えてこそ、人は成長出来るものなんだよ!」
「……君、本当は彼を凹ませて楽しんでるだけでしょ?」
「うん! そうだよ!!」
「く、くそっ……! 別府屋の奴らも、お前らも、人を馬鹿にしやがって!! もういい! 勝負が終わったっていうなら、こんな場所に用はない! 別府屋の大旦那にも、この不始末の責任を取らせてやる!!」
蒼とやよいの会話に再びショックを受け、少なからずダメージを受けながらも、自分を切り捨てた金太郎への恨みを募らせる順平は、鼻息も荒く洞窟から脱出しようとしていた。
が、しかし……そんな風にずがずがと大股で進む彼の背に、栞桜の声が投げかけられる。
「おい、ちょっと待て。何か、大切なことを忘れてないか?」
「は? 大切なことだと?」
「そうだ。勝負が始まる前、お前は私と何か約束をしていなかったか?」
そう言いながら自分へと近づいて来る栞桜の姿を見つめつつ、順平はおぼろ気な記憶を呼び起こし、勝負に臨む前に栞桜と交わした約束を思い返す。
この勝負に順平が勝ったら、栞桜は一晩彼の好きな様にされるという契約。
魅力的な美少女を手籠めに出来る約束を、狡猾な順平が忘れるはずがない。
勝負に関しては間違いなく栞桜たちの勝利ではあるが、この約束を蒸し返してくるなんて、もしかして……! と順平は微かな希望を抱いた。
(はは~ん……! さてはこいつ、俺の女になって、英雄の妾ってポジションを確保するつもりだな! ぐへへ! やっぱ異世界召喚された英雄さまっていうのは、女にモテちまうものなんだな!)
たとえ勝負に負けたとしても、順平の持っている幕府から頼りにされている英雄という肩書が失われるわけではない。
実際、王毅のように英雄たちの中核を担う男たちには、そこら中から妻だの恋人だの側室だのにしてくれと、女たちが擦り寄ってくる始末だ。
栞桜もまた、その肩書に魅了された女ということだろう。
愛など欠片も無い関係性ではあるが、順平も彼女の体だけが目当ての下種な考えを抱いている。むしろ、そっちの方が都合が良い。
(へへへ……! 戦装束も追加の兵隊も手に入れられなかったが、最後の最後で帳尻が合ったぜ!)
実益を得ることは出来なかったが、気を紛らわすための娯楽は手に入った。
ゆさり、ゆさりと、一歩ごとに着物の上からでも判るくらいに揺れる栞桜の胸へといやらしい視線を向ける順平の表情は、これ上なくだらしがない。
「ひ、へへっ! まあ、出会いは最悪だったが、これからは仲良くしようぜ。何だったら、あっちの女も一緒にどうだ? お友達ともども、たっぷり可愛がってやるよ」
手を伸ばせば届く距離にまで近づいた栞桜へと、順平は自身の欲望を隠すことのない言葉を口にする。
ある意味では、戦装束などよりも価値のある物を手に入れられたとばかりに下品な笑みを浮かべている彼は、我慢しきれないといった様子で栞桜のたわわな胸へと手を伸ばし、そこを掴もうとしたのだが――
「ふざけるな! たわけがっ!!」
「いぎいぃいっ!? あだだだだだだっ!?」
その手を捻り上げ、彼を地面へと押し倒した栞桜は、罵声にも近い叫びを上げながら順平の関節を極める腕に力を込める。
完全に予想外の事態を迎えたことで混乱してしまった順平は、腕の骨が悲鳴を上げるほどの痛みに耐えながら栞桜へと叫びかけた。
「お、おいっ! 何するんだよ!? お前、俺の女になりたいんじゃなかったのか!?」
「はぁ……? 誰がお前のような腰抜け横暴変態男に好意を持つものか! 考えただけでも鳥肌が立つ!」
「なぁっ!? じゃ、じゃあどうして約束の話を持ち出した!? 勝負に負けたら俺に好きにされるって話を持ち出したのは、俺の妾になりたいからじゃ……!?」
「間抜けが! しっかり思い出せ! その後に私は、私が勝った場合には相応の扱いを覚悟しておけと言っただろうが!」
「あ……!」
痛みに悶える中、確かにそんなやり取りを交わしたことを思い出した順平が、ぽかんとした表情を浮かべた。
つまり栞桜は、自分について行くために呼び止めたのではなく、制裁を下すために自分を呼び止めたのだとようやく気が付いた順平。
栞桜はそんな彼の腕を離すと地面に倒れ伏す彼を見下しながら得意気な表情でこう告げる。
「安心しろ。私も鬼じゃない、そこまで非道な命令は下さないさ。お前はただ、謝ってくれればいい。私たちに対する非礼を心の底から謝罪してくれればそれでよしとしよう」
「は、ははっ! なんだ、それだけでいいのか? 悪かった、謝るよ。そんじゃ、俺はこの辺で……」
思ったよりもチョロい栞桜の要求に適当に従った後、今度こそこの場から立ち去ろうとした順平であったが、地響きを鳴らしながら地面を踏み鳴らした栞桜の威嚇に、びくりと体を震わせて立ち止まった。
「……私は、心を込めて謝罪してくれと言ったんだが? そんな適当な謝罪で、私が満足すると思ったか?」
「ななな、なんだよ!? そんじゃ、土下座でもしろってのか? 言っとくが、俺は幕府に頼りにされてる英雄の一人だぞ! そんな俺を馬鹿にしたら、他の連中が黙っちゃ――」
「ああ、別にいいよ。やりたくないことを無理矢理やらせるのはあたしたちも本意じゃないしね。ただし、その時にはあなたの悪い噂をばんばん流してあげる。異世界から呼び寄せられた英雄、竹元順平さまは、八百長勝負に手を貸して女の子を手籠めにしようとした挙句、妖から逃げ回って恐怖のあまりお漏らしした男だってね!」
「なあっ!? ふざけるな! 余計な尾ひれがついてるじゃねえか!!」
(……普通、大半が事実だってことを恥じる方が先なんじゃねえのか? こいつ、本気で腐ってんな……)
やよいの脅し文句の中にある順平の悪行は、九割が本当に彼がしでかしたことである。
今更そこに多少の尾ひれが付こうが付くまいが、人間として恥ずべき行動を取り続けたことに変わりはないだろうと彼に冷ややかな視線を向けながら燈は思う。
「……と、いうだけだ。どうする? 私たちにきっちり謝罪して、ここでの話は水に流すか。それとも、謝罪せずにこの場から立ち去り、何もかもを失うか。好きな方を選ばせてやろう」
「ぐうぅっ……! このアマぁ……!! 調子に乗りやがって……!!」
「……やよい、どうせだったらもっと派手な尾ひれを付けてやれ。英雄様は恥ずかしい噂を流されることをお望みのようだ」
「うわ~い! やった~! どうしよっかな~? どんな嘘をついちゃおっかな~!?」
「わああっ! 待て! 止めろっ! わかったよ! 謝ればいいんだろ、謝れば!!」
このままでは、自分の尊厳が丸崩れだ。
西の大都市である昇陽で悪い噂が立ってしまえば、それが国中に広まる可能性だって十分にありえる。
最悪、これから先、順平は何処に行っても白い目で見られることになるかもしれない。
そんな人生を回避するためには……悔しいが、一時の屈辱に耐えるしかないだろう。
ギリギリと歯軋りをし、どう見ても謝罪する気持ちがない表情を浮かべながら、順平は深く頭を下げると、苦々し気に謝罪の言葉を口にした。
「お、お前たちを馬鹿にしたこと――」
「お前? お前だって?」
「あ、あなたたちを馬鹿にしてしまい、本当に申し訳ありませんでした! 数々の非礼、お詫び申し上げます!! ……これで良いんだろ!?」
「まあ、合格点といったところか。……もう良いぞ、どこにでも好きなところに行ってしまえ」
「ちっ! ……覚えとけよ、クソ女……!!」
苛立ちを込めた捨て台詞を吐き捨て、怒り心頭といった様子で洞窟から出て行こうとする順平の背を見送る一同。
正直、彼が一人でここから脱出するのは相当大変そうだが、今の順平にはこれ以上栞桜たちと一緒に行動するつもりはなさそうだ。
無理に引き留め、出口まで案内してやる義理も無い。
栞桜の目的はあくまで、ああして彼に謝罪させることだったのだから。
それが終わった以上、順平がどうなろうとも知ったことではなかった。
「それにしても……本当にふざけた男だ。鼻の下を伸ばして、いやらしい目で私たちのことを見よって……!!」
「まあ、しょうがないんじゃない? 着物もはだけてるし、なにより抑える物がないから揺れも凄いもん! 燈くんもそう思うでしょ?」
「……話を振るんじゃねえよ。こっちは今、そういうことを考えないようにしてんだから」
「にししっ! 初心で大変よろしいことだ! でもまあ、流石にあたしもびっくりしちゃったな。燈くんに借りを返すためとはいえ、まさか栞桜ちゃんが胸のサラシを貸し出すなんてさ~!」
「~~~っ!?」
やよいの言葉に、ぼんっと音を立てて栞桜が顔を真っ赤にした。
そうした後、キリキリとブリキ人形のように首を回した彼女は、少し前まで自分の素肌に撒かれていたサラシを顔に巻き付けている燈の反応を窺うため、彼へと視線を注ぐ。
「………」
無言のまま、動きを見せぬまま、栞桜と目を合わせないように瞳を閉じる。
顔を隠しているために表情や顔色は窺うことが出来ないが、明らかに意識していることは間違いがなかった。
「みょ、妙なことは考えるなよ! 温度とか、臭いを感じようとするんじゃない!」
「だから、そう思うなら意識させること言うんじゃねえよ! ってか、お前が押し付けといて恥ずかしがってるんじゃねえ!」
「うるさい! 乙女の肌着をそんな風に使えることを感謝しろ! あと、外したらそのまま捨てるんだぞ! 妙なことに使うんじゃないぞ!」
「だ~っ! だからいちいち俺に意識させんなって言ってんだろうが! そもそも、そんなに恥ずかしがるならさっさと外させろよ! あの馬鹿と俺を引き合わせる必要はなかっただろうが!」
とっとと桔梗邸に戻り、このサラシを外したいと切に願っている燈にとって、正体が露見するリスクを抱えた順平との邂逅は出来れば避けたいことであった。
強引に栞桜に誘われ、このサラシを貸してもらっている以上は多少は彼女の言う事に従うべきだと思ってしまったが……それでも、こうして話していると彼女の不可解な言動には違和感が残る。
そんな燈の言葉に対して、肌着を貸し出していることとは別の恥ずかしさを見せた栞桜は、もごもごとした口調でこう答えた。
「……謝らせたかったんだ。私だけじゃなく、お前たちにも。だって、お前やこころを追い出した元凶はあの男なんだろう? そいつが悔しがる姿を見て、頭を下げるところを見ることが出来たら、少しは溜飲が下がるんじゃないかって……そう、思ったから……」
「あぁ……? んだよ、そういうことか……」
燈と、ここにはいないこころに何か朗報を作ってやりたい。
そんな想いから生まれた不器用な仲間への思いやりを知った燈は、サラシの下で複雑な表情を浮かべている。
栞桜が自分たちを思いやってくれたことへの喜びと、自分たちを仲間だと思ってくれていることへの嬉しさ。
そこに一連の騒動が良い形で締めくくられたことが合わされば、誰だって歓喜の表情を浮かべたくなるはずだ。
……まあ、年頃の乙女の肌着を顔に巻いているという、変態的な格好でなければ素直に喜ぶことが出来たのだが……と思い、そのことを忘れるために思考を天へと飛ばす燈。
そんな彼と栞桜の痴話喧嘩にも等しいやり取りを見つめていた蒼は、小さく噴き出した後に仲間たち全員に向けて言った。
「それじゃ、帰ろうか。僕たちのやるべきことは全部終わった。今頃、椿さんが美味しい食事を作って待ってるだろうしね」
「お~! それは楽しみだにゃ~! お腹もぺこぺこだし、ぱぱっと帰って今日は祝勝会だ~っ!!」
「……おい、流石に家に入る前にはこれを外すからな。桔梗さんと椿に変な目で見られたくねえし」
連れ立って屋敷へと帰って行く三人の背を見つめながら、躊躇いを感じる栞桜。
仲間たちを裏切り、自ら破門を申し入れた自分が、再び彼らの下に戻っても構わないのかと、自問自答を重ねていると――
「……おい、なにぼさっとしてんだよ? みんな、お前を待ってるんだ。さっさと帰って、元気な顔を見せてやれよ、栞桜」
躊躇いのまま、歩き出せない栞桜へと手を伸ばし、その場で立ち止まる燈。
蒼もやよいも、彼女が自分たちと共に歩むことを待っているように立ち止まっている。
その光景に、自分を待ってくれている人がいるということに、ほんの少しだけ涙が溢れそうになる。
だが、今の自分に必要なのは涙ではないことを知っている栞桜は、込み上げてきたそれをぐっと堪えると、満面の笑みを浮かべ、それを返事とした。
「ああ、帰ろう! みんな一緒に!」
一歩、大きく前へと足を踏み出し、仲間たちの下へと歩む。
自分を待ってくれた人たちと共に、自分を待ってくれている人たちの下へと帰るために足を進める。
これから先も、こうして仲間たちと共に未来を進んでいくのだろうなと思っているのは、栞桜だけではなかった。
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