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第一章・はじまりの物語

エピローグ~それから少し後のお話~

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 流れる雲と、何処までも広がる空。その美しさは何処で見たとしても変わりはしない。
 夜は煌びやかな店の灯りと遊女たちに彩られる輝夜の町であっても、昼の主役はこの空だ。

 元の世界と何ら変わらない、吹き抜ける青い空を見上げながら一息ついた燈は、背後から近づく気配に振り向き、笑みを見せる。

「おう、旅支度は終わったか?」

「う、うん……あの、その……本当に私、自由になれたんだよね?」

「ああ、『黒揚羽』のご主人には話をつけた。最初の話通り、五十両でお前を身請けさせてもらったよ。これでお前はもう遊女じゃねえ、晴れて自由の身だ」

 そう、改めてこころへと告げた燈は、彼女を身請けしたことを証明する証書を見せつけ、ひらひらとそれを揺らした。

 燈と蒼、二人が戦で立てた武功は、目標金額である五十両を軽く超えるだけの報奨金を得るに十分なものであった。
 正体を隠している手前、学校の仲間たちの前に出ることは出来なかった燈は「体力の消耗が激しいので休ませてほしい」と適当な嘘をつき、論功行賞の場に出ることを避け、蒼一人に出席してもらったのだが、その場はそこそこに荒れたらしい。

 武功の第一は、敵の総大将を討った王毅に決まった。
 その内容は一番手柄に相応しいものではあるが、そもそもがこの戦は王毅が敵の総大将を倒すように運ばれていた部分がある。そのため、輝夜で募集された武士たちの間には不満を持つ者もいたようだが、元々の金払いが良かったことと大和国の兵たちが鋭い目で彼らを睨んでいたため、表立って不平不満を口にする者はいなかったようだ。

 それでもやはり、出来レースのように仕組まれた論功行賞では、それ以降も英雄として扱われる生徒たちの名が次々と挙げられた。
 大和国側からすれば、自分たちが召喚した英雄たちが初陣で華々しい手柄を立てたという実績を作りたかったのだろう。流石に露骨過ぎるやり方ではあるが、それほどまでに彼らが王毅たちに自国の未来を賭けているということなのだろうと燈は思う。

 それよりも、あの戦で死した者たちはしっかりと供養されたのだろうか?
 燈を陥れた人間の一人である日村も、自分たちが駆けつけるのが間に合わなかったせいで命を落とした。
 家族から離れ、異世界で妖に惨殺されるという末路を迎えた彼に対しては、過去の恨みよりも哀れさが勝る。

 せめて、死した後の無念さから髑髏となり、魂を救われぬまま現世を彷徨うといった惨い結末は迎えないでほしいと願っていた燈は、羽織の袖をちょいちょいと引っ張られて顔を上げた。

「あの、虎藤くん……私、どうすればいいのかな……?」

「んぁ? 行く場所がないんだったら、俺たちと一緒に来ればいいだろ。ま、山奥の辺鄙な場所に住んでっから、ちっと不便な生活かもしれねえけど――」

「そうじゃなくって! ……どう、お礼をすればいいのかな、って……」

 指を絡ませ、もじもじとしながらこころが言う。
 気弱そうな彼女は、強面の燈の顔を必死に見つめながら、自分が受けた恩をどう返すべきかを相談しているのだ。

 危険な戦に参加し、その報酬で得た金を自分のために使ってくれた燈と蒼のお陰で、こころは自由になれた。
 それはとても喜ばしいことではあるのだが、その多大な恩をどう返していけば良いのかがわからない。

 彼らが稼いだ大金を返すことも、それに見合った働きをすることも、今のこころには不可能だ。であるならば、どうやってこの恩を返せばいいのだろうか?
 燈に対する感謝の気持ちを抱いているからこその心苦しさにぎゅっと自分の胸元を抑えたこころの姿を見た燈は、ぽりぽりと困ったように頬を搔き、その答えを告げる。

「別に、何も望んじゃいねえよ。強いて言うなら、お前がしたいようにすれば良い」

「そんなの駄目だよ。虎藤くんは私のために危ない目に遭って、いっぱいお金を稼いでくれた。それなのに私は何もしないなんて、虎藤くんが良くても私が許せないよ」

「あ~……そこ、そこだな。あのな、椿。俺は、別にお前のために戦に参加したってわけじゃねえんだ。いや、勿論多少はお前のためだもあるぞ? でも、俺がそうした理由は、他の誰でもない俺自身が、俺がお前を助けたいって思ったからなんだ」

「……どういう意味?」

 きょとん、と小首を傾げ、燈の言葉の意味を尋ねるこころ。
 その可愛らしい仕草に胸をときめかせた自分自身を柄じゃないなと苦笑しながら、燈は自分の行動の真意を彼女に教えた。

「なんつーかな……誰かを助けたいって思いに、理由は要らないだろ? それが顔見知りなら猶更だ。俺の目の前でお前が困ってて、俺にはお前を助けられるだけの力があった。なら、そこで手を差し伸べるのが当然の話だと思わねえか? 俺は当たり前のことを、当たり前にやっただけだ。そのことに関して、お前が恩を感じる必要なんて無いんだよ」

「でも、虎藤くんのお陰で私が助かったことは紛れもない事実でしょ? 虎藤くんはそう言ってくれるけど、何も恩返ししないっていうのは、やっぱり気が引けるよ……」

「ああ、だからお前はお前の好きなように生きてくれって言ってるんだ。お前が幸せになってくれることが、俺への最大の恩返しになる」

「え……?」

 今度は小首を傾げることもせず、こころは心底驚いたような表情を浮かべる。
 そんな彼女に対して、気恥ずかしさを感じながらも、燈は自分自身の思いを告げた。

「俺は、この世界で苦しんでる奴らを助けるために頑張るって決めたんだ。んで、お前がその助けられた奴の一人目。弱って、泣いて、苦しんでたお前を、俺は助けることが出来た。そんなお前がこれからの人生を笑って幸せに生きてくれる姿を見ることが出来たなら、俺のやったことは間違いじゃなかったって思えるはずだ。だから椿、お前が幸せになることが、俺への一番の恩返しになる。お前が俺に恩を感じてるってんなら、お前のことを助けて良かったって、本気で俺に思わせてくればそれで十分だぜ」

 これからの目標と、自分自身の意思。こうして宗正の計画を知らない人間に自分のしたいことを口にすることは、人付き合いが得意ではない燈にとっては非常に恥ずかしさを感じるものだ。
 顔を赤くして、自分とは目を合わせずにそう述べた燈のことを見つめるこころは、強面の不良であると思っていた彼の可愛い一面を目の当たりにして目を丸くして……それから、堪え切れなかったようにクスクスと笑い出した。

「ふふふっ! なんだか虎藤くんって、思ってた印象と全然違う性格してるんだね。一匹狼って感じだと思ってたけど、今は、そう……可愛い大型犬みたい!」

「かわっ!? な、なんだそりゃあ……? ま、お前がそうやって笑えるようになったなら、もうどうでもいいさ」

「うん! ありがとう! ……ねえ、虎藤くん」

「あ? なんだ?」

 ひとしきり笑って、久々に心の底から晴れやかな気分を味わって……それから、こころは燈の目を真っ直ぐに見つめた。
 そして、出会ってから間もない彼女が見せる、嬉しそうなその笑みを見つめる燈に対して、こころは自分の今の想いを告げる。

「これからも、私はあなたの傍にいる。ずっとずっと、あなたの隣で笑っていられるように頑張るね!」

「……おう、よろしくな。色々と大変だと思うが、元の世界に戻れるまで頑張ろうや」

「うんっ! ふふふふ……っ!」

 きっと、鈍い彼は今の言葉の裏に隠されたこころの想いに気が付いてはいないのだろう。
 でも、それで良いと彼女は思う。この不器用でお人好しな青年の隣で、彼のことを見守っていく自分には、まだ彼に釣り合うだけの価値がないのだから。

 心の底から笑って、幸せになって、彼が疲れた時、迷った時、支えてあげられる女性になりたい。
 彼が文字通り、自分にとってのともしびになってくれたように……温かく、優しく、傍で寄り添っていくと決めたのだ。

「燈! 椿さん! 途中までだけど、荷馬車が僕たちを乗せていってくれるってさ! 輝夜にも長居し過ぎたし、師匠のところに早く帰ろう!」

「そうだな! ……行こうぜ、椿。荷物、俺が持つよ」

「ありがとう、燈くん!」

「ん……? お、おう。にしても量が多いな、おい。女の荷物ってこんなもんなのか……?」

 自分の呼び名を変えたこころに若干の違和感を抱きつつも、今後の生活用品や服が満載された彼女の荷物を抱えた燈は、そうぼやきながらその違和感を放り投げた。
 そうして、蒼が話を付けた荷馬車に乗り込み、青く広がる空を見上げながら、改めて思う。

 この大和国に来てから約一か月、自分を取り巻く環境は大いに変わった。悪意ある人間に裏切られ、死んだことにされ、一度はどん底にまで堕ちたこともあった。
 それでも、まだ自分は生きている。新しい環境で、新しい目標を掲げ、仲間たちと前に向かって進み続けている。弱いからといって迫害された力なき人々を救うために、やれるだけのことをやろうと決意して、今、一人の少女を救うことが出来た。夢の第一歩を、踏み出すことが出来た。

「たかが一人、されど一人……これが、はじめの一歩ってね」

 浮かれた気分でそう呟き、燈は思う。
 もっと強くなろう。もっと多くの人を助けられるだけの力を身につけよう。いつか、この世界と別れるその日までに、妖の被害に苦しむ人々を一人でも多く助けてみせよう。

 この広い空の下には、同じ目標を持つ仲間があと4人いる。彼らもまた、宗正と同等の実力を持つ師に鍛えられ、燈たちとの邂逅の日を待っているはずだ。
 彼らと出会い、この国最強の武士団を作ること……それが、次の目標。
 一人では救えない人々も、多くの人間が力を合わせれば手を差し伸べられるはず。それが燈や蒼と同じく、化物じみた気力を持つ人間同士の協力ならば、誇張抜きで世界を救えるだけの力になるはずだ。

 まだ学ぶべきことはたくさんある。まだまだ未熟な部分が山ほどある。
 それでも、自分が新たな友と共に、誰かを救うことが出来た。隣に座っている蒼が、隣で笑ってくれているこころが、そのことを証明してくれている。

「やってやるさ。最強の武士団。その一員としてやれることを、よ……!」

 この繋がりがいつか大和国全体を包む日が来ることを願いながら、燈は高く広い空へと、拳を突き上げるのであった。








 なお、その数日後に帰宅した燈と蒼は、なけなしのへそくりを全て使い果たした挙句、今回の目的である童貞の卒業を済ませていないことを宗正からこっぴどく叱られることになるのだが……それはまた、別の話である。




――――――――――

ここまでこの作品を読んでくださり、ありがとうございました。
取り合えずここで第一章は終わり、第二章へとお話は続いていきます。

ざまあ薄すぎるんじゃないか?と思った方もいらっしゃると思いますが、順平には何度か登場してもらうため、敢えてこんな扱いにしています。
二章でも引き続き登場する彼と、新しく仲間に入るキャラクターたち、そして主人公である燈と相棒の蒼の活躍にご期待ください!

ps.質問なんですが、投稿時間って何時くらいがいいですかね?
昼と夜みたいに分けた方がいいんでしょうか? 具体的にこの時間がいいよ!って意見がありましたら、教えていただけると幸いです。








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