和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

最初の手柄は誰の手に?

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 人間と狒々。その戦の初手となる行動は、互いに正反対といえるものであった。

 今回の場合、人間軍が狒々たちの住処である山を攻略する形になる。
 言わば、攻めに回る人間に対して、狒々たちは守備戦を行うということだ。

 であるならば、狒々たちからしてみれば、その場から必要以上に動く理由は無い。
 背後にはホームグラウンドである山がそびえ、そこを駆け上がって攻めて来る相手の消耗も期待出来る。
 逆に、優勢になった時点で傾斜を駆け降りる勢いを活かした反攻を仕掛ければ、一気に敵の最奥にまで攻撃の手が届くのだから。

 つまり、妖軍の取るべき手は、待ち・・。専守防衛に努め、反撃の機会を待つ。
 正面の山の頂に首魁と本陣を配置し、攻めて来る人間たちを追い散らしつつ、じっくりと勝機を窺う作戦だ。

 対して、人間側の取るべき手は攻撃の一択である。
 先にも述べた通り、この戦いは人間が狒々たちを討滅するために仕掛けたもの。であるならば、その首魁である狒々たちの王を仕留めなければ話にならない。

 多少の不利は承知の上で敵地に攻め入り、一匹残らず狒々たちを仕留めること。
 それがこの戦いにおける人間軍の最終目標である以上、こちらから行動を起こさなければ戦に動きは訪れないのだから。

 初動、まずは選抜した百名の武士たちを先行させ、狒々たちの下へと突撃させる。
 上空から見て、三角の形に陣形を整えた第一陣を待ち受ける狒々たちへと突貫させることで、敵陣に穴をあける作戦だ。
 その後、出来上がった隙間に第二陣を突撃させ、更に攻撃の手を奥深くまで押し込む。そうして敵の大将に届くまでの道を作り上げたら、そこに王毅たち主力部隊を送り届けるというのが、人間側が立てた作戦であった。

 山の麓に横一列に並ぶ、横陣で人間たちを待ち受ける妖。
 そこに突っ込もうとしている先行部隊は、攻撃に重きを置いた魚鱗の陣で中央突破を目指す。

 多数の相手に対して勇猛果敢に突撃を仕掛ける武士たちは、最も危険なこの仕事を進んで引き受けた命知らずばかりだ。
 その先端、三角形の頂点となる位置にて、黒ずくめの一団が意気揚々と先陣を切って突き進んでいた。

「行くぞ、行くぞ、行くぞっ!! 遅れず俺について来いっ!」

「おおーーっ!!」

 右手に抜き身の刀を握り、その刀身を気力で作り上げた炎で包みながら、最前列を駆ける順平が叫ぶ。
 事前の取り決めによって一番槍の役目を引き受けた彼は、数多くの武士たちを引き連れているような今の自分の状況に酔い、部下たちが自身の叫びに応えるようにして吼える声を耳にして、何処か恍惚とした気分を抱いていた。

「竹元殿! 逸る気持ちは理解出来ますが、少し落ち着かれよ!」

「いいじゃないか! これから敵の中に突っ込むんだろう? なら、勢いがあった方が有利に決まってる!!」

 お目付け役として傍に控える武士の忠言も、彼の心には響かない。
 むしろ、いい気分になっている自分の心に水を差すような彼の言葉に辟易とした思いを抱く始末だ。

(ったく……俺について来るので精一杯だからって楽しようとするんじゃねえよ、雑魚どもが!)

 気力による身体能力強化に関しても、順平たちと大和国の人間たちとでは桁が違う。
 大和国の武士たちが全力で身体強化を行ったとしても、順平たちが軽く気力を放出すればその域など簡単に超えてしまうのだ。

 だから、こうして彼らと共に行軍する際にも、順平たちは自分たちの力を抑えて発揮しなければならない。
 彼らさえいなければもっと早く敵陣に突っ込み、大暴れ出来るのに……などという自惚れた思いを頭に浮かべる彼にとって、自分よりも弱い大和国の武人たちの言葉になど耳を貸す価値は無いとしか思えなかった。

 しかし、彼は重要なことを失念していた。
 それは、大和国の人間たちは、順平たちにはない経験というものを蓄積しているという点だ。

 確かに、個人の戦闘能力としては、彼らは異世界転移を果たした英雄候補たちには敵わないだろう。
 だが、彼らにはこれまでに妖たちと戦い、大規模な戦を経験したことで得た、確かな経験がある。
 それはこの戦いが初陣である順平たちが持ち得ていないものであり、彼らにとって必要なことだからこそ、こうして提言しているのだ。

 戦において、先鋒というのは非常に過酷な役目だ。
 万全の状態で待ち受ける敵の中に突っ込み、味方の進む道を切り開く。それが終わったとしても、容易に引くことは許されない。最後の最後まで、彼らは戦い続けなければならない。

 真っ先に戦いに参加して、最後まで戦い抜く。死ぬか、戦が終わるまで休憩など許されない。
 だからこそ、一番槍という役目には大いなる栄誉と尊敬の念が送られるのだ。

 確かに順平の言う通り、先鋒には勢いが必要だ。
 しかし、それと同時に最後まで戦いを続けるだけの力を残しておくことも必要となる。
 最初の激突の時に全力を尽くした結果、その後の戦いで消耗しきって役に立たないなんて羽目にならないためにも、そういった自軍の状態管理も気を配る事項なのだ。

 そしてそれは攻略戦という状況において、最も重要な部分でもある。
 攻城戦で考えるとわかりやすいかもしれない。遠征し、野に陣を引いた攻撃側に対して、守備側は城という住処の中で過ごしながら戦うことが出来る状況を考えてほしい。
 その場合、攻める側の軍には気にすることが大量に出て来る。
 兵の士気はどれほどまで持つのか? 兵糧や武具の補給は断たれないか? 兵力の残数は攻城に足りているのか? それらの心配は時間が経てば経つほどに明確になり、重圧となって軍自体に圧し掛かってくるのだ。

 今回の戦いも、状況こそは違うが局所的に見ればそう言った部分に気を配る必要は勿論ある。
 先陣を切った勇猛な武士たちが最後まで戦い抜けるかどうかを考えると、多少は力を温存することも大事な事項だ。

 順平たちはいい。元々、この先陣という役目も彼らに自信を付けさせるためのお飾りのような立ち位置なのだから。
 本来の一番槍と違い、順平たちは敵に一当てしたら後方に退くという、安全が確保された状態での突撃なのだ。彼らが体力の消耗を気にする必要はない。
 だが、その後に残された兵士たちは最後まで戦い抜かねばならないのだから、最低限その部分の足並みを揃える必要はあった。 

 その必要性を訴えるための兵士からの忠言なのだが、残念ながら順平はそこまで考えが回っていないようである。
 初めての戦いに臨もうとしている若干十六歳の少年からすれば、そんなことは当たり前なのだろうが……それにしても、前々から注意事項として王毅や武官たちから何度も言われていたことを無視してしまうのは、些か行き過ぎた行為と言わざるを得ないだろう。

 今の順平の頭の中には、敵の真っ只中に切り込んだ自分が八面六臂の大立ち回りをしている姿しか思い浮かんでいない。
 大勢の武士を率いて敵に攻撃を仕掛け、一番槍として敵を討ち、戦いが終わった後に与えられる栄誉のことで、頭の中が一杯になっている。

 初撃を与えた後に自分たちの撤退を護衛してくれる部隊の人間に対する蔑みの感情を抱き、自分たちが退いた後も戦いを続ける武士たちのことなど欠片も考えていない順平は、ただ自分のことだけを考えてこの戦に臨んでいた。

(あと少し、あと少しだ! 化物ども、俺がぶった斬ってやる!!)

 もう少し、あと少しで敵陣に届く。そうしたら、この武神刀で狒々たちを斬り伏せてみせる。右の手に握った武神刀を炎で燃やしながら、順平はそう思った。
 こうして武神刀に気力を注ぎ込み続けるのは、気力と体力の消耗を招くだけで何の意味もない行動である。
 彼はただ目立ちたいからという理由で刀身に炎を灯し、それを目印に部下たちが自分の後をついて来ているという気分を味わうためだけに、こんな真似をしているのであった。

「行ける! やれるぞ! 俺がっ! 俺が一番乗りだ!」

 狒々たちと順平との距離は、もう十分に詰まっていた。
 彼が気力を脚に込め、思い切り跳躍したならば、敵の内部に飛び込めるであろうと思わせる距離。それはつまり、順平にとっての攻撃範囲に敵が入ったという証。

 いっそ、思い切ってそうしてやろうか? 多少の危険もスリルがあって楽しそうだし、何より物凄く目立つだろう。
 仲間たちの先陣を切って敵の中に飛び込み、ばったばったと狒々たちを斬り捨てて、勇猛果敢に活躍してみせる。そうして、大立ち回りを見せた自分に追いついた仲間たちの前で、勇ましく一番槍としての名乗りを上げるのだ。

(良いじゃないか! よし、それで行こう! 竹元順平の名を、一気に上げてやる!!)

 作戦もへったくれもない無謀なその考えを、自身の力に自惚れている順平は当然のように肯定する。
 そして、大きく跳躍するための力を脚部に込め、仲間たちを置き去りにして敵の中に飛び込もうとした、その瞬間のことだった。

「……は?」

 後方から、ごうっと大きな音がした。
 その音を例えるならば、飛行機のジェットエンジンの点火音。何か巨大な動力が動き出す前触れを感じさせる、力強い音。
 それと同時に肌を叩く熱風を頬に感じた順平は、跳躍しようとしていた動きを止めながら右後方を振り返り……絶句した。

 魚鱗の陣の隅。三角形の右端の頂点。
 そこから、巨大な火柱が上がっている。晴天の空を夕焼けの赤に染める程の、紅蓮の炎が燃え盛っているではないか。

 順平も、彼の部下となった元下働き組の生徒たちも、幕府の兵たちも、傭兵たちも、敵である狒々たちですらも、その巨大な火柱を目にして、驚きに眼を見開いている。
 それは常識を無視した光景。異世界転移並みの衝撃を彼らにもたらす、信じ難い出来事。

 何が起きているのか、誰がこんな真似をしているのか。それを一切理解出来ないまま、殆どの者たちがただ前へと進む。自分たちの後方で燃え上がる、紅蓮の炎を目にしたまま。

 彼らの目の前で、それがゆっくりと倒れていく。仲間を巻き込まぬよう、右端の隅から真正面の敵を叩き潰すように、巨大な炎が狒々たちの陣を焼き払う。
 防衛に立てた粗末な柵が、敵の突撃を防ぐための木製の塀が、それらを作り上げた野蛮な狒々たちが、轟々と音を立てて黒い炭へと化していく。
 山の麓からその中腹に至るまで、真っ直ぐに伸びた炎がそこにあるものを全て焼き尽くした後に姿を消した後には、目に見えて崩壊した狒々たちの陣だけが残されていた。

「な、なんだ……? 何が、起きた……!?」

 轟炎と爆発が立て続けに巻き起こり、今から突っ込もうとしていた敵陣に甚大な被害を与える様を目の当たりにした順平は、茫然とした声でそう呟くしかなかった。
 戦国時代にミサイルを持って来たような、そんな反則まがいの一撃が狒々たちを蹂躙する様子に唖然とする彼の耳に、その炎の出所と思わしき右後方からの声が届く。

「この戦の勝利を手繰り寄せる一番槍の栄誉は、包帯太郎つつみおびたろうが頂いた! 皆の衆、切り開かれた道を突き進み、敵を討ち果たされよ! 今なら手柄は思いのままぞ!」

「う、おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 堂々としたその叫びを聞いた武士たちの士気が、急速に上昇する。
 目の前であれほどまでに派手な先陣を切られたとあれば、嫌でも戦意は高揚する。同時に敵陣に大きな穴を空け、更に相手を混乱の真っただ中に叩き落した今の一撃は、文字通り自分たちの勝利を切り開く灯火であった。

 今、あの炎が作り出した敵の崩れた部分に突っ込めば、混乱してまともに動けない狒々たちを一方的に討つことなど容易だ。
 手柄を立て放題、命を落とす危険もぐっと減った。この状況で士気が上がらないはずもなく、誰もが胸のすく一撃を繰り出した武士に対して賛辞の声を上げる。

「あの包帯男、やりやがった! なんて無茶苦茶な奴だ!」

「だが、お陰でこの後の仕事が楽になったぜ! 野郎ども、あの穴だ! あそこから敵陣に突っ込めっ!!」

 気が付けば、軍団の先頭は順平ではなくなっていた。
 明確に見えた敵の隙を突くべく陣形を変化させた武士たちによって、出来上がった穴が一気に広げられていく。
 そして、そこから敵陣へと切り込んで行った武士たちは次々と狒々たちを仕留め、後続の部隊が進むための道を作り上げていった。

「オラッ! 死ねや、猿どもっ!!」

「ウギャァァッッ!!」

 一体、また一体と、狒々たちが断末魔の悲鳴を上げて斬り捨てられる。
 手練手管の武士たちにとって、予想外の一撃を受けて取り乱している相手などものの数ではない。瞬く間に最前列を制圧した彼らは、意気揚々と本陣へと合図の狼煙を上げた。

 そんな大活躍を見せる先行部隊の中に、件の包帯男の姿は無い。
 きっと、先の一撃で気力を使い果たし、後方で休んでいるのだろうと考えている面々は、自分たちの仕事が楽に進んだことに満足しているため、特にそれを咎めることも気にすることもなく、迷走する狒々たちを討ち取ることに注力している。

 そうやって次々に狒々たちが斬り捨てられ、草原を血の赤が染める中、本来ならば一番槍を務めるはずだった順平たちは完全に出遅れてしまっていた。
 倒すべき敵は既に追い散らされ、残っている狒々たちも他の武士たちが仕留めてしまっている。燃え盛る武神刀を振るって敵を倒そうにも、その相手が何処にもいないのだから仕方がない。

「た、竹元さん、俺たち、どうすればいいんでしょう……?」

「く、くそっ! もっと奥まで突っ込むぞ! そうすりゃあ、まだ敵が残ってるはずだ……!!」

 一番槍の栄誉どころか、手柄の一つも挙げられていない現状に焦りを見せた順平が、部下を引き連れて敵地の奥に進もうとする。
 だが、その動きはお目付け役の武士によって制止され、邪魔をされた彼は物凄い勢いで自分を止めた初老の武将へと食って掛かった。

「止めんなよ! まだ俺たちは何もしてないんだ! 手柄を立てるためには、突っ込むしかねえんだよ!!」

「なりません。それは第二陣に参加している英雄様たちの役目です。竹元殿の役目は、もう終わりました。敵陣深くまで突き進むのも、本陣の部隊が進んだ後になります」

「ふざけんな!! どこぞの馬鹿があんな真似をしたせいで、俺たちの出番が無くなっちまったじゃねえか! ……そうだ。あれって抜け駆けだよな? なら、問題行動だろう? この後、包とかいう馬鹿は処罰されるんだろ?」

 自分が立てるはずだった功を奪われ激高した順平は、その腹いせとばかりに邪魔者の処罰を訴える。
 自分もまた、彼とそう変わらぬことをしようとしていたという事実は棚に上げ、ただ苛立つ相手に対しての怒りをぶつけるように吠えた順平であったが、その訴えを聞いた武将は静かに首を振り、こう答えた。

「確かに、抜け駆けは重罪です。しかし、それによって多大な功を上げた場合はその罪を不問にするという不文律があります。あの炎での一撃は、間違いなく我々に利する素晴らしい攻めでした。褒賞こそ与えられども、罪を問われることはまずないかと」

「な、な、な……っ!?」

 おかしい。こんなことは認められない。自分が得るはずだった栄誉が奪われた挙句、その相手が何の罪にも問われないなんておかしいではないか。
 自分はこの戦で上げた手柄と一番槍としての名誉を活用して、仲間たちの間で成り上がるつもりだった。そのために燈を殺して仲間を得て、こころを売って装備を整えて、必要な準備を整えたはずなのに。

「チ、チクショウ……! クソッタレ! クソがっ!!」

 それなのに、どうして……? こんな、全てが裏切られることになった?
 ほんの少し前までの湧き立っていた心は、既に完全に冷え切っている。自分が得られるはずだった全てが失われ、他の誰かに奪われたことに悪態を突きながらも、順平には、事前の取り決め通りに後方に下がる以外の行動は取れなかった。

 そんな彼が気が付くはずもないことだが、この事態を引き起こしたのは、間違いなく彼自身なのだ。
 順平が仲間たちと共謀して燈を追放しなければ、彼は宗正に出会うこともなく、自身に秘められた力を開花させることもなかった。
 そして、順平がこころを売り飛ばさなければ、強くなった燈が彼女を救うためにこの戦に参戦することもなかったのだ。

 つまりこれは、巡り廻って順平のしでかした悪行が自分の元に還ってきただけなのだが……自分の手柄を奪った包帯太郎の正体どころか、燈が生きていることにすら気が付いていない彼がそのことに気が付く由もない。
 そして、これがまだ自分に降りかかる当然の報いのほんの序の口であることにも気が付かないまま、順平はすごすごと戦の最前線から退いていくのであった。
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