和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

一方その頃、順平は……

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 狒々という、妖がいる。
 人語を理解するだけの知能と、大人の男を遥かに凌駕する怪力を併せ持つ大猿の妖である狒々は、美しい女を狙うという習性があった。

 普段は山奥に住み、気に入った女を見つけては住処へと攫い、犯し、そして喰らう。
 純粋な食糧として扱うのではない。自分たちの子を孕ませる苗床として利用するでもない。
 ただ単純に、自分たちが楽しむためだけに人を攫い、弄ぶ。その邪悪な習性こそが、狒々がただの大猿ではなく、妖という化物である証であった。

 そんな狒々たちが、美しい女が集まる場所……大和国でも有数の遊郭がある輝夜の近くに集うのは、自然なことだったのかもしれない。
 もう随分と前から輝夜では、遊女たちの失踪事件が相次いでいた。
 最初の内は、やれ自分の立場を嘆いての自殺やら、やれ惚れた男と駆け落ちしたやら、様々な憶測が街を飛び交っていたが、直に人々も真実を知るようになる。

 輝夜の街から女が消える夜には、決まって闇の中に邪悪な笑い声が響くのだ。
 ヒヒヒ、ヒヒヒ……夜の闇にこだまする、人のものとは思えないその声。
 猿の鳴き声のようでありながら、普通のそれにはない凶悪さを秘めた笑い声が人外の存在のものであることは、その声を耳にした者ならば誰だって理解出来るだろう。

 夜回りをしていた警邏隊が狒々たちの姿を確認し、遂に街の中にまで妖の魔の手が及んだことに恐怖しながらも、輝夜の住人たちは必死に抗いを続けた。

 警邏隊の数を増やし、それでも対応出来なければ用心棒を雇い、そこに更に陰陽師の手を借りて……と警備を増強する度に、狒々たちも数を増やしてそれに対抗してくる。
 気が付けば、輝夜の街と狒々たちとの戦いは大規模な戦へと発展しようとしていた。

 輝夜を出て数里の位置にある山々。そこに住まう狒々の数、およそ数百体。
 千はいかないだろうが、まず間違いなく百は超えている。
 よくもまあこれだけの数の妖たちが集まったものだなと思いながら、王毅は渡された資料から目を逸らしてふうと溜息をついた。

「休憩か? あまり根を詰めすぎるなよ」

「ああ、わかってる。でも、情報を頭に入れておかないと、いざって時に困るだろう?」

 丁度同じタイミングで部屋に入って来た慎吾にそう告げてから、王毅は再び資料との睨めっこを開始し、頭の中で自分たちと狒々たちとの戦力を比較していった。

 人間側の戦力は、まず王毅たち異世界転移者がおよそ五十名。
 これは精鋭だけを選んだため、あまり数は多くはないが、それでも気力の量はこの世界の人間たちとは比べ物にならないの戦士たちである。

 次いで、大和国から英雄である王毅たちを守る役目を与えられた兵士が二百名ほど。
 彼らには王毅たちにない積み重ねてきた経験というものがある。初陣である自分たちにとって、とても頼りになる存在なのは間違いないだろう。

 最後にこの輝夜で募集した武士たちが大体百名。
 実力は未知数だが、それでも貴重な戦力であることは間違いない。彼らとの協力もまた、この戦の勝利には必要不可欠だろう。

 合計して、およそ三百五十程度。それが自分たちの兵士の数。
 武神刀という強力な武器を持っているとはいえ、それを上手く活かせるのか? 初めての戦という死と隣り合わせの状況で、まともな思考が働くのだろうか?
 そんな不安を抱えながらも、王毅は強く自分を奮い立たせた。決して、もう仲間を死なせることはしないと自分自身に誓い、拳を握り締める。

 燈が死んだと聞かされてから、早一か月。その間にも様々なことがあったが、王毅たちも確実に成長しているはずだ。
 大丈夫、自分たちは強い。その実力を発揮さえ出来れば、誰も死ぬことなんてない。

 戦に勝って、全員が無事で、学校に帰ろう。そして、いつかは元の世界に帰るのだ。
 ……死んでしまった、燈以外の全員で。

 いなくなってしまった者のことを考えると、胸がチクリと痛む。
 だが、それも過去のことだと割り切って、王毅は深く悩まないようにしていた。

 燈の死に立ち止まっていては、彼に申し訳が立たない。生きている者は、その悲しみを乗り越えて先に進まねばならない。
 慎吾の掲げたスローガンのような、残酷な言葉を心の中で繰り返す。王毅は燈の死を意味のあるものにするために、この言葉を強く心に刻み込んでいた。

 燈の死によって、緩んでいた生徒たちの気持ちが引き締まったことは確かだ。それに、王毅自身もこの言葉に救われていた。
 リーダーという立場に就きながら、むざむざ友人を死なせてしまった事の罪悪感を薄めることにも一役買っていた格言を繰り返す彼の元に、黒い鎧を纏った仲間がやって来る。

「王毅、ちょっといいか? 明日の陣形についてなんだが……」

「順平か。わかった、少し話をしよう」

 資料を横に置き、自分の元を訪れた順平と向き合う王毅。
 黒光りする堅牢そうな防具に身を包んだ彼の姿についつい噴き出しそうになりながらも、そんなことをしては彼が気分を害してしまうことを理解している王毅は、その感情を堪えながら真面目に話を進める。

「明日の戦、先陣は俺たちで良いんだよな? じゃあ、突っ込むのに一番適した最前列に位置したいんだが……」 

「そのつもりさ。順平たちの部隊を最前列に据えて、一気に妖たちの中に切り込む。大変な役目だが、大丈夫か?」

「ああ、勿論だ。俺たちはこの日のために自分を鍛え続けてきたんだからな」

 自信たっぷりに胸を叩く順平に頼もし気な視線を送る王毅。

 あの日、燈の死を目の当たりにした順平たちは、いつしか固まって行動するようになった。
 王毅の進言を受け、下働き組として活動していた生徒たちにも武神刀が与えられるようになってから、彼らは順平を中心にまとまり、一つの部隊として動くようになっていたのである。

 人呼んで、竹元軍。そのまんまのネーミングだが、わかりやすくて良い。
 燈の死を契機に団結した彼らもまた、彼の死を無駄にしないように努力しているのだろうと、王毅は勝手に竹内軍の面々にシンパシーを感じている。

 だが、実際はそんな感傷的な理由で彼らがつるんでいるのではないことはもうお分かりだろう。
 燈を計略に嵌め、奈落に落とし、その死を演出することで、順平に協力した生徒たちは武神刀という力を得た。そして、順平はそんな彼らを部下として迎えることで自分の軍団という力を得た。

 お互いがお互いを見張り、裏切らないようにしながらも甘い汁を啜る。
 大和国という力がものを言う世界でそれぞれが力を得ると同時に、自分たちのリーダーである王毅からの信頼すらも得た彼らは、正に飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けていた。

 順平が今、身に纏っている鎧は、こころを奴隷商に売った金で購入した代物だ。
 裏で人知れず悪事に手を染めながら、それを表に出さずに王毅の信頼を得続ける。そうして、実力と地位を両立することに成功した順平は、この戦での一番槍という、栄誉ある役目を仰せつかったのであった。

(まったく、お人好しが多くて助かるぜ。誰も俺たちのことを疑ってねえんだからな!)

 目の前で自分に明日の戦の陣形について話している王毅は、欠片も自分のことを疑っていない。もっと言うならば、こころが学校内から姿を消したことにも気が付いていないだろう。
 それらは全て順平たちがそうなるように仕向けた結果なのだが、それでも全てがトントン拍子に進んでいることが愉快で愉快で仕方がなかった。

 燈を罠に嵌めた面々で団結し、こころを売り払った金で陣営を強化する。
 そうして強くなった自分たちが手柄を立てることで仲間内での立場を確固たるものにし、妖退治をこなして大和国で英雄として名を轟かせるのだ。

 何もかもが上手くいっている。元下働き組のメンバーは、たった一人を除いて今や自分の忠実なる配下となった。
 彼ら全員が武神刀を持ち、戦力となった今、それを従える順平の勢力は学内でも上位に属するだろう。

 後は、明日の戦で一番槍として手柄を立て、更に注目を浴びるのみ。
 英雄の一角に竹元順平の名を刻めば、彼に気に入られようとする生徒たちも増えるはずだ。それこそ、気力の低い元下働き組の連中よりも使える奴らが自分の配下に加わるかもしれない。

 そうやって戦力を増やし、陣営を強化し、また次の戦で手柄を立てて……を繰り返せば、もしかしたら自分は王毅を越える英雄になれるかもしれないと、順平は妄想を繰り広げていた。

(見てろよ……! 俺は明日、英雄としての輝かしい第一歩を踏み出す! この大和国に、竹元順平の名を知らしめてやるぜ!!)

 自分たちの士気は高く、活躍の場も得て、全てのお膳立ては完了している。後は手柄を立てるだけ、全てを出し切るだけだ。
 明日の戦の後、自分を取り巻く環境は大きく変わっているだろう。英雄たちの一番槍にして、異世界転移組の中核を成す人物として周囲から羨望の眼差しを向けられるようになっているはずだ。

 陣形の確認を終え、自分たちに割り当てられた部屋に戻った順平は、一人部屋の中でほくそ笑む。
 そして、明日の戦で華々しい活躍を見せる自分の姿を想像しては、それが現実のものとなることを楽しみにしながら、自分の似合っていない鎧姿に対して、ナルシスト気味の恍惚とした笑みを浮かべるのであった。
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