和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

一路、輝夜へ

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「どうしてこうなっちまったんだろうなぁ、蒼?」

「うん、本当にね……」

 自分たちの真上に昇っている太陽を見つめ、何処か達観している風な雰囲気で会話をする二人の若者たち。無論、この二人は燈と蒼である。
 師から渡された旅装束に着替え、輝夜で着るようの一張羅やら何やらの荷物を風呂敷に包んで体に巻き、昨日渡されたばかりの武神刀を腰に差した出で立ちの二人は、一路輝夜に向かって進み続けていた。

 パッと見て、自分たちの姿はテレビの時代劇で見た旅人のそれと酷似しているが、違う部分もある。
 履物が草履ではなくスニーカーのような靴であったり、羽織の下に着ている服もやや洋風めいたデザインであったりと、この大和国独特の発展を感じさせる服装について、ちょっとした気味悪さを感じながらも、自分たちの世界とそう遠くない感覚で過ごせることを燈は感謝していた。

 まずよりなにより、下着が褌でなくて本当によかった。
 正直に言って、どうやって着るのかもわからなければ慣れる自信もない。普通のトランクスのような下着があってよかったと思いながらも、今の彼の心を占めるのは、そんな安堵の思いではなく宗正から言い渡された無茶ぶりについてのことだ。

 この数時間、蒼と共に随分な距離を進んだ燈は、ペースを緩めてのんびりと歩きながら、昨夜の話し合いのことを思い返していた。

――――――――――





――――――――――

「……はぃ? 童貞を、捨てろ?」

「うむ! これからのお前たちの人生において、非常に重要な儀式だぞ!!」

 突拍子のない宗正の言葉に、浮かべていた真剣な表情を一瞬にして崩壊させた燈がオウム返しでそう尋ねる。蒼もまた、下品な単語の登場に顔を赤らめ、明らかに狼狽していた。
 が、しかし、そんな中でも宗正だけは大真面目だ。真摯な表情を浮かべたまま、この儀式の意味を二人に向けて説明し始める。

「良いか? お前たちはこれからこの大和国を股にかけ、世界中を旅することになる。そうなれば、お前たちには数多くの誘惑が襲い掛かってくるだろう。金、飯、地位……しかし、その中でも特に恐ろしいのは女だ! 少しでも気を抜いてみろ。あっという間に骨抜きにされて、やる気も根気も無い駄目人間にされる。それが女の魔力という奴なんだ」

「……随分と真に迫った意見ですね。まさか、実体験とかじゃないですよね?」

「馬鹿もん! わしをそんな腑抜けと一緒にするな! 昔、わしの周囲におった堅物の真面目な剣士たちは女なんて興味ないといった顔をしておったが、いざその味を知ると底なし沼に嵌ったかのようにずぶずぶと沈んでいった! 金を毟り取られ、女の子とで頭が一杯になったせいで仕事も手に付かず、最終的に身を滅ぼした男たちを数多く知っておるからこう言っておるだけだ! おお、今思い返しても恐ろしい。わしも危うくあの女に全財産をつぎ込んでしまうところだった……!!」

 かつての記憶を思い返して身震いする師匠の姿を冷めた目で見ながら、二人はこの命をどう受け取ったものかと思い悩んでいた。

 確かにまあ、自分たちは童貞だ。長年、こんな山奥に住んでいた蒼は勿論のことだが、不良生徒として男女分け隔てなく怖れられていた燈にも女性経験どころか女の子と交際した経験などあるはずがない。
 そんな二人が世間に出て、名を上げたとしたら、宗正の言う通り、多くの欲望が迫ってくるのだろう。その中には性欲の誘いこと女性からのアプローチも含まれているだろうし、若くて精力旺盛な男性である燈たちからしてみれば、それが魅力的なものに思えてしまうことも確かだ。

 古今東西、女によって身を滅ぼした男の話は枚挙に暇がない。異世界である大和国でも、それは変わらないのだろう。
 そして、これもよく聞く話だが、真面目な人間ほど娯楽に嵌りやすいともいう。初めて知った楽しみにのめり込み、ついつい他のことを疎かにしてしまうのは、幼い頃に欲望を抑圧されていたエリートだというのは割とあり得る話だ。

 そう考えると、宗正のこと命令はあながち馬鹿に出来るものではないのかもしれない。
 少なくとも、彼は大真面目に燈や蒼のことを心配してくれている。これから降りかかってくる欲望に対する耐性をつけるために、童貞を捨てておけなどという突拍子のないことを言い出したのだと考えれば、色々と合点がいく話だった。

「蒼、燈、肝に銘じておけ! 剣一筋に生きてきたなどとのたまう奴ほど、危ない遊びに嵌って身を滅ぼすんだ! わしを見ろ! 女も博打も酒もそこそこにやるふざけたじじいだが、そのおかげで踏み込んではいけない一線というものを知ることが出来た! 何より、最強の武士団の中核を成す剣士の弱点は女体だなどと言われたら、それこそ格好がつかんだろうが! 女の裸など見飽きたと言えるくらいの男になって、ようやく一人前ってもんだ!」
 
「わ、わかりましたよ。でも、そんな急に童貞を捨てろと言われたって……」

「初めて女を抱く日ってのはなあ、ある日唐突に訪れるもんなんだ!! わかったら覚悟を決めろ! 輝夜には大和国でも有数の遊郭がある。そこならばお前たちも気に入る遊女の一人や二人はいるはずだ。わしのなけなしのへそくりをやるから、そこで最高の初体験を決めてこい! 一皮剥けたお前たちが帰ってくるのを、楽しみに待っておるぞ!!」

 こうして、本人たちよりも意気込む宗正の掲げた『脱・童貞!』の儀式に臨むことになった二人は、翌日の朝に前日よりも気合の入った師から黄金の小判十枚を軍資金として手渡され、初体験を済ませるべく、輝夜に向かうことになったのであった。


――――――――――
 




――――――――――

「……んなこと言われてもなあ、いきなりあんなこと言われて、受け入れられる人間の方が少ないっての」

「ははは、でもまあ、師匠は僕たちのことを考えてあんなことを言ったわけだし、感謝はしておこうよ」

「そりゃあ、そうだけどよ……金までくれたんだ、感謝はしてるさ。けど、これは別の問題だろうがよ……」

 休息を終え、再び走り出した二人は、生い茂る木々の間を飛び回りながら会話を続ける。
 野猿と見紛うほどの跳躍を見せながら輝夜へと突き進む二人は、体力的ではなく精神的な疲弊の色を見せていた。

「なあ、お前ってどんな女が好みなんだ? 美人系? 可愛い系? 胸はデカい方が好みか?」

「い、いや、僕はそもそも女の人と関わること自体が少なかったから、好みもなにもないっていうか……そういう燈こそ、どんな子が好きなの?」

「えっ!? お、俺はほら、そういうの興味なかったからよくわかんねえよ。ってか、俺だけ言うのは不公平だろ!」

 会話内容だけを切り取れば、修学旅行の夜にする男子たちの会話にも聞こえるだろう。
 だが、ここにこの後童貞を捨てようとしている男子二人の会話という注釈を加えると、どうにも生々しさを感じてしまう。

 齢十六にして、童貞卒業。間違いなく早い部類に入りそうではあるが、本当に大丈夫なのだろうか?
 基本的に、風俗店というのは成人未満の人間は入れないものではないのだろうか? いや、そういえば江戸時代では十六歳でも十分大人として扱われていただなんて話を歴史の授業で聞いたな、ならば自分がそういう店に出入りしても、大和国的には問題がないのか……?

 などという、現代日本の倫理観から来る疑問を解消しつつ、ひた走り続ける燈。
 今はまだ蒼と何気なく会話出来ているが、輝夜が近づく度に謎の緊張感が心の中でずっしりと重みを増していくことを感じてしまっている。

 このままの状態で本番を迎えた時、自分は正気を保っていられるだろうか?
 やっぱりこういうことは想いを寄せる相手とじっくりと時間を重ねた末にするべきなのではないかという思いと、しかしてこれは自分のこれからの活動において必要不可欠なことなのだから致し方ないという思いがぶつかり合う中、気力によって強化された燈の五感が、何か異質なものを捉えた。

「ん……?」

 風を切り、木々を揺らして駆ける自分たちの騒音に紛れて聞こえた、確かな声。
 そう遠くない距離から響いた、恐怖に怯えたその声を感じ取った燈は、ぴたりとその場で急停止して周囲を見回した。

「燈も聞こえた? 今、誰かの声がしたよね?」

「ああ、多分悲鳴だ。近くで何かがあったのかもしれない」

 自分と同じく蒼もまた、その声を耳に拾っていたようだ。
 二人の人間が聞いたというのだから、間違いなく誰かが叫び声を上げたのだろう。

「声のした方向はあっちだ。行ってみよう」

「おう!」

 悶々とした心境から意識を切り替え、叫びを上げた人間を見つけるべく駆け出す二人。
 周囲の状況に注意を払いながら走り続ければ、やや開けた山道からこちらへと慌ただしく走ってくる男の姿があった。

「お、お、お、お助け~~っ!!」

 まだ若い、されど随分と不健康そうに太ったその男は、半泣きの表情で山道を転げ落ちるように走っている。
 立派な身形をしているが、必死に走っているせいで着ている服も身に纏っている装飾品もボロボロだ。
 その様子から彼が何かから逃げていることを悟った燈の前に、異形の存在が姿を現した。

「なんっ、だ、あれ……!?」

 それを目にした燈が、言葉を失い絶句する。常識を超えた光景が、そこにはあった。

 からり、ころりと音を立て、男を追う三つの影。人の形はしているが、到底人とは思えないそれを、燈は三人と数えることは出来ないでいる。
 それに二本の腕はある、同じく脚もしっかりついている。だが、そこに必ずあるべきもの……肉が存在していなかった。

 真っ白とは言い難い、黒や茶色に汚れた骸骨たち。ボロけた衣類に身を包んだ三体の化物たちが、空洞になっている目の部分を男に向けてひた進む。
 何処からどうみても、命あるものとは思えない骨だけの存在がぎこちなく動く様を目の当たりにした燈は、恐怖を感じると共に身震いした。

「あ、あれが、妖って奴、なのか……?」

「うん。名前は『髑髏どくろ』。何らかの理由できちんと埋葬されなかった人間の亡骸に、妖の邪気が憑りつくことで生まれる妖さ。自我は無く、ただただ周囲の命あるものを自分と同じ亡者にするために動き続ける化物……邪気を祓わない限り、髑髏はずっと人を襲い続ける」

「邪気を祓わないとって……じゃあ、どうするんだよ?」

「こうするんだよ、見てて!」
 
 腰の刀に手をかけながら、蒼が髑髏に襲われる男の下へと駆け寄っていく。
 今にも化物の一体に襲われそうになり、半狂乱になって泣き叫んでいる彼と髑髏との間に割って入った蒼は、鞘から刀を引き抜くと共に素早い動きで横薙ぎの一閃を繰り出した。

「はぁっ!」

「ギッ……!?」

 蒼が作り出した青い閃光が真一文字に髑髏の細い体を断つ。
 骨だけの肉体をした、発声器官などないはずの妖の口から苦しそうな声が漏れるや否や、彼の体から全ての力が消え去り、その場にがらがらと音を立てて骨が崩れ落ちた。

 一連の流れを見ていた燈は、髑髏が崩れ落ちる瞬間に、その肉体から何かが解き放たれた感覚を覚えていた。
 斬られたから死んだのではない。まるで、そう……操り人形の糸が全て断ち切られたかのような、肉体を操っていた存在そのものが消し去られたが故に体を保てなくなったかのような、そんな印象を覚える死に様だったなと考える燈に対して、蒼が言う。

「髑髏は、死して供養されなかった人間の無念さと妖の邪気が歪な形で交わることで生まれる存在。死してもなお動き回るこの肉体には、あの世に逝けなかった人たちの魂が封じ込められている。だから、その魂を解放してあげるんだ。人の生命力の結晶である気力を込めた太刀で邪気を祓い、その内側に封じられた魂を正しい場所に還す。これが、祓うということなんだよ」

「……そうか。体を壊すんじゃなくて、根本にある悪意を断つのか。だからさっき、悪い何かが消え去った感じがしたんだ……!」

 蒼の気力を込めた一太刀を受け、髑髏の肉体から憑りついていた邪気が消えた。そのおかげで内側に封じ込められていた元々の体の持ち主の魂が解放され、天国へと旅立つことが出来た。そうして自分を動かしていた邪気と魂が消え去ったことで動く力を無くした髑髏は、ただの死骸となって崩れ落ちのだ。

 蒼は髑髏を斬って殺したのではない、その内側にある魂を正しい場所に導くための手助けとして、武神刀を振るった。
 そのことを理解した燈は体の強張りを解し、迫る髑髏へと改めて視線を向ける。

「……苦しいんだろうな。死んでも何処にも逝けないで、悪意に包まれながら在り続けるっていうのは」

「……人の魂は輪廻を繰り返す。髑髏の中に魂を封じられたままだと、その道から外れるってことになるんだ。生まれ変わりとか、魂の昇華とか、そういう救いを得られないまま現世を彷徨うことは、死人にとって何よりも辛いことだって師匠は言ってたよ」

「そっか……なら、助けてやらなきゃな」

 しゅるりと、スムーズな動きで『紅龍』を抜く。
 この一か月で身につけた中段の構えを取り、切っ先を白く細い骸骨に向けた燈は、深く息を吐きながら相対した妖を見やった。

 もし、自分に並外れた量の気力が無かったなら、もしくは、崖から落ちた後で蒼に見つけてもらえなかったら……燈もまた、この髑髏たちの仲間入りをしていたかもしれない。
 そう考えるとどうしても他人事とは思えない。もしも自分が順平に裏切られ、無念の内に命を落としていたとして、その悔しさを抱えたままこの世界を彷徨い続けることを思うとぞっとする。

 この元人間たちが、どんな死に方をしたのかはわからない。元がどんな人間だったのかもわからない。
 だが、今、目の前にいる彼らは苦しんでいる。声にならない叫びを、どんなに叫んでも聞こえない悲鳴を、どす黒い悪意に囲われながら上げているというのなら……それを救うのが、自分の使命だ。

 今、髑髏に襲われている男を守るため。
 今、解放されぬ苦しみの中で呻く人々の魂を救うため。
 今、この瞬間のために、自分は力を磨き上げてきた。

 宗正の言っていた、人を救うために力を振るうとしたら、今がその時だ。
 誰かを倒すためでなく、誰かを助けるための初陣など、願ってもない好機ではないか。

「祓ってやろうぜ。これが、俺たちの初陣だ」

「そうだね。無念の内に死んでいった魂に、安らぎを与えよう」

 赤と青の刀を構え、二人の若き剣士が並び立つ。
 人間を越えた化物である敵への怖れとそれをねじ伏せるだけの勇気を胸に、報われぬ魂を救済するための二人に戦いが今、幕を上げた。
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