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第一章・はじまりの物語

技の伝授と最重要の儀式

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「技、っすか? 師匠が直々に、俺に?」

「そう硬くなるな。なんてことはない、基本の技を教えるだけだ。ただ、その技をお前の並外れた気力を注ぎ込んだ『紅龍』で繰り出せば、とんでもない威力になるがな」

 宗正の言葉に体を震わせた燈は、続く彼の言葉を聞いてごくりと息を飲んだ。
 たとえそれが基本的な技であろうとも、師である宗正から直々に教えを受けるというのはやはり気分が厳かになるというものだ。彼の剣技を見ることが出来るというのも、その気分に拍車を掛けている。

 いったい、宗正の技量はどの程度なのだろうか?
 刀匠としては超一流であることは聞いているが、剣士としての腕前は如何なるものなのかと期待を疼かせる燈の前で、宗正が武神刀を構える。

「こぉぉぉぉぉ……っ」

 大きく息を吐きながら、刀を上へと持ち上げる。
 腰を落とした、どっしりとした構えを見せ、掲げた刀を左手でしっかりと握る。右手はただ添えるように、力を入れ過ぎない状態で柄に触れていた。

 右腕と右足を前に出していた蒼の構えとは真逆。前に出ているのは左足で、腕も左の方が前に出ている。
 堂々とした様子で上段に刀を構える宗正の姿は、元々の筋肉隆々とした体格と相まって、凄まじいまでの威圧感を放っていた。

「……これが、火の構えだ。本来なら初級者に教えるような代物じゃあないが、この技の威力を最大限に高めるにはこれが一番だから見せた。防御や回避、持久性を犠牲に次に繰り出す一撃の速度と威力を跳ね上げる、諸刃の剣みたいな構えだってことは覚えとけ」

「は、はいっ!!」

「んで、ここからが本番だ。見てろ」

 赤熱した武神刀の刃が空に舞う埃を焦がす臭いが漂う。チリチリという、火花が舞い散る音もだ。
 背後から見ても、今の宗正が途轍もない闘気を放っていることがわかった。もしも正面から彼と対峙していたなら、喧嘩慣れしている燈ですらもまともに動けぬほどの威圧感を感じていただろう。

 これが、宗正の本気。自分たちには窺い知れない修羅場を潜り抜けた、見るからに只者ではない彼の見せる剣士としての姿。
 上段に刀を構えるその後ろ姿からは流麗さなどは感じない。ただ目の前にある敵を滅するための力強さ、燃え盛る炎のような激しい気力の膨れ上がりが、圧倒的な闘気となって宗正の周囲に放たれている。

「……はっ!!」

 その闘気が爆発寸前にまで膨れ上がった瞬間、宗正が動いた。
 刀を構え、支えている上半身からではなく、足から前へ。重心をブレさせず、瞬時に標的である岩との距離を詰めるその動きに合わせて、両の腕が動く。

 刀を押し出すようにして、右手が前に動く。あくまで主導は左腕の動きであり、その補助を務めるだけの右腕は、しっかりとその役目を果たした。
 柄を掴み、刀を振り下ろす左腕が、真っ直ぐに岩へと伸びる。空を裂く音が響き、まるで火が着火する瞬間を見ているかのような感覚を覚えた燈の目の前で、大きく炎が弾けた。

 紅蓮の炎を纏うのではない。斬撃に合わせ、直撃の瞬間に炎を発生させる。
 視覚を気力によって強化していた燈には、宗正の繰り出した一撃が無駄なく気力を放出したことが理解出来た。
 これはただ炎を纏っただけの振り下ろしではない。基礎中の基礎を限界まで突き詰め、全てを最大効率で行った末に完成する必殺の一撃だ。

 燈ほどの気力を用いていないはずの宗正の一撃によって、標的となった岩は粉々に砕け散り、地面には焼け焦げた跡が残っている。
 ほんの数秒だけではあるが、先の燈が作り上げた火柱と同等の火力を自身の眼前に燃え上がらせた宗正は、その炎が消え去ったことを確認してから弟子たちの方へと振り返った。

「こいつが火の武神刀の基本剣技【ほむら】だ。振り下ろしの動きに合わせて極限まで高めた気力を文字通り爆発させることで、強烈無比な一撃を繰り出す。わしは上段の構えから放ったが、中段から撃っても十分過ぎる威力が出るぞ」

「こ、これが基本の技なんすか!? なんかもう、必殺奥義くらいの感じがしたんすけど!?」

「当たり前だ。どんな技も、まずは基本に基づいて作りだされる。完成された奥義ってのは、究極的に突き詰めると超凄い基本の技だってことなんだよ」

「な、なるほど……よくわからないっすけど、わかりました!」

「で、どうだ? 自分が今から習得する技を見た感想は? 出来そうか? 自信はあるか?」

 服についた土埃を払いながら、ニヤニヤと笑う宗正がそう燈に尋ねた。
 初めて目の当たりにした武神刀の力を彼がどう感じたのか? それを自分が扱うようになると理解した今、彼は何を思うのか?
 そのことを知りたがる正宗は、燈の胸中を探るための質問を投げかけたわけだが、彼の口から返ってきたのは、予想外の一言だった。

「いや、なんつーか……格好よかったっす、師匠!」

「……は?」

「初めて師匠が刀を振るう姿を見たっすけど、やっぱ只者じゃない感が半端なかったっていうか……基本を完璧にマスターしてるって感じで、滅茶苦茶カッコいいと思いました!!」

「お前、あのな……わしが聞きたいのは、そういうことじゃなくってだな……」

 無垢に師の精悍な姿を褒めちぎる燈に対して、呆れた様子で言葉を失う宗正。
 しかし、彼が弟子からの褒め言葉に照れていることは隠し切れておらず、珍しく狼狽している師匠の姿を見た蒼は、その微笑ましい光景についつい笑みを浮かべてしまう。

「あ~、もう、調子が狂う! 取り敢えず、今日は技の訓練をしておけ! それと、今晩にもっと大事な修行についての話をするから、そのつもりでいろ! わかったな!?」

「はい、師匠!!」

 完全に照れてしまっている宗正がズガズガと大股で住処へと戻っていく。
 そんな彼の心中など気にせず、師匠から預けられた武神刀を完璧に使いこなせるようになると意気込む燈は、早速気力の適正量を探る訓練を始めていた。

 そんな二人の様子を見て、楽しそうに蒼が笑う。
 燈を迎え、良い刺激を受けたのは自分だけではない。自分とはまた違う雰囲気の燈のお陰で、二人きりで過ごしていた時とは違う感覚を宗正も得ているのだ。

 良き師は強き弟子を育て、良き弟子は師を更に成長させる……また一つ、燈が来てくれたお陰で成長を感じられる要素を見つけ出した蒼は、これから戦友となる弟弟子に手を貸すべく、彼の修行に付き合うのであった。

――――――――――





――――――――――

 そして、夜。昼同様に夕食を終えた二人は、宗正の前に並んで正座していた。
 昼の修行の際、宗正は夜に大事な修行についての話をすると言った。それが何であるかはわからないが、武神刀の扱いよりも重要な修行だ、相当に激しく困難なものであることは間違いない。

 その予想に正しく、非常に厳格な雰囲気を纏った宗正は、自分に真剣な眼差しを向ける二人の弟子に向かって小さく頷くと、静かな声で語り始めた。

「お前たち、わしが昼に話したことを覚えておるな? お前たちには明日から、非常に重要な修行……いや、これは儀式と言った方が正しいな……に身を投じてもらう!」

「儀式、っすか? やっぱり、武士団として活動するにあたって、身を清めるとか……?」

「うむ、そんな感じだ。これはお前たちが世に出て、剣士として活躍する際に非常に役立つ儀式となる。気合を入れて挑めよ」

 普段行っている修行とはまた違う何かをすることを告げられる燈と蒼。
 それが何であるかはわからないが、宗正の様子から察するに相当重要な事柄らしい。であるならば、彼の言う通り、気合を入れて臨まなければなるまいと背筋を伸ばした二人に対して、宗正が更に続ける。

「その儀式の内容だが、ここから東に九つほど山を越えた所に輝夜かぐやという街がある。お前たちにはまず、そこに行ってもらう」

「輝夜……? 輝夜ってまさか、あの輝夜ですか!?」

「うむ、あの輝夜だ」

 宗正の発した街の名を耳にした蒼の表情が、驚きの色に染まった。
 とても信じられないといった、心の底から驚愕しているようなその表情を目にした燈もまた、妙な緊張感に心を鷲掴みにされる。

 自分は大和国に来てから日が浅い。宗正が言った輝夜という街がどんな場所であるのかもまるでわからない。
 だが、蒼の反応から察するに、普通の街ではないことは明らかだ。

 もしかしたら、某世紀末英雄伝説的な世界観の漫画に出て来る無法地帯と化した街なのかもしれない。
 あるいは、名のある剣豪たちが集う、剣士たちにとっての聖地のような場所なのかも……と、燈が様々に想像を膨らませる中、弟子たちに遠出を命じた宗正は、一度咳ばらいをすると、話を再開した。

「良いか? これは本当に重要な儀式だ。お前たちならば、明日の朝にここを発てば日が沈む頃には輝夜に辿り着けるだろう。そうしたならばお前たちはその日の内に――」

 そこで一度、宗正が言葉を区切る。間を開け、次に発する言葉が真に重要なことであることを強調するかのように。
 燈はそんな宗正の顔を真剣な表情で見つめ、宗正もまた大真面目な顔で燈を見返しながら、非常に重要な儀式の内容を彼へと告げた。

「――遊郭に行き、童貞を捨ててこい」
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