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第一章・はじまりの物語

それから一か月後

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「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」

 荒い呼吸を繰り返しながら、燈は木々が生い茂る森の中を駆ける。
 凸凹とした荒れた山道をものともせず、風のように走り抜ける彼の表情には余裕の笑みが浮かんでいた。

(気力を使っての身体能力強化! それを無意識に行い続ける! 出来てる、出来てるぞ!!)

 宗正の弟子となってから早一か月、燈は彼の下で日々修行に励んでいた。
 常人の百倍を超える気力量を持つ燈に対して宗正がまず課したのは、その気力を用いて自らの身体能力を向上させられるようにする修行……こう聞くと難しそうに聞こえるが、その内容は非常に単純である。

 一日の間に、山を二つほど超えて、また住処まで戻ってくること。俗に言う、マラソンのようなものだ。
 この修行をこなすためには、速く走るための筋力や脚力、体力を保持するための心肺能力の強化が必須となる。様々な能力を強化しなくては達成出来ない修行ではあるが、この修行の真の目的は様々な意味で燈の基礎を作ることであった。

 尋常ではない量の気力を有している燈だが、異世界の住人にである彼にはそれの引き出し方や扱い方はまるで理解出来ていない。
 この大和国に生きる人間ならば多少は心得ている気力の活用方法を学ぶことから、彼は始めなければならないのだ。

 だからまず、自分の身体能力が気力によって強化されているという実感を与える。
 以前までの常識ならば到底不可能であったことを実行させ、それを成し遂げさせることで燈自身に自分の力を認識させることが修行の第一歩だ。
 そして、その力を自在に扱えるようにすることが第二段階、無意識下でも気力を用いての身体能力強化が出来るようにさせることで、一応の目的は達成となる。

 武神刀を振るい、妖と戦う戦士となる以上、気力の扱い方は習得しておかなければならない。
 地味で辛い修行ではあるが、それを楽にこなせるようになった今、燈の身体能力は一か月前と比べて見違える程に上昇していた。

 最初は丸一日かけて山道を往復するのがやっとであったが、徐々にタイムは縮み、二週間もする頃には昼前に早駆けを負えることが出来るようになっていた。
 それを確認した上で、宗正は徹底的な基礎作りとして腹筋背筋といった筋肉トレーニングや、木刀を用いての素振りなどの地味だが大事な訓練を課す。
 そしてそれを蒼に師事させながら、燈の才能を開花させるための土台を着実に固めていった。

 そのおかげか、しっかりと基礎を習得した燈の肉体は、気力操作による能力向上を行うことで驚異的な身体能力を発揮するまでに至ったのである。
 
「すげぇ……! これが気力を用いた身体能力の強化って奴か……!」

 走る勢いのまま地面を強く蹴れば、軽く十メートル程度の距離を跳躍することが出来る。
 思い切り膝を曲げ、上方向に跳躍すれば、高い木の天辺に飛び乗ることだって可能だ。
 長い間活動するための持久力も、重い物を持ち上げるための筋力も、ともすれば五感すらも今までとは比べ物にならないくらいに強く出来る方法を理解した燈は、それら一つ一つの能力を習得することを素直に楽しんでいた。

(部活とか習い事をしてる奴らって、こんな気分だったのか? やれることが増えてくってのは、結構楽しいもんなんだな)

 幼い頃に観ていたTV番組の中のヒーローのような、そんな人間離れした力が自分に備わっていく。
 子供心をくすぐられるような、今まで感じたことのなかった充実感に胸が満たされるような、そんな不思議な感覚を味わいながら、燈は日課である山道の早駆けを終える。

 一足先に住処に戻っていた蒼は笑顔を浮かべながら水の入った竹筒を燈へと差し出すと、燈の成長を褒め称えた。

「凄いよ、燈! また早くなったね! これは僕もうかうかしてられないな……」

「山三つ分の道を行き来して平然としてる奴が何言ってんだよ。やっぱ蒼に比べると、俺はまだまだだぜ」

「僕はもう何年も師匠の下で修業してるけど、燈はまだ一か月だけでしょ? それなのにここまで成長したんだから、胸を張っていいんだよ」

「へへへ……! そうか? そうかもなぁ!?」

 頼りになる兄弟子であり、歳の近い友人でもある蒼からの賞賛の言葉に顔を綻ばせる燈。
 温和であり、面倒見のいい蒼は、異世界人である燈のことを大喜びで受け入れてくれた。最初は彼に気を遣って敬語で話していた燈であったが、今ではこうして肩の力を抜いて話すことが出来ている。

 気力を扱う際に気を付けることや、そのコツを教えてくれる蒼に対して、燈は素直に感謝と尊敬の念を抱いていた。
 燈が自身の才能を開花させ、爆発的な成長を見せたとしても慢心しなかったのは、蒼の存在が大きい。自分よりも凄い人間がすぐ傍にいるということが、彼の慢心を防いでいたのだ。

 逆に、蒼もまた今まで一人で行っていた修行に競う相手が出来たことでいい刺激を受けているようだ。
 僅かな期間で驚異的な成長を見せる燈に負けていられないとこれまで以上に熱心に修行に励み、宗正の一番弟子として恥じない実力を燈に披露する。
 元々、彼もまた燈同様に尋常ではない量の気力を有している人間だ。勤勉な性格も相まって、蒼もまた最強の武士団の一員に相応しいだけの能力を身に着けていた。

「さて、そろそろ昼飯の時間か? それとも、その前に素振りをやっちまうか?」

「まだ昼食には早い時間だし、それが良いかもね。型がしっかりしてるか、お互いに確認しながらやっていこうか」

「おう!」

 燈と蒼、世間から切り離された山奥で共に修行をこなす二人の若者たちは、その身に秘めた素質を宗正の下で見事に開花させている。弟弟子が出来て一層頼もしくなった蒼と、新しい風を自分たちの下に運んでくれた燈が成長していく姿に、宗正は胸の高鳴りを感じていた。
 
 自分たちを越える逸材たちが、確かな目的を持って自分たちの夢を引き継いでいる。
 自分たちの技術を教え、自分たちの意思を託し、自分たちの成せなかったことを成そうとしている若者たちの姿を見ると、胸がジーンと熱くなっていくことを感じる。
 師という立場になってからこの感慨深い思いを味わうことは幾度となくあったが、この一か月で感じたそれは、今まで以上の格別のものであった。

(枯木が散らした葉が、新芽を育てる肥料となる……どこまでも伸びるこの大樹たちの成長を見ることが、なんと嬉しく楽しいことか)

 燈も蒼も、自分の想像以上の成長を見せていた。特に燈は、たった一か月の修行だけで基礎的な気力の扱い方を習得してしまうという嬉しい誤算を見せてくれている。
 だが、まだ彼らに教えるべきことは山ほどある。才能があるとはいっても、二人はまだまだ子供……彼らを教え、導く存在が必要なのだ。

「蒼、燈、待っていろよ。この老いぼれの全てをお前たちにくれてやる。天元三刀匠の名に恥じぬ、最高の武神刀もな……!!」

 丁寧に、力強く……一回一回の動きを意識しながら素振りを始めた二人を見て、宗正が呟く。
 そんな彼の視線の先は、赤と青の鞘に納められた真新しい二振りの刀が主との邂逅を待ち望んでいるのであった。
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