和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

一方その頃、2-Aでは……

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「そんな……嘘だろう? 虎藤くんが、死んだだなんて……!?」

 深夜、2-Aの教室内にて嗚咽の声に紛れて王毅の茫然とした声が響く。
 突然、仲間の死を知らされた彼はその事実を受け入れられないとばかりに首を振ると、ショッキングな報告をした順平へと事の詳細を尋ねる。

「何があったんだ!? どうして、そんなことに……?」

「す、すいません、神賀さん……。全部、僕たちが悪いんです……」

 王毅の質問に反応したのは、2-Aの生徒ではない男子であった。
 順平やその他の生徒たちと同じく泥だらけの彼は、ぐすぐすと泣き声を漏らしてその一言だけを呟く。
 そんな彼へと王毅の視線が向いたことを確認した順平は、前々から用意してあった嘘の報告を彼へと伝えた。

「……下働き組の奴ら、ここに来てからまともな飯を食えてなかったみたいなんだ。だから、ちょっと外に出て、山から食える物を取ってこようって話になって……」

「それで、護衛を竹元くんたちに頼んだんです。でも、でも……っ!」

 わざとらしく言葉を切り、泣いたふりをする下級生の男子。
 つい数時間前には燈を蹴り飛ばし、彼を嘲笑っていたとは思えないくらいの演技力を見せる彼に負けじと、順平も重々しい雰囲気を作り出しながら話を継ぐ。

「い、いきなり、化物が現れたんだ。俺たちびっくりして、慌てて逃げ出したんだけど、どうしても逃げきれなくって……そこで、虎藤の奴が囮になるって言ったんだ。危ないから止せって言ったのに、あいつは……!!」

「それで、どうなったんだ?」

「……虎藤はそのまま妖に食われたよ。あっという間の出来事で、助けることも出来なかった。でも、あいつが気を引いてくれたお陰で俺たちは逃げることが出来たんだ」

 わざとらしく言葉を区切り、痛々しい沈黙を演出してから、根も葉もない出鱈目な話を王毅に伝える順平。
 2-Aのクラスメイトたちはこの荒唐無稽な話をあっさりと信じ込み、沈鬱な表情を浮かべたり、受け入れられないとばかりにしきりに首を振ったりしていた。

「どうして……どうしてそんな勝手な真似をした!? ここは異世界なんだぞ? 俺たちの知らない危険だって、山ほどあるだろうに!」

「わかってたよ! でも、それでも……僕たちは限界だったんです。疲労と空腹に耐えきれなくって、ストレスを解消したくって……それで、こんなことを……」

「……俺が言えることじゃないけど、あんまりこいつらを責めないでやってくれ。下働き組の扱いは、本当に酷いもんなんだ。あんな生活、俺だったら三日ともたないぜ」

「くっ……!!」

 順平の擁護の言葉を聞いて、王毅は自分自身の迂闊さに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
 この大和国に来て、英雄だなんだと祭り上げられたせいで自分も冷静さを失っていた。クラスだけでなく、学校全体の代表のような立ち位置にありながら、仲間たちに気を配ることが出来なくなっていたのだ。

 自分たちのような戦闘要員とそれを補佐する下働き組の間に扱いの格差があることは何となく感じ取れていた。
 しかし、それに対して大和国側に意見することや、苦しい生活を送っているであろう仲間たちに労いや励ましの言葉をかけることすらもしないままここまで来てしまった。
 その結果が、下働き組の規律違反と燈の死だ。自分がもう少し、彼らの扱いに関して配慮出来ていれば、こんなことにはならなかっただろう。

(すまない、虎藤くん。俺が舞い上がり過ぎてさえいなければ……!)

 転移直後、鋭い目線から現在の状況を観察してくれた燈のお陰で緩み切っていた空気が引き締まったことを思い返しながら、王毅は心の中で彼に謝罪の言葉を述べる。
 今となってはそんなものに何の意味も無いと理解しながらも、それでも短くはない期間を共に過ごした仲間の死を悼む王毅であったが、そんな彼の耳に信じられない一言が届く。

「良いんじゃないかな。別に、あいつなら……」

 ビクリと、教室中の誰もがその言葉に体を震わせた。
 燈の死を悔やむでも、悲しむでもなく、死んでも構わないと言ってのけたその生徒を王毅の鋭い視線が射貫く。

「どういう意味だ、タクト? クラスメイトが死んだんだぞ!? それを、別に構わないだなんて……!!」

「だって、死んだのは虎藤燈だろう? 気力を持たない、役立たずのヤンキーじゃないか。あいつがいなくなったところで何も不利益はないだろう?」

「タクト! お前には人の心って物がないのか!? 人が死んで、それをそんな風に言うなんておかしいじゃないか!」

 人として信じられない言葉を発したタクトへと王毅が詰め寄る。
 かつては気が弱く、おどおどとしている部分が目立っていたが、尋常ではない量の気力を有しているとわかったその日から段々と気の大きな言動が目立つようになっていたオタク男子、黒岩タクトは、やや王毅へと気後れしながらも改めてその下品な意見を口にした。

「別にいいじゃないか。戦力が削れたわけじゃないし、元々いても下働きくらいしか出来ることがなかった奴だろう? そんな人間だけの犠牲で大多数が助かったのなら、十分に許容範囲じゃないか」

「最小限の犠牲で済んだからよかったとか、そういう話じゃない! クラスメイトが死んで、それでよかっただなんて言うこと自体が間違ってるんだ!」

「だって、元はといえば虎藤も含めた下働き組の自業自得でしょ? その上、大した力もないのに粋がって危険な囮役を担ったりしたんだから、順当な結果っていうかさ……」

 王毅はタクトの言っていることが理解出来なかった。
 クラスメイトが仲間を守るために命を張り、その結果として亡くなってしまったという情報をここまで改悪出来る彼のことが、人間以外の何かに見えて仕方がなかった。

 この頃、タクトは自己主張というか、自分の意見をはっきりと言えることが多くなっていたことは知っている。
 大和国に来る前は、気の強い男子たちに半ばいじめのようにも見える扱いを受けていた彼をフォローすることもあった王毅からすれば、それはタクトが自分の才能に気が付いたが故に自信を得るようになった、良い現象だと思っていた。

 だが、それは違ったのだろう。王毅の目には、彼が何処か歪んでしまっているように見える。
 タクトが今まで抱えていたコンプレックスが、自身を見下す周囲の人物に対する憎しみが、異世界転移と学校でも有数の気力の持ち主であることが判明したということがきっかけで噴き出してしまった。

 そのせいだろうか? 彼は今、ひどく増長しているように思えるのは。
 仲間の死を伝えられても、残酷とまで思えるほどの冷たさで被害が最小限で治まったことを喜び、一番の役立たずが犠牲になっただけで済んだのだから良いだろうと言ってのけてしまうタクトの言動が、どうしても王毅には受け入れられなかった。

 そして何より王毅が恐れたのは、このタクトの発言に自分以外の誰も反感を覚えていなさそうだということだ。
 タクトの言葉は空気を読めていないし、人としてどうかしているとは思うけど、納得出来る部分もある。2-Aの仲間たちは言葉には出さずとも、雰囲気と表情がそう語っている。

 死んだのが王毅や他の中心メンバーであったならば、きっとこんな風にはならなかったのだろう。
 彼らは皆、命を落とした人間が気力を有していない燈だったからこそ、まあいいかとでも言ってしまいそうな冷酷な感情を抱いているのだ。

 どうして? 何故? ……王毅の胸にそんな疑問がざわつく感情となって去来する。
 この大和国に転移してからたったの一週間。その間に自分たちは英雄として祭り上げられ、武神刀という力を得て、それを十全に扱えるように努力を重ねている。

 確かに今までの平和な生活から状況は一変した。自分たちが多くの人々の希望を背負う存在になったことも確かだ。
 だが、そんな非現実的な時間をたった一週間過ごしただけで、仲間の死をここまであっさりと受け入れられるようになるものなのだろうか? こんな、人間味の無い感想を口に出来るようになるものなのだろうか?

「……そこまでにしろ、タクト。いくらなんでも不謹慎過ぎるぞ」

「あっ……は、はい……」

 タクトの発言に、仲間たちの無言の意見に、言葉を失っていた王毅に代わって、彼の親友である石動慎吾がタクトを窘める。
 サッカー部の正ゴールキーパーを張る慎吾の威圧感たっぷりの一言を受けたタクトは、か細い声で返事をすると、塩をかけられたなめくじのようにしゅるしゅると小さくなってしまった。

「……すまない、慎吾」

「謝んな。前に話しただろ? お前は頼りになるリーダー、俺は厳しいサブリーダーの役目でいくって……新選組と一緒だ。憎まれ役は俺がやる。2-Aだけじゃなく、お前には誰もに慕われる男であってもらわなきゃ困るからな」

「……すまない」

 だから謝るなって、と慎吾が目線で王毅に告げる。
 リーダーが仲間たちから恨まれていては纏まるものも纏まらない。だから、憎まれ役は自分が引き受けるとこれからの行動を相談した時に言ってくれた親友に対して、王毅は頼り甲斐を感じると共に罪悪感も抱いていた。

「……王毅、確かにタクトの言ってることは最低だが、決して間違ってることでもない。妖との戦いがどれだけ激しいものになるかはわからないが、誰一人として犠牲を出さずに元の世界に帰れるとは、俺は思ってねえ」

「だから受け入れろっていうのか? 虎藤くんの死を、仕方がなかったと思って諦めろと?」

「そうじゃない。……あいつの死を、せめて意味のあるものにしてやろうって言ってるんだ。俺たちは今、気を抜けば命を落とす環境下にある。そのことを学校全体に広めて、浮かれきってる奴らの気を引き締めさせるんだよ。そうすりゃ、危機感を煽られた奴らが虎藤の二の舞にならないように鍛錬に身を入れるようになるだろう。学校全体の戦力が上がれば、死人が出る可能性も低くなる。違うか?」

「………」

 親友からの意見に対して、王毅は何も言えない。燈の死を無駄にはしないという聞こえはいいが、何処か残酷とも思えるその提案に頷けないでいる。
 そんな彼に対して、小さく溜息をついた慎吾は、周囲の生徒たちには聞こえぬ様、小さな声で王毅の耳元で囁いた。

「……いいか? これから先、こういった事が起きないって保証はない。そんな風にお前が凹んでたら、他の奴らも不安になるんだ。どっしり構えろ、王毅。何があっても、お前は頼れるリーダーであれ。虎藤の死は、最初の試練だ。これを糧にするか、無駄にするかで、俺たち全員の今後は大きく変わると思え」

「……わかった」

 失われた命はもう戻らない。ならば、それをせめて有効に使うという慎吾の意見は間違っていない。
 自分はリーダーであるべきだ。慎吾の言う通り、燈の死にいつまでも気落ちしているわけにもいかない。ここで早く気持ちを切り替え、彼の死を無駄にしない一手を打つべきだ。

 そう、自分自身に言い聞かせて、王毅は顔を上げた。
 その表情からは迷いが消えており、彼の顔を見た慎吾も決意を新たにした王毅の様子に力強い頷きを見せてくれる。

「明日、このことは全校生徒に伝えよう。それで、皆に危機感を抱いてもらうんだ。他にも、下働き組の扱いに関して、花織さんに意見してみるよ。もう二度と、こんな悲しい事件を起こさないためにも出来る限りのことをしよう」

「ああ、それでいい。それがお前の役目だ、王毅」

 燈は死んだ、もう戻ってこない。ならば、せめてその死を意味あるものにしよう。
 彼の死を乗り越えることが大いなる力を手にした自分の責任であると自分に言い聞かせた王毅は、悲しみをぐっと堪えて明日のための手を考える。慎吾もそんな彼を支え、頼もしい存在を見るかのように眼差しを送っていた。

 ……だが、彼らは気が付くべきだった。そんな自分たちの行動こそが、この事態を引き起こした黒幕の狙いであることに。
 彼らは気が付くべきだったのだ、タクトが燈を軽視した発言をした際、燈に命を救われたはずの下働き組や順平が反感を示さなかったことに対して、違和感を抱くべきだった。

 順平は、お人好しの甘っちょろいリーダーが燈の死を美談に仕立てていく様を見て、笑いを堪えるのに必死だった。
 何もかもが予想通り。燈もそうだが、王毅も馬鹿な男であると、順平は心の中で彼らを嘲笑う。

 これで、下働き組の待遇も改善されるだろう。そこからもう一歩上手いこと自分が意見すれば、彼らも武神刀を与えられて戦力として数えられるようになるかもしれない。
 そうすれば、自分は下働き組に多大な恩が売れる。そもそも自分たちは同じ罪に手を染めた、いわば共犯者だ。裏切りを許されない、ある意味では硬く強固な関係性で繋がっているともいえる。

 下働き組と、今回の計画に手を貸した下級生たち。彼らを自らの傘下に引き入れ、軍団を作り上げる。
 別に、自分が一番である必要などどこにもない。王毅と同じクラスの、そこそこ有能な奴らとして認知さえされれば、大和国の連中もこの学校の仲間たちも、自分たちに一目置くに決まっている。あとはそのポジションを利用して、美味しい汁を吸い尽くすだけだ。
 
(ありがとうな、虎藤。俺たち全員、お前に感謝してるぜ。お前の死は無駄にしねえよ。俺たちの最高の人生のために死んでくれて、本当にありがとうな!)

 自分たちが加害者であることを欠片も疑われないまま、見事に罪や裁きから逃れた順平たちは、燈を嘲笑いながら着々と自分たちに都合の良い政策が進んでいくことに内心で笑みを浮かべた。

 ここから先、自分たちは多大なる名誉と栄誉を得て、英雄として生きていく人生が始まる……そんな期待感とは裏腹の沈鬱な表情を顔に張り付けながら、彼らはそう思っていたのだが……そんな妄想にひびが入るのは、そう遠くない話であった。
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