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第10話:救出
Aパート(1)
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「そうか、アルテローゼの換装は上手くいったのだね」
研究所の所長室でヴィクターは、アルテローゼのスカイフォームへの換装が終わったという報告を受けていた。
『ああ、試運転も成功し、性能も上々だ。これならひとっ飛びでオリンポスまで行って、お嬢ちゃんを助け出すという彼奴の計画も実行できるだろうよ』
モニターの中で、おやっさんがお茶目にサムズアップしているのを見て、ヴィクターは思わず吹き出しかけてしまった。
レイチェルが掠われて以来、ヴィクターは眉間にしわを寄せて考えてばかりいた。おやっさんはそれを少しでも解きほぐそうと、ガラにもないサムズアップをしてくれたのだろうと、ヴィクターは感じた。
「ありがとうございます。これもムラタ整備主任のおかげです」
『よしてくれやい。彼奴にも言ったが、お礼の言葉はお嬢ちゃんを助けてからにしてくれ。それじゃ、試運転後のチェックがあるから切るぞ』
おやっさんは、照れくさそうな顔をすると通信を切ってしまった。
「(これで私が許可を出せば、アルテローゼはオリンポスまで文字通り飛んで行って、レイチェルを救出するわけか…)」
ヴィクターは、所長室の机で両手を組み顎を乗せて考え込んでいた。
彼が考え込んでいたのは、オッタビオ少将から命令である、革命軍の迎撃任務をどうするかであった。
「(オッタビオ少将には、今回のアルテローゼの改装は、革命軍の迎撃任務に向けてのためであると伝えてある。しかし実際は、レイチェルの救出に必要なものだ。レイチェルの救出にかかる時間は、レイフ君の予想では丸一日半。そして革命軍の大部隊が、ヘリオスに押し寄せるのは二日後なのだよ)」
革命軍はヘリオス攻略に大部隊を派遣してきた。油断のあった前回の首都攻略部隊と異なり、今回の大部隊は早期に偵察衛星にて発見されたため、ヘリオスに到着するまでの猶予があった。
しかし、その猶予もあるアルテローゼの改装によって費やされてしまった。もし、ここでアルテローゼがレイチェルの救出に向かえば、連邦軍だけで革命軍と戦うことになる。
「(せめて後一日、いや半日の猶予があれば何とかなったのだがね。……だが、私の決断は揺るがない)」
ヴィクターは、通信端末でアルテローゼを呼び出した。
「レイフ君、スカイフォームへの換装は順調に終わったようだね」
『ああ、ヴィクターがスカイフォームの素案を設計していてくれたおかげで、順調にいったよ。試験飛行も終えて、最終チェックが終われば準備完了だ』
レイフが、レイチェルの救出計画にスカイフォームを使うことに決めたのは、アルテローゼのデータベース内に、スカイフォームのプロトタイプの設計図を見つけたからであった。
ヴィクター設計したそれは、彼が言うように落書きレベルのような物だった。しかし、その人型機動兵器を後付けのエンジンで空を飛ばすというアイデアが、レイフの心の琴線にふれたのだった。
レイフは設計とシミュレーションを行って、ヴィクターの思いつきを実際の形に仕上げたのだ。
もちろん、スカイフォームに必要なジェットエンジンや構造材などが準備されているわけもなく、レイフがマリンフォームから錬金術で作り出すことになった。一番の問題だったのはジェットエンジンの為の燃料だったが、それは墜落したシャトル用の燃料を錬金術で変換する事で補うことができた。
「いや、私の案はお遊びのような物だ。それを現実の物としたのは、レイフ君の錬金術の力だよ。…それでだが、アルテローゼの準備が終わり次第、直ぐにレイチェルの救出に向かってくれないかね」
ヴィクターは、アルテローゼにレイチェル救出計画の実行を命じた。それは作戦指令室、いやオッタビオ少将からの命令に反する行為であることは、当然理解している。しかし、ヴィクターはその命令を研究所員の誰にも伝えてはなかった。
『了解した。……しかし、ヴィクター、本当にレイチェル救出のためにアルテローゼは出撃して良いのか?』
レイフは、ヴィクターが軍の命令に反した行動を取っていることに気づいてた。しかし、今まであえてそれを追求しなかったのは、レイフにとってレイチェルの救出以上に優先順位の高い物がなかったからである。
「レイフ君はそんな心配をしなくて良いのだよ。まあ、レイチェルを救出したら、真っ直ぐにこちらに戻ってきてくれれば良いのだけどね」
『…分かった。レイチェルを救出したら、寄り道せず、大急ぎで戻ってくることにしよう。では、チェックが終わり次第、燃料を詰んで出発する。まあ、大船に乗った気で待っていてくれ』
「ああ、成功を信じているのだよ」
アルテローゼとの通信を切ったヴィクターは、椅子に深く沈み窓を眺めていた。
ヴィクターが、小一時間ほどそうしていると、空港から奇妙な形の飛行物体が、炎の尾を引いて飛び立つのが見えた。飛行物体は、もちろんスカイフォームに換装されたアルテローゼである。
一直線に空を上昇していくアルテローゼを見つめながら、
「賽は投げられたか…」
ヴィクターは、そう呟き、ゆっくりと目を閉じた。
◇
オリンポス行政ビルの地下、火星革命戦線の司令部で、サトシは、第二次ヘリオス攻略部隊の進行状況をチェックしていた。
「リーダー、オリンポス港に帰港した潜水艦から、報告が来ております」
サトシの前に、オペレータがタブレットを持って走ってきた。
「潜水艦が到着したのか。それで目的の人物…機動兵器のパイロットの誘拐には成功したのだろうな」
「はっ、敵機動兵器のパイロットの誘拐には、成功したと報告がありました。ただ…」
「ただ、何だ?」
オペレータが言いよどむと、サトシは眼鏡をきらりと光らせて、報告を続けるように促した。
「同じ船にアイラが乗船していたのですが、彼女の救出には失敗したようです。実行メンバーの同士からの報告によると、アイラが裏切ったために敵機動兵器の撃破に失敗したとあります」
そこまで報告を読み上げて、オペレーターはアイラの救出に失敗し、彼女が裏切ったという報告に、サトシが怒り出すのではないかと、内心ひやひやしていた。
「アイラの救出を命令していなかったのは俺の落ち度だな。それは気にしなくて良い。それにアイラが、機動兵器のパイロットに懐くことは想定内だ。裏切ったとしても大勢に影響はない。今は機動兵器のパイロットさえ確保できていれば良い。…それと、任務を終えて帰ってきた同士には申し訳ないが、至急そのパイロットをオリンポス行政ビルに連れてくるように伝えてくれ」
しかし、サトシは救出失敗とアイラの裏切りに付いて余り興味が無いようだった。アイラをガオガオのパイロットとして推薦したのはサトシである。その救出や裏切りに興味を示さないサトシについて、オペレータは疑問を感じたが、そんな事を一オペレーターがサトシに聞けるわけもなかった。
「はっ、了解しました。パイロットを至急こちらに連行してくるように伝えます」
オペレータはサトシに敬礼して、自分のコンソールに戻った。
「アイラのおかげで、我が君が探しておられた者を確保できた。後は我が君にその者を引き合わせるだけだな。これでヘリオスを気兼ねなく攻略できる」
サトシは、司令官席のクッションの効いた椅子に体を沈めるのだった。
研究所の所長室でヴィクターは、アルテローゼのスカイフォームへの換装が終わったという報告を受けていた。
『ああ、試運転も成功し、性能も上々だ。これならひとっ飛びでオリンポスまで行って、お嬢ちゃんを助け出すという彼奴の計画も実行できるだろうよ』
モニターの中で、おやっさんがお茶目にサムズアップしているのを見て、ヴィクターは思わず吹き出しかけてしまった。
レイチェルが掠われて以来、ヴィクターは眉間にしわを寄せて考えてばかりいた。おやっさんはそれを少しでも解きほぐそうと、ガラにもないサムズアップをしてくれたのだろうと、ヴィクターは感じた。
「ありがとうございます。これもムラタ整備主任のおかげです」
『よしてくれやい。彼奴にも言ったが、お礼の言葉はお嬢ちゃんを助けてからにしてくれ。それじゃ、試運転後のチェックがあるから切るぞ』
おやっさんは、照れくさそうな顔をすると通信を切ってしまった。
「(これで私が許可を出せば、アルテローゼはオリンポスまで文字通り飛んで行って、レイチェルを救出するわけか…)」
ヴィクターは、所長室の机で両手を組み顎を乗せて考え込んでいた。
彼が考え込んでいたのは、オッタビオ少将から命令である、革命軍の迎撃任務をどうするかであった。
「(オッタビオ少将には、今回のアルテローゼの改装は、革命軍の迎撃任務に向けてのためであると伝えてある。しかし実際は、レイチェルの救出に必要なものだ。レイチェルの救出にかかる時間は、レイフ君の予想では丸一日半。そして革命軍の大部隊が、ヘリオスに押し寄せるのは二日後なのだよ)」
革命軍はヘリオス攻略に大部隊を派遣してきた。油断のあった前回の首都攻略部隊と異なり、今回の大部隊は早期に偵察衛星にて発見されたため、ヘリオスに到着するまでの猶予があった。
しかし、その猶予もあるアルテローゼの改装によって費やされてしまった。もし、ここでアルテローゼがレイチェルの救出に向かえば、連邦軍だけで革命軍と戦うことになる。
「(せめて後一日、いや半日の猶予があれば何とかなったのだがね。……だが、私の決断は揺るがない)」
ヴィクターは、通信端末でアルテローゼを呼び出した。
「レイフ君、スカイフォームへの換装は順調に終わったようだね」
『ああ、ヴィクターがスカイフォームの素案を設計していてくれたおかげで、順調にいったよ。試験飛行も終えて、最終チェックが終われば準備完了だ』
レイフが、レイチェルの救出計画にスカイフォームを使うことに決めたのは、アルテローゼのデータベース内に、スカイフォームのプロトタイプの設計図を見つけたからであった。
ヴィクター設計したそれは、彼が言うように落書きレベルのような物だった。しかし、その人型機動兵器を後付けのエンジンで空を飛ばすというアイデアが、レイフの心の琴線にふれたのだった。
レイフは設計とシミュレーションを行って、ヴィクターの思いつきを実際の形に仕上げたのだ。
もちろん、スカイフォームに必要なジェットエンジンや構造材などが準備されているわけもなく、レイフがマリンフォームから錬金術で作り出すことになった。一番の問題だったのはジェットエンジンの為の燃料だったが、それは墜落したシャトル用の燃料を錬金術で変換する事で補うことができた。
「いや、私の案はお遊びのような物だ。それを現実の物としたのは、レイフ君の錬金術の力だよ。…それでだが、アルテローゼの準備が終わり次第、直ぐにレイチェルの救出に向かってくれないかね」
ヴィクターは、アルテローゼにレイチェル救出計画の実行を命じた。それは作戦指令室、いやオッタビオ少将からの命令に反する行為であることは、当然理解している。しかし、ヴィクターはその命令を研究所員の誰にも伝えてはなかった。
『了解した。……しかし、ヴィクター、本当にレイチェル救出のためにアルテローゼは出撃して良いのか?』
レイフは、ヴィクターが軍の命令に反した行動を取っていることに気づいてた。しかし、今まであえてそれを追求しなかったのは、レイフにとってレイチェルの救出以上に優先順位の高い物がなかったからである。
「レイフ君はそんな心配をしなくて良いのだよ。まあ、レイチェルを救出したら、真っ直ぐにこちらに戻ってきてくれれば良いのだけどね」
『…分かった。レイチェルを救出したら、寄り道せず、大急ぎで戻ってくることにしよう。では、チェックが終わり次第、燃料を詰んで出発する。まあ、大船に乗った気で待っていてくれ』
「ああ、成功を信じているのだよ」
アルテローゼとの通信を切ったヴィクターは、椅子に深く沈み窓を眺めていた。
ヴィクターが、小一時間ほどそうしていると、空港から奇妙な形の飛行物体が、炎の尾を引いて飛び立つのが見えた。飛行物体は、もちろんスカイフォームに換装されたアルテローゼである。
一直線に空を上昇していくアルテローゼを見つめながら、
「賽は投げられたか…」
ヴィクターは、そう呟き、ゆっくりと目を閉じた。
◇
オリンポス行政ビルの地下、火星革命戦線の司令部で、サトシは、第二次ヘリオス攻略部隊の進行状況をチェックしていた。
「リーダー、オリンポス港に帰港した潜水艦から、報告が来ております」
サトシの前に、オペレータがタブレットを持って走ってきた。
「潜水艦が到着したのか。それで目的の人物…機動兵器のパイロットの誘拐には成功したのだろうな」
「はっ、敵機動兵器のパイロットの誘拐には、成功したと報告がありました。ただ…」
「ただ、何だ?」
オペレータが言いよどむと、サトシは眼鏡をきらりと光らせて、報告を続けるように促した。
「同じ船にアイラが乗船していたのですが、彼女の救出には失敗したようです。実行メンバーの同士からの報告によると、アイラが裏切ったために敵機動兵器の撃破に失敗したとあります」
そこまで報告を読み上げて、オペレーターはアイラの救出に失敗し、彼女が裏切ったという報告に、サトシが怒り出すのではないかと、内心ひやひやしていた。
「アイラの救出を命令していなかったのは俺の落ち度だな。それは気にしなくて良い。それにアイラが、機動兵器のパイロットに懐くことは想定内だ。裏切ったとしても大勢に影響はない。今は機動兵器のパイロットさえ確保できていれば良い。…それと、任務を終えて帰ってきた同士には申し訳ないが、至急そのパイロットをオリンポス行政ビルに連れてくるように伝えてくれ」
しかし、サトシは救出失敗とアイラの裏切りに付いて余り興味が無いようだった。アイラをガオガオのパイロットとして推薦したのはサトシである。その救出や裏切りに興味を示さないサトシについて、オペレータは疑問を感じたが、そんな事を一オペレーターがサトシに聞けるわけもなかった。
「はっ、了解しました。パイロットを至急こちらに連行してくるように伝えます」
オペレータはサトシに敬礼して、自分のコンソールに戻った。
「アイラのおかげで、我が君が探しておられた者を確保できた。後は我が君にその者を引き合わせるだけだな。これでヘリオスを気兼ねなく攻略できる」
サトシは、司令官席のクッションの効いた椅子に体を沈めるのだった。
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