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第3話:巨人の慟哭
Aパート(4)
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「早くしないとシャトルが壊されてしまうわ。アルテローゼ、もっと早く走れないの」
レイチェルが、操縦席の操作スティックを倒して、もっと速度を出せとせかすが、
『こんなバランスの悪い状態で、全力で走るのは危険じゃ。転んでしまうぞ』
今までAIが起動したことのないアルテローゼには、走るためのデータが足りていなかった。そして今のアルテローゼは右手に巨大なドリル、左手に盾と走るにはバランスが悪い状態なのだ。機体の平衡状態を維持するバランサーは、データ不足で全く役に立たない、そんな状態で転倒することなく走っていられるのは、元は人間だったレイフがバランサーの代わりをしているからであった。
「お父様も、アルテローゼにインラインスケートでも履かせてくだされば良かったのに」
レイチェルがスティックをガチガチと前に倒しながら、ぼそりとつぶやく。
『インラインスケートじゃと? ……もしかして、これのことか?』
レイチェルのつぶやきを聞き取ったレイフが、アルテローゼのデータベースを漁ったところ、一件だけ該当する画像が出てきた。それはレイチェルが研究所の手前の滑走路で、インラインスケートで滑って遊んでいる写真だった。なぜそんな物がアルテローゼに保存されているかというと、父であるヴィクターが、レイチェルの姿をカメラで撮る代わりに、アルテローゼのメインカメラで代用したためであった。公私混同も甚だしいが、レイフはレイチェルの姿が多数データベースに残っているのを見て、後でよく見ようと別なフォルダに複製しておくのだった。
「ええ、これですわ。これをアルテローゼが履いていれば、もっと早く…走るより高速に移動できますのに…」
『ふむ。面白い機構じゃの』
レイフのいた世界では、車輪は馬車などで使われていたが、人が履く物に付けられるほど小型化はできていなかった。それに、ベアリングもサスペンションも未発達だったため、不整地だらけの地面で使うには車輪は使いづらいものだった。
だが、今は滑走路という舗装され平坦な地面である。脚に車輪が付けば、高速に移動できるということはレイフにも理解できた。
『なら、試す価値はあるのか』
滑走路を走っていたアルテローゼは、突然走るのをやめて止まった。
「えっ、どうして止まるのですか」
『まあ、黙って見ているのじゃ』
アルテローゼが止まったのは、そこにトーイングカーが止まっていたからである。飛行機やシャトルは、滑走路上を自力で移動するのが苦手である。エンジンを噴かせば前進はできるが、空港内でうかつにエンジンを動かすと事故が起きてしまうし、またシャトルのロケットエンジンでは後退することは難しい。そんな飛行機やシャトルを牽引して移動させるのがトーイングカーである。
旅客機やシャトルといった重量のある航空機を引っ張るためのトーイングカーは、全長六メートルほどで4輪の巨大なタイヤが付いていた。管制室からのリモートコントロールで動作するタイプで簡単なAIが搭載されているものだった。
『儂に従うのじゃ』
『ピューィピュルルピュッィ』
レイフはアルテローゼに従うようにトーイングカーのAIに指令を出したが、「管制室からのパスコードが無ければ従えないと」AIは答えてきた。
『ええぃ、面倒なのじゃ』
『ピーーーーーー』
レイフはゴーレムを従わせるときに使う魔法式を、トーイングカーのAIに送り込み、AIを強引に従わせた。どうしてゴーレムの為の命令である魔法式が、最先端科学の結晶であるAIに通用するのか、レイフには分からなかったが、今は結果が重要であった。
従順になったトーイングカーの側によると、レイフは構造上不用な部分を右手のドリルと左手で取り除いていった。
『インラインスケートとかの形状だと、脚で普通に歩くときに安定しないのじゃ。よってこうすれば…』
レイフは、アルテローゼを組み上げた時と同じ魔法陣を展開すると、まずは脚の踵にトーイングカーのタイヤを二つ融合させた。そしてトーイングカー残りの部分はタイヤが付いたランドセルのようなコンパクトな形にまとめ、飛行機を接続するクレーン状のジョイント部分をアルテローゼ背面のマウント・ラッチに接続したのだった。
これによって、背中のランドセル部分を機体の背後に下ろせば高速な車輪装甲ができ、背中に背負わせれば普通に歩行できるという形態にアルテローゼが再構築されたのだった。
『これが、新しいアルテローゼじゃ。そうじゃな、この形態をグランドフォームとでも名付けるのじゃ』
アルテローゼが立ち止まってから、10秒とかからずにトーイングカーと融合してしまった。融合した形態は、レイチェルの目の前のモニターに表示されたが、レ彼女にはどんな構造なのか、今一つ理解できていないようだった。
「…とにかくシャトルまで急いで」
『分かっておるのじゃ』
キュイーンと甲高いモーター駆動音を響かせランドセルのタイヤが空転して白い煙を上げる。タイヤが空転するのも束の間で、アルテローゼはF1マシンのスタートダッシュのように飛び出していった。
◇
一方シャトルを食い止め人質の確保に向かった、中・小型重機の部隊は、
「ウォー、指揮官殿の敵を取るんじゃー」
「地球連邦の奴らをいてこましてやるんじゃー」
「みんな待つんだ、シャトルは破壊せずに、占拠して人質に取るんだ」
革命軍の兵士達は、指揮官の大型重機が倒されたのを見て、興奮状態に陥っていた。
部隊は、アルテローゼを迎撃しようと向かってくる者とシャトルに攻撃を仕掛けようとする者、そして当初の目的通り人質を取るためにシャトルに近づこうとする3部隊に分かれていた。
レイチェルの目的はシャトルを守ること。レイフはレイチェルの意思を尊重してシャトルを守るために進んでいるが、その前方に10機あまりの小型重機が立ちふさがってきた。
全長五メートル以下の重機とはいえ、10機も集まれば格闘戦しかできないアルテローゼも苦戦するし、倒しきるまでに時間もかかってしまう。その間にシャトルが破壊されたり占拠されれば、レイフには打つ手がなくなってしまう。
『レイチェル、跳ぶぞ』
「へっ? 跳ぶ?」
重機から対戦車ミサイルやレーザー銃やライフル銃の弾が飛んでくるが、全て盾の魔法陣でそらしす。そして重機部隊と接触する寸前、アルテローゼはレビテートの魔法陣を足下に描いて、機体を飛び上がらせた。
スピードが十分に乗った機体は、高度二〇メートルほどの高さで重機部隊を飛び越え、そのまま放物線を描いてシャトルの近くに着陸するのだった。
向かってきた重機部隊の兵士達は、自分の頭上を飛び越えていくアルテローゼの姿を信じられない様子で、口を開けて見上げるのだった。
◇
『まずはシャトルの護りを固めるのじゃ』
シャトルの前に陣取ったアルテローゼが行ったのは、プロテクション・フロム・ミサイルの魔法陣を設置してシャトルを飛び道具から守ることだった。シャトルは全長60メートル余りで、アルテローゼの時に描いた魔法陣の6倍の規模で構築する必要がある。
レイフは魔力が足りるのかと一瞬躊躇したが、先ほどから魔法を行使し続けているのに魔力切れの気配を感じていないことから、何とかなると信じて魔法を発動させた。
『本当に何とかなるものじゃ』
シャトル全体を覆う魔法陣が浮かび上がり、シャトルはプロテクション・フロム・ミサイルの力場に包まれた。
『こちらシャトル機長です。そこの軍の?方、一体この機体に何が起きているのですか?』
シャトルの前で盾を構えるアルテローゼに、緊急回線でシャトル機長から切羽詰まった声で問いかけがきた。
『魔法で守っただけじゃ』
とレイフが答えると。シャトルの機長は「魔法?」とハトが豆鉄砲を喰らったような顔になってしまった。
『あの、今の魔法というのは一体なんでしょうか? まさか軍の秘密兵器の隠語でしょうか?』
フリーズした機長に替わって、今度は副機長らしい若い男性が通信を送ってきたが、
『今忙しいのじゃ。レイチェルよ対応をしておくのじゃ』
「また、誰が嫁なのですか? …すいません、こちらの話です。えっと私にも何か起きているのか分からないのですが、取りあえずシャトルは護って見せます…見せますわ。えっ魔法って何かの隠語ですか…」
レイチェルが副機長の応対を始めたのを横目で見ながら、レイフは正面と左側面から迫ってくる重機部隊をどう料理するか考えていた。
レイチェルが、操縦席の操作スティックを倒して、もっと速度を出せとせかすが、
『こんなバランスの悪い状態で、全力で走るのは危険じゃ。転んでしまうぞ』
今までAIが起動したことのないアルテローゼには、走るためのデータが足りていなかった。そして今のアルテローゼは右手に巨大なドリル、左手に盾と走るにはバランスが悪い状態なのだ。機体の平衡状態を維持するバランサーは、データ不足で全く役に立たない、そんな状態で転倒することなく走っていられるのは、元は人間だったレイフがバランサーの代わりをしているからであった。
「お父様も、アルテローゼにインラインスケートでも履かせてくだされば良かったのに」
レイチェルがスティックをガチガチと前に倒しながら、ぼそりとつぶやく。
『インラインスケートじゃと? ……もしかして、これのことか?』
レイチェルのつぶやきを聞き取ったレイフが、アルテローゼのデータベースを漁ったところ、一件だけ該当する画像が出てきた。それはレイチェルが研究所の手前の滑走路で、インラインスケートで滑って遊んでいる写真だった。なぜそんな物がアルテローゼに保存されているかというと、父であるヴィクターが、レイチェルの姿をカメラで撮る代わりに、アルテローゼのメインカメラで代用したためであった。公私混同も甚だしいが、レイフはレイチェルの姿が多数データベースに残っているのを見て、後でよく見ようと別なフォルダに複製しておくのだった。
「ええ、これですわ。これをアルテローゼが履いていれば、もっと早く…走るより高速に移動できますのに…」
『ふむ。面白い機構じゃの』
レイフのいた世界では、車輪は馬車などで使われていたが、人が履く物に付けられるほど小型化はできていなかった。それに、ベアリングもサスペンションも未発達だったため、不整地だらけの地面で使うには車輪は使いづらいものだった。
だが、今は滑走路という舗装され平坦な地面である。脚に車輪が付けば、高速に移動できるということはレイフにも理解できた。
『なら、試す価値はあるのか』
滑走路を走っていたアルテローゼは、突然走るのをやめて止まった。
「えっ、どうして止まるのですか」
『まあ、黙って見ているのじゃ』
アルテローゼが止まったのは、そこにトーイングカーが止まっていたからである。飛行機やシャトルは、滑走路上を自力で移動するのが苦手である。エンジンを噴かせば前進はできるが、空港内でうかつにエンジンを動かすと事故が起きてしまうし、またシャトルのロケットエンジンでは後退することは難しい。そんな飛行機やシャトルを牽引して移動させるのがトーイングカーである。
旅客機やシャトルといった重量のある航空機を引っ張るためのトーイングカーは、全長六メートルほどで4輪の巨大なタイヤが付いていた。管制室からのリモートコントロールで動作するタイプで簡単なAIが搭載されているものだった。
『儂に従うのじゃ』
『ピューィピュルルピュッィ』
レイフはアルテローゼに従うようにトーイングカーのAIに指令を出したが、「管制室からのパスコードが無ければ従えないと」AIは答えてきた。
『ええぃ、面倒なのじゃ』
『ピーーーーーー』
レイフはゴーレムを従わせるときに使う魔法式を、トーイングカーのAIに送り込み、AIを強引に従わせた。どうしてゴーレムの為の命令である魔法式が、最先端科学の結晶であるAIに通用するのか、レイフには分からなかったが、今は結果が重要であった。
従順になったトーイングカーの側によると、レイフは構造上不用な部分を右手のドリルと左手で取り除いていった。
『インラインスケートとかの形状だと、脚で普通に歩くときに安定しないのじゃ。よってこうすれば…』
レイフは、アルテローゼを組み上げた時と同じ魔法陣を展開すると、まずは脚の踵にトーイングカーのタイヤを二つ融合させた。そしてトーイングカー残りの部分はタイヤが付いたランドセルのようなコンパクトな形にまとめ、飛行機を接続するクレーン状のジョイント部分をアルテローゼ背面のマウント・ラッチに接続したのだった。
これによって、背中のランドセル部分を機体の背後に下ろせば高速な車輪装甲ができ、背中に背負わせれば普通に歩行できるという形態にアルテローゼが再構築されたのだった。
『これが、新しいアルテローゼじゃ。そうじゃな、この形態をグランドフォームとでも名付けるのじゃ』
アルテローゼが立ち止まってから、10秒とかからずにトーイングカーと融合してしまった。融合した形態は、レイチェルの目の前のモニターに表示されたが、レ彼女にはどんな構造なのか、今一つ理解できていないようだった。
「…とにかくシャトルまで急いで」
『分かっておるのじゃ』
キュイーンと甲高いモーター駆動音を響かせランドセルのタイヤが空転して白い煙を上げる。タイヤが空転するのも束の間で、アルテローゼはF1マシンのスタートダッシュのように飛び出していった。
◇
一方シャトルを食い止め人質の確保に向かった、中・小型重機の部隊は、
「ウォー、指揮官殿の敵を取るんじゃー」
「地球連邦の奴らをいてこましてやるんじゃー」
「みんな待つんだ、シャトルは破壊せずに、占拠して人質に取るんだ」
革命軍の兵士達は、指揮官の大型重機が倒されたのを見て、興奮状態に陥っていた。
部隊は、アルテローゼを迎撃しようと向かってくる者とシャトルに攻撃を仕掛けようとする者、そして当初の目的通り人質を取るためにシャトルに近づこうとする3部隊に分かれていた。
レイチェルの目的はシャトルを守ること。レイフはレイチェルの意思を尊重してシャトルを守るために進んでいるが、その前方に10機あまりの小型重機が立ちふさがってきた。
全長五メートル以下の重機とはいえ、10機も集まれば格闘戦しかできないアルテローゼも苦戦するし、倒しきるまでに時間もかかってしまう。その間にシャトルが破壊されたり占拠されれば、レイフには打つ手がなくなってしまう。
『レイチェル、跳ぶぞ』
「へっ? 跳ぶ?」
重機から対戦車ミサイルやレーザー銃やライフル銃の弾が飛んでくるが、全て盾の魔法陣でそらしす。そして重機部隊と接触する寸前、アルテローゼはレビテートの魔法陣を足下に描いて、機体を飛び上がらせた。
スピードが十分に乗った機体は、高度二〇メートルほどの高さで重機部隊を飛び越え、そのまま放物線を描いてシャトルの近くに着陸するのだった。
向かってきた重機部隊の兵士達は、自分の頭上を飛び越えていくアルテローゼの姿を信じられない様子で、口を開けて見上げるのだった。
◇
『まずはシャトルの護りを固めるのじゃ』
シャトルの前に陣取ったアルテローゼが行ったのは、プロテクション・フロム・ミサイルの魔法陣を設置してシャトルを飛び道具から守ることだった。シャトルは全長60メートル余りで、アルテローゼの時に描いた魔法陣の6倍の規模で構築する必要がある。
レイフは魔力が足りるのかと一瞬躊躇したが、先ほどから魔法を行使し続けているのに魔力切れの気配を感じていないことから、何とかなると信じて魔法を発動させた。
『本当に何とかなるものじゃ』
シャトル全体を覆う魔法陣が浮かび上がり、シャトルはプロテクション・フロム・ミサイルの力場に包まれた。
『こちらシャトル機長です。そこの軍の?方、一体この機体に何が起きているのですか?』
シャトルの前で盾を構えるアルテローゼに、緊急回線でシャトル機長から切羽詰まった声で問いかけがきた。
『魔法で守っただけじゃ』
とレイフが答えると。シャトルの機長は「魔法?」とハトが豆鉄砲を喰らったような顔になってしまった。
『あの、今の魔法というのは一体なんでしょうか? まさか軍の秘密兵器の隠語でしょうか?』
フリーズした機長に替わって、今度は副機長らしい若い男性が通信を送ってきたが、
『今忙しいのじゃ。レイチェルよ対応をしておくのじゃ』
「また、誰が嫁なのですか? …すいません、こちらの話です。えっと私にも何か起きているのか分からないのですが、取りあえずシャトルは護って見せます…見せますわ。えっ魔法って何かの隠語ですか…」
レイチェルが副機長の応対を始めたのを横目で見ながら、レイフは正面と左側面から迫ってくる重機部隊をどう料理するか考えていた。
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