【BL】どっちかなんて言わないで【Dom/sub】

しーやん

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 五歳の頃に母親を亡くしてから、しばらくの記憶は曖昧だ。空虚な心を表す時、世界が急に色を無くしたみたいだと例えられるけど、まさにその通りだと思う。今思えばあの時初めて、俺は孤独がどんなものかを知ったのだ。

 でもある時、世界は唐突に色を取り戻した。

 それが西崎輝利哉にしざききりやと、東堂朔とうどうさくという六歳年上の幼馴染との出会いだった。

 ふたりは近所に住んでいて、たまたま公園でひとりで遊んでいた俺に声をかけてくれた。

 ふたりがどうして声をかけてくれて、その後約十年あまりの長い時間を共有してくれたのかはわからないし、聞いたこともない。

 あの時小学五年生だったふたりの中で、ポツンとひとり、砂場で山を作っては崩してを繰り返していた俺を、幼心に哀れに思ったのかもしれない。

 とにかくふたりは俺に声をかけてくれて、そのうち毎日公園で遊ぶようになって、雨の日には輝利哉か朔どちらかの家で遊ぶのが当たり前になっていた。

 俺が小学一年に上がった時、ふたりは小学六年生だった。やっと同じ学校に通えるのが嬉しくて、毎日登下校はもちろん、休み時間だってふたりに付き纏った。

 そんな俺を普通は疎ましく思うのだろうけれど、輝利哉も朔も、俺を一切仲間はずれにすることなく、同級生がサッカーを始めると、俺に気を遣って低学年でもできるようにさりげなくハンデを作ってくれたり、仲間から離れて俺に合わせた遊びをしてくれた。

 幼い俺はそんな思い遣りに気付くこともなく、ただ優しいふたりに甘えていた。

 ふたりが小学校を卒業した時なんて、周りが引くほど泣き喚いて、しばらく登校拒否までしたくらいだった。中学へ上がってしまったけれど、一生離れ離れになってしまったわけじゃないと諭されて、なんとか学校へ復帰したのだ。

 幼い頃の思い出といえば、輝利哉と朔とのことばかりだ。俺はふたりに優しく頭を撫でてもらうのが特に好きだった。

 だけど、俺が高校に上がる頃からふたりは一切構ってくれなくなった。理由なんて知らない。ただ、俺が一番そばにいて欲しいと思った時、ふたりはいつのまにか実家を出ていて、その後会うことも無くなってしまった。

 それなのに輝利哉は、今になって俺の前に現れて、昔と同じ笑顔を向けてくるのだ。そんなの受け入れられるわけがない。

「侑李、ちゃんと手を見せて?じゃないと手当ができないよ」

 タクシーに乗せられて連れてこられたのは、二階建てのモダンな一軒家だった。パッと見ただけでは部屋数も広さもよくわからないけれど、それが一般的に言うところの豪邸であることは間違いない。

 手狭でも持て余すこともない広さの庭は、緑の草木が丁寧に並んでいた。車が何台が入るガレージもある。リビングダイニングに面する窓は大きく開放的で、中に入ると、これまたモデルルームのお手本のような洒落た内装ときた。

 普段六畳一間に住む俺にとって、そこはまるで異世界のようなのに、「適当に寛いでね」と言われても困るだけだ。

 頼みの綱であった明紀さんといえば、この家に着くなり「じゃあね」と言って徒歩で帰っていった。近くに住んでいるからと。

 そんなわけで俺は、高そうな革張りのソファの隅っこで膝を抱えているしかない。早く帰りたい、とは思っても言える雰囲気じゃなかった。

「何があったのって、聞いてもいいかな?」
「別に……大したことじゃない。長谷がちょっと暴走しただけ。逃げられたから何もされてない」

 それが全てだ。例え無理矢理Commandを言われてレイプされたとしても、被害者がSubの場合取り合ってもらえない。Subはどうしても性的対象という印象が強い。

 Subが生きていく上で、レイプの一度や二度は泣き寝入りするしかないのだ。自衛するのが当たり前。襲われたら自己責任。そんな世界で、相手を刺し殺すんじゃなくて自分の手を刺した俺は賞賛に値する、と俺自身は思う。

「じゃあなんで怪我したの?」
「それは……Commandを言われたから、痛みで誤魔化そうと思って……」

 アイスピックで刺したんだよ、と小さな声で言う。輝利哉の顔を見るのは躊躇われた。

「随分と大胆な性格になっちゃったんだね」
「まあそうかもな。輝利哉は中学までの俺しかしらないし」

 何も言ってこないな、と顔を上げると、険しい顔をした輝利哉と目があった。表情とは裏腹に、今にも泣き出しそうな瞳には涙の膜が張っているような気もする。

 はて、俺は何か悲しませるようなことを言ったか?

 あくまで事実を述べたに過ぎない。輝利哉は、俺の中学から大学に入るまでの全てを知らないのだ。

「ハハ、心配しなくてもこれくらいで人間は死んだりしないよ。痛いのだって今だけだし、怪我はいつか治る……心まで屈服するくらいなら、俺は自分が死んだって構わない」

 Subであることを受け入れて、諦めて、とことん利用して生きてやると決めた時から、俺は自分が死ぬことも恐れなくなった。

 自分を傷付けて助かろうとしたのは、これが初めてじゃない。むしろ経験から学んだことの方が多く、そんな知識は今も役に立っている。

「輝利哉、助けてくれてありがと。でも俺は大丈夫だから、家に帰ってもいい?」

 どうして今更現れたのかなんてどうでもよかった。どうしていなくなってしまったのかを考えるのは、とうの昔にやめてしまった。

「だめだよ、侑李。せっかく会えたんだから、もう手放さないよ」

 輝利哉は真剣だった。目を見ればわかる。疑いや迷いのない瞳。それはいつだって綺麗だ。

「ああ、そう……あの、それより洗面所かりていい?」
「良いよ。どうしたの?」
「長谷の舐めてあげたから気持ち悪くて」

 と言うと、輝利哉の表情が凍りついた。ピキッと音を立てて青筋が立つ、そんな感じ。

「はやく濯いできなよ。いい?これからはそんな汚いもの口に入れちゃダメだよ!」

 まるで子どもに諭すように輝利哉が言う。彼の中では、俺は幼い頃と同じ扱いのようだ。

 俺は素直に頷いて洗面所へ向かった。輝利哉が付いてこようとするのを止めて、中へ入りドアを閉める。

 水を出してまずは左手を綺麗に洗った。傷口を確認すると、掌の真ん中よりやや上に小さな穴が見えた。目視すると痛みが増すような気がして、急いで目を逸らす。

 輝利哉の言う通り早く手当てをするべきだけど、その前にやることがある。

 洗面所の隣は風呂場になっていた。ラブホテルの風呂場も広いけど、ここも負けず劣らずな広さだった。でも内装は上品で安っぽくはない。家にこんなバカでかい風呂なんて作ったら、掃除が大変で仕方なさそうだな、なんて考えつつ風呂場の窓を開ける。

 開放感を演出している窓は、思った通り綺麗に整えられた庭に面していた。こんな景色を見ながら湯船に浸かるのは気持ちが良さそうだ。家全体を監獄のような外壁が囲っているのもあり、外から覗かれる心配もない。

 ズボンのポケットからマルチツールを取り出す。これは昔から持ち歩くのがクセになっているもので、何かと重宝する。

 プラスドライバーを出し、窓枠のネジをいくつか外していく。あまり時間をかけることなく、網戸とサッシを外すことができた。

 それらを浴室内に静かに起き、俺はがらんとした窓枠から身を乗り出す。外に出ると、庭を横切ってそのまま家の正面へ周り、何食わぬ顔で表へ。脱出に成功したのだ!!

 ただ荷物を持って出ることは出来なかった。リュックを持って洗面所に行くのは流石に怪しすぎる。

 でも特に大事なものは入っていない。大事な講義資料なんかは大学のロッカーに入っているし、貴重品は身に付けている。完璧だ。

 何が「もう手放さない」だ、ふざけんな!!

 先に俺を見捨てたのは輝利哉たちだ。今更やってきてそんなことを言われても、昔のように「お兄ちゃん大好き」なんてことにはならないんだよ!!

 俺には、そんなことを言う資格もない。

 もう手遅れなんだよ、なんて言葉が頭に浮かぶ。

 深夜の風は冷たかった。その冷たさは心を冷静にしてくれる。

 そうだ、俺は冷静でいなくてはならない。弱者だからこそより冷静で狡猾に、生きていくことだけを考えなければならない。

 誰かに甘えるのはもうやめたのだ。

 気を抜けば浮かんでくる輝利哉の顔を振り払い、ひたすら歩いて自宅を目指した。幸いにもそんなに遠くはなかったが、帰宅した頃には流石に疲れ果てていて、ベッドに倒れ込むとそのままぐっすり眠ってしまった。
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