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しおりを挟むその夜も、いつものように長谷たちとクラブへ繰り出した。
金持ちの特権にあやかってVIPルームで散々飲み散らかし、酔っ払った長谷に「今日は付き合ってくれるよな?」と耳元で囁かれながらスマホを見ていると、いつもここを出入りしているパパのひとりが連絡をくれているのに気付いた。
その人は小さいけれど会社を経営していて、それなりに羽振りが良かった。
経営者繋がりでよく外食をするらしく、連れて行ってくれるレストランはどこも美味しいし、時々高価な贈り物をしてくれる。本人には言ってないが、それらはすぐさま質屋へ流れ、俺が身につけることはない。でもそのことを指摘したりしない、まだ二十代だけど紳士的な大人の男性だった。
「悪いな長谷。俺もう帰るわ」
「は?またかよ……お前さ、おれがなんで毎回お前のこと誘ってんのかわかってる?」
そんなのはわざわざ言われなくたってわかっている。
長谷にとって都合のいいSubで、本能的な欲求の捌け口程度にしか思われていないことくらい、クズだからこそ理解している。
大学一年の頃からの付き合いだけど、結局お互いにお互いを、DomとSubというカテゴリーでしか見ていない。友人でもなければセフレでもない、ただのplayメイトだ。
そんな長谷が俺をクラブに誘ってくれるのも、ただplayかセックスがしたいだけ。
「わかってるけど、俺にだって選ぶ権利はある」
たとえ欲求の捌け口程度に思われていても、俺にだって好みはある。ガタイがよくてアソコがデカいだけのDomより、テクニックがあって優しく褒めてくれて、お小遣いをくれるDomの方がいいに決まってる。
「ハッ、権利?Subのお前に何の権利がある?」
「はぁ?それを言うなら、Domだからってだけでお前になんの権利があるんだよ?まあ別にそんなこと言われたくらいで俺は怒ったりしないけど、俺以外には言わない方がいいよ」
じゃあ、とソファから立ち上がる。長谷が咄嗟に俺の腕を掴んだ。
「痛っ、離せよ」
反射的に振り払おうとしたけど、力一杯掴まれていてできなかった。
「調子に乗ってんじゃねぇよクソ犬のクセに!!」
長谷はあまりの怒りで顔を赤くしていて、もう何を言っても聞いてくれそうにない。室内には長谷の仲間が何人もいて騒がしかったけど、「どうした?」と言いつつ何人かはこっちを窺っている。
これは逃げられないな、と内心で溜息をこぼす。まあいいか、ちょっとだけ相手をしてやって、頃合いを見て逃げればいい。
どちらにせよDomである長谷がCommandを言えば、俺に逆らうことはできない。
「わかった、もう逆らわないから」
「Kneel」
長谷の吐き捨てるようなCommandに体が反応して、俺はその場に膝をついた。優位に立ってニヤついてるいる長谷の顔を見るとイライラしてくる。
「最初から逆らってんじゃねぇよ……Lick」
また、なんとも言えないゾクゾクしたものが込み上げて来て、俺の本能は従順にCommandに従おうとする。感情はいつも置いてけぼりだ。本当はそんなことしたくない、でも、支配されるのは気持ちいい。
俺は長谷のデニムに手をかけて、そっと前をくつろげる。パンツのゴムに手をかけたとき、本気で嫌悪感を抱いたけれど無視する。
ケンカか?と様子を伺っていた周りのヤツらは、すでに興味をなくしたようだった。この部屋では突発的にplayが始まっても誰も気にしない。いつものことだからだ。
イヤイヤながらも長谷のものに舌を這わせ、なんとなく反応の良さそうなところを舐めていると、なんだかもうどうでもよくなって来くる。
俺だって他人のチンコを舐めていればそりゃ興奮もするし、頭の上に乗っている長谷の手が、時々撫でるみたいに動くのが心地よくもあった。
しばらくして長谷がビクビク震え、俺の口の中で果てる。青臭いドロドロした液体を、しばしどうしようか考えてから、まあいいか、と飲み込んだ。
満足そうに吐息を漏らしている長谷が、また俺の頭を撫でてくれ、俺はそれだけで幸せな気分になれた。なんて軽いSubなんだろう、と我ながら呆れてしまう。
「やればできるじゃねぇか、なあ、侑李」
「うるせぇ」
「命令すりゃあすぐトロけた顔するクセに、お前ってホント口が悪いよな」
もともとが粗雑な人間だってこともあるけれど、俺はかなり口が悪い。play中は尚更で、多分Commandに逆らえない苛立ちが口に出ているんだと思っている。
「ま、だからこそ燃えるんだけどな。絶対に屈服させたくなる」
「ほざいてろよ。俺は絶対にDomになんか屈しない。むしろ俺みたいなフリーのSubがいないとダメなのはお前らの方だろ」
その瞬間、長谷の頬がピクリと引き攣った。何か地雷を踏んだようだ、と気付いたけれどもう遅い。
「薄汚ねぇSubのクセに……誰にでも言い寄って股開いて寄生して喜んでるお前はゴミじゃねぇかよ?誰でもいいならここにいるヤツらにもヤらせてやればいい。見てくれだけは良くてよかったな。おれがお前をそばに置いてるのも、顔が綺麗だからだしな」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべて、長谷がなんの躊躇いもなく命令する。
「Present」
ドクンと心臓が大きく脈打った。羞恥の強いCommandほど逆らうことは難しく、得られる快楽も大きいが、それをしていいのは信頼関係を築いている相手だけだ。
身体的にも精神的にも信頼しているからこそできるし、そうしてお互いの絆を確かめ、深め合う行為なのだ。
それを時々相手しているだけのDomに命令されても、ただ不快感と羞恥心が募るだけだった。
だからといって簡単に拒否できるものではない。本能的に命令に従わなければと、体が勝手に動こうとしている。
嫌だ、従いたくない。
でも従ってしまえば楽になる。長谷の言う通り、自分なんて所詮はゴミなのだ。それはよくわかっている。今更何を失うものがあるんだ?
いや、失うものはないけど、だからこそ屈したくない。心までなくしたら、本当に俺はゴミになってしまう。
心までは誰にも渡したくない。そう、俺は前にもそうやって、自分を救おうとした。誰も助けてくれないと知っていたから、そうするしかなかった。
「……何でも思い通りにできると思うな。少なくとも俺は、クソ野郎の命令には従わない!」
思ったより大きな声が出た。周囲が少し静かになる。俺はテーブルの上に視線を向け、迷わず手を伸ばしてアイスピックを逆手で掴んだ。
俺が掴んだ物に気付いた長谷がゾッとした顔をして、両腕を上げて身を守るように構える。
俺はアイスピックを振り上げ、容赦なく振り下ろした。
鋭利なアイスピックが自分の左の掌に突き刺さった瞬間、強烈な熱さを感じた。すぐに引き抜いて放り出すと、唖然とする長谷やその他の人間を掻き分けて、急いで部屋を飛び出した。
薄暗い廊下を走っているうちに掌が猛烈に痛み出す。痛みは命令による本能的な欲求を上回って、一時的に体が自由になることを知っていた。
別に長谷を刺してもよかったんだけどな。それだと自分の欲求が誤魔化せないが。
廊下を抜けて、喧しい音楽が鳴り響く広いフロアに辿り着く。今日は金曜日ということもあっていつもより人が多い。
人混みに紛れて出口を目指す。振り返ると、長谷とその仲間がフロアに入ってきて、客を無理矢理掻き分けているのが見えた。
本当にしつこいなぁ、と関心半分、呆れ半分を感じつつ先を急ぐ、が、そこで「侑李くん」と声をかけられた。
「あ……明紀さん」
スマホで連絡をくれた人だ。明紀さんは、カジュアルなジャケットに細身のズボンを履いていて、いつもながらクラブが似合わないな、と思った。
「どうしたの?慌ててるようだけど」
「ちょっと友達と揉めてて、逃げて来たんです。だから今日は行けそうになくて……ごめんなさい」
急いでいたのもあって、適当に謝って立ち去ろうとした。だけど急に腕を掴まれてそこから離れられなくなった。
「血が出てるけど怪我したの?」
と言ったのは明紀さんじゃなかった。
騒がしいフロアの中、溌剌とした優しげな声は確実に俺の記憶を刺激した。
俺には二度と会いたくない人間が、この世のどこかに4人いる。そのうちのひとりが、今まさに俺の腕を掴んでいた。
アイスピックを手放すんじゃなかった、と瞬間的に思う。
「離せッ、クソ野郎!!」
「酷いなぁ。昔はお兄ちゃんって呼んでくれてたのに」
ソイツが残念そうに言う。
「黙れ!話しかけんな!」
「あれ、これどういうこと?知り合いなんじゃなかった?」
明紀さんがのんびりした口調で言う。この人の、Domにしては案外おっとりした優しい口調は嫌いじゃないけれど、今この状況においてはものすごく腹立たしい。
「幼馴染だって言ったでしょ。まあ、なんでか嫌われてるみたいだけど」
「なんかしたんじゃない?輝利哉はいつも自分が悪くても気付いてないだろ」
「アハハ、確かにね」
「ごちゃごちゃ言ってないでいい加減離せよ!?」
まるで空気を読まない会話に苛立った。俺は今頭のおかしい長谷たちに追われているんだよ!と怒鳴りつけてやりたいけど、そんな時間も惜しかった。
そうこうしているうちに、長谷が追いついて来た。フロアの喧騒に負けないくらいデカい声で、俺の名前を呼んでいるのがすぐ近くで聞こえる。
「もしかして、侑李を追いかけてるのってアイツら?」
輝利哉がムスッとした顔で聞いてくる。昔から表情豊かで感情の起伏が激しいヤツだったな、と思いながら頷く。
その時、長谷が追いついてきて、信じられないことにその場でCommandを言った。
「侑李!Kneel!」
一般的に公共の場でCommandを使うことは禁止されている。対象となったSubだけじゃなく、運悪く居合わせたSubにも悪影響となるからだ。
いくら感情的になっているからと言って、やって良いこととそうじゃないことの区別くらいつけるのが常識というものだけど、このバカにはバカゆえに常識が無いらしい。
俺がその命令に従う必要はない。でも本能には逆らえない。瞬間的に膝から力が抜けてしまった。
でも俺が跪くことはなかった。
輝利哉がしっかりと腕を掴んでいて、Commandが聞こえた瞬間、俺の体を抱き寄せてしっかりと腕に抱き込んだのだ。
懐かしい感触に、一瞬思考が真っ白になった。離せ、と喚いていたのに、そんなこと一切忘れて縋りついてしまった。
輝利哉は俺が血で汚れた手で服を掴んでも特に気にする様子もなく、ただ淡々と言った。
「侑李をイジメる悪い子は出禁にするよ?ここ、オレのクラブなんだよね」
長谷とその仲間たちが二の足を踏む。俺もどうして良いかわからず、ただ輝利哉の静かな声を聞いていた。
「警察を呼んでもいいんだけど、オレもオーナーとしてあんまり騒ぎにしたくないんだ。わかってくれるよね?」
「嘘じゃねぇんだろうな?」
長谷の悔しそうな声に、輝利哉が肩をすくめて、ジャケットのポケットから名刺入れを取り出す。そこから一枚抜いて長谷に差し出した。
「君がいつも大金を落としてくれるクラブやバーはほとんどオレの系列店だよ。有難いお客様だけど、侑李の安全には変えられない。わかったら大人しく奥で遊んでな」
クソ、という長谷の声。受け取った名刺を投げ捨てたようで、それはヒラヒラと俺の足元に落ちて来た。
「酷いなぁ。せっかく渡してあげたのに」
「でも言うことを聞いてくれる良い子たちだったね」
「どこが?侑李に怪我をさせた落とし前はいずれつけてもらう」
怖いなぁ、と笑う明紀さんだが、俺は知ってる。輝利哉はやると言ったらやる人間だ。
2人が会話している間に落ち着きを取り戻した俺は、隙を見て輝利哉の胸から脱出することに成功。
そのまま走って逃げようとしたのだが、
「グェッ!?」
「どこいくの?せっかくの再会なのに。お兄ちゃん寂しいよ」
襟首を掴まれて情けない声が漏れた。
「お前は俺の兄じゃない!!」
「似たようなものじゃん。それより怪我の手当をしないと……明紀、タクシー呼んで」
「はいはい」
明紀さんがその場を離れる。外に出てタクシーを呼ぶためだ。結果俺はニコニコ不気味に笑っている輝利哉と2人、その場に取り残される。
しばらくしてタクシーが来ると、まるで首筋を噛まれた猫みたいに、輝利哉の家まで連行されてしまったのだった。
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