僕は思った。

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シャボン玉少女

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- シャボン玉少女 -
「で、出来た!」
僕は、なぜこんなにも喜んでいるのかも分からない。僕は出来上がった液体を錆びれた注射器に入れ、ぼんやりと薄暗く照り輝いている大理石の床にゆっくりと腰掛けた。

「やっと…やっと完成した。成功したら…なんだ?」

よく見るとその注射器は、僕を睨みつけるかの様に…大理石の色に溶け込んでいた。気が付けば、30分の間もにらめっこしていた。と、こうしちゃいられない。僕は急いで床散らばるゴミをおもむやに蹴り散らし、あらかじめ用意しておいた実験体を引きずり出し、研究室の片隅に置いてある機械に無理やり押し込んだ。

「…すまない。君は人類の第一歩になって貰う。君の死は…無駄にしない。」

そう言い残し、左手に握りしめた注射器を実験体に突き刺し、機械の扉を閉じた。そして汗ばんだ手をボタンにかざした…震えが止まらない。これは、興奮でも緊張でもない…分からない。今まで真っ白だった頭の中に黒い液体とが流れ込む様で、怖かった。僕は感情を無にし、ボタンを力一杯投げ押した。ギシッという音と同時に僕の膝の力も抜け、その場に崩れ落ちた。数分後、青いランプが薄暗い部屋を照らした。

「成功だ」

僕は少しホッとして近くに置いてあった布団を自分に引き寄せるのと同時に、埃が宙に舞い、青い光が埃を照らし出した。主役は僕だってのに。僕は布団をギュッと抱き締め、目を瞑った。青く光る雫が、頬を伝った。


朝、目を覚ますと僕は飛び起きた。そして考える間も無く、息を切らしてモニターのある部屋へと移動した。急いで通話ボタンをクリックし、大きく息を吸い、呼吸を整えた。

「やっと…やっと完成しました!」
「夜遅くから何かと思えば…!凄い!凄いよ!安富君ならやり遂げてくれると思っていたよ。君に多額の費用をつぎ込んだ甲斐があった。さあ、早くスキャンして送っておくれ。」

僕は‥やり遂げたんだ。…いや、後先は置いておこう。

「そういえば、私も試作品がようやく完成してね。私の方は先に送って置いたから、暇な時に使って見ておくれ。それじゃ、例の物は頼んだよ。」
「了解です。ではまた。」

僕は、僕を手放すかの様な気持ちで研究品をスキャンに掛け、通話相手に転送した。その瞬間、今まで抱えていた不安が消え去っていった。同時に転送されてきていた、試作品に手を伸ばした。…これは、シャボン玉のストローか?取り敢えず、何でもよかった。僕はストローに息を吹きかけた。すると、シャボン玉は七色に輝き、フワフワと浮き始めた。まるで、シャボン玉に意思があるようで、僕はちょっぴり心の隙間が埋まったかのような気がした。

ーーーあ…の

ふと気が付いた。僕は薄らとした目をこじ開け、髪の毛を搔きむしりながら上を向く。

「あ、起きました?」

「わ…うわぁぁああああア!」

僕は跳び起きた。その瞬間、機械の角で頭を強打した______

……気が付くと、僕は夢の中に居た。青色に染まるこの世界の中心に彼女が見えた。膝立ちの僕は血眼になって彼女を見つめた。彼女の瞳は七色に輝いていて、ロングヘアーの透き通る様な髪質。小柄な女の子で、僕は初めて神という存在を見たかのような気持ちにさせられた。僕が声を出そうとすると、青色の世界は現実色へと溶け込んでいった。

「あの!!」

…僕は勢いよく声を発したが、目の前にはカビの生えた機械しか並んでいなかった。僕はどこからどこまでが夢か分からなくなっていたが、ふと右手に握っている物に目を通した。すると反射的に僕は全てを知っているかのように行動した。

シャボン玉は勢いよく上へと登り、やがて下へとフワフワと下がっていった。

「ここまでは…!」

僕は思わず声に出してしまった。目が離せない。…だが音もなしに地面へと触れたシャボン玉は、何事もなかったかの様に消え散った。僕は大きなため息と同時に抜け殻となっていた頭の中は絶望へと変わっていった。戦闘体制へと入っていた僕は何もかもが緩み、何の変哲も無い床をゆっくり見つめていた。

ーーー!?もう一度溜め息を吐いた途端、薄暗い大理石の床からニョキニョキと無数の細かいシャボン玉が浮き上がり、組み込まれたプログラムの様に何かを構築していった。どんどん形が浮かび上がってきて気が付けば…夢の中で出会った彼女が目の前に居た。僕は何故か、動揺しなかった。

「初めまして!」

「あ…ど…どうも。」

そういえば、対面になって人と話すのは約5年振り。動揺などはしなかったが、唇が思った通りに動かない。しかし、尋ねたいことは山程浮かんできた。僕は反射的に次々と質問をしていった。だが、何を尋ねても彼女はこう答えた。

「うーん…分からない!」

彼女は本当に何もわかっていない様だ。名前も、今まで何をしてきたのかも。そうか。僕は分かった…彼女は僕があのストローで生み出したのだ。道理でがいろいろ生まれるわけだ。僕は最後に一番尋ねたかった質問を繰り出そうとしたが、先に彼女が口を開いた。

「あなたはどうして、そんなに怖い顔をしているの」

僕はその瞬間、伸びきった髭や髪の毛。黒、赤、茶色で染まりボロボロになった白衣を纏った自分が連想され、急に恥ずかしくなった僕は苦し紛れに発言した。

「き…君こそ裸じゃないか!」

「何顔真っ赤にしてるの~!可愛い~」

僕はますます恥ずかしくなった。僕は急いで洗面台へ急いだ。長年行っていなかったせいか、ある程度の部屋位置しか分からない。だが僕は考える暇もない為に、無我夢中になって部屋を駆け巡った。全てを済ませて、一段落ついた僕は、彼女の元へと急いだ。すると、長年使っていなかったキッチンから良い匂いが漂ってきた。僕は恐る恐るキッチンへと近ずいた。扉に手を当てキッチンのある部屋に入ると、そこには綺麗な白衣を纏った彼女の姿があった。綺麗に整理された部屋の中、僕は色々混乱していた。手元を覗くと、綺麗に焼かれたハンバーグが目に入った。

「こ…これらはどうしたんだ?」

「作った!」

「ふ…服は?」

「作った!!」

僕はこれ以上そこには突っ込まなかった。そんな事より今、不思議と、目の前の食べ物にありつきたい欲の方が勝っていた。今まで、あの人が開発した生きる為だけの要素が詰め込まれたカプセルを月一で飲み込むだけだったのを思い出した。

「どうぞ!食べて食べて!」

がさつに席に座り込んだ僕の目の前に出されたのは、ハンバーグに白米。ハンバーグは綺麗に盛り付けられていて、白米はキラキラと輝いていた。僕は自然とヨダレが止まらなかった。僕は、震えた手で箸を掴みハンバーグに切り込みを入れ、勢い良く口に運んだ。すると僕は何かに目覚めたかの様に白米の入った茶碗に手を伸ばし
、また勢い良くご飯を掻き込んだ。夢中になって食べているうちに、白米が薄っすら塩味に変わっていくのに気が付いた。…僕は空っぽになったお皿と茶碗を前に、ヨレヨレのシャツで涙を拭った。僕は、人として生きる。という事を忘れていたのかもしれない。

「ありがとう…ありがとう…」

僕の口からは、ありがとうの言葉以外出てこなかった。

ーーーそこから僕は、彼女に全てを打ち明けた。僕が今まで何を目指し、何をしてきたか。そして僕が犯した罪も…全て。彼女は全てに頷いた。もう、空は茜色に輝いていた。少しばかり沈黙した空気が漂っていたが、彼女が口を開いた。

「今日は、花火の日。よし!観に行こう!」

「え?花火?」

僕は彼女に連れられ、何年振りだ…。玄関のドアノブに手を当てた。そこからはあっという間であった。腕を引っ張られ、連れられるまま彼女と走った。僕は、彼女の走る理由、急ぐ理由をなんとなく、分かっていた。

息を切らした僕と彼女は、橋から空を見上げた。もう花火は上がっていて、辺りはもう真っ暗であった。

綺麗に咲いては消え、また咲いて散っていく花火を見て、僕は自然と涙を流した。僕は、最後の質問を彼女に。


「君は、どうして生きるんだい?」

「うーん。あなたとこうやって、花火を見る為?」

「君は、消えちゃうんだよ?」

「うん。知ってる。」


「君には生きて欲しいんだ!!僕がこの長年、人生の為に人生を捨て、作り上げたあの薬さえあれば…そうだ!君自身がもう一度君を作れないのか?ほら。僕に料理を作ってくれたときの様にさ。」


「…」

「あ、あいつの送ってくれた機械でもう一度…もう……い…ちど。なんで…。」

僕は、分かっているさ。でも、でも。分からない。なぜ…別れの為に生きるのか。花火は終盤へと近づいていた。



彼女は、そっと僕の目元に溜まっていた涙を拭き取った。



「何で、人生って、別れがあるのか分かる?」

「それが分からないから。僕はあんな薬を作ってしまったんだよ。」

「それはね。あなたと出会えたこの一瞬。この瞬間を大切に出来るからだよ。薄れない様に。そっと、大事に出来る様に。私は、そう思うよ」

そういうと彼女は、僕に抱きついて。最後に。こう言った。




「ありがとう」




花火は終わり、辺りは静まった。

僕はまっさらな白衣を抱きしめ、うずくまった。




[最後に]人生は、シャボン玉だ。
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