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喪失

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 玄関で、大樹が車で送ると申し出た。

「ひろ兄、疲れてるだろ。
 俺たちタクシー呼ぶから、大丈夫だって」

 大和は大樹を気遣い、そう言ったが、大樹は自宅に戻るついでだからと一緒に大地の部屋を出た。
 
 大樹の車の後部座席に大和と美姫が乗り込むと、大樹は大きく息を吐き出した。相当、疲労が溜まっているように見える。

「なぁ、ひろ兄。運転代わるから、席交代しよう」

 大和にだって運転するような気力などなかったが、大地が首を吊っているのを目の前で見てしまった大樹の方がどれだけ精神的に辛いか計り知れない。

 大樹は、大和の声が聞こえていなかったかのようにハンドルに顔を凭れかけた。そのまま動こうとしない大樹に大和は気遣って声を掛けずに待っていたものの、さすがに10分以上経つと心配になった。

「ひろ、兄......」

 遠慮がちに声を掛けた大和に、大樹が顔を凭れたまま、くぐもった声で話し始めた。

「だい、兄は......大瀧先生を地検に告訴するつもりで、その準備を内密に進めてたんだ。
 今日呼び出されたのも、たぶん......そのことで、俺に相談するつもりだったんだと思う」

 それを聞き、大和と美姫は目を大きく見開き、短く息を吸い込んだ。

「俺は、反対したんだ......そんなことしたら、参議院議員に推薦してもらえないどころか、政治家生命まで絶たれかねないって。
 でもだい兄は、今まで大瀧先生の元で我慢に我慢を重ねてきたけど、もう見てられない、政治家に失望する前に自分が告訴しなければいけないんだって言って......」

 だんだんと大樹の声は小さく、聞き取りづらくなっていき、最後には独り言を呟いているかのようだった。

「だい兄は、どういう罪で告訴しようとしてたんだ?」

 大和に聞かれ、大樹は肩を大きくビクッとさせた。まるで、そこに大和がいたのに初めて気づいたかのような態度だ。

 大樹は長い沈黙を経て、小さく告げた。

「お前は......首を、突っ込むな。
 ごめ......俺が悪いんだ、こんな話聞かせちまって。だい兄が首吊ってるの見て、動揺して、誰かに言わずにいられなくなったんだ。
 すま、ない......忘れてくれック。

 だい兄は、自殺だったんだ」
「なっ!? どういうことだよ、ひろ兄!!」

 大和がいくら問いただしても、大樹がそれ以降話すことはなかった。

 大和の運転で自宅マンションに着くと、美姫は大樹に声を掛けた。

「今日は、家に泊まって行きませんか。疲れていらっしゃるでしょうし」

 やつれた大樹が心配だった。

 大樹は睫毛を伏せた。

「今日はホテルに泊まることにするよ」
「ひろ兄......」

 心配そうに顔を覗き込む大和に、大樹は眉を寄せ、唇を震わせた。

「ごめ......ほんと、無理。
 だってあそこ......だい兄が、住んでたところだから」

 それを聞き、ふたりは黙って大樹を見送るしかなかった。
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