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悍しい記憶 ー秀一回想ー
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それからは、あっという間に物事が進んだ。
両親の葬儀は、盛大に行われた。遺体は自宅に搬送せず、葬儀社で安置し、来栖家が檀家総代となっている寺の総本山にて通夜と葬儀・告別式を執り行った。それはもちろん、両親の遺体に目を向けられない兄様の気持ちの表れだった。
突然の事故死の知らせに、葬儀には来栖財閥直属の社員、関連会社や下請けの重役や社員などはもちろん、ライバル企業の重役や政財界の重鎮、芸能人に至るまで、様々な人が参列した。それだけでなく、来栖財閥トップの突然の訃報にマスコミも大挙して押し掛け、今後誰が来栖財閥のトップに据えるのか、興味津々といった趣であった。
兄様はそんな中、喪主として立派に葬儀を取り仕切り、来栖財閥の後継者であることを世間にアピールする絶好の機会となった。
荒木さんの遺体は引き取ったものの、彼の不注意による事故で両親は亡くなったことになっている為、公に通夜や葬式を行うことなど出来ず、密葬することになった。それが、兄様から荒木さんに出来る最大の御礼だった。
通夜、葬儀式を終え、告別式で別れ花を投げた時にも、ふたりの死に対して何も感情は動かされなかった。
だが、火葬場にて最後に炉前での別れで棺の窓を開けられた時、急に胸がざわざわと騒いだ。僧侶の野辺送りの読経が、頭の中で遠くに響く。
読経が終わると、喪主である兄様が炉の点火ボタンを押し、全員で合掌礼拝した。
祭壇の焼香が終わると、火葬が終わるまで待合室にて待機することとなる。
親族たちは、これから行われる遺産相続の話で持ちきりだった。その場にいれば、私は好奇と嫉妬、そして憎悪に満ちた目線を一身に受けることになるだろう。それから逃れるように、火葬場の外へと出た。
火葬場と言われなければ分からないほど綺麗な石造りの建物には煙突がなく、煙が出ることもなかった。
これで、終わりですね。
じっと建物を見つめていると、火葬場の係員が私を呼びに来て、拾骨室へと案内された。
骨上げ台に運ばれた遺骨は真っ白で、生前の姿は見る影もない。皆、拾い上げた骨を黙々と箸で渡していく。
こんなものに私は傷つけられ、苦しめられてきたのか……
箸に収まったあの女の遺骨を見ていると、その変わり果てた姿に虚しい気持ちが広がった。
隣の兄様に箸で渡したものの、受け取り損ねて骨を落としてしまった。
「す、すまない……」
もう、これで何度目になるのか……
そう思いながらも、兄様の動揺が両親の死を悼むものだと思っているらしい親族の視線に、安堵もした。
後日、弁護士が来栖の親族を招集し、遺言状に従って遺産相続の分配がされた。
弁護士が、父の遺言状の最後の一文を読み上げる。
『……そして、次男の秀一にはコンサートホールを譲る』
遺産が愛人の子供に渡らなかったことを確認し、親族一同からは安堵の溜息と、ざまぁみろといった卑屈な笑顔が溢れた。
父が私に来栖財閥としての遺産は一切譲渡せず、個人的に建てたコンサートホールのみを与えたことは、思いの外ほか私を傷つけた。たとえ愛人の子供とはいえ、父の血を受け継ぎ、来栖家の養子にまでなったのだ。何かしらの財産分与はあるものと思っていた。
それは、金や財産が欲しかったからではない。あの人の息子だったことへの証が欲しかったのだ。
私は、またしてもあの人に裏切られた思いだった。
やはりあの人は、私のことなど少しも愛していなかったのだ。私は来栖家の一族として受け入れられていなかったのだと、改めて思い知った。
なぜ、コンサートホールだけを遺したのか……疑問だった私に、兄様が後から教えてくれた。あれは、私の母、エレナの為に父が自分のお金を使って建てたものだと。
母は、あの人から愛されていたのだ……
私はその時初めて、母の人生がようやく報われた気がした。
けれど、私は……?
来栖家に来てから受けた孤独と絶望、悲しみと怒りが蘇る。
なぜ、私を愛していないのに、私を引き取ったのですか。
なぜ、私を来栖家の人間として認めていないのに、私を来栖家の養子にしたのですか。
どこか知らない家の養子にでもなるか、孤児院にでも預けてもらった方が、どれだけ幸せな人生を歩めていたことかしれない。
私の胸の奥底には、あの人が死んでもなお、愛されなかった未練と恨みがくすぶり続けていた。
両親の葬儀は、盛大に行われた。遺体は自宅に搬送せず、葬儀社で安置し、来栖家が檀家総代となっている寺の総本山にて通夜と葬儀・告別式を執り行った。それはもちろん、両親の遺体に目を向けられない兄様の気持ちの表れだった。
突然の事故死の知らせに、葬儀には来栖財閥直属の社員、関連会社や下請けの重役や社員などはもちろん、ライバル企業の重役や政財界の重鎮、芸能人に至るまで、様々な人が参列した。それだけでなく、来栖財閥トップの突然の訃報にマスコミも大挙して押し掛け、今後誰が来栖財閥のトップに据えるのか、興味津々といった趣であった。
兄様はそんな中、喪主として立派に葬儀を取り仕切り、来栖財閥の後継者であることを世間にアピールする絶好の機会となった。
荒木さんの遺体は引き取ったものの、彼の不注意による事故で両親は亡くなったことになっている為、公に通夜や葬式を行うことなど出来ず、密葬することになった。それが、兄様から荒木さんに出来る最大の御礼だった。
通夜、葬儀式を終え、告別式で別れ花を投げた時にも、ふたりの死に対して何も感情は動かされなかった。
だが、火葬場にて最後に炉前での別れで棺の窓を開けられた時、急に胸がざわざわと騒いだ。僧侶の野辺送りの読経が、頭の中で遠くに響く。
読経が終わると、喪主である兄様が炉の点火ボタンを押し、全員で合掌礼拝した。
祭壇の焼香が終わると、火葬が終わるまで待合室にて待機することとなる。
親族たちは、これから行われる遺産相続の話で持ちきりだった。その場にいれば、私は好奇と嫉妬、そして憎悪に満ちた目線を一身に受けることになるだろう。それから逃れるように、火葬場の外へと出た。
火葬場と言われなければ分からないほど綺麗な石造りの建物には煙突がなく、煙が出ることもなかった。
これで、終わりですね。
じっと建物を見つめていると、火葬場の係員が私を呼びに来て、拾骨室へと案内された。
骨上げ台に運ばれた遺骨は真っ白で、生前の姿は見る影もない。皆、拾い上げた骨を黙々と箸で渡していく。
こんなものに私は傷つけられ、苦しめられてきたのか……
箸に収まったあの女の遺骨を見ていると、その変わり果てた姿に虚しい気持ちが広がった。
隣の兄様に箸で渡したものの、受け取り損ねて骨を落としてしまった。
「す、すまない……」
もう、これで何度目になるのか……
そう思いながらも、兄様の動揺が両親の死を悼むものだと思っているらしい親族の視線に、安堵もした。
後日、弁護士が来栖の親族を招集し、遺言状に従って遺産相続の分配がされた。
弁護士が、父の遺言状の最後の一文を読み上げる。
『……そして、次男の秀一にはコンサートホールを譲る』
遺産が愛人の子供に渡らなかったことを確認し、親族一同からは安堵の溜息と、ざまぁみろといった卑屈な笑顔が溢れた。
父が私に来栖財閥としての遺産は一切譲渡せず、個人的に建てたコンサートホールのみを与えたことは、思いの外ほか私を傷つけた。たとえ愛人の子供とはいえ、父の血を受け継ぎ、来栖家の養子にまでなったのだ。何かしらの財産分与はあるものと思っていた。
それは、金や財産が欲しかったからではない。あの人の息子だったことへの証が欲しかったのだ。
私は、またしてもあの人に裏切られた思いだった。
やはりあの人は、私のことなど少しも愛していなかったのだ。私は来栖家の一族として受け入れられていなかったのだと、改めて思い知った。
なぜ、コンサートホールだけを遺したのか……疑問だった私に、兄様が後から教えてくれた。あれは、私の母、エレナの為に父が自分のお金を使って建てたものだと。
母は、あの人から愛されていたのだ……
私はその時初めて、母の人生がようやく報われた気がした。
けれど、私は……?
来栖家に来てから受けた孤独と絶望、悲しみと怒りが蘇る。
なぜ、私を愛していないのに、私を引き取ったのですか。
なぜ、私を来栖家の人間として認めていないのに、私を来栖家の養子にしたのですか。
どこか知らない家の養子にでもなるか、孤児院にでも預けてもらった方が、どれだけ幸せな人生を歩めていたことかしれない。
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