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第七章 大会前夜
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翌日、起きるとおばあちゃんが桐箪笥から色んな着物を出していた。
「どうしたの、おばあちゃん? 着物干すの?」
「今日は花火大会やけー、美和子ちゃんに浴衣ぁ着せよう思って探しとったがよ」
「そうなんだ。私、浴衣は……」
「ほれ、これなんてどぉけ?」
おばあちゃんは私の言葉を遮って、目の前にある紙を開いて見せた。芥子色に紫の桔梗が描かれた浴衣が包まれている。他にも、白地に朝顔の浴衣とか藍色に菖蒲の花の柄の浴衣なんかも見せてくれた。
「染子はぁこういうの着んかったで、捨てようか思っとったけど、美和子ちゃんが着られて良かったわぁ」
ほくほくと嬉しそうな顔をしてるおばあちゃんを見てたら、浴衣を着たくないなんて言えるはずない。
「美和子ちゃんは、どれがええ?」
「じゃあ……紺色に菖蒲の浴衣にしようかな」
「あぁ! それ、ばあちゃんもこん浴衣がいっちばん美和子ちゃんに似合いそう思ってたがよ」
おばあちゃんは浴衣を手に取ると、私の肩に当てた。
「かーわいぃ!」
可愛いのはおばあちゃんの方だよ……思わず、そう言ってしまいそうになった。
花火大会は、伊佐平野の中心を流れる川内川の湯之尾滝ガラッパ公園付近を観覧席として開催される。
「美和子が、浴衣着とるがーっっ!!」
迎えに来てくれた勇気くんのテンションが私の浴衣姿を見た途端一気に上がり、その後ろに立つ海くんもハッとした表情を見せる。二人にじっと見つめられて、気恥ずかしい。
「浴衣だと、いつもと違って見えるな」
ボソッと呟いた海くんの言葉に、それはどういう意味なんだろう……と、気になって首筋が熱くなった。運転席から勇気くんのお母さんが顔を出す。
「ほらぁ、はよ乗らんね! 駐車場がいっぱいになるがよ!!」
慌てて車に乗り込むと、助手席には海くんのお母さんが座っていて挨拶を交わした。
「おばあちゃんも乗ってかんね?」
海くんのお母さんが、見送りに外に出たおばあちゃんに声をかける。
「おいはいいがよ。年寄りだけぇ」
おばあちゃんは顔の前で手を大きく振った。「ほぉ?」と残念そうな顔を見せながらも、おばさんは窓を閉め、ハンドルを握って運転の姿勢に入った。
「おばあちゃん、行ってきまーす。浴衣、ありがとう!」
「はいはーい、楽しんでくるがよー」
おばあちゃんに見送られ、車は一路、ガラッパ公園を目指した。
「ガラッパ公園って、変わった名前だよね」
話しかけるでもなく呟くように言うと、勇気くんが後ろを振り向いた。
「ガラッパってなんのことか、分かるが?」
「え。なんだろう……空のラッパ、とか?」
「ガラッパは、カッパゆう意味が!」
へぇ、ガラッパってなんか可愛い言い方。
「川内川にカッパが生息しとってぇ、色んな悪戯するっちゅー話よ。小さい頃、良ぉばあちゃんに聞かされたが。あとぉ、ガラッパは女ぁ好きで、色気に惑わされて川に落ちたっちゅー『ガラッパの川流れ』ゆう言葉も伊佐にはあるが」
「『河童の川流れ』じゃなくて?」
珍しく海くんが口を挟む。
「ハッハ……美和子ぉの浴衣姿ぁ見てガラッパが川に落ちるとこ見れるかもしれんがよ! 郁美ぃじゃ無理やろが!」
私のことを話しつつも、いつも勇気くんの話に出てくるのは郁美のことで、無意識のうちに勇気くんも本当は郁美のことを意識してるんじゃないかって疑ってしまう。やっぱり、幼馴染って複雑だ。
車に乗ってる途中、家の壁に手書きで『民宿 ガラッパ荘』と書かれた看板が掲げられているのが見えた。その背後には川内川が流れている。やっぱりガラッパで有名なんだぁと実感した。
「ここらは湯之尾温泉もあるがよ。今度おばあちゃんと一緒に連れてってあげるね」
勇気くんのお母さんが運転しながら声をかけてくれ、「ありがとうございます」と答えた。
出発してから20分ほどでガラッパ公園の駐車場に着いた。この日の伊佐の天気は晴れで最高気温は33.6度と高く、車から降りると夕方になってもまだ昼間の暑さが空気の中に漂っていた。
「ほいじゃ、楽しんでね!」
「またね、海」
おばさんたち二人は車を降りると、私たちとは別方向に歩いて行った。
「俺たちは、ガラッパ大王の像で待ち合わせとるけ、そこに行くが」
「ガラッパ大王?」
またしても不可思議なキャラクターが登場した……
そこまで広い公園ではないのに、至る所に河童、じゃなくてガラッパが置かれている。大きなガラッパの頭の遊具や親子や夫婦と思われるガラッパ像、サークル状に置かれた各ベンチに座ってる、なんともシュールなガラッパ像……その多さに圧倒される。どれもユニークな顔立ちをしてて面白いけど、薄暗い中で見るとちょっと不気味かも。噴水にも小便小僧ならぬガラッパ小僧がいたけど、水がカラカラで、水の妖怪なのに……と、可哀想になった。ガラッパを見つけるたびに写真を撮っていたので、後でチェックしたら写真がガラッパだらけになっていた。
「おぉー、集まっとるが!」
ガラッパ大王は青色したガラッパで、大王らしく膝を大きく開き、棍棒のようなものを手にしていた。その下には個性的な字体で『ガラッパ大王の像』と彫られている。その像の前に、既に「チェストー!ズ」のメンバーが集まっていた。
「どうしたの、おばあちゃん? 着物干すの?」
「今日は花火大会やけー、美和子ちゃんに浴衣ぁ着せよう思って探しとったがよ」
「そうなんだ。私、浴衣は……」
「ほれ、これなんてどぉけ?」
おばあちゃんは私の言葉を遮って、目の前にある紙を開いて見せた。芥子色に紫の桔梗が描かれた浴衣が包まれている。他にも、白地に朝顔の浴衣とか藍色に菖蒲の花の柄の浴衣なんかも見せてくれた。
「染子はぁこういうの着んかったで、捨てようか思っとったけど、美和子ちゃんが着られて良かったわぁ」
ほくほくと嬉しそうな顔をしてるおばあちゃんを見てたら、浴衣を着たくないなんて言えるはずない。
「美和子ちゃんは、どれがええ?」
「じゃあ……紺色に菖蒲の浴衣にしようかな」
「あぁ! それ、ばあちゃんもこん浴衣がいっちばん美和子ちゃんに似合いそう思ってたがよ」
おばあちゃんは浴衣を手に取ると、私の肩に当てた。
「かーわいぃ!」
可愛いのはおばあちゃんの方だよ……思わず、そう言ってしまいそうになった。
花火大会は、伊佐平野の中心を流れる川内川の湯之尾滝ガラッパ公園付近を観覧席として開催される。
「美和子が、浴衣着とるがーっっ!!」
迎えに来てくれた勇気くんのテンションが私の浴衣姿を見た途端一気に上がり、その後ろに立つ海くんもハッとした表情を見せる。二人にじっと見つめられて、気恥ずかしい。
「浴衣だと、いつもと違って見えるな」
ボソッと呟いた海くんの言葉に、それはどういう意味なんだろう……と、気になって首筋が熱くなった。運転席から勇気くんのお母さんが顔を出す。
「ほらぁ、はよ乗らんね! 駐車場がいっぱいになるがよ!!」
慌てて車に乗り込むと、助手席には海くんのお母さんが座っていて挨拶を交わした。
「おばあちゃんも乗ってかんね?」
海くんのお母さんが、見送りに外に出たおばあちゃんに声をかける。
「おいはいいがよ。年寄りだけぇ」
おばあちゃんは顔の前で手を大きく振った。「ほぉ?」と残念そうな顔を見せながらも、おばさんは窓を閉め、ハンドルを握って運転の姿勢に入った。
「おばあちゃん、行ってきまーす。浴衣、ありがとう!」
「はいはーい、楽しんでくるがよー」
おばあちゃんに見送られ、車は一路、ガラッパ公園を目指した。
「ガラッパ公園って、変わった名前だよね」
話しかけるでもなく呟くように言うと、勇気くんが後ろを振り向いた。
「ガラッパってなんのことか、分かるが?」
「え。なんだろう……空のラッパ、とか?」
「ガラッパは、カッパゆう意味が!」
へぇ、ガラッパってなんか可愛い言い方。
「川内川にカッパが生息しとってぇ、色んな悪戯するっちゅー話よ。小さい頃、良ぉばあちゃんに聞かされたが。あとぉ、ガラッパは女ぁ好きで、色気に惑わされて川に落ちたっちゅー『ガラッパの川流れ』ゆう言葉も伊佐にはあるが」
「『河童の川流れ』じゃなくて?」
珍しく海くんが口を挟む。
「ハッハ……美和子ぉの浴衣姿ぁ見てガラッパが川に落ちるとこ見れるかもしれんがよ! 郁美ぃじゃ無理やろが!」
私のことを話しつつも、いつも勇気くんの話に出てくるのは郁美のことで、無意識のうちに勇気くんも本当は郁美のことを意識してるんじゃないかって疑ってしまう。やっぱり、幼馴染って複雑だ。
車に乗ってる途中、家の壁に手書きで『民宿 ガラッパ荘』と書かれた看板が掲げられているのが見えた。その背後には川内川が流れている。やっぱりガラッパで有名なんだぁと実感した。
「ここらは湯之尾温泉もあるがよ。今度おばあちゃんと一緒に連れてってあげるね」
勇気くんのお母さんが運転しながら声をかけてくれ、「ありがとうございます」と答えた。
出発してから20分ほどでガラッパ公園の駐車場に着いた。この日の伊佐の天気は晴れで最高気温は33.6度と高く、車から降りると夕方になってもまだ昼間の暑さが空気の中に漂っていた。
「ほいじゃ、楽しんでね!」
「またね、海」
おばさんたち二人は車を降りると、私たちとは別方向に歩いて行った。
「俺たちは、ガラッパ大王の像で待ち合わせとるけ、そこに行くが」
「ガラッパ大王?」
またしても不可思議なキャラクターが登場した……
そこまで広い公園ではないのに、至る所に河童、じゃなくてガラッパが置かれている。大きなガラッパの頭の遊具や親子や夫婦と思われるガラッパ像、サークル状に置かれた各ベンチに座ってる、なんともシュールなガラッパ像……その多さに圧倒される。どれもユニークな顔立ちをしてて面白いけど、薄暗い中で見るとちょっと不気味かも。噴水にも小便小僧ならぬガラッパ小僧がいたけど、水がカラカラで、水の妖怪なのに……と、可哀想になった。ガラッパを見つけるたびに写真を撮っていたので、後でチェックしたら写真がガラッパだらけになっていた。
「おぉー、集まっとるが!」
ガラッパ大王は青色したガラッパで、大王らしく膝を大きく開き、棍棒のようなものを手にしていた。その下には個性的な字体で『ガラッパ大王の像』と彫られている。その像の前に、既に「チェストー!ズ」のメンバーが集まっていた。
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