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第七章 大会前夜
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実践練習の最後の日、8月3日。この日は、岐阜のインハイにカヌー部が出場するため、顧問である松元先生と郁美がおらず、勇気くんと郁美の次にドラゴンボート経験のある涼子と田中くんも夏トライに参加しているためいないので、漕手メンバーに不安が広がっていた。
「なーにみんな暗い顔しちょっとや! 3人漕手が抜けたら、3人分漕いだらよかだけだが!!」
勇気くんの気楽な言葉が、今はすごく頼もしく感じる。そこへ、由美子と真紀が小さなダンボール箱を持って練習場に現れた。
「ジャーン! 『チェストー!ズ』Tシャツ完成っっ!!」
ダンボール箱を下に置くと中から1枚のシャツを取り出した。黒のポリエステル製の速乾性のあるTシャツには、表にシルバーで龍の絵が描かれていて、後ろには毛筆で『チェストー! 伊佐高龍舟チーム!!』の文字が力強く踊ってる。
「うぉー、わっぜかっこええ!!」
「俺んサイズ、どれ?」
たちまちダンボール箱にみんなが群がり、Tシャツを広げると今着ている服を脱いでその場で着替え始めて、目のやり場に困る。
「うわっ、テンション上がるがー!!」
「チェストー!!」
由美子は「はい、美和子のね」と言うと、Tシャツを渡してくれた。
「よしっ、練習開始時間過ぎてるからすぐに始めるぞー!」
海くんの言葉にえっと見回すと、男子は全員着替え終わってる。
「ちょ、ちょっと待って!! 今から着替えてくるからっっ」
女子3人で慌てて更衣室に走って行ってTシャツに着替えると、またダッシュで戻った。
今日は松元先生の代わりに赤井先生が監視役として来てくれた。写真撮影の時といい、申し訳ない……
後から郁美から聞いた話によると、二人とも伊佐出身で、赤井先生は先輩である松元先生からの頼まれごとは断れないそうなのだ。こんなに長きに渡って上下関係が続くなんて、赤井先生がちょっと不憫になった。
ボートがレース開始位置に着くと、赤井先生が拡声器を通してスターターの掛け声を掛ける。
「パドルを上げー」
「みんなー、構えるよー!!」
漕手が構えの姿勢を取る。ドラゴンボート未経験だった本田くんと中村くんだけでなく、いつの間にか補欠の由美子や真紀の構えもそれなりに整ってきていた。
「Ready ……」
英語の先生だけあって、松元先生より断然聞き取りやすい。
『Go!』
赤井先生と私と海くんの声が重なる。一斉にパドルが水につく。今日は絶対に揃わないと思ってたのに、Tシャツを着たことによってチームの団結力が上がったのか、空気が違う。勇気くんが歯を食いしばり、最初の一枚目を深く力強く漕いで引っ張ってくれる。ペーサーとしての自覚が、芽生えているのを感じる。
3人抜けて、2人補欠が入ってもまだ1人足りないから、舵取りをする海くんは艇をコントロールするのが大変だ。私の座ってる場所から進行方向は見えないけど、それでも艇が真っ直ぐに進んでいるのを感じる。
太鼓を力強く叩き、大きくカウントをとる。
「いーーち、にーー、さーーん」
後頭部に当たる風が強くなっていく。スピードが増しているのを感じる。
「いいよー!!」
言いながら、海くんと視線を合わせる。
「いーち、にー、いーち、にー」
人数が少なければその分漕げばいいーーそう言った通り、勇気くんの力強いパドリングが水しぶきを上げる。みんながペーサーの動きを見てる。鼓手の太鼓を、カウントを聞いて、それに合わせようとしてる。
「いちっ! いちっ! いちっ!」
体力が衰えてくる後半、どうか頑張ってという祈りを込めながら、私も必死に太鼓を叩き、声を張り上げる。
やっぱり人数が少ないのと体力がない女子が加わっているのとで、スピードの落ち方が急激だ。けれど、みんな必死に漕いでるのが分かる。
「ラストせーの!」
私の掛け声で、勇気くんが声を張り上げた。
「よっしゃー、最後行くがよ!!」
『いちっ! にっ! さんっ!』
みんな最後の力を振り絞り、パドルを漕ぎ、ゴール線を越した。
「お疲れ様ー!!」
讃えるように手を叩くと、みんなの顔が明るくなった。
練習を終えて更衣室から出ると、後ろから勇気くんに声を掛けられた。
「帰り、母ちゃんが迎えに来るけ、一緒に乗ってくが? 海も一緒が」
「え、いいの? じゃあお願いしようかな」
行きは赤井先生が送ってくれたので、その旨を伝えに行った。それから戻っていると、何やらみんなで集まって話をしていた。私に気づいた勇気くんが大きく手を振った。
「明日ぁ、花火大会あるから『チェストー!ズ』で行くがよ!」
「わっ、楽しそう!」
「ククッ……郁美が悔しがるが。『あたしも行きたかったー!』って」
勇気くんが可笑しそうに笑うので、郁美を可哀想に思っていると、
「ぜーったい文句言われるけ、郁美の好きな黒豚の串焼きとりんご飴買わんと。カキ氷は溶けるで無理だが」
なんだかんだ言いつつ、郁美のこと気にしてるんだなって思って嬉しくなった。
「み、美和子さん浴衣着てくる?」
「浴衣、見たいがよー!!」
前田くんと吉元くんに言われて、一瞬ウッと言葉に詰まる。更衣室で聞いた会話が蘇ってくる。
「え……と、浴衣持ってないから、ごめんね」
そう答えると、残念そうな顔をしながらも、今度は由美子と真紀に同じ質問をしていた。
「なーにみんな暗い顔しちょっとや! 3人漕手が抜けたら、3人分漕いだらよかだけだが!!」
勇気くんの気楽な言葉が、今はすごく頼もしく感じる。そこへ、由美子と真紀が小さなダンボール箱を持って練習場に現れた。
「ジャーン! 『チェストー!ズ』Tシャツ完成っっ!!」
ダンボール箱を下に置くと中から1枚のシャツを取り出した。黒のポリエステル製の速乾性のあるTシャツには、表にシルバーで龍の絵が描かれていて、後ろには毛筆で『チェストー! 伊佐高龍舟チーム!!』の文字が力強く踊ってる。
「うぉー、わっぜかっこええ!!」
「俺んサイズ、どれ?」
たちまちダンボール箱にみんなが群がり、Tシャツを広げると今着ている服を脱いでその場で着替え始めて、目のやり場に困る。
「うわっ、テンション上がるがー!!」
「チェストー!!」
由美子は「はい、美和子のね」と言うと、Tシャツを渡してくれた。
「よしっ、練習開始時間過ぎてるからすぐに始めるぞー!」
海くんの言葉にえっと見回すと、男子は全員着替え終わってる。
「ちょ、ちょっと待って!! 今から着替えてくるからっっ」
女子3人で慌てて更衣室に走って行ってTシャツに着替えると、またダッシュで戻った。
今日は松元先生の代わりに赤井先生が監視役として来てくれた。写真撮影の時といい、申し訳ない……
後から郁美から聞いた話によると、二人とも伊佐出身で、赤井先生は先輩である松元先生からの頼まれごとは断れないそうなのだ。こんなに長きに渡って上下関係が続くなんて、赤井先生がちょっと不憫になった。
ボートがレース開始位置に着くと、赤井先生が拡声器を通してスターターの掛け声を掛ける。
「パドルを上げー」
「みんなー、構えるよー!!」
漕手が構えの姿勢を取る。ドラゴンボート未経験だった本田くんと中村くんだけでなく、いつの間にか補欠の由美子や真紀の構えもそれなりに整ってきていた。
「Ready ……」
英語の先生だけあって、松元先生より断然聞き取りやすい。
『Go!』
赤井先生と私と海くんの声が重なる。一斉にパドルが水につく。今日は絶対に揃わないと思ってたのに、Tシャツを着たことによってチームの団結力が上がったのか、空気が違う。勇気くんが歯を食いしばり、最初の一枚目を深く力強く漕いで引っ張ってくれる。ペーサーとしての自覚が、芽生えているのを感じる。
3人抜けて、2人補欠が入ってもまだ1人足りないから、舵取りをする海くんは艇をコントロールするのが大変だ。私の座ってる場所から進行方向は見えないけど、それでも艇が真っ直ぐに進んでいるのを感じる。
太鼓を力強く叩き、大きくカウントをとる。
「いーーち、にーー、さーーん」
後頭部に当たる風が強くなっていく。スピードが増しているのを感じる。
「いいよー!!」
言いながら、海くんと視線を合わせる。
「いーち、にー、いーち、にー」
人数が少なければその分漕げばいいーーそう言った通り、勇気くんの力強いパドリングが水しぶきを上げる。みんながペーサーの動きを見てる。鼓手の太鼓を、カウントを聞いて、それに合わせようとしてる。
「いちっ! いちっ! いちっ!」
体力が衰えてくる後半、どうか頑張ってという祈りを込めながら、私も必死に太鼓を叩き、声を張り上げる。
やっぱり人数が少ないのと体力がない女子が加わっているのとで、スピードの落ち方が急激だ。けれど、みんな必死に漕いでるのが分かる。
「ラストせーの!」
私の掛け声で、勇気くんが声を張り上げた。
「よっしゃー、最後行くがよ!!」
『いちっ! にっ! さんっ!』
みんな最後の力を振り絞り、パドルを漕ぎ、ゴール線を越した。
「お疲れ様ー!!」
讃えるように手を叩くと、みんなの顔が明るくなった。
練習を終えて更衣室から出ると、後ろから勇気くんに声を掛けられた。
「帰り、母ちゃんが迎えに来るけ、一緒に乗ってくが? 海も一緒が」
「え、いいの? じゃあお願いしようかな」
行きは赤井先生が送ってくれたので、その旨を伝えに行った。それから戻っていると、何やらみんなで集まって話をしていた。私に気づいた勇気くんが大きく手を振った。
「明日ぁ、花火大会あるから『チェストー!ズ』で行くがよ!」
「わっ、楽しそう!」
「ククッ……郁美が悔しがるが。『あたしも行きたかったー!』って」
勇気くんが可笑しそうに笑うので、郁美を可哀想に思っていると、
「ぜーったい文句言われるけ、郁美の好きな黒豚の串焼きとりんご飴買わんと。カキ氷は溶けるで無理だが」
なんだかんだ言いつつ、郁美のこと気にしてるんだなって思って嬉しくなった。
「み、美和子さん浴衣着てくる?」
「浴衣、見たいがよー!!」
前田くんと吉元くんに言われて、一瞬ウッと言葉に詰まる。更衣室で聞いた会話が蘇ってくる。
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