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第四章 「チェストー!ズ」始動
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それから海くんの沈黙が続き、私は再び目の前の景色に視線を移した。もうすっかり日は暮れていた。街並みの灯りや道路を走る車のライトを追っていると、ポツリと海くんの声が落とされる。
「俺の父さんさ、ドラゴンボートの選手だったって話、前にしただろ?」
「うん」
海くんの緊張を含んだ雰囲気が私にまで伝染し、コクリと喉を鳴らした。冷やされた空気が制服の袖から入り込み、肌が粟立つ。
「小さい頃から俺は父さんの試合を観に行ってて、大きくなったら選手になるんだって決めてた。小学生になってからは父さんにパドルの漕ぎ方なんかを教えてもらって、実際に大会にも出場するようになった。早く一流の選手になりたくて、筋力をつけたり、ビデオを見て研究したりして、俺の頭は常にドラゴンボートのことでいっぱいだった。
それが……中3で父さんが病気になって亡くなってから何もやる気がなくなって、ドラゴンボートからも離れてたんだ。父さんのことを思い出すから、辛くて。入学した高校にも行かなくなって、不登校になった俺を心配した母さんが、伊佐に引っ越すことを決めたんだ」
「そう、だったんだ……」
私の両親は健在だから、親を失う本当の悲しみは分かってあげられないかもしれないけど、想像するだけで胸が痛んだ。
海くんは私の方を振り返って、少し寂しげな笑みを見せた。
「父さんは以前伊佐に旅行で2週間ほど滞在したことがあって、そこで撮った写真を見せながら、父さんが出会った温かい人たちや不思議で魅力的な場所やそこに流れている空気について語ってくれて、いつかここに住みたいんだって話してた。だから、父さんが叶えられなかった夢を、母さんは引き継ぐことにしたんだ。
最初は、どうして知り合いもいない辺鄙な田舎に住まなくちゃいけないんだって、不満に思ってた。けど、クラスのみんなが東京から来た見ず知らずの俺に親切にしてくれて、伊佐の自然やそこに住む人々に触れるうちに、頑なだった心が解されていくのを感じた。
入学してすぐ、伊佐でドラゴンボート大会が毎年開催されていることを知った。けど俺は、大会に出るつもりはなかったし、見に行くつもりもなかった。4月に開催される予定だった大会が8月に延期になったって聞いたときは、心のどこかでホッとしてもいた」
海くんが話を切り、私を見つめた。色濃く夜の帳が降りていく中、吸い込まれそうなほど真っ直ぐな瞳が私を捉える。
「それなのに、あの時……コンビニでポスターを見て、二人がドラゴンボートの話をしてるのを聞いたら、血が滾ってきたんだ。みんなでチームを作って、大会に出たいと願う自分がいた。気付いたら、舵取りを申し出てた。
それからメンバーが決まって、申し込みして、練習が始まると、伊佐の為に、みんなの為に、チームの為に貢献したいと強く思うようになった……
いや、それは綺麗事だな。俺は、亡くなった父さんに誇れるようなチームになって優勝したいって気持ちが強すぎて、みんなに負担を強いていたんだ……俺の勝手なワガママで、ごめん」
海くんの熱い気持ちに触れて、胸が塞がれるような思いになった。
私も、しっかり海くんを見つめ返した。
「海くん……みんないいチームになりたいって気持ちは一緒だよ。ドラゴンボート、頑張ろうね!」
「あぁ」
「でも、チームの雰囲気作りも大切だからね!」
「そう、だな」
フッと笑った海くんに、肩の力が抜ける。
「海くん。私もね、伊佐に来られて良かったって思ってるよ。まだここに来てからそんなに時間は経ってないけど、私、伊佐が好き。ここの人たちが大好き。だから、私もチームや伊佐のために何か貢献したいって思う。
……よしっ!」
立ち上がると手摺のところまで行き、大きな声で叫んだ。
「チェストォォーー! 伊佐高龍舟チーム!!」
心がスカッとする。後ろを振り向くと、また海くんの笑い上戸が始まった。
「ほぉら、海くんもやって!!」
「プッ……いや、無理無理。恥ずいって」
「大丈夫! 私の他に誰もいないんだから!!」
海くんの手を引っ張って立たせると、「せーの!」と声を掛ける。
「チェストー! って、海くんやってよぉ!!」
「いや、マジで無理だから……ククッ」
「もぉー」
結局海くんは叫んでくれず、家まで送ってくれて帰って行った。
「俺の父さんさ、ドラゴンボートの選手だったって話、前にしただろ?」
「うん」
海くんの緊張を含んだ雰囲気が私にまで伝染し、コクリと喉を鳴らした。冷やされた空気が制服の袖から入り込み、肌が粟立つ。
「小さい頃から俺は父さんの試合を観に行ってて、大きくなったら選手になるんだって決めてた。小学生になってからは父さんにパドルの漕ぎ方なんかを教えてもらって、実際に大会にも出場するようになった。早く一流の選手になりたくて、筋力をつけたり、ビデオを見て研究したりして、俺の頭は常にドラゴンボートのことでいっぱいだった。
それが……中3で父さんが病気になって亡くなってから何もやる気がなくなって、ドラゴンボートからも離れてたんだ。父さんのことを思い出すから、辛くて。入学した高校にも行かなくなって、不登校になった俺を心配した母さんが、伊佐に引っ越すことを決めたんだ」
「そう、だったんだ……」
私の両親は健在だから、親を失う本当の悲しみは分かってあげられないかもしれないけど、想像するだけで胸が痛んだ。
海くんは私の方を振り返って、少し寂しげな笑みを見せた。
「父さんは以前伊佐に旅行で2週間ほど滞在したことがあって、そこで撮った写真を見せながら、父さんが出会った温かい人たちや不思議で魅力的な場所やそこに流れている空気について語ってくれて、いつかここに住みたいんだって話してた。だから、父さんが叶えられなかった夢を、母さんは引き継ぐことにしたんだ。
最初は、どうして知り合いもいない辺鄙な田舎に住まなくちゃいけないんだって、不満に思ってた。けど、クラスのみんなが東京から来た見ず知らずの俺に親切にしてくれて、伊佐の自然やそこに住む人々に触れるうちに、頑なだった心が解されていくのを感じた。
入学してすぐ、伊佐でドラゴンボート大会が毎年開催されていることを知った。けど俺は、大会に出るつもりはなかったし、見に行くつもりもなかった。4月に開催される予定だった大会が8月に延期になったって聞いたときは、心のどこかでホッとしてもいた」
海くんが話を切り、私を見つめた。色濃く夜の帳が降りていく中、吸い込まれそうなほど真っ直ぐな瞳が私を捉える。
「それなのに、あの時……コンビニでポスターを見て、二人がドラゴンボートの話をしてるのを聞いたら、血が滾ってきたんだ。みんなでチームを作って、大会に出たいと願う自分がいた。気付いたら、舵取りを申し出てた。
それからメンバーが決まって、申し込みして、練習が始まると、伊佐の為に、みんなの為に、チームの為に貢献したいと強く思うようになった……
いや、それは綺麗事だな。俺は、亡くなった父さんに誇れるようなチームになって優勝したいって気持ちが強すぎて、みんなに負担を強いていたんだ……俺の勝手なワガママで、ごめん」
海くんの熱い気持ちに触れて、胸が塞がれるような思いになった。
私も、しっかり海くんを見つめ返した。
「海くん……みんないいチームになりたいって気持ちは一緒だよ。ドラゴンボート、頑張ろうね!」
「あぁ」
「でも、チームの雰囲気作りも大切だからね!」
「そう、だな」
フッと笑った海くんに、肩の力が抜ける。
「海くん。私もね、伊佐に来られて良かったって思ってるよ。まだここに来てからそんなに時間は経ってないけど、私、伊佐が好き。ここの人たちが大好き。だから、私もチームや伊佐のために何か貢献したいって思う。
……よしっ!」
立ち上がると手摺のところまで行き、大きな声で叫んだ。
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