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譲れぬ存在
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インターホンが鳴り、キッチンにいた瀬戸が遠慮がちにリビングを抜けて玄関へと歩いて行った。
扉を開いた先にいたのは、大和だった。
「瀬戸さん、ありがとうございました。美姫とお母さんの様子はどうでしたか」
瀬戸は何と答えるべきか迷い、口籠った。その表情を見て、大和が血相を変えた。
靴を乱暴に脱ぎ捨て、廊下を足早に歩く。
「てめぇ、何してんだ!!」
美姫を膝枕し、髪を撫でる秀一に掴みかからんばかりの勢いで大和が怒声を上げた。
秀一は、恐ろしいほど冷たい視線で大和を射抜いた。
「シーッ……美姫が寝ているのですよ?
貴方には、気遣いも出来ないのですか?」
っざけんな……
秀一に向かって毒を吐こうとしたものの、美姫の涙の跡を見た途端、大和は何も言えなくなってしまった。今は、安心しきった表情で眠っている。それは、自分にはもう見せることのない美姫の顔で、大和の胸がズキッと痛んだ。
「美姫を、客室に運ぶ」
この男に美姫の膝枕などさせない……その思いから、大和は美姫を抱きかかえようとした。
美姫をブランケットごと包んで運ぼうとするが、その途端に美姫は秀一に強く抱きついた。
「美姫、ここじゃ風邪ひくから……」
もっともらしいことを言い、なんとか抱き寄せようとするが、美姫は更に必死に秀一に縋り付いた。
「や……いや……しゅーちゃ……」
美姫は子供のように、イヤイヤと首を振った。 秀一が黙って大和の手を引き剥がして睨みつけ、安心させるように美姫の背中を撫でた。
美姫……お前は、夢の中でも俺を拒否するのか。
大和の胸が、更にナイフで切りつけられたように痛んだ。
秀一が静かに大和を見上げた。
「貴方はもう、美姫が誰を求めているのか。
誰を必要としているのか……嫌という程分かっているでしょう?」
大和は唇を噛み締めた。
「黙れ! 俺は、美姫の夫だ。
俺がこの先、ずっと美姫を守っていく……そう、決めたんだ」
絶対に、お前なんかに美姫は渡さない……
固い決意で睨みつけた大和に、秀一は憐れみの籠った視線を投げ掛けた。
「それが、美姫と貴方にとって苦しみしか生み出さないと、なぜ分からないのですか?
いいえ。知っていながら、なぜ気付かない振りをするのですか?」
唇を噛み締めた大和に、秀一は諭すように冷静に告げる。
「たとえ夫婦という法律で縛ろうとも、彼女の心までは縛ることは出来ない。
美姫は永遠に私を愛し続け、決して貴方を愛することはないのです」
確信に満ちた秀一の言葉に、大和の脳髄が焼け切れたように熱くなった。
「んな、先のことは分からねぇだろ!
俺たちは……俺たちは愛し合っていた。それを取り戻せる日は、いつか来る……」
大和自身、そんな日がまた来ることがないことは感じていた。けれど、秀一にどうしても美姫を渡したくないという想いがそう言わせていた。
たとえ美姫が安心しきった表情で秀一の膝枕で抱かれていようとも、そこに込められた意味を認めたくなかった。
秀一は一瞬睫毛を伏せ、大和にライトグレーの瞳を向けた。
「それは、幻想です。
美姫は、私を忘れようともがいていました。そんな中、隣にいた貴方に心を寄せ、愛していると思うことで、心の安らぎを得ようとしていただけなのです。全ては、私が起因なのです。
美姫の心の中に私がいなくなることなど、決してない。私たちは、互いが唯一無二の存在なのです」
大和が、苦い表情で歯噛みする。
お前に、何が分かるんだ……
俺たちが夫婦として過ごしてきた時間を知らないくせに。
「何も知らねぇくせに、勝手なこと言うな!!
美姫は俺に『愛してる』って言ったんだ。言葉だけじゃない。その表情も、態度も……俺に対する愛情が溢れていた」
秀一は一瞬眉を顰めたものの、フッと口角を上げた。
「泡沫の夢、ですよ。
けれど、それを壊したのは誰でもない貴方です。
美姫を裏切り、他の女を抱いた罪……それは彼女を深く傷つけ、信頼を壊した」
扉を開いた先にいたのは、大和だった。
「瀬戸さん、ありがとうございました。美姫とお母さんの様子はどうでしたか」
瀬戸は何と答えるべきか迷い、口籠った。その表情を見て、大和が血相を変えた。
靴を乱暴に脱ぎ捨て、廊下を足早に歩く。
「てめぇ、何してんだ!!」
美姫を膝枕し、髪を撫でる秀一に掴みかからんばかりの勢いで大和が怒声を上げた。
秀一は、恐ろしいほど冷たい視線で大和を射抜いた。
「シーッ……美姫が寝ているのですよ?
貴方には、気遣いも出来ないのですか?」
っざけんな……
秀一に向かって毒を吐こうとしたものの、美姫の涙の跡を見た途端、大和は何も言えなくなってしまった。今は、安心しきった表情で眠っている。それは、自分にはもう見せることのない美姫の顔で、大和の胸がズキッと痛んだ。
「美姫を、客室に運ぶ」
この男に美姫の膝枕などさせない……その思いから、大和は美姫を抱きかかえようとした。
美姫をブランケットごと包んで運ぼうとするが、その途端に美姫は秀一に強く抱きついた。
「美姫、ここじゃ風邪ひくから……」
もっともらしいことを言い、なんとか抱き寄せようとするが、美姫は更に必死に秀一に縋り付いた。
「や……いや……しゅーちゃ……」
美姫は子供のように、イヤイヤと首を振った。 秀一が黙って大和の手を引き剥がして睨みつけ、安心させるように美姫の背中を撫でた。
美姫……お前は、夢の中でも俺を拒否するのか。
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秀一が静かに大和を見上げた。
「貴方はもう、美姫が誰を求めているのか。
誰を必要としているのか……嫌という程分かっているでしょう?」
大和は唇を噛み締めた。
「黙れ! 俺は、美姫の夫だ。
俺がこの先、ずっと美姫を守っていく……そう、決めたんだ」
絶対に、お前なんかに美姫は渡さない……
固い決意で睨みつけた大和に、秀一は憐れみの籠った視線を投げ掛けた。
「それが、美姫と貴方にとって苦しみしか生み出さないと、なぜ分からないのですか?
いいえ。知っていながら、なぜ気付かない振りをするのですか?」
唇を噛み締めた大和に、秀一は諭すように冷静に告げる。
「たとえ夫婦という法律で縛ろうとも、彼女の心までは縛ることは出来ない。
美姫は永遠に私を愛し続け、決して貴方を愛することはないのです」
確信に満ちた秀一の言葉に、大和の脳髄が焼け切れたように熱くなった。
「んな、先のことは分からねぇだろ!
俺たちは……俺たちは愛し合っていた。それを取り戻せる日は、いつか来る……」
大和自身、そんな日がまた来ることがないことは感じていた。けれど、秀一にどうしても美姫を渡したくないという想いがそう言わせていた。
たとえ美姫が安心しきった表情で秀一の膝枕で抱かれていようとも、そこに込められた意味を認めたくなかった。
秀一は一瞬睫毛を伏せ、大和にライトグレーの瞳を向けた。
「それは、幻想です。
美姫は、私を忘れようともがいていました。そんな中、隣にいた貴方に心を寄せ、愛していると思うことで、心の安らぎを得ようとしていただけなのです。全ては、私が起因なのです。
美姫の心の中に私がいなくなることなど、決してない。私たちは、互いが唯一無二の存在なのです」
大和が、苦い表情で歯噛みする。
お前に、何が分かるんだ……
俺たちが夫婦として過ごしてきた時間を知らないくせに。
「何も知らねぇくせに、勝手なこと言うな!!
美姫は俺に『愛してる』って言ったんだ。言葉だけじゃない。その表情も、態度も……俺に対する愛情が溢れていた」
秀一は一瞬眉を顰めたものの、フッと口角を上げた。
「泡沫の夢、ですよ。
けれど、それを壊したのは誰でもない貴方です。
美姫を裏切り、他の女を抱いた罪……それは彼女を深く傷つけ、信頼を壊した」
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