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第四章 明けぬ夜の寝物語
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しおりを挟む(この辺にいる魔族の女を、抱くということか。……この私が?)
馬鹿も休み休み云え、と嗤いかけたが、口を開いた時点で急に思い直した。
……ありかもしれない。
なぜなら冥王とて私の他にも数多くの相手に伽をさせているのだ。
あの新しい王妃セファニア然り、後宮の側室たちも然り。
ならば同様に、私が今から女を選んで幾人か抱いたところで、あれに対する不義理を感ずる必要は微塵もないではないか? それに女がいれば、万が一また昨夜のように王が部屋に来ても「取り込み中だ」などと云って追い返せるし、だいいちあれが、思ってもみなかったその成り行きにどんな顔をするか見ものだ。
そうだ、そうしてみよう、とナシェルは決心し膝を打った。個性的な顔をしている宮女たちを品定めするように見渡し、その中から比較的見目の良いと思われる者を数名ゆび指して、己の傍らに引き寄せた。
「この中で按摩の一番上手な者は誰だ? 私の腕を揉んでみよ。巧かった順に褒美をとらせよう。あとで、私の部屋でな」
女たちはたちまちナシェルの腕に団子のようにとり縋り、わたくしがわたくしが、と次々に服の上からナシェルの腕を撫でまわし、細い指で抓った。しかしそれらの肉体的接触は、とりたててナシェルの性欲を漲らせるものではなかった。
ナシェルは背筋を這い上る怖気を極力気にしないこととし、どうしたらこの魔族の女たち相手に性欲が沸いてくるかな、などと不毛なことばかり考えていた。
……どれほどの刻が過ぎただろう。ナシェルは横合いから不意に声をかけられた。
「お珍しいですね、兄上がこういう場所に足を運ばれるなんて?」
声の主は異母弟エベール王子であった。いつからこの中庭に居たのだろう? 全く気がつかなかった。
異母弟はその場に膝をつき兄王子に挨拶した。
「お久しぶりです、兄上。お会いしとうございました」
対するナシェルの返事はやや素っ気ない。
「……ああ、私もだ、エベール」
「ええと…どういう風の吹き回しなのですか? この状況……。伺ってよろしければ、」
弟王子は困惑げに、ナシェルとその周囲の女たちを見廻す。兄上らしくない、と云いたいのだろう。
ナシェルは隣にいた女の肩をことさら抱き寄せてみせた。
「見ての通りだよ。……せっかくの宴だ、愉しんで悪いか?」
「いえ、とんでもない。そういう意味で云ったのではなくて…」
エベールは、兄王子の機嫌がそれほどよくないことを悟ったようで、少し淋しげな表情を浮かべた。
そして数瞬ためらった後にこう付け加えた。
「父上と喧嘩でもなさったのですか?」
「……なぜそんなことを訊く?」
「ただ何となく……。違っていたらすみません。でも父上の見ている前で、兄上がご婦人たちとそのように戯れておられる理由が、他に思い当たらなくて」
「エベール」
ナシェルは異母弟を睨んだ。云わずとも明らかなことを、ずばりと指摘されるのは却って腹立たしいものだ。異母弟はもしかすると予想したのではなく、父と自分が争うさまを視たのかもしれない。あの何でも見通す大きな水晶玉で……。
いや、言い争いだけに限らず、父と自分の“全て”をこの弟は覗いているのかもしれない、などと思うと急に、背筋が寒くなった。……悪い方へ考えるのは止そう。幾らなんでも、父と兄のそういう場面を好んで覗き見するほど異母弟も暇ではなかろうし、…第一それほど腐ってはおるまい。
「……他に用事がなけいのなら下がれ。子供には、この場は相応しくない」
「……いやだな兄上、僕はもう、とうに子供じゃありません」
エベールは一瞬、底冷えするような目つきで口元に笑みを浮かべたように見えた。だがナシェルがまばたきして見直した時にはもう、普段のおどおどした表情に戻っていた。……見まちがいか?
「あの、でも、今云ったことが、兄上のお気に障ったのなら謝ります……ごめんなさい」
ナシェルは黙って頷いた。その素っ気なさに、エベールは黒黒とした目のふちに泪らしきものを潤ませる。
「僕のこと……お嫌いになったりしていませんよね?」
「そんなことがあるものか。エベール……私たちはたった二人の兄弟ではないか」
ナシェルは己の言葉が空虚なものにならぬよう気をつけながら弟を宥めた。ときおり、この歳の離れた異母弟の存在はナシェルを疲弊させる。……明らかに、比べる余地もないほど自分の方が立場が上であるはずなのに、気づけばこのように、異母弟の潤んだ瞳に根負けしてこちらが気を遣わされているのだ。
飲酒によりやや思考回路が鈍っているナシェルにとって、これ以上弟を相手にするのは苦であった。
「分かったなら、もう行け、エベール」
ナシェルはひらひらと手を振り、異母弟を視界から追い払おうと試みた。
エベールは残念そうにその場を離れたが、最後に思い返したようにナシェルの足下に膝をつき、手の甲に接吻することを求めたので、ナシェルは渋々それを許した。
「お美しい兄上。ぼくの兄上……、」
エベールは女性たちを虫でも払うかのように追い払い、呪縛するような文言を呟きながらナシェルの手をとり、唇を押しあててくる。それはとても長い接吻であったようにナシェルには思われた。
立ち去り際、エベールはナシェルの耳元にこんな言葉を残した。
「…それにしても父上は、随分とこちらの様子を気にしておられるようですよ。兄上。あまり挑発しすぎるとよくありません。ほどほどになさいませんと……」
「ふん、まさか。こちらを気にした所で何の益もなし……」
ナシェルは鼻先であしらおうとしつつ、ついに横目で冥王を盗み見た。
――あいかわらず彼は談笑の輪のなかにあり、ナシェルのことを気にする素振りどころか此方には一瞥も寄越さぬ。
異母弟の讒言に惑わされ、踊らされたことに気づいたナシェルが視線を戻した時にはもう、エベールの姿は人波の中に消えていた。
「………ッ、」
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